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第十六話「文庫本と、読まれなかった最後のページ、あるいは読むという行為の定義について」


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 第十六話「文庫本と、読まれなかった最後のページ、あるいは読むという行為の定義について」

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 読む、という行為について、真剣に考えたことがあるだろうか。


 おそらく、ないだろう。

 少なくとも、僕はなかった。文庫本を手に取って、ページを開いて、活字を目で追って、意味を理解する。それが「読む」であり、それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。呼吸するという行為をわざわざ定義し直す人間がいないように、読むという行為にも再定義は不要だと——そう信じていた。

 信じていた、と過去形にしたのは、それが崩れたからだ。


 崩した人間の名前は、言うまでもない。



         *



 アンサンブルコンテストから二週間が経った、十月の終わりだった。


 部活は通常の合奏練習に戻っていた。次の照準は春の定期演奏会で、新しいスコアが配られ、各パートが個人練習とセクション練習を繰り返す日々だ。コンテストという明確なゴールが消えたことで部活の空気はいくぶん弛緩したが、それでも楽器を構えれば手は動くし、唇は振動するし、日常は淡々と転がっていく。

 その日常の中で、僕が密かに気にしていたことが一つある。


 奈央の恋愛小説の結末だ。


 コンテスト当日の帰りの電車で、奈央は感情移入しすぎて本を閉じていた。「一気に読むと泣いちゃうから」と言って、それからは部活帰りの電車の中で少しずつ読み進めていたらしい。泣くと分かっている本を読み続けるという行為は客観的に見れば自傷に近いが、奈央にとっては矛盾ではないのだろう。怖いのとおもしろいは別。泣くことと読みたいことも、たぶん別。奈央の中の分類法は、いつだって僕の辞書に載っていない。


 その日、帰りの電車がちょうど蛍池を過ぎたあたりで、奈央が本を閉じた。

 閉じ方が、いつもと違った。


 途中で閉じる時、奈央は必ずしおりを挟む。ページの角を折ることは絶対にしない。「本の角を折る人間を、あたしは信用しないことにしてる」と奈央は以前言っていた。過激な思想だが、嫌いじゃない。むしろ好ましい部類の過激さだ。


 しかし今日は、しおりを挟まなかった。

 ただゆっくりと裏表紙を閉じて、表紙を見つめていた。


 読み終えたのだ。


 のんは途中の駅で降りていて、あやのは隣の車両で座れたと言って移動していた。つまり、またしても二人だった。二人になる頻度が高すぎる気がするが、これは確率の問題なのか、それとも確率以外の何かが働いているのか。確率以外の何か、という言い方は非科学的だが、高校一年生の人間関係に科学を持ち込む方がよほど非現実的だ。


 「終わった」

 奈央が窓の外を見ながら言った。十月末の午後六時はもう暗い。窓の向こうには住宅地の灯りだけが点在していて、電車の振動が規則的にガタンガタンと床を揺らしていた。


 「どうだった」と聞いた。

 「泣いた」

 「今?」

 「さっき。豊中の手前くらいで、ちょっと危なかった」


 危なかった、は泣きそうになった、の奈央語訳だ。奈央は本を膝の上に置いたまま、少し遠い目をしていた。読み終えた直後特有の、まだ物語の中にいるような目だった。


 「結局、伝えられないまま終わった」

 奈央は言った。


 好きな人に気持ちを伝えられない女の子の話。奈央は以前そう要約していた。その女の子は結局、最後の最後まで伝えないまま物語を閉じたのだ。

 妙に残酷な結末だと思った。いや、残酷というのは外野の感想であって、当事者にとってはそうではなかったのかもしれない。


 「伝えられなかった、じゃなくて、伝えなかった、なのかな」

 言葉が気になって聞いた。

 伝えられないと伝えない。前者は能力の問題で、後者は選択の問題だ。同じ結果でも、経路が違う。陰キャは言葉の差分に敏感だ。差分に敏感なくせに、自分の言葉は不正確なことが多いのだから救えない。


