敗北を望む将
「まるでダンジョンだな」
苦笑いを浮かべながら先を進む兵士のあとに続く。孝基は物怖じすることもなくそのままゆっくりと歩き続けた。
通路の脇には絵画や骨董が並び、ここが遼州中心であるかのように思わせる威厳があった。
「これまた随分とまあ……東都の西園寺別邸よりでかいだろうな」
「一応離宮ですから。もう少しかかりますよ」
兵士の言葉に孝基はなんとも複雑そうな笑顔を浮かべつつ先を急ぐ。兵士は急に右に折れ、そのまま一つの扉をノックした。
「入り給え」
「では、西園寺卿」
手を差し出す兵士に誘われるようにしてそのまま孝基は扉を開けた。天井の高い部屋の奥に置かれた執務机に座るカグラーヌバ・バラダの表情が一瞬で明るいものへと変わっていた。
「紅籐太殿!」
さっと立ち上がったバラダはそのまま走って孝基のそばに来るとその手を握り締めた。
「紅籐太はよしてください。そんな立派なもんじゃない」
「いやいや、あなたの噂は前々から存じておりますぞ。ゲルパルト内戦や幾多のコロニー星系での活躍。いたく感服しております」
「感服されるような働きはしちゃいませんが」
頭を掻いて照れる孝基を眺めながらバラダは満足げにうなづく。そのまま執務机に座っても感慨を抑えきれないというように絶え間なく頷き続ける。
「これで兼州は救われた。百万の味方を得た気分ですぞ」
「大げさですねえ。俺一人で戦況が変わるくらいなら苦労しませんよ。それより康子さんが来てたみたいじゃないですか。むしろ彼女にいてもらった方が戦況は変わりますよ」
孝基の言葉にバラダの表情が一瞬で曇った。
「あやつはもう西園寺家の人間です。殿下に亡命を進めて断られると速攻で帰ってしまった」
「私も西園寺家の人間だったわけですが……」
そう言いながらニンマリと笑う孝基。それに困ったようにバラダはため息をついた。
「しかし亡命は正解ですよ。勝ち目はない」
「そんな気弱な話をされるとは……」
「わかるんですよ。十年近く戦場を巡っているとどうしてもね。南都のオーギュスト・ブルゴーニュが央都側についたのが痛い」
そう言うと孝基は執務机にそっと近寄って机の上のペンを手にとった。そのままくるくると回しながら話を続ける。
「南都は地球と通じています。地球側としては遼州に大きな乱れがあるのは感心できない。外惑星がゲルパルトを中心として反地球の態度を取っている以上、地球よりの政権ができるのが理想だが、最悪でも安定した基盤に立った政権ができてくれるのが地球の意向ですな」
「なら献殿下の下にそういう政権ができればいい」
バラダの言葉に孝基は再びくるりとペンを回す。
「正直、今の勢力図では兼州側にはとりあえず生き残る程度の力しかありませんよ。あえて言えば西の東モスレムと鼎立して三国鼎立状況が作れれば御の字でしょう。だがそういう状況は、地球側……特に地球圏にとっては気に食わない状況になる」
「地球圏の意向に沿う必要はない」
「だが力のバランスは南都の央都陣営参加で完全に崩れた。遠からず央都は兼州討伐に動く」
「そのために孝基殿はこちらに来たんじゃないのですか?」
バラダの問いに孝基は満足げにうなづいた。
「そうですな。私は負けに来たんです」
「負けに来た?」
理解できないというようなバラダの顔を嘲るように孝基は見つめた。そのまま手にしていたペンを置き、ゆっくりと呼吸を整える。
「殿下にお会いしたいのですが」
孝基の言葉にバラダは少しばかり気弱な笑みを浮かべながら机の端に置かれた鈴を鳴らした。すぐに女官が一人現れる。
「西園寺卿を殿下のところにお連れしろ」
「今の時間は古典派経済学のお時間ですが……」
「勉強よりも大切なことだ。お連れしろ」
困ったような女官の表情に孝基は苦笑いで応える。女官はそれを見るとようやく踏ん切りがついたというように歩き始めた。




