第八話「黒木剛という生命体」
第八話「黒木剛という生命体」
────────────────────────────────────────
黒木剛という人間を、改めて認識したのは体育祭の一週間後だった。
職員室の前の廊下に、成績順位の一覧が貼り出される。
一学期中間考査の結果だ。桜塚高校は自称進学校なので、成績の貼り出しに少し本気度がある。全校ではなく学年別だが、上位三十名は名前と点数が出る。
僕は六番だった。
一年生で六番は、悪くない。というより、自分でも意外だった。小中通じてそこそこの成績は取れていたが、高校でどうなるかは未知数だった。だから六番という数字を見たとき、少しだけ自分を見直した気持ちになった。自己評価を上方修正した、とでも言えばいいか。
しかし問題はそこではなかった。
一つ下、七位の名前を見て、見覚えのある名前があった。
黒木剛。
金髪の、ボクシングの、体育祭で奈央とペアダンスを踊った、あの黒木剛だ。
あの見た目で一桁か、と思った。あの見た目で、という表現は少し失礼だが、実際に驚いたのだから仕方がない。イきりと好成績は、必ずしも相反しないのだという事実を、この時初めて実感した。
その三日後、黒木が奈央に告白した。
という情報を、のんから聞いた。
「付き合うって言ったらしいよ、奈央」
「そうなの」
「一か月だけ、っていう条件で」
「……条件って何」
「奈央が出したんだって。試してみますって感じで」
石山奈央という人間の意思決定プロセスは、予測不能だ。
「試してみます」で告白を受けるのか。一か月という期限付きで。試験運用期間の設定を、交際に持ち込む発想は、奈央以外から聞いたことがない。それが普通なのか普通でないのかも、僕には判断できなかった。
「音無はどう思う?」
のんが聞いてきた。
「別に」
「また別に」
「……奈央が決めたなら、いいんじゃないですか」
「いいんじゃないですかって、なんか他人行儀だよ」
「他人だから」
のんがじっとこちらを見た。
四秒くらい。
「そうだね」とだけ言って、話を終わらせた。
黒木剛という人間について、調べた、というわけではないが、情報は自然と入ってきた。
ボクシング部で、一年から試合に出ている。成績は学年トップ。金髪は高校入学と同時に染めたらしい。大阪出身で地声が大きい。廊下でもよく声が聞こえる。笑い声も大きい。全体的に、主張が強い。存在量が多い。
存在量という言葉は造語だが、僕の中にはそういう概念がある。
どれだけ場を占めるか、という指標だ。声の大きさ、動きの派手さ、視線を集める量。そういうものを総合したのが存在量で、黒木はそれが非常に高い。僕はゼロに近い。だとすれば、奈央に声をかけたのが黒木で、奈央が試験運用期間付きで交際を始めたのが黒木なのは、ある種の必然だとも思える。
理屈ではわかる。
理屈でわかることと、感情が納得することは別だ。
その差を埋めるために必要なものが、この時の僕にはまだなかった。
一か月の交際期間中、奈央は普通に毎日一緒に帰っていた。
黒木と付き合っていることを、自分から話すわけでもなく、隠すわけでもなかった。のんが「なんで言わないの」と聞いたら、「言う必要ある?」と返ってきたらしい。
奈央らしい。
良くも悪くも、奈央はそういう人間だった。
一か月後、別れた。
理由は「合わなかった」とだけ奈央は言い、それ以上は話さなかった。
のんが「あっさりしてるね」と言い、奈央が「試してみてわかったから」と答えたという話を、後から聞いた。
黒木の方は、あっさりしていなかった。
らしい。




