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第十四話「金管八重奏と、音がぶつかる理由」


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 第十四話「金管八重奏と、音がぶつかる理由」

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 アンサンブルコンテストは、吹奏楽部員が小編成のグループに分かれて参加する大会だ。

 通常の部活動が全体での合奏を前提とするなら、アンサンブルコンテストは個が試される場だ。グループの人数は様々で、二重奏から十重奏くらいまでが一般的だ。桜塚高校からは複数のグループが参加する。のんは打楽器三重奏で、あやのは木管五重奏で、それぞれ別のグループに入った。


 僕が入ったのは、金管八重奏だった。

 顧問の先生からの指名で、トランペット二本、ホルン二本、トロンボーン二本、ユーフォニアム一本、チューバ一本の編成だった。


 メンバーの中に、奈央がいた。

 トロンボーンの一番手として。

 偶然か意図的かは顧問の先生のみが知るが、いずれにせよ同じグループになった。


 「一緒だね」と奈央は言った。

 「うん」と僕は言った。

 「楽しくなりそう」と奈央は言った。


 楽しくなりそう、という予感は、最初の三回の練習で粉々に砕けた。


 問題は、音程ではなかった。リズムでもなかった。

 問題は、「音楽の方向性」だった。


 アンサンブルは全体の合奏と違い、指揮者がいない。八人が互いの音を聴きながら、バランスを取りながら演奏する。誰が引っ張るか、どこで膨らませるか、どこで抑えるか。そういった解釈が、八人の間で食い違い始めた。


 特に、トランペットのもう一人と意見が合わなかった。

 二年生の先輩で、林先輩といった。技術は高い。音もきれいだ。しかしフレーズの解釈が根本的に違った。先輩は「ここは押した方がいい」と言い、僕は「ここは引いた方がバランスが取れる」と思っていた。


 「そこ、もう少し前に出た方がよくないですか」と林先輩が言った。

 「でも、そこはホルンが旋律を持ってるので」と僕は言った。

 「トランペットも並行してるから、どっちも前でいいんじゃないですか」

 「……両方前に出ると、音が被ると思います」

 「被るくらいの方が迫力が出る」

 「迫力と混濁は違う気がします」


 アンサンブルの練習は、毎回こういう展開になった。

 八人全員が何かしら意見を持っていて、まとまる日とまとまらない日がある。まとまる日の音は格別だった。八つの音が一つになる瞬間は、何度聴いても鮮明だ。しかしまとまらない日の練習は消耗した。


 奈央は、練習中はほぼ黙っていた。

 意見を言わないのではなく、溜めていた。練習が終わって帰り道になると、奈央は帰りの電車の中で話した。


 「今日の練習、あんまりよくなかった」

 「……うん」

 「林先輩、方向性が違うよね」

 「技術はある人なんだけど」

 「技術と方向性は別だから」

 「そうなんだよな」


 奈央は音楽についての意見を持っている。

 持っているが、練習中には全員の前では言わない。帰り道で言う。なぜ練習中に言わないのかを聞いたことがある。「場の空気が読めてないわけじゃないし、先輩がいるし」と奈央は言った。だから帰り道に言う。


 「音無はどう思う?」

 「引いた方がいいと思ってる、あそこは」

 「同じ。でも、どう伝えるかが難しいよね」

 「直接言っても、さっきみたいになるし」

 「録音してみんなで聴いたらどうかな」

 「……それ、いい方法かもしれない」


 翌日の練習で、奈央のアイデアを使った。

 練習を録音して、全員で聴いた。

 自分たちの音を外から聴くと、意見が変わることがある。林先輩もそれをもって少し考え直した。完全に解決はしていないが、最初よりは対話ができるようになった。


 「奈央が言い出したのか、録音は」と林先輩が奈央に言った。

 「音無が」と奈央は言った。

 「音無か」と林先輩はこちらを見た。

 「……奈央のアイデアです」

 「謙遜するな」と林先輩は笑った。


 奈央がこちらを向いて、ありがとう、と口パクした。

 どっちのありがとうかわからなかったが、受け取った。


 練習はまだまとまらなかった。

 十月のコンテストに向けて、九月は毎週末練習があった。

 八人の音は少しずつ近づいて、少しずつ遠ざかり、また少しずつ近づいた。


 うまくいかない日の帰り道、奈央が「しんどい」と言った。

 「練習が?」

 「なんか全体的に」

 「また、理由がない感じのやつ?」

 奈央が少し驚いた顔をした。

 「覚えてたんだ、そういうの」

 「……まあ」


 覚えていた、というのは当然のことだが、奈央には少し意外だったらしい。

 「覚えてくれてるの、なんかうれしい」と奈央は言った。


 うれしい、と奈央が言った。

 奈央が僕に向かってうれしいと言った。

 その言葉を、しばらく心の中で繰り返した。繰り返しながら、電車の窓の外の暗い景色を見た。


 「コンテストまで頑張ろう」

 「そうだね」


 二人でそれだけ言って、その日の帰り道は終わった。

 単純な言葉のやりとりだった。

 でも、胸の中の残高が、また少し増えた。


 通貨の名前は、まだわからない。


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