其の一『序の巻』(1/2)
神仏を尊び鬼や妖怪から人間の民を守る組織『角狩衆』。
数ある赤鬼の一族を統一した朱天鬼が率いる『赤鬼軍』。
両者が都と二瀬川渓谷で大決戦終えた後の事ーー。
人間側では覇者・武石虎継が人の世の天下統一を果たし、「残りは人ならざる鬼共」と真の統一の為、本格的な鬼の駆逐及び大江攻めを開始した。角狩衆は「あくまで民を守る為」と言う目的は曲げず、侵略行為は行わず共闘と言う形を取る。
武石軍はその豊かな財力から成る兵力、角狩衆を凌ぐ兵器開発能力によって、一時赤鬼の勢力を大江付近まで後退させる事に成功する。
この勢いで大江曽城を落とすかに思えたが、故郷を守ろうと結束した赤鬼の若者達『菖蒲若衆』が赤鬼軍と共に決死の攻防を展開。
更に以前より活動的になった『酒呑童子』の強襲も加わり、戦況は一気に押し戻される。
そうして人間達と赤鬼の泥沼の戦が続く事、5年ーー。
雲が月を覆い隠し、闇が濃く感じられる夜。
都と大江から北西の火山郡周辺。なだらかで見晴らしの良い山。
その山頂で角狩衆・綱隊が別働隊として合戦に備え野営をしていた。
いくつかある焚き火の中、崖の近くの火を囲んでいる3人の男達。
そのうち2人は角狩衆の標準装備である鱗状の金属片を縫い付けた黒い装束を纏い、綱隊の印である長槍を側に置いている。長槍の刃は朱色だ。
束ね髪で目付きの鋭い方の男は『渡辺綱』の称号を持つ綱隊の隊長だ。標準装備に加え、鬼の革と牙で作った鎧も上に着込んでいる。
歳は30後半。眉間や目元の皺の深さが歴戦の戦士らしさを物語る。
名は『柴本 射貫』と言う。
射貫は徳利から漆塗りの杯に少量の酒を注ぎ切る。
「最後の一滴か……。死水だと思って大事に飲むとするか。」
低く艶のある声で残念そうに呟く彼に、もう一人が顔を向ける。
人が良さそうな面長の彼は副隊長で、名は『五平』と言う。
「だったら携帯食でも口に入れて下さいよーー。
こんなどこも不作で食糧難の時に、持たせてくれる食べ物があるだけ有難いもんす。酒なんか尚更……。」
やや舌足らずだが、真面目そうである。
「ちげえね。
しかし、こうも大干ばつとか天変地異も多いって事は、戦で天地も荒んじまったって事かな。」
射貫は杯を掲げて軽く会釈し、それを飲み干した。
さて、紹介してない残りの男だが、彼は木の幹に寄り掛かって2人の話を黙って聞いていた。
大きめの笠を被っているせいで表情はよく見えないが、静かに相槌を打ったり、笑みを浮かべたりしている。
襟足辺りで束ねたクセのある髪は、裳のような量感で長く黒い。だが笠の下から少し見える前髪だけは白かった。
黒い着物を腰巻きのようにした色白の半裸。その肩に角狩の黒い装束を羽織っている。武器は持っていない。
顎の骨格からして20歳ぐらいに見えるが、羽織から覗かせる傷だらけの厚い胸板や腹筋の力強さから年齢以上の貫禄が漂う。
「ん?」
ふと、後ろを振り返る笠の男。
立ち上がって、いきなり近くの茂みに手を突っ込む。
すると、茂みの中で何かがガサガサと暴れた。
笠の男はそれをそっと引き摺り出して、子犬を扱うように抱き上げた。
「あっ!うああっ……!!」
5歳ぐらいの子供だった。痩せていて、着物が汚れている。
子供の首など簡単に折ってしまいそうな笠の男の体格に、すっかり怯えていた。
何だ何だと、首を向ける射貫。
「ん?子供か?」
不憫そうに見る五平。
「飢饉で駄目になったあちこちの村から人が流れて来てますからねえ。
戦より食料政策の事考えた方がいいと思うんすけど、今の赤鬼は攻めるの止めたら一気に都まで侵攻される勢いですから、難しい所っすね。」
2人の話を他所に、笠の男は子供をそっと地面に下ろし、焚き火の近くにあった握り飯を差し出す。
「……?!」
息を殺しながら握り飯と笠の男を交互に見る子供。
「茂みにいた時からグウグウ鳴っているのが聞こえた。これを狙って隠れてたんだろ?
俺はそんなに米を食べる必要ないから、ほら……。」
やや抑揚が無いが、ゆっくりで優しそうな話し方。口元で微笑んでいるのが分かる?
