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第二話「石山奈央という現象」

 第二話「石山奈央という現象」

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 石山奈央は、第一印象が外見で完結しないタイプの人間だった。


 顔だけ見れば、整っている、と言える。しかしそれ以上でも以下でもない。少なくとも入学初日の僕の評価はそうだった。しかし翌日、翌々日と一緒に過ごすうちに、その評価は少しずつ更新されていった。正確に言うと、更新されたのは顔の評価ではなく、奈央という人物そのものの評価だ。


 彼女はおかしな人間だった。


 入学二日目の帰り道のことだ。

 電車の中で、奈央はいきなり「あのおじさん、ずっともたれかかってくるんだよね」と言った。見ると、隣に立っていた中年の男性が、混んだ電車の中でじわじわと奈央の肩に体重をかけていた。

 「どかしたらいいんじゃないですか」と僕は言った。

 「いや、かわいそうだから」

 「かわいそう?」

 「疲れてるんでしょ。ていうか寝てるし」


 寝ている見知らぬ中年のおじさんを、電車の中でそのままにしておく。

 それが奈央の選択だった。かわいそうだから、という理由で。

 呆れたのか感心したのか、自分でも判断がつかなかった。少なくとも、それまで会ったことのある人間の中に、同じ選択をする人間はいなかった。


 石山奈央は、優等生気質だが適当なところもある。真面目だが抜けている。感受性は豊かだが、その感受性をどこに向けるかが予測できない。

 「ザJK」と呼ぶのが一番正確かもしれない。しかしザJKというのは日本の女子高生全体を指す言葉でもあるので、もう少し精度の高い表現を探すなら、「予測不能な善意を持つ人間」とでも言えばいいか。


 成績はまあまあいい。提出物は期限を守る。でも授業中にたまに全然関係ないことを考えていて、先生に当てられた瞬間だけ戻ってくる。そういうやつだ。戻ってくるのが早いので、先生にもバレていない。それはそれで器用だと思う。

 感受性は豊かで、小説を読むと泣くらしい。「らしい」というのは、最初本人から聞いたとき少し信じられなかったからだ。あの飄々とした顔で泣くのか、と。しかし後日、電車の中で文庫本を読みながら目を赤くしている奈央を目撃して、本当だったと知った。本を読んで泣く人間を見たのは、生まれて初めてだった。


 私服はGUとユニクロが中心で、基本的に地味だ。でも花柄のワンポイントが入っていたり、小物の色合わせが微妙にきれいだったりする。意識してやっているのか無意識なのか、本人に聞いたことはなかった。化粧は普段まったくしないが、休日は少しだけするらしい。「少しだけ」がどの程度なのかは、この時点ではまだ知らなかった。


 入学早々、メンヘラ気質の男子に告白されて付き合ったが、一か月で別れた、という話を、のんから聞いた。

 「奈央ってモテるんだよね、なんか」

 「え、そうなんですか」

 「うん。でも大体変な人に告られる」

 「なんで」

 「奈央が変な人に優しくするから」


 なるほど、と思った。

 寝ているおじさんをそのままにしておく人間だ。変な人に優しくするくらいのことはするだろう。むしろしないほうが不思議だ。


 では、僕はどうなのか。

 「変な人」の枠に入るのか、入らないのか。

 そういうことを考え始めた時点で、何かが始まっていたのかもしれない。

 しかしその時の僕には、まだわからなかった。


 秋台のんは、小柄でよくしゃべる。

 声が大きい。笑い声がさらに大きい。廊下で奈央と二人でいると、十メートル先からのんが全速力で走ってきて、二十メートル先まで聞こえる声で話し始める、そういうやつだ。悪い人間じゃない。むしろ一緒にいると場が明るくなる。陰キャの隣に置いてもらえると、ありがたい存在だ。勝手に明るくしてくれるので、僕が何もしなくていい。


 松木あやのは、のんびりしていてよく笑う。

 のんと対照的に声は小さいが、笑うときだけはよく笑う。何が面白いのかわからない場面でも笑っていることがあって、最初は不思議だったが、あやのにとって世の中の大半のことは何となく面白いのだと気づいてからは、それでいいと思うようになった。生きていく上で大事な素質だと思う。何でも面白がれる人間は強い。


 この三人が、毎日一緒に帰るようになった。

 正確には、この三人に僕が混じるようになった、だ。


 なぜ混じれたのかは、今でも少し不思議に思う。

 三人は中学からの友達同士で、コミュニティとしてはすでに完結していた。そこに見知らぬ男子が一人加わっても、おかしくない理由がない。しかし奈央が入学初日に声をかけてきて、そのまま毎日一緒に帰る流れになった。排除されることもなく、腫れ物扱いされることもなく、ただごく自然に、四人になった。


 世の中には、人と人の距離を縮めるのがうまい人間がいる。

 石山奈央は、そういう人間だった。

 本人はたぶん、何も考えていなかったと思うが。


 ある日、電車の中で奈央が聞いてきた。

 「ねえ音無って、友達いないの?」

 直球すぎる問いだった。

 「……クラスに知り合いはいます」

 「友達じゃないじゃん」

 「まあ」

 「寂しくないの?」

 「慣れてます」


 奈央は少し黙った。

 それから、「慣れたくないけどなあ」と言った。自分に言い聞かせるような、小さな声で。

 その言葉が、なぜか頭に残った。

 慣れたくない。そういう選択肢があることを、僕はあまり考えたことがなかった。


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