第六話「体育祭という名の公開処刑」
第六話「体育祭という名の公開処刑」
────────────────────────────────────────
体育祭というものが、こんなにも残酷なイベントだとは、入学前には思っていなかった。
残酷、というのは語弊があるかもしれない。正確には、陰キャにとって体育祭は「自分がいかに世界の主役になれないか」を証明するための公式行事だ、ということだ。運動能力の問題ではない。僕のフィジカルはごく平均的で、足が特別遅いわけでも、ボールが極端に扱えないわけでもない。問題は、体育祭という舞台装置が、根本的に「目立てる人間」のために設計されているということだ。
輝く人間が輝く。それ自体は構わない。ただ、その光の裏側で、輝けない人間が自分の暗さを再確認させられる仕組みになっている。それが体育祭だ。少なくとも陰キャ側の視点からはそう見える。
桜塚高校の体育祭には、特殊なコンテンツがある。
ペアダンスだ。
のんから教えてもらったのは、体育祭の二週間前のことだった。
「桜塚の体育祭、ペアダンスあるの知ってる?」
「知らなかった」
「男女でペアになって踊るんだよ。クラス内で組む感じ。んで、そのペアで付き合うことが多いってやつ」
「へえ」
聞き流せると思っていた。実際、最初の一秒はそう思っていた。
しかし次の瞬間、当然の帰結に気づいた。
クラス内で組む。
僕と奈央は、クラスが違う。
一年三組と、一年五組だ。
「奈央とは組めないんだ」
のんがそう言った。哀れみではなく、ただの確認として。
「……そうなるね」
「残念だね」
「別に」
「別に」と言った。
本当に別に、と思っていたかどうかは、この際問わないことにした。
体育祭前の学校というのは、独特の熱を持つ。
授業中から実行委員がそわそわしている。廊下では応援団が練習を始める。野球部の連中は大声で挨拶しながら走り回っている。あの挨拶文化は体育祭になるといっそう強度を増し、すれ違う先輩に対して「お疲れ様です!」と全力で叫ぶ一年生が至る所に出現する。なぜ体育祭が近づくと挨拶が大きくなるのか、論理的な説明はできないが、とにかくそういうものらしかった。
吹奏楽部は体育祭の演奏担当もある。入場行進の曲、応援演奏、閉会式の演奏。それらの練習が加わったことで、部活の密度がやや上がった。密度が上がると、必然的に奈央と話す機会も増えた。
「体育祭、音無のクラス誰と組んでるの?」
ある日、奈央が聞いてきた。
「……なんか、抽選で。女子と一人ずつ当たり前に組まされた」
「あたしの班の男子みんな争奪戦だったよ」
「争奪戦」
「そう。女子が男子を選ぶ権利があるの、最初に。先着順みたいな感じで」
「それは」
「陰キャには地獄でしょ」
「……本当のことを言わなくていい」
奈央は笑った。
悪意のない笑いだった。しかしそれはつまり、陰キャが地獄なのは当然のことであり、笑って済ませられる話だと思っている、ということでもある。奈央に悪意がないことはわかっている。わかっているが、その分だけ、なぜか少し刺さった。
「奈央はどの人と組んでるの」
聞こうか少し迷ってから、聞いた。
「んー、黒木くん」
「誰」
「金髪の。ボクシングやってる人」
金髪。
ボクシング。
その二つの情報だけで、ある程度の解像度で像が浮かんだ。浮かんだ像は、僕とは対極の位置にいる人間の像だった。
「知り合いなの?」
「ちがうちがう。でも割とよく見かける。目立つから」
「そっか」
「なんで?」と奈央が聞いた。
「別に」
「さっきも別に言ってたじゃん」
「……口癖かもしれない」
「陰キャの口癖は別にと大丈夫と普通、らしいよ。のんが言ってた」
のんが余計なことを言っている。しかし反論する材料もなかったので、僕はその話を打ち切った。
体育祭前日。
学校全体が浮ついていた。
クラスのグループチャットに応援団からのメッセージが流れてきて、明日はよろしく、全力でいこうとか書いてある。僕はスタンプだけ押して、寝た。
眠れなかった。
ペアダンスのことを考えていた。
正確には、奈央とペアで踊ることが物理的に不可能だということを、一人で反芻していた。
こういう時間の使い方が最も無駄だということはわかっている。
わかっているのに、止められなかった。
陰キャの夜は長い。
余計なことを考えるための時間が、たっぷりある。