「じゃ、俺も。」
見ていた射貫も握り飯を差し出す。
「あ、射貫隊長がそんな事したら、俺もあげなきゃいけない流れじゃないですかやだーー。
へへ、昔よく弟達に分けてやりました。」
五平も差し出す。
子供は天からの恵みが一気に3つも来たので狼狽える。
「あ、あ……。」
空腹で頭と舌が回らなくて、上手く礼が言えない。
「そんな事しなくてもまだあるよ!」
と、次は少女の声。
10代前半の娘が、盆に追加の握り飯を乗せてやって来る。
両手でガッツポーズして歓喜する射貫達。
「「うっほ♪追加やりぃ~。」」
少女は裾が短く袖の無い動きやすそうな着物を蝶々結びで帯を締め、白い小袖を羽織っている。格闘をするのか、手には帯を固く巻き付けていた。
髪型は三角巾をしていて分からないが、目が大きく可愛らしい顔で、瞳は『黄金色』であった。
「はい。お水もどーぞ。」
少女は竹の筒に入った水も差し出す。
「っ!!!」
喉も渇いていたのか、子供は取り憑かれたように水を口の端から零しながら夢中で飲む。
そして握り飯にも齧り付くが、むせてしまう。
その背を笠の男がトントンと軽く叩いてやる。
「極度の空腹の後に一気に食べると胃が受け付けなくて戻しやすい。ゆっくり少しずつな。」
子供は久しぶりの食べ物の甘みと、人の手の温かさを感じ、段々顔を歪め涙を流した。
「ごめん、なさい……。
飢えて……このまま死んじゃうんだって思って……怖くて……盗もうと思って……。なのに……助けてもらって……。」
「大丈夫……、分かってるよ。」
笠の男は落ち着かせるように子供の頭をそっと撫でた。
「僕、色々大変だったかもしれないのに、ちゃんと正直に言えて偉かったね。」
少女もしゃがみ込んで一緒に笑顔で励ます。
そのまま皆で歓談して一緒に食事を摂った。
終わった後、笠の男は射貫に相談する。
「隊長、俺がこの子を後ろの安全そうな陣に連れて行きます。」
「おう、急げよ。
いつ来てもおかしくないからな……。」
射貫は訝しげに遠くを睨んで顎を弄った。
「ええ……。」
笠の男は何かに身構えるように俯く。
笠の男は羽織ってる装束を脱いで子供の肩に掛け、手を繋いで歩き出す。
子供は男の体をちらっと見た。
手は握り拳の癖がついてやや変形している。
上半身は肉と肉の繋ぎ目がはっきりとしており、逆三角形の上体に、太い肩、複雑に割れた甲冑のような背中。傷だらけだが、美しい光沢感がある。
(鬼みたい……。いや、野良鬼なんかより引き締まってて強そうだ。)
***
角狩衆が野営している場所から東の森ーー。
闇の中に無数の黄金の光が舞う。
それらは全て鬼の眼光だ。数は20前後。
そして鬼は鬼でも野良鬼のように醜い見た目ではなく、ほぼ人間の姿に角を生やした上位種・天鬼だ。皆髪が赤系なので赤鬼である。
ここにいる天鬼達は皆10〜20代の若者だった。
男鬼も女鬼も着物を着崩して肌を見せており、よく鍛え上げられた強靭な肉体を拝めた。
彼らは岩か何か硬い物を叩くような音を立てながら、二人組になって組み手を行なっている。人間がまず想定する格闘とは違い、噛みつきや引っ掻き、急所狙い、火の鬼術などもお互い当然のようにやる。
そんな彼らを岩に胡座をかいて座り見守る女。いや、若い男の天鬼が一人。
女子のような淡麗な顔と、頭の上部で束ねた腰まで長い朱色の髪。
角先や目尻に紅の化粧も軽くして顔は面長の凛々しい女と言ってもいい所だが、淡い杏色の身体は上半身裸で人間の武芸者を圧倒する筋骨隆々な体付きだった。目付きも氷のように鋭く冷ややかだ。
服装は裁着袴を穿き、赤富士や芍薬が描かれた錦の美しい打掛を肩に羽織っている。
妖美と武勇、両性までもを凌駕した魔の鬼と表すに相応しい風貌だ。
彼の名は『陽光』。赤鬼軍の大将・元実の息子だ。
陽光に15歳程の女鬼が近寄って跪く。
「陽光様。少し宜しいでしょうか?」
「何だ?」
無感情に言う陽光。やや高圧的な口調だが、女鬼を見つめる瞳が少し優しくなる。
女鬼は首を垂れて続ける。