 奈央が少し首を傾けた。

 「たぶん、伝えなかった」

 「なんでだろうね、その子」

 「伝えたら終わるのが怖かったんじゃない」


 伝えたら終わる。

 直感的に理解できる言葉だった。そして直感的に理解できることが、少し怖かった。


 「伝えたら、始まるんじゃないの」

 「始まるかもしれないし、終わるかもしれない。五分五分でしょ」

 「五分五分か」

 「でも伝えなければ、少なくとも終わらない」

 「終わらないけど、始まらない」

 「始まらないまま続くのと、伝えて終わるの、どっちがいいと思う?」


 奈央がこちらを見た。

 車内の蛍光灯が奈央の横顔を白く照らしていた。さっきまで泣きそうだった目は、もうそういう色ではなくなっていた。小説の中の誰かの話をしているはずなのに、なぜか、真剣にこちらの答えを待っている目だった。


 「……難しいな」

 「でしょ」と奈央は言った。「だからこの子は伝えなかったんだと思う」


 奈央は文庫本の表紙をそっと撫でた。カバーの紙が少しよれていて、何度も鞄から出し入れした痕跡があった。


 「もったいない気もするけど」と僕は言った。

 「もったいないよ。でもさ、もったいなくない選択なんてなくない?」


 もったいなくない選択なんてない。

 その言葉が妙にしっくりきて、同時に妙に刺さった。

 何かを選ぶことは何かを選ばないことだ。伝えないことを選んだ女の子は、伝えることを選ばなかった。その代わり、終わらないという保証を手に入れた。もったいないけれど、もったいなくはない。——どっちだ。どっちでもある。


 「あたしだったら伝えるけどね」

 奈央があっさりと言った。

 「え」

 「伝えない方が後悔するもん」

 「さっき、あの子の気持ちわかるみたいに言ってたじゃん」

 「わかるのと同じ選択をするのは別だよ。怖いのとおもしろいが別なのと一緒」

 「……奈央のその分類法、いつか体系的に教えてほしいんだけど」

 「体系的って何、論文でも書くの」

 「書かないけど」

 「書かないんかい」


 ツッコミの語尾が関西弁に寄った。奈央は箕面育ちだが、普段はあまり関西弁が出ない。出るのは、気を抜いている時だ。


 電車が石橋に近づいていた。

 「面白い本だった?」と聞いた。

 「面白かった。でも——最後のページだけ、読みたくなかった」

 「なんで」

 「読んだら終わっちゃうから」


 読んだら終わっちゃうから。

 伝えたら終わるのが怖い。読んだら終わっちゃう。


 奈央はその二つが同じ構造をしていることに気づいているのだろうか。気づいていて言っているのか、気づかずに言っているのか。聞けなかった。聞く言葉を持っていなかった。


 石橋駅に着いた。

 奈央が扉を出て、いつもの分かれ道。

 「また明日」と奈央が言った。

 「また明日」と僕が返した。


 奈央の後ろ姿が遠ざかっていく。右手に文庫本を持ったまま。ハーフアップの髪が、商店街の灯りの下でわずかにオレンジがかって見えた。



         *



 帰宅して、夕食を食べて、風呂に入って、自室のベッドに仰向けに倒れた。

 天井を見つめた。

 天井には何も書いてない。当たり前だ。天井は本ではない。


 読む、という行為について、考え始めた。


 先ほどの電車での会話がずっと頭に残っていた。伝えたら終わる。読んだら終わる。終わることへの恐怖。その恐怖と引き換えに手に入る、終わらないという保証。


 その構造を解きほぐすために、僕はまず「読む」を定義し直すことにした。定義し直す、というのは、僕の思考の癖だ。悪い癖かもしれない。定義したからといって世界が変わるわけではないし、定義は本質の代替にはならない。しかし定義は輪郭を与える。輪郭があれば、少なくとも何を考えているかが自分にわかる。


 定義、その一。

 読むとは、文字を目で追うことである。

 ——不完全だ。知らない言語で書かれた文章を目で追っても、それは読書ではない。視線の移動は読書の必要条件であって十分条件ではない。数学的に言えば「目で追う⊂読む」であって「目で追う=読む」ではない。


