暗君の息子
悠然とロッカールームを出ようとした西園寺孝基を待ち構えていたのは遼献だった。
「殿下……言って頂ければ良かったのに」
「良いのです。訓練だったんでしょ?」
「まあ出来るうちに出来ることはしておく主義なもので……その様子ですとまたもめましたねカグラーヌバ卿と」
タオルを肩から担ぐようにしてぶら下げて歩く長身な孝基を追いかけながら遼献は何も口にできないでいた。
「央都はほぼ遼霊殿下に帝位を継いでいただくことでまとまったようです。そうなれば……」
「父上は……」
「?」
神妙な表情で立ち止まった少年に孝基は不思議そうな表情を持って接していた。
「父上はそんなに余が憎いのでありますか?余は父上にそんなに憎まれることをしたのでありますか?」
少年の口から出た言葉にただ孝基は呆然とするしかなかった。考えてみれば対立している央都とは少年の父を担ぐ一党のことである。そうなればその行動は父の意志と感じてもおかしくない話だった。
「憎み憎まれる父子……自分の境遇が若干幸福に思えてきましたね、殿下の言葉を聞いていると」
「そうかもしれませんね……余は父上を憎む気にはなれません」
「そりゃそうでしょう。あの御仁に何かを決めることなどできやしない。ただ担がれてゴンザレス将軍の操り人形として勅命を下すだけ」
「そういう意味ではないのです……いや、そういう意味なのかもしれません。父上は何もお分かりになっていない……お分かりになることもできない」
「まあ境遇的にもゴンザレス将軍に不都合な話は遼霊にはもたらされないでしょうな。それ以前に能力的にそんな判断ができるようなお方では無いと聞いています」
「暗君……」
遼霊の言葉に孝基はつい吹き出していた。
「なんで笑うんですか?」
「ハハッ!父を暗君呼ばわりとは……しかし確かにあの御仁は暗君以外の何者でもないさもなければ東宮の位を失うわけがない」
孝基は腹を抑えながらなんとか廊下の壁に寄りかかって態勢を持ち直した。
「暗君の子として生きていく……苦労が多そうだ」
「事実苦労していますよ」
孝基の言葉に遼霊は苦笑いで答えた。孝基はそのままロッカールームの隣に置かれた飲み物の販売機の前に立つ。
「庶民の飲み物でも飲みますか?」
「いえ、いいです」
「まあこの機械のコーヒーはマズイですから」
そう言いながらも孝基はアイスコーヒーを選ぶ。出てきた缶を無造作に取り出すとそのままおもむろにプルタブを開けて飲み始めた。
「父上が即位されるということは……」
「遼献殿下が即位を拒まれる理由も無くなったということです。遼南の正統を示さなければならない。その為には殿下にも覚悟をしていただく」
「覚悟……」
遼献は難しい表情を浮かべながら黙り込んだ。コーヒーを飲み終えた孝基はそのまま遼献を見つめていた。
「そうです、覚悟をしていただく。恐らくこの戦争は勝てない。それでも即位するということは……」
「負ければ万死に値しますね」
「そう。負ければ死が待っている……普通に行けば」
「死の覚悟をしろと」
緊張した面持ちの遼献に孝基は笑みで答える。
「覚悟はしてもらうに越したことはないですが、死なせませんよ……この命にかけても」
「しかし……叔父上には多くの命が掛かっているのですから」
「それ以上の命を殿下は背負っていらっしゃる。俺の命も含めて」
孝基の言葉に遼献はただ黙り込むよりほかになかった。