「小さな岩穴で暮らす、血統の粗い田舎鬼であった私を『菖蒲若衆』の仲間に入れて下さり有難うございます。」
「ふん……、何かと思えば。
強制も拒否もしていない。お前が自ら加わっただけだ。」
「私達は元々大昔に人間の侵略を避けて富士より遥か東へ逃げた一族で、戦には参加せずに人間の少ない土地で静かに暮らしていました。
でも昨今、武石共(人間)の手によって一族は滅ぼされました。
その時、父は『鬼でも女なら捕まったら薬や毒をくれられて汚い手口で殺されるだろう』と私を逃し、一人囮として残って戦い、そして死んだ……。
あの時の父の最後の顔と言葉、そして他勢を相手にするだけの力が無かった悔しさを一度たりとも忘れた事はありません。」
「悲しい思いをしたのはお前だけではない。他の者も同じような目に遭って戦う事を決めた。」
「でも、こうして陽光様に鍛えられ、復讐の機会を与えられなかったら、今の私達はありませんでした。
これからも、住処から人間達を追い払う為に命を枯らすと誓います……。」
陽光は打掛をはためかせて立ち上がり、目もくれずに女鬼の脇を通る。
「前々から言っているように、言葉は無意味……。
行動で示し、その戦い狂う姿を人間達の目に焼き付けて見せろ。」
「はい……!」
女は救われたような顔で返事をする。
父の元実が獄鬼・餓鬼などの人間を元に生成される『鬼兵』を増やして数で押す戦法を取っていた。
それに対し陽光は『紛い物の鬼である獄鬼達に頼らず、自分達の土地は鬼として自らで戦って守れ』と若い天鬼達に伝えた。
彼の鬼を目覚めさせる言葉は若者達の心を動かし、今のような精錬された集団にさせたのであった。
陽光は若い天鬼達の前で、手を高く上げる。
「では行こう。」
若い鬼達は唸り声をあげ、暗闇のあちこちに散っていく。
***
武石・角狩衆の野営地ーー。
闇に法螺貝が響く。
「敵襲ーー!!」
辺りは準備で慌ただしくなる、
射貫率いる綱隊は長槍と刀を手に、黒光りするずんぐりむっくりな集団と合流する。
彼らは武石軍の兵だった。
西洋の甲冑と具足を合わせたような甲冑で頭から足先までを守っている。相撲取りのような胴の太い形状は鬼の歯牙を防げる程の分厚い装甲だ。
手に持った赤いのぼり旗には菱形の家紋が描かれ、旗を通している棒の先には鬼の頭蓋骨が飾られていた。鬼の背骨と頭蓋骨を丸ごと旗にしてるものもある。
武石軍と角狩衆は闇夜の山の斜面を駆け上がって来る無数の光を捉える。無数の松明の明かりに照らされて姿がはっきりとする醜い化け物の顔。
猿のように素早い痩せた鬼・餓鬼と、人間より3回り程大きな鬼・獄鬼が攻めて来た。
数は30前後。後方は群れる蛍のような光が見えるので、もっといるだろう。
陶器のような物に火を付け、足で蹴って斜面に向かって転がす武石。
爆発して餓鬼の腕が飛ぶ。
火器の焙烙玉だ。
爆発の中を避けて頂上まで上がって来る餓鬼が一匹。
しかし、崖と斜面の境目に入った途端、雷に打たれたように痙攣して動かなくなった。
兵のいる所は『妖避け(あやかしよけ)』という魔除け札の結界によって守られており、この数の下級の鬼ならば侵入を防げる。今回は上位種に対応できる『鳳凰札』を設置しているので天鬼までは通さない。
動かなくなった鬼には、綱隊が刃が朱色の槍を刺したり、朱刀で止めを刺す。上がる紫の煙。
この朱色の塗料は鬼の血に反応して強酸になり、傷を焦がして再生しにくくする仕組みだ。
獣の断末魔、兵の雄叫び、爆発音を聞くこと数分ーー。
雑魚を片付けた後、角を生やした若者達が現れた。
天鬼、菖蒲若衆である。
中心には陽光がおり、冷ややかな視線で刺して来る。彼の目が黄金から緑色に変わる。
夜目の利く兵が叫ぶ。
「人間似の鬼を確認!
例の『緑眼』の天鬼も居ます。」
射貫が面頬を装着しながら仲間に合図する。腹の底から太い声を出して返事する綱隊。
「元実の子供だ!気合入れろっ!!
……後方の『姫』に釣られて来やがったか。」
その声を他所に武石軍は弩砲を前に出し、更に火縄銃を構えた。
「『甲武鬼兵』前へ!