 定義、その二。

 読むとは、文字の意味を理解することである。

 ——これも足りない。辞書の定義を目で追って意味を理解することは、読書とは呼ばれない。正確には呼ばれるかもしれないが、奈央が電車の中で泣いていたあの行為と、辞書を引く行為が同じ「読む」で括られるのは不当だ。


 定義、その三。

 読むとは、他人の内側に手を突っ込むことである。


 いきなり物騒になった。我ながら治安の悪い定義だ。

 しかし、これが一番近い気がした。


 小説を読む、ということは、作者が書き出した感情や思考の中に、自分の手を差し入れて、掴んで、引きずり出して、自分のものにすることだ。あるいは、作者が用意した扉をノックもせずに開けて、土足で上がり込んで、部屋の中を見て回ることだ。読者は本を媒介にして、他人の内面に——上品に言えば共感し、率直に言えば侵入している。


 侵入。

 嫌な言葉が出てきた。


 しかし考え始めると止まらない。

 読むという行為が本質的に他者への侵入であるならば、それが許されるのは「書いた側が読まれることを許可している場合」に限られる。本は読まれるために出版される。だから読んでいい。作者は読者を招いている。招待状つきの侵入だ。


 では。


 ——奈央が今、何を考えているか、全部読めたらいいのに。


 その思考が、前触れなく浮かんだ。

 浮かんだ瞬間、自分で少し怯えた。心臓がほんの少しだけ、跳ねた。


 全部読めたらいいのに。


 奈央が今、家で何をしているのか。あの恋愛小説の結末をどう受け止めて眠りにつくのか。「伝えたら終わるのが怖い」と言った時、小説の中の女の子だけを指していたのか、それとも自分自身の何かを重ねていたのか。「あたしだったら伝える」と言い切った時の、あの迷いのない声の裏側に、何があったのか。


 全部、読みたい。


 奈央という人間が一冊の本だとしたら、僕はその本を読みたいと思っている。最初のページから最後のページまで、一行も飛ばさず、脚注まで含めて、全部。


 ——しかし、人間は本ではない。


 当たり前のことを、わざわざ確認しなければならない程度には、思考が暴走していた。

 人間の内面には表紙もないし、目次もないし、ページ番号も振られていない。どこからどこまでが「読んでいい部分」なのか、境界線が引かれていない。奈央が見せてくれる部分は、奈央が見せると選んだ部分だけだ。それ以上を勝手に読もうとすることは——


 それは不法侵入だ。

 招待状のない侵入だ。


 さっき自分で組み立てた定義が、ブーメランのように首筋に刺さった。定義を作る人間は、その定義に縛られる。自業自得だ。


 読みたい、と思うこと自体は罪ではない。本屋で表紙を眺めるのは合法だ。しかし読んではいけない本を無断で開くことは、どんな辞書を引いても正当化できない。


 奈央の内面は、僕にとって読んではいけない本なのだろうか。

 それとも、いつか——招待状が届く日が来るのだろうか。


 わからなかった。

 わからないまま、名前のつかない感情の残高に「読みたかった」という一枚が加算された。

 通貨の名前は、まだわからない。使い方は、もっとわからない。わかるのは増えていくことだけだ。増えていくことだけが確実で、それ以外はすべて曖昧だ。


 少し寝つきの悪い夜だった。

 眠れない夜、というほどではない。大袈裟に言うのは陰キャの悪い癖だ。ただ、天井を見つめる時間が普段より長かった。


 一つだけ、確信したことがある。


 あの恋愛小説の、伝えなかった女の子の気持ちが——伝えたら終わるのが怖かったあの子の気持ちが——少しだけ、わかった。


 わかりたくなかった。

 わかってしまった。


 わかる、ということもまた、読む、の一種なのだと、暗い天井に向かって思った。



         *



 翌週の放課後。


 練習室に最初にいたのは、のんだった。

 スネアドラムの前に座って、メトロノームの電子音に合わせてパラディドルを延々と叩いている。右左左右、左右右左。規則正しいスティックの動きが壁に小さく反響していた。のんは普段の底抜けのノリの良さとは裏腹に、基礎練習に関しては異常なほど几帳面だ。「パーカッションは基礎が命です」と顧問の先生に初日に言われたのが相当刺さったらしく、以来毎日、メトロノームと対話するかのように叩き続けている。

