伯父と甥
「紅籐太殿の体験を話して差し上げてください。殿下にはそう言う経験がありませんから」
「そりゃあ十年も傭兵を続けてる人間はそういうませんよ」
それだけ言うと孝基は女官に連れられてバラダの執務室を後にした。
急にあたりの雰囲気が変わったのに孝基は気が付いていた。
「随分とまあ寂しいところじゃないか」
自分に言い聞かせるようにしてつぶやく。ここまで来ると外の喧騒とも無縁で時折窓の外で鳴いている鳥の声が沈黙を破るだけだった。
「こちらです」
しばらくと呼ぶには長すぎる時間歩いたあと、ようやく東宮の間にたどり着いた。
ラスコーはすでにその椅子に腰掛けていた。
「西園寺卿」
「卿と呼ばれる覚えはないですがね」
自嘲気味に笑う孝基に心からの笑みをもたらすラスコーに孝基は好意を持った。
「確かに廃嫡されている以上、卿と呼ぶのは間違っているかもしれませんね」
「そう、先日来た康子の旦那の義基が卿で俺はただの兄貴だよ」
「そうですか」
少しばかり残念そうにラスコーは呟いた。孝基はそんな様子に少しばかり安心したように床にあぐらをかいた。
「孝基様……」
「突っ立ってると疲れるんでね。楽させてもらうぞ」
「はあ」
初めて見る賓客の態度にラスコーは慌てているようでその様が孝基には心地よく感じられた。
「どこでも寝れて誰にも怖気付くことが無ければ傭兵は務まるもんですよ」
「確かに私があった人間の中で一番肝が据わっているように見えますね」
「たった十二年で決められちゃあたまりませんよ。それに世の中上には上がいますから」
そう言って孝基は笑った。そしてそのままラスコーの後ろに控えている女官達に目をやる。
「ほう、美人がいっぱいおりますな。嬉しい限りだ」
孝基の言葉に女官達は複雑そうな笑みを浮かべる。
「ああ今のは本音ですから。別に他意はないですよ。献殿下のお父上と違って」
「あまり父ことは話さないでください。このもの達の中には父から逃げてきたものもおりますから」
ラスコーの言葉に孝基はラスコーの父ムジャンタ・カバラがこの離宮ではタブーなことを知った。酒と女に溺れた暗君遼霊。すでに百人を超える庶子がいるのは孝基も知っていた。
「その者達のためにも亡命はできないと」
「そういうわけではありませんが……それも理由のひとつです」
凛とした調子で語りかけてくる少年東宮に孝基は笑顔で応えた。
「それではお話ししましょう……これからこの遼帝国で起こるであろう……非道な戦いのことを」
孝基はそう言ってにやりと笑う。その表情に違和感を感じつつ、献は目の前の伯父である傭兵に引き付けられていくのを感じていた。




