第四話「梅田、あるいは青春の解像度」
第四話「梅田、あるいは青春の解像度」
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五月の終わり、部活帰りの電車の中で奈央が「梅田行こうよ」と言い出した。
唐突だった。脈絡も前置きもなかった。
のんが「行く行く」と即答した。あやのが「いいねー」と静かに笑った。そして奈央が「音無も来るよね」と確認してきた。質問の形をしているが、断ることを想定していない口調だった。
「えっと、いいんですか」
「タメで言えって」
「……俺も、いいの」
「当たり前じゃん、来るよね」
来るよね、は質問ではなかった。
既定事実だった。だから、行くことにした。
翌週の土曜日、梅田に集合した。
待ち合わせ場所はHEP FIVEの前。赤い観覧車が目印の、あの場所だ。約束の時間より十分早く着いた僕は、そのまま十分間一人で立っていた。通りすがる人を眺めながら、自分が梅田に来ている事実を静かに確認した。
女子三人と、梅田に来ている。
これは、客観的に見て、青春の一形態だろうか。
青春というものを僕はよく知らないが、これが違うとも言い切れなかった。
「音無!早!」
のんが手を振りながら走ってきた。あやのが少し後ろからのんびり歩いてくる。奈央が一番最後に現れて、「ごめーん遅れたー」と言いながら小走りしてきた。三人とも私服だった。
奈央の私服は、想像していたより地味だった。
白いTシャツに薄いデニムのスカート。GUかユニクロだろうと見当をつけた。でも袖のところに小さな花柄の刺繍が入っていて、そこだけ少し、奈央らしかった。休日は少しだけ化粧をするらしく、目のあたりが普段とわずかに違って見えた。別人というわけじゃない。でも、輪郭がはっきりしている感じがした。
最初の目的地は、からあげの食べ放題だった。
奈央が前から行きたかったという店で、時間制でいろいろな種類のからあげが出てくるシステムだった。
「全種類制覇しよ」
奈央が宣言した。
「無理でしょ」のんが言った。
「無理じゃない、時間いっぱいある」
「お腹的に無理」
「精神論で何とかなる」
精神論で食べ放題を制覇しようとする人間が隣にいる。
こういうとき、何か面白いことを言えればよかったが、陰キャにはそれが難しい。だから僕は黙ってからあげを食べ続けた。九種類のうち七種類を制覇したところで奈央は「もう無理」と言って椅子に沈んだ。精神論では二種類分足りなかった。
「言ったじゃないですか」と言いかけて、「言ったじゃん」と言い直した。奈央がそれを聞いて、「だいぶタメになったじゃん」と笑った。
プリクラを撮ることになったのは、のんの提案だった。
「四人で撮ろう!」
僕は一瞬固まったが、奈央が「行こう行こう」と歩き出したので、ついていくしかなかった。
プリクラを、僕は人生で一度も撮ったことがなかった。
正確には、撮る機会がなかった。男子だけで撮るものでもないし、女子と撮る機会などなかった。何をどうすればいいかわからなかったが、のんが全部指示してくれたので、言われた通りにポーズをとった。
「もっと笑ってよ音無」
「笑ってる」
「目が笑ってない」
「……これが限界」
「もういい、それで」
印刷されたプリクラを見ると、僕だけ微妙な顔をしていた。でも奈央は「これはこれでいいんじゃない、キャラが立ってる」と言った。どこがどうよかったのかは不明だが、悪い気はしなかった。
パンケーキは最後だった。
カフェに入って、ふわふわのパンケーキを頼んだ。女子三人はそれぞれ写真を撮った。のんがポーズをつけて、あやのが角度を変えて、奈央が淡々と一枚だけ撮った。僕は撮らなかった。でも席に着いてから奈央が「撮ったげようか」と言ってくれたので、お願いした。
後でその写真を見ると、僕は少しだけ笑っていた。
完全な笑顔ではない。でも、笑っていた。
自分の笑顔を、まともに見たのは久しぶりだった気がした。
帰りの電車の中で、奈央は眠った。
立ったまま、つり革につかまりながら、うとうとしていた。混んだ電車の中でよく眠れるものだと感心しながら、起こすべきかどうか五秒くらい考えて、起こさないことにした。
奈央の降りる駅は僕より先だった。
到着した瞬間に目が覚めて、「あ、着いた」と言って、「じゃあねー」と手を振って降りていった。そのあっけなさも奈央らしかった。
電車のドアが閉まった。
今日一日が、頭の中でゆっくり再生された。
からあげとプリクラとパンケーキと、それを笑っている奈央の顔。
悪くない一日だった。
むしろ、かなりよかった。
こういう日が存在するということを、それまで知らなかった。
知らなかったということは、知ってしまった、ということでもある。
これがよかったのか悪かったのかは、もう少し先にならないとわからない。