 「お疲れー」とのんが手を止めずに言った。

 「お疲れ」と返して、トランペットのケースを開けた。


 マウスピースを唇に当てて、バズィングから始める。唇を振動させて、音の芯を作る。芯がないまま楽器を吹いても出るのは音ではなくノイズだ。——いや、音とノイズの境界も曖昧だが、少なくともトランペットにおいては芯の有無は致命的に響く。

 マウスピースを楽器に差して、ロングトーンを始めた。B♭から半音ずつ下降して、最低音まで行って、また上がる。毎日やっている。毎日やらないと唇が忘れる。唇に記憶力がないのか、あるいは記憶力はあるのに怠惰なのか。たぶん後者だ。人間の身体は基本的に怠惰にできている。


 あやのが静かに入ってきた。

 クラリネットのケースを机に置いて、リードを水につける。あやのの準備には毎回同じ手順がある。リードを浸す、スワブを通す、組み立てる、リードをつける、試し吹き。この一連の儀式が終わるまで、あやのは一言も発しない。修道士の沈黙のようだが、あやのの場合はただ集中しているだけだ。


 三人がそれぞれ準備をしている間に、奈央が入ってきた。

 「遅れたー」

 時計を見た。まだ練習開始の五分前だった。遅れてはいない。しかし奈央の中の時間感覚では、のんより後に来たら遅刻なのかもしれない。奈央の中の分類法を、僕はまだ完全には把握していない。


 奈央はトロンボーンのケースを開け、楽器を組み立て始めた。スライドにクリームを塗って、何度かスライドを前後させて滑りを確認する。それからロングトーンを始めた。低いBの音が練習室に広がった。太くて深くて、地面から生えてくるような音だ。


 四人が、それぞれの音を出している。

 トランペット。トロンボーン。クラリネット。スネアドラム。

 全員が違う音を出しているのに、練習室の空気は不思議と破綻していない。合奏と呼ぶには雑然としすぎているが、騒音と呼ぶには調和しすぎている。


 ロングトーンを一通り終えて、定期演奏会のパート譜を広げた。マーカーで印をつけた難所を中心に、ゆっくりさらう。指の動きと息の流れを確認する、地味で退屈で、しかし不可欠な作業だ。


 ふと、視界の端に動きが見えた。


 奈央が、スコアの余白に何かを書き込んでいた。


 楽譜の余白に書き込みをすること自体は珍しくない。ブレスの位置や音量記号、テンポの注意——演奏上の情報を書き込むのは普通のことだ。僕もやる。のんもやる。あやのもやる。全員やる。

 しかし、奈央の手元を見て、少し引っかかった。


 奈央はスコアの横に、小さなノートを開いていた。

 オレンジ色の表紙の、B6サイズのノート。


 そのノートを見ながら、何かをスコアの余白に書き写している。


 練習に関するメモかもしれない。曲の解釈に関するメモかもしれない。顧問の先生が以前言ったことを書き留めていて、それを楽譜に転記しているのかもしれない。合理的な説明はいくらでもつく。いくらでもつくのだが——


 そのオレンジ色のノートの存在が、妙に引っかかった。


 奈央の持ち物を全て把握しているわけではない。把握していたらそれはそれで問題だ。ストーカーの定義に片足を突っ込む。しかし、あのノートを見たことがある記憶はなかった。筆箱や教科書は見慣れているが、あのオレンジ色は見覚えがなかった。

