暗君
半裸の男が首相執務室に現れたことでガルシア・ゴンザレス将軍と浅野英次首相、そして軍事顧問の吉田俊平少佐は言葉を止めなければならなかった。
「殿下……即位の前だというのになんという格好を……」
「浅野!本当に余で良いのだな?あの遼献ではなく余で」
甲高い声で叫ぶ半裸の遼霊の言葉に浅野は首をすくめた。
「殿下は遼南王家の嫡流であらせられる。なぜ帝位に就くのを躊躇されるのか?」
「本当に良いのだな?あの遼献ではなく」
再び女々しさすら感じる甲高い声が首相執務室に響いた。その言葉を聴き終えるとガルシア・ゴンザレス将軍はゆっくりと葉巻の箱に手を伸ばした。
「浅野では話にならん!ゴンザレス!貴様はどう思っておるのじゃ?」
「浅野で話がつかないことでなぜ私だと話がつくのですか?」
悠然とそう言って静かに葉巻の吸い口を切る。そのままゆっくりと灰皿の上まで運ぶとじっくりと先をガスライターの火であぶっている。
「タバコなど吸うんではない!余の話を聞けと言うておるのじゃ!」
「傀儡の話を聞くにはタバコの助けが必要なのでね……それくらいの自覚は持ってらしても罪にはならない?」
「傀儡……」
自分でも思っていたことなのか、カバラはその言葉を聞くとぐったりと首をうなだれた。
「ゴンザレス将軍……そこまでズバリと言わなくても……」
「吉田の……はじめが肝心なのだよ全てにおいて。霊帝は傀儡でしかない。それは誰が見ても分かること……」
「傀儡、傀儡、人形なんでも良い!あの遼献に帝位をくれてやるほど余は人間ができてはおらん!」
「ほら……どういう形でも帝位につければいい。それがあなただ」
葉巻をゆっくりと吸い、その煙を巻き上げながらゴンザレス将軍は浅野目を向ける。そしてそのまま半開きの扉を指さした。
「だが……殿下。このようなものを臣下の目に触れる場所で連れて回るのは感心しませんな」
半開きの扉の向こうには胸をはだけた三人の女官が部屋の中を伺っていた。浅野は気が付くとそのまま扉の方に向かいそのまま女官達と外に消えた。
「帝位に就かれる身です。ご自愛を」
「わかっておる!」
甲高くそう叫んで遼霊は外に出て行った。
「あれを担ぐんですか?大変ですね」
吉田の言葉に憮然とした表情のゴンザレス将軍。
「貴様は気楽でいいだろ。傭兵は戦争が終わればそれでひと仕事終えたことになるのだから」
「そう言う割には口元が笑ってますよ」
「わかるか」
ゴンザレス将軍の表情が不意に緩んだ。
「あれではワシ以外の誰が実権を握れるというのだ?南都のアンリは賢いに過ぎる。東海の花山院兄弟は愚直だ。どこまでもずる賢くなければあの御仁を動かすことはできんよ」
「まあそうでしょうな。金はもらっているんだから俺が何を言うわけでもないですが」
吉田はそう言うとそのままゴンザレス将軍の座っている首相執務机に寄りかかる。そのまま当然のように置かれたゴンザレス将軍の私物の中からパイプを一つ取り出すとそのまま手に取って眺め始めた。
「だが……これで兼州も即位をするでしょうな。自分が正統なのだと」
「構うものか。勝った方が本当の帝だ」
そう言うとゴンザレス将軍は吉田の手からパイプを奪い取って手前のパイプ用灰皿に置いた。
「ただ……それを東和とかに分からせるには……」
「そうだ。遼献殿下には死んでもらわないといかん。亡命政府でも作られた日には目も当てられない」
「巡洋艦、『央都』。完成したそうじゃないですか」
それとない吉田の振りにゴンザレス将軍は笑みを浮かべた。
「本来はアステロイドベルト近辺の権益拡大に使うつもりだったが……兼州離宮掃討が初陣になりそうだな」
ゴンザレス将軍はそう言うと手にした葉巻にハサミで吸い口を開けた。
「遼武帝の遺産。それをラスバ帝が定めた東宮を討つために使う。皮肉なものですね」
吉田の言葉に頷きながらゴンザレス将軍は悠々と葉巻に火をつけて吸い始める。
「時代とはそんなものだ」
タバコの煙はゆっくりと立ち上り、吉田は眉をひそめながらそのまま首相執務室を後にした。