シィ、キュウ!出番だぞ。」
武石の兵に呼ばれて、のそのそと現れる装甲を纏った灰色の鬼が2匹。
獄鬼のような怪物に近い体格と顔付きをしている彼らは、武石が人工繁殖して作った味方の鬼だ。
2匹の内、顔に皮が剥がされたような傷跡がある鬼・シィが怠そうに言う。
「男で女みたいな綺麗な顔してる奴程、顔の皮をひっぺがしてグチャグチャにしてやりたくなるぜぇ……。」
***
一方その頃、笠の男はーー。
「来た方から何か大きな音が!」
子供が怯える。
「大丈夫、もうすぐ安全な場所に着くよ。」
落ち着かせながら険しい顔になる笠の男。
(『奴』が来た……。射貫隊長達が危ない……!)
そこへ何かが駆けてくる音。
木の葉や枝を飛び散らせながら、八方から現れる怪物。
人間の見た目から化け物の姿に変化した天鬼が4匹。朱色の肌をした赤鬼だ。
「『黒鬼』覚悟っ!!」
巨体から繰り出される力強い突き。
御柱を叩きつけるかのような拳が迫る。
子供は固まった。騒ぐ事さえ無駄だと思った。
(潰されるっ!!死ぬっ……!!)
だが、腕は下りて来なかった。
子供の視界が急に空へ向く。風の中で龍のように舞う黒髪。空気で膨らみ、逆さまの蓮の形になる腰巻き。
(え?)
笠の男は子供を抱いて高く跳躍していた。助走など付けず、その場で5メートル程跳び上がっている。
下から挟み撃ちするように天鬼2匹の飛び蹴りが来る。
男は蹴りで交差した天鬼の足の間に着地して跳ぶ。上から片方の天鬼の頭に掌底を叩きつける。
首を短くして頭が体に埋まる天鬼。
そのまま潰した天鬼の背後に回り、両足飛び蹴り。
潰れた天鬼が吹っ飛ばされ、その角が運悪くもう片方の天鬼の胸に突き刺さる。
男は着地して子供を茂みに隠す。残り2匹。
笠の男は体格差を物ともせず、相手に組み付いて腕や足を捻り切り、素早い手刀で鳩尾に風穴を開けた。
男の笠が地面に落ちる。
雲が晴れ、満月が眩い光で彼を照らし出す。
男の額には小さな角が2本あり、両方の瞳が黄金色に輝いていた。
化け物があっと言う間に血を垂れ流す肉塊となったのを見、子供は恐怖や高揚感で顔を引きつらせて笑う。
(鬼『みたい』じゃなくて、鬼そのものじゃないか!)
天鬼の内一匹が息を吹き返して言う。
「お、鬼でありながら鬼にあだ名す裏切り者め……!人間なんかの血を引く悪い奴……!」
黒鬼はその胸ぐらを片手で掴んで吊るす。
そして、無表情で殴り飛ばした。
「お前、根っからの鬼の生まれなんだろ?
だったら吠えてねえで、もう一発くらわして、血筋で負けてる筈の俺を負かしてみろよ!なあ⁉」
静かな怒りを抑え、鼻で笑う。
天鬼はそう言われて立とうとしたが、そこで力尽きてしまった。
事が終わって子供が出て来る。
修羅の顔が綻ぶ黒鬼。最初に会った時のような優しい顔つきになる。
瞳は片目だけが栗色になった。
やや気まずそうに指で頬をかき、たまに目を逸らす黒鬼。
「怪我、無いか?鬼だって、びっくりしたかな?」
困った顔で首を振る子供。
黒鬼は森の奥の焚き火の灯りが見える方を指差す。
「直ぐそこ、あの明かりが見える方に行くんだ。保護した人が集まってる。
俺は友達や家族を助けに行かないと行けないからここまでだ。」
頷く子供。何とか声を出す。
「ありがとう。気を付けてね、黒鬼さん……!」
黒鬼は片手を上げて応え、走り出す。最初の一歩が深い足跡になる。
黒鬼は射貫達のいる前線へ向かって森を駆け抜けた。
途中、射貫達と食事を摂っていた場所を通り掛かる。
よく見ると近くの木に白髪の頭蓋骨が髪を枝に絡めてぶら下がっている。
頭蓋骨は眼窩に青い炎を灯して語りかける。
「おい、俺様を忘れるなよ!
あの坊主が驚くと思って置いてったんだろうけどな!」
彼は『ムクロカムリ』と言う遺骸に寄生する妖怪だ。
「『カムナ』!」
黒鬼は名前を呼び、通りすがりに頭蓋骨を引っ掴む。
「行くぜ『夜光』!
目にもの見してやろうぜ!」
「ああ!」
夜光はカムナの白髪を襟巻きのように首に巻き付け、射貫達の方へ急いだ。




