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幼帝と義将と童たち

「こんなに笑ったのは久しぶりだ」


 遼献はそう言うと目の前で琵琶を片手に笑う西園寺孝基を見つめた。


「なあに、戦場だって人がいて初めて成り立つんだ。笑って、泣いて、怒って。人がいるところにはそれぞれ物語がある……ここ以外ではな」


 急に孝基の口調が厳しくなる。献と一緒に戦場で糞尿を撒き散らすことになった新兵の運命を笑っていた女官達の笑いがとまる。


「そんな……そんなにここは悪い場所ではないぞ」


「そう言う割には初めてだって言ったじゃないか、こんなに大笑いをしたのは。ここの空気はどうも気に食わない……外に出るか」


「いけません!」


 琵琶を置いて立ち上がろうとする孝基を女官長が止める。


「こんなところで未来の遼南を背負う人間を腐らせちゃっていいのか?」 


 挑戦的な孝基の口調に女官長の手が止まった。それを合図としたかのように献は東宮の椅子から飛び降りて駆け出す孝基の後に続いた。


「運動不足の割には走れるじゃないか!」


「若いですから」


 献の足でも届くくらいの速度で加減して走る孝基。離宮の真っ直ぐに続く廊下を二人は一気に駆け抜けた。


「あれを使うぞ」


 そう言って孝基が指さしたのは一台の真っ赤なバイクだった。


「あれは伯父上のものではないのですか?」


「よくわかるな」


「あの悪趣味な色使いは伯父上のものである証拠です」


「言ったな!」


 バイクの前で孝基は献の頭を小突いた。そのまま二人はバイクにまたがり一気に離宮の入口の検問に差し掛かる。


「どけどけどけ!」


 孝基の言葉に衛兵達は慌てて逃げていく。二人はまんまと街道に出てそのまま街へと向かう道路を走り始めた。


「うまくいきましたね」


「まあなんとかなるものさ」


 後ろの献にニヤリと笑みを返すと孝基は一気にバイクを加速させた。


 あたりがいっぺんに農村地帯から都市へと変貌する。


「どうする?またマーケットでもめぐるか?」


「もういいですよ。それより学校に行きたいです」


 突然の献の提案に孝基は少しばかり戸惑った。


「学校に行きたいねえ……俺のオヤジが聞いたら喜んだだろうに。オヤジの奴は俺を学校に閉じ込めとくのにだいぶ気を遣ってたからな」


「重基卿が?伯父上はそんなに学校が嫌いだったのですか?」


 孝基はゆっくりと信号待ちの車の後ろでバイクを止めた。


「嫌いというか……なんというか。俺の行ってた小中学校は貴族の溜まり場でね……プライドばかり高くて中身の薄い連中に舐めた口をきかれるのが我慢ならなくてね」


「それでもいいです。余は友達というものがいない……」


 静かな口調の献の言葉に孝基は黙り込んだ。確かに離宮には子供の姿はなかった。先帝ラスバが遠ざけてから、次女や衛士達も子供は全て自宅のある近隣の村落に住まわせていた。


「なら作ればいい!いいアイディアだろ?」


「ポジティブなんですね」


「生き残るコツさ」


 そう言うと走り出した車についてバイクを走らせる。バイクはそのまま左右にくねり続ける旧市街の石畳の道を進む。


「舌を噛むなよ」


 孝基は一気にバイクを加速させた。坂を登りきったところでジャンプし、そのまま一気に坂を下る。


「あれ、学校じゃないのか?」 


 そう言って孝基が指し示した建物にラスコーは目をやった。


「あれが学校……」


 旧市街の古めかしい建物の中に形だけは近代的なビルが一つと空き地が広がっている様子が見て取れた。


「学校だ」


 孝基はそれだけ言うと力なく笑った。それを見たラスコーは少しばかり不審に思いながらも孝基の運転するバイクに乗って校門を入る。


「なんだ?」


「バイクかっけえ!」


 小学生達があっという間に孝基とラスコーを取り巻いた。


「赤い百足の塗装……まるで紅籐太じゃねえか……おっさん、紅籐太」


「そうだ」


「嘘だ!紅籐太は今頃南部の基地で訓練しているはずだぞ!」


 あっさり肯定したはずだというのに孝基を認めない小学生達を見てラスコーに目をやる孝基。ラスコーはゆっくりとバイクから降りると見慣れない自分より少し年下の子供達を珍しそうに眺めた。


