甲武国陸軍外事憲兵隊
「全く話にならない!」
「まあそうカリカリするんじゃないぞ」
宰相浅野英次の言葉にガルシア・ゴンザレス将軍は余裕のある対応で応えた。そのまま彼は当然のように首相の椅子に座る。本来の首相である浅野は応接セットに腰を落ち着けた。
「しかし……献殿下を兼州王に封じると言う案。なかなかどうして微妙なところを突いてきたというところですか……軍幹部も本音では兼州討伐はしたくはない」
「まあ逆賊の汚名はかぶりたくないのだろうな……それに南都のブルゴーニュの息子が動いている」
愚痴るばかりの浅野に飽き飽きしたというようにゴンザレス将軍はタバコに火をつける。ゆっくりと登る煙を見ながら彼は話を続けた。
「アンリ・ブルゴーニュ。なんでもフランス海兵隊の学校を首席で出たとか……それを言うならワシも遼南陸軍の料理学校を首席ででとるわ!」
「炊事係上がりがコンプレックス……なわけですか」
突然の背後からの言葉にゴンザレス将軍は煙草を落としかけた。
「誰だ!」
「人を呼んでおいてよく言いますね……それとも脂肪の摂り過ぎで頭、ボケました?」
いかにも面白い出来事だというようにカーテンを押しのけて現れたのは吉田俊平だった。それを見て護身用の銃に手を伸ばしかけていた浅野が苦笑いを浮かべながら椅子に腰掛ける。
「アンリ・ブルゴーニュ。いつかぶつかりますよ。今のうちに潰しといたほうがいいんじゃないですか?」
吉田はそう言いながら当然のように浅野の前に腰を下ろした。ことが済んだというようにゴンザレス将軍は大きな息をついてタバコの煙を吐き出す。
「二方面作戦は自滅への道だ。現状としては兼州をどうにかすることが先だろうが!」
「その程度の計算ができますか……なら俺の給料も確実に振り込まれそうだ」
満面の笑みで振り返る吉田。ゴンザレス将軍は試されたことに少し苛立ちながら煙草を燻らす。
「そう言えばちょうどいいな……吉田少佐。君にあってもらいたい人間を呼んである……」
そう言うとゴンザレス将軍は手元の端末を起動させる。
「ワシだ。そうだ……首相執務室に呼んでくれ……まああちらも君とは話がしたいだろうからな」
突然の提案に吉田は苦笑いで応えた。
「なんです?まるで俺に会わせたいみたいじゃないですか」
吉田の言葉を無視してゴンザレス将軍は煙草をふかした。
「まあ会えばわかりますよって来たか」
ノックの音に静かにうなづくゴンザレス将軍。浅野は察したように立ち上がり執務室の扉を開いた。
「会いたかったよ……吉田俊平」
甲武国陸軍の詰襟の茶色の軍服に吉田は身を固めた。
「甲武国陸軍……外事憲兵隊……」
「その節はどうも」
顔を引きつらせながら憲兵少佐の軍服を着た男が吉田に手を伸ばしてくる。それを握手と理解した吉田は静かに手を伸ばした。
「遼武帝暗殺は見事としか言えないねえ……パイロキネシスとの牝ガキの自然発火でボン!考えたもんだ」
「それはどうも」
固く握り締めてくる手を振りほどくと吉田はそのまま恨みがましい目でゴンザレス将軍を見つめた。
「あの時の警備で……うちの部下も三人死にましてね。警戒線近くの検問所で……喉笛を一撃。恐らくはあんたが手を下したと思いますが」
「ああ、あの連中ですか。甲武国陸軍『外憲』があの程度のレベルとは……」
「きついお言葉だ……まあおかげで西園寺卿は失脚。うちとしては抑えがいなくなってラッキーだったとも言えますが」
皮肉を言ってやったとはしゃぎそうな憲兵の顔を吉田が睨みつける。
「真田少佐。そのへんにしておいてもらえますか。今後は共同歩調をとっていただくんですから」
浅野のとりなしでようやく落ち着いたというように吉田の正面に真田が座った。
「昨日の敵は今日の友。まあ仲良くやってくれたまえ」
いかにも取ってつけたようなゴンザレスの言葉に吉田は恨みがましい目を向けた。
「そんな目をするなよ。これは真田少佐からの提案だ」
ゴンザレス将軍が手元のスイッチを押す。すぐに部屋の電気が落ち、応接セットの中央の上空に兼州と央都の境界線が映し出された。
「今更何を……」
そう言いながらも吉田は次のゴンザレス将軍の言葉が待ちきれないというように手を握り締めた。
「それで、憲兵さんのアイディアって?」
不機嫌にそう言った吉田に立ち上がった真田は静かに州境にポイントしてみせる。
「浸透作戦です。現在私の部下の一部が州境を越えて兼都近辺まで浸透しています」
「はあ?だったらご自分でラスコー殿下を暗殺するなり拉致するなりすればいいじゃないの」
吉田の言葉に真田は残酷な笑顔を浮かべ、静かに首を横に振った。
「こちらの勝利は単純に献殿下一人の命で得られるものではありません。二代続いての暗殺。央都の権威の失墜、ひいては遼南の弱体化を引き起こします。その為には今回の戦いは全面戦争による徹底的な破壊による勝利しか出口は無い」
「徹底的な破壊?敵の甲武浪人を煽るのか?」
ようやく話が読めてきた吉田の顔が曇った。その姿を予想していた真田は話を続けた。
「すでに目星はつけていますが……民間人を拉致します。それなりに物語が作れそうな境遇の若者を数名マークしています。これらを拉致し……州境を超えたところで殺す」
「うわー『外憲』らしいえげつないやり口ですこと」
「でも確実は確実でしょ?戦いを起こす大義に飢えた甲武浪人は暴動を起こしてでも越境作戦を行う。そこでこちらは自衛のために軍を動かす」
「随分とひでえ戦場の作り方だな」
明らかに気分が悪くなったという表情の吉田の肩をいつの間にか立ち上がって彼の後ろまでやってきたゴンザレス将軍が軽く叩いた。
「我々は勝たねばならんのだよ……手段は選べん」
「まるで敗軍の将のお言葉ですな」
振り返りながら吉田は苦笑いを浮かべていた。
「なあに格好なんてどうでもなるんだ。勝てば官軍ということだ」
ゴンザレス将軍の言葉に吉田は力なく頷いた。




