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第十一話「夏祭り、及び陰キャによる奇跡的誘い出し作戦」


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 第十一話「夏祭り、及び陰キャによる奇跡的誘い出し作戦」

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 コンクールが終わると、夏休みの空気が変わる。


 それまでは「コンクールまで」という目標が空気の中に溶け込んでいて、部員全員がそれを吸いながら練習していた。コンクールが終わった瞬間に、その成分がすっと抜ける。残るのはただの夏だ。暑くて、長くて、何もない夏。否、何もないというのは正確でない。部活はある。課題もある。しかし方向性を失った時間には、独特の浮遊感がある。


 コンクールの結果は銀賞だった。

 金賞ではなかった。上の大会には進めない。しかし悪い結果でもなかった。顧問の先生は「よくやった」と言い、三年生は泣き、一、二年生は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。僕はトランペットのケースを膝に乗せたまま、それらを眺めていた。


 悲しいかどうかを問われれば、少し悲しかった。

 それ以上に、終わった、という感覚があった。

 終わった、ということは次がある、ということだ。次の目標が生まれる。来年の夏、また同じ季節が来る。その時の自分がどんな音を出しているかは、今の自分にはわからない。ただ、今よりうまく吹いていたいとは思った。


 翌日の部活は自由練習だった。

 コンクール直後の部活に気合が入る人間と入らない人間の差は、その後の伸び方に直結する、と顧問の先生はよく言っていた。だから僕は行った。真面目だからではなく、家にいる方が余計なことを考えるので、行った方がいいというだけだ。


 練習室に行くと、奈央がいた。

 珍しくも何ともない。奈央は練習熱心で、自由練習でも来ることが多い。スライドの動きを確認しながら、低音域のロングトーンを繰り返していた。

 僕はトランペットを組み立てて、音出しを始めた。

 しばらく、二人だけで音を出す時間があった。


 奈央のトロンボーンと、僕のトランペット。

 音域も音色も全然違う。でも同じ空間の中で鳴ると、不思議と馴染む気がした。


 「お疲れ様でした、昨日」

 奈央が口を離して言った。

 「奈央も。のんもあやのも」

 「三年生、泣いてたね」

 「うん」

 「来年は金賞、取りたいね」

 「そうだね」


 少し間があって、奈央が「ソロ、よかったよ」と付け加えた。

 「隣で演奏しながら聴いてたから、ちゃんと聴こえた」

 「ありがとう。奈央のトロンボーンも安定してた」

 「お世辞は要らない」と奈央は言ったが、少し嬉しそうだった。


 その日の帰り道、電車を待つホームで、僕は珍しい行動をとった。

 「今度、夏祭り行かない」と言った。


 珍しい行動、というのは控えめな表現だ。

 音無透という人間の行動原則として、自分から遊びに誘うことはほぼない。誘われれば行く。誘われなければ行かない。それが自然なあり方だと思って生きてきた。しかしこの瞬間、なぜか、言っていた。


 奈央が少し驚いた顔をした。

 ほんの一瞬、目が丸くなって、それからすぐに戻った。

 「夏祭り?」

 「うん、池田の。もうすぐあるから」

 「音無から誘ってくるの、珍しいね」

 「……そうですかね」

 「タメでって言ってるじゃん」

 「そうかな」

 「どっちも大差ないね、今」


 奈央は少し笑って、「行く」と言った。

 あっさりだった。即答だった。

 「のんとあやのも声かける?」と奈央が聞いた。

 「まあ、どっちでも」と僕は答えた。


 どっちでも、は嘘だった。

 しかし正直に言う言葉も持っていなかったので、どっちでも、にした。


 翌日、部活でのんに話が伝わっていた。

 奈央が言ったのか、どうやって伝わったのかは不明だが、のんは部室で僕を見るなり「音無が奈央を夏祭りに誘ったって聞いたんやけど」と確認してきた。

 「行くことになった」

 「へえー。音無から誘ったの?」

 「うん」

 「へえーーー」


 のんの「へえ」のサイズが、一段階上がった。

 「あやのあやの」と呼んで、あやのを呼び込んだ。

 「音無が奈央に夏祭り誘ったらしいよ」

 あやのが静かに「えー」と言って、静かに笑った。


 「ヒューヒュー」と、のんが声に出して言った。

 擬音語を口で言う人間が実在するとは思っていなかった。

 「音無、いつのまに行動力ついてんの」

 「たまたまです」

 「たまたまで夏祭り誘う人おる?」

 「……いると思います」

 「いないいない。ね、あやの」

 「いないと思う」とあやのが静かに言った。


 多数決で負けた。


 そこに奈央が部室に入ってきた。

 「なに話してんの」と聞いた。

 「音無が」とのんが言いかけて、奈央に睨まれて止まった。

 「なんでもない」とのんが言い直した。

 「なんでもなくなさそうな顔してるけど」と奈央が言った。


 奈央はそのまま奈央の席に座って、楽器の準備を始めた。のんがこちらに向かって口パクで「奈央に言わないで」とやっていた。言わない、と口パクで返した。


 当日ののんとあやのは「用事がある」と言って来なかった。

 あやのから前日にメッセージが来て「ごめんね急に用事できた」と書いてあった。絵文字がひとつも使われていない、珍しいメッセージだった。嘘だとすぐわかった。のんが仕掛けた展開だろうということも、わかった。


 つまり二人きりになった。

 意図して二人きりになった、ではなく、意図して二人きりにされた、が正確だ。ただ結果は変わらない。今日は奈央と二人で夏祭りに行く。


 数日後、池田の夏祭りの当日になった。


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