影武者と言う名の犠牲
「まず敵をごまかすために三つのコースを取ります」
「二つは影武者ですか……」
遼献の言葉に孝基は静かに頷いた。
「確かにそうですね……ある意味ほかの二つは捨て駒……まあ我々自体が捨て駒なんですがね」
苦笑いを浮かべながら孝基は呟いた。遼献は力なく笑みを浮かべてみせる。
「まず西。東モスレムと遼北の国境を接している地点を進んで西モスレムに向かうルート」
「東モスレム地域は『外憲』の活動領域では?」
遼献の問いに孝基は静かに頷いた。
「確かに……ここに本命は置かない……相手もそう見てくるでしょう」
「相手とは吉田俊平少佐のことですか?」
それとない遼献の問いに孝基はそう言うことは答えないという表情を浮かべて遼献の執務机のモニターを開く。
兼州中部から遼北との国境に広がる山岳地帯を抜けるルートが示されていた。
「次に北天を経て遼北に北上する……北天は無政府状態ですが……」
「遼北が余の受け入れを拒否する可能性がある」
「そうです。遼南朝廷とは先代の武帝以来両国の関係は最悪の状態が続いている。その結果遼北は工作員を多数派遣し北天を無政府状態にまで追い込んだ」
「周衛叔父上は?」
遼献はすがるように遼南王家を捨てたカバラの弟にして武帝が定位の禅定まで仄めかした今は周衛と名乗る叔父の名を口にした。しかし、孝基は静かに首を横に振った。
「現在遼衛殿下こと周衛遼北人民解放軍軍事委員長の政治力はそこまで強くはないのですよ。転げ込んだところで私達が負ければ陛下の身柄をゴンザレスに手渡すことになるでしょう」
「そうなると最後の一路は……」
戸惑うような遼献の問いに孝基はようやく心からの笑みを浮かべった。
「同じく北天を経て東に進み東海を抜け東和に至るルート……まあこちらの道を陛下には歩んでいただきます」
「東海……花山院兄弟は余を見過ごすでしょうか?」
不安げな遼献に孝基は笑みで応える。
「直永は武人です。落ち武者を狩るような真似はしないでしょう。問題は政務を司る康永ですが……」
「気弱で知られる男ですね」
「そうです。恐らくはこちらが抜けるのを知っていて見過ごす可能性もあります」
「しかし……そうすると吉田少佐はこのルートに山を張ると思うのですが」
遼献の問いに孝基は表情を歪めた。
「確かに問題はそこでしょう。他の二つのルートは地の利のある『外憲』が待ち構えているでしょうがここは吉田の本隊が待ち構えている可能性が高いです」
「吉田俊平……切れ者で知られる男」
嘆息する遼献。だが孝基は予想外に脳天気に話を続けた。
「確かに吉田の信用を置いている部隊が立ちはだかるでしょうが……吉田俊平も神ではない。勝手を知らない領域では苦戦することでしょう。こちらには地の利がある」
「確かに初めての土地。東海への配慮もあって無人偵察機を飛ばすわけにも行かない……となるとこちらが有利と言えますが」
「そうです、信じましょう」
どこまでも楽天的な孝基の言葉に逆に遼献は不信を募らせることになった。