 新しく買ったのかもしれない。

 あるいは、普段は鞄の奥にしまっているものを、今日たまたま出しているだけかもしれない。


 奈央は数行書き終えると、ノートをパタンと閉じた。何事もなかったように鞄にしまって、スライドを手に取り、練習を再開した。


 気になった。

 が、聞かなかった。


 聞く正当な理由がなかった。「そのノート何」と聞くのは、世間的には自然な会話に分類されるだろう。しかし僕の中では、それは他者の領域に一歩踏み込む行為だった。


 ——読もうとしている。


 昨夜の自分の思考が蘇った。

 奈央が何を考えているか全部読みたい。あの思考が、また首をもたげている。あのオレンジ色のノートに何が書いてあるのか。知りたいと思っている自分がいる。


 知りたい。読みたい。

 でも、読んではいけない。

 少なくとも、今は。


 「音無」

 のんの声で我に返った。

 「合奏始まるって。ぼーっとしすぎ」

 「……ああ、ごめん」

 「なに見てたの?」

 「何も」

 「嘘っぽい顔してるー」

 「嘘っぽい顔ってどんな顔ですか」

 「タメ口ー」とのんまで言い出した。

 「……どんな顔」

 「そうそう。で、何見てたの」

 「本当に何も見てない」


 嘘だった。

 しかし本当のことを言えるはずもなかった。


 合奏練習が始まった。

 顧問の先生のタクトが上がって、全員が楽器を構えた。


 音を出す。

 音を聴く。

 音を合わせる。


 その繰り返しの中で、僕はひとつだけ確認していた。

 奈央のトロンボーンの音が聴こえる。深くて、確かで、ぶれない音だ。その音を僕は聴いている。聴くということは、音という言語で書かれたものを読むということだ。


 これは許可された読書だった。

 音は聴かれるために出される。聴くことは、招待状のある侵入だ。


 だから——今はこれでいい。

 音を読む。それだけでいい。それ以上を、まだ求めなくていい。


 合奏が終わった。片付けをして、帰る支度をした。


 帰り際、奈央が鞄からあの文庫本を取り出した。

 「え、読み終わったんじゃないの」

 「もう一回読む」

 「もう一回?」

 「一回目は感情で読んじゃったから。二回目は、ちゃんと読みたい」


 感情で読むのと、ちゃんと読むの。その違いが僕にはわからなかったが、奈央の中ではそれもまた分類されているのだろう。


 「すごいね、同じ本を二回読めるの」

 「音無は読まないの、二回」

 「あんまり」

 「もったいないよ。一回じゃ読めなかったものが、二回目で見えることあるから」


 一回じゃ読めなかったものが、二回目で見える。

 その言葉を、僕は奈央に対して当てはめたくなった。当てはめてはいけないと思った。当てはめた。

 一回じゃ読めない。だからもう一回、もう一回。何回繰り返せば、奈央という本の全ページに目が通せるのか。


 ——いや。全ページを読もうとすること自体が、きっと間違いなのだ。


 帰りの電車で、奈央は文庫本の最初のページを開いた。二回目の、最初のページ。知っている物語を最初から読み直す奈央の横顔を、僕は窓ガラスの反射越しに見ていた。直接は見なかった。直接見ると、読んでいることが奈央にばれる気がした。


 奈央を読んでいることが、ばれる。


 窓ガラスの中の奈央は、本に夢中で、こちらを見ていなかった。


 読みたい。

 奈央を。


 その欲望はまだ小さかった。まだ制御できるサイズだった。まだ名前がつかなかった。

 ——だからこそ、たぶん、危険だった。


 名前のつかない感情には、ブレーキがない。

 恋と呼べば恋のルールに従えばいい。友情と呼べば友情の範囲に収まればいい。しかし名前のない感情は、ルールも範囲も持たない。どこまでも膨らんでいける。残高が際限なく増えていく。


 通貨の名前も、使い方も、わからないまま。

 わからないことだけが、確実に増えていく。


 十月が終わろうとしていた。

 高校一年生の秋が、文庫本のページのように、一枚ずつめくれていく。


 読み返すことはできない。


 僕はまだ——自分自身すら、読み終えていなかった。



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            (第十七話へ続く)

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