「兄ちゃん何者?この人本当に紅籐太」


「余……いや、僕は……」


「彼こそが兼州ひいては遼南の主、次期皇帝遼献殿下だ」


「はっは!嘘ばっか……おっさん達嘘ついてそんなに楽しいか?」 


 少年達が大声で笑い合う。つい献も釣られて笑っていた。そこに突然教師が駆け寄ってきた。


 闖入者はそのまま少年達を献から遠ざけるとそのままその場にひれ伏した。


「知らぬこととは申しながら……ご無礼の数々……」


 言葉を飲み込んでは吐き出しながら緊張し尽くしている教師。さらにその後ろからは暑い夏だというのに背広姿の禿げた教員が遠くで同じように土下座をしていた。


「先生……じゃあこの人達本当に……」


「紅籐太……本物だ……」


「お兄ちゃんは東宮殿下……」


 少年達の表情にいっぺんに生気がなくなっていくさまを献は黙って見つめていた。


「いいのですよ。僕が学校を見たいというから西園寺卿に案内を頼んだんです」


「まあそういう訳だ」


「はあ」


 なんとも緊張感のない孝基の態度に教師は顔を上げたまま首をかしげていた。


「しかし……元気だな、お前等」


 そう言うと呆然と立ち尽くしている手前に立っている少年の頭を孝基は乱暴にかきむしった。


「まるでヒーローですね。伯父上」


 皮肉を込めた献の言葉に心底嬉しそうな顔をする孝基。


「まるでヒーロー?ふざけたことを言う。傭兵は嫌われ者さ……どこでだってゴミでも見るような目で見られてきたさ」


「紅籐太はヒーローだよ!」


「そうだ!地球の悪い連中から僕等を守ってくれるんだ!」


「あ……あはは」


 子供達の声に孝基は力なく笑った。


「勝ちますよね……ゴンザレスのデブなんかに兼州が負けるわけがない!」


「そうだよ勝つよ」


 信じきっているような目はラスコーから見ても痛々しく感じられた。


「まあ君達がちゃんと勉強していればね」


 軽く手を振る孝基を見て教師が立ち上がった。


「これ以上殿下達を困らせるんじゃありません!」 


「はーい」


 仕方がないというように少年達は校舎へと向かう。教師は何度となく頭を下げて手を振る孝基に答えていた。


「あのなあ……坊主」


「坊主?」


「なあに俺から見たら東宮殿下もあの餓鬼共も同類さね……お前さんの意気地があの餓鬼共に地獄を見せることになる……それについてはどう思うね」


 急にどすを効かせた孝基の言葉に献はハッとさせられた。


「お前さんが亡命していればあの餓鬼共は……まあ屈辱にはまみれるだろうが命は助かった。だが、お前さんが亡命を拒否した今、間違いなく央都からの暴力は怒涛となってこの街を押し流すことになる……」


「余が間違いを犯したと?」


「人生に正解なんて一つもねえよ。お前さんが亡命を拒んだおかげで俺は傭兵としておまんまが頂ける。それもまた事実だ」


 そう言うと孝基は再びバイクにまたがった。


「ひとつだけ言っておく……これからは暴力が支配する世界だ。お前さんの理想や意気地はただ人を傷つけるだけに終わるだろう」


「国家とはそもそも暴力機構ですよ。行政学の基礎の基礎です」


「そんな机上の空論を話してるんじゃねえ……これからのお前さんの一挙手一投足で人が何人かくたばることになる……学問なんかじゃねえ……現実の話さ」


 孝基はそう言うとバイクのエンジンをかけた。献は仕方がないというようにそのままバイクの後部座席に乗り込んだ。

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