表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/49

第七話「ペアダンスマジック、あるいは嫉妬の発生源」

 第七話「ペアダンスマジック、あるいは嫉妬の発生源」

────────────────────────────────────────


 体育祭当日は、晴れた。


 六月の空は高く、気温は上がりすぎず、体育祭日和という言葉があるとしたら今日のことだ、と思えるような天気だった。グラウンドには各クラスのカラーで染まったテントが並んでいる。入場行進の演奏を終えた吹奏楽部は、グラウンドの端のエリアに待機した。


 午前中の競技は、それなりに見た。

 クラス対抗のリレー、大縄跳び、借り物競争。野球部の連中が相変わらず大声で応援している。軽音楽部やダンス部の人間は体育祭でも目立った。そういうものだ。目立つ人間は何をやっても目立つし、目立たない人間は何をやっても目立たない。世界は公平ではないが、少なくとも一貫性はある。


 午後の最初のコンテンツが、ペアダンスだった。


 説明があった。

 各クラス代表のペアが出てくるわけではなく、全員参加のフォークダンス形式らしかった。男女が向き合ってならび、音楽に合わせて踊る。曲の切れ目でパートナーが変わる。最後の曲だけは最初に選んだペアと踊る、という形式だった。要するに、最後の一曲が「本命ペア」として記録されるわけだ。


 吹奏楽部は演奏担当なので、踊れない。

 僕は楽器を持ったまま、演奏しながら、グラウンドの端からペアダンスを見ることになった。


 見ないようにしようと思った。

 練習通りに演奏することだけ考えればいい。フォークダンスの音楽は簡単だ。頭を使わなくていい。だから、余計なものが視界に入りやすい。余計なものというのは、一つしかなかった。


 石山奈央が、踊っている。


 五組のエリアで、奈央は黒木剛と向き合っていた。

 黒木剛。

 金髪で、体格がいい。制服を着ていても肩の厚みがわかる。顔立ちはきつめだが、笑うと印象が変わるタイプだ。この距離でも目立つ。目立たせようとしている人間の目立ち方をしている。

 奈央は笑っていた。

 楽しそうに笑っていた。


 演奏の音が、少し薄くなった気がした。

 実際には薄くなっていない。僕は正確に吹いていた。でも音が、遠くなった感じがした。


 パートナーが変わるたびに、奈央の笑い方は少しずつ変わった。

 誰とでも笑っていたが、笑い方が違う。気楽そうに笑う時、愛想で笑う時、戸惑いながら笑う時。奈央の笑顔はバリエーションがあった。どれが本物かを判定するほど、まだ僕は奈央を知らない。


 最後の曲が始まった。

 ゆっくりしたテンポのワルツだ。ペアは固定される。

 奈央と黒木が、向き合った。


 何かが、胸の中で動いた。

 名前をつけるなら嫉妬、と呼ぶべきものだと思った。しかし認めるには、まだ準備ができていなかった。だから名前をつけなかった。名前をつけなければ存在しないことにできる、という言い訳は、陰キャの得意技の一つだ。


 演奏は終わった。

 拍手が起きた。

 僕はトランペットを下ろして、グラウンドの砂を見た。


 「お疲れ、演奏よかったよ」

 隣に立っていた二年生の先輩がそう言った。

 「……ありがとうございます」

 「最後ちょっとぼーっとしてたけど」

 「すみません」

 「いや、まあ。なんか見てたんでしょ」


 先輩は笑って、話を終わらせた。

 何を見ていたかは聞かなかった。


 競技が続いた。昼休みになった。

 奈央はのんとあやのと一緒に弁当を食べていたが、そこに黒木が声をかけているのを遠目に確認した。五秒だけ見て、視線を切った。


 弁当の味が、よくわからなかった。

 母親が作ってくれたはずのおかずが、何かはわかるが、おいしいかどうかの判断ができなかった。こういう状態を、何と呼ぶのかはわからない。でも、あまり健全ではないということは、なんとなく把握していた。


 帰り際に奈央と少しだけ話せた。

 「演奏よかったよ」と奈央が言った。

 「ありがとう」

 「楽しかった?体育祭」

 少し間を置いてから、「まあまあ」と答えた。

 「そっかー。あたしはめちゃくちゃ楽しかった」


 奈央の体育祭は、楽しかった。

 それは事実として、記録された。


 「ペアダンス、黒木くんと組んでたんだね」

 言わなければよかった、と言ってから思った。

 奈央が「うん、同じクラスだし」と答えた。特に何の感情も込めずに。

 「仲いいの?」

 「普通だよ、知り合い程度」


 知り合い程度。

 その言葉は、少し軽くなった気がした。

 胸の中で何かが、少しだけ元の位置に戻った。

 元の位置がどこかは、まだわからなかったけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