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66 閑話・夢見るフォーティナイナーズ その3。

〈ワンダラー〉狩り開始から今日で七日目。つまりは最終日。


『……………………』

「……………………」

『……………………』


『あはははははははははっ!! 本っ当に愉しいわねぇっ!!』


 あらゆる気力が枯渇し切った僕ら三人と、あらゆる意味で絶好調な狂戦士一人

は、本日も当てもなく広大なVR北米大陸を歩き回っていた。


『〈ゴブリン〉三』

「斬る」

『……撃つ』


 GEと遭遇した際のやりとりも完全に簡略化され、作業感が一層強くなってい

る。


 当然何の苦労も起伏もなく、ごく当然のように撃破する。


 倒した後は、何事もなかったかのように無言で捜索へと戻る。


 敵機発見。


 撃破。


 捜索に戻る。


 敵機発見。


 撃破。


 捜索に――


「……もう止めようこんな事っ!!」


 気が付いた時にはもう、僕は腹の底からの叫びを上げていた。


『そうねっ!! ……何を言ってるのよコウッ!? ここまで来て諦めるだなん

てっ!!』

「今普通に『そうね』って言ったよな!? 君も止めたいんだろう!?」


『ち、違うわよっ!! 今のはちょっと、本音が出ただけよっ!!』

「つまり本音なんじゃないかっ!! だったら僕の言いたい事は分かるだろ

うっ!?」


 もはや、限界である。むしろとっくの昔に越えていた限界から、ひたすら目を逸らし続けていたと言うべきだ。


 このまま続けていたら、僕の精神はどうにかなってしまう。体調不良を知らせる警告アラートこそ出ていないけど、そんな事は問題ではない。


「もう十分だろうっ!? 僕らはもう十分に頑張ったっ!! ここで止めても、もう悔いはないっ!!」

『し……終了まであとたった二時間なのよっ!? もうここまで来たら、最後まで完走するしかないじゃないのっ!!』


「……〈ワンダラー〉が出る事、全然期待してない発言だよね……」

『痛いところを突かないでっ!? ……ええ、分かったわ、ぶっちゃけてあげ

るっ!! ……どうせ出ないわよ〈ワンダラー〉!!』


 ついにメイが断言した。その通りだと思うけど。


『出る出ないとか言うレベルじゃないわよっ!! これもう完全に出現確率の設定ミスってるわよっ!! 運営は士道に背いた罪で全力土下座するべきよっ!!』

「そうだよっ!! そこまで分かっていて何故続けるんだっ!!」


『もうあたしは〈ワンダラー〉なんてどうでも良いのよっ!! "最後まで続け

た"、その事実だけが重要なのっ!! でもってあたしは、鬱憤晴らしのためにこの地獄を後世まで伝えてやるわっ!! たったそれだけ、あたしは今たったそれだけのために戦っているのよっ!!』

「どうでも良いわっ!? それにあと二時間位、サバ読んで誤魔化せば良いだけだろっ!?」


『いいえ、そんなウソは吐かないわっ!! あたしのプライドに掛けてっ!!』

「単なる鬱憤晴らしに何のプライド掛けてんだよっ!?」


『ヤケよっ!! 勢いよっ!! その場のノリよっ!! 考えて言ってる事じゃないのよっ!!』

「ぶっちゃけ過ぎなんだよっ!! どうせ粘ったって出る訳が――」


『……あ、出た』


 カノンの言葉に、僕らの口論がピタリと止む。


「『…………はい?』」

『……だってアレ、そうだよね?』


〈グリムリーパー〉が指し示す方角へと視線を向ける。人型の、ボロ布を纏ったGEの姿があった。

 僕もメイも、しばらく無言で眺める。フリーズした脳に、じわじわと現状が浸透する。


「『見付けたああああああああああっ!!』」

 現実を認識した僕らは同時に叫び、ブーストで飛び出して――行こうとする寸前に、〈グリムリーパー〉に制止させられた。


『……正面から行っちゃ駄目。囲まなきゃ――』


『あたしが右側から追い立てるっ!! コウは左側へ先回りしておいてっ!!』

「了解っ!!」


『……早っ!?』


 カノンの望み通り作戦を立て、即行動に移る。もたついている暇はない。可及的速やかに〈ワンダラー〉を狩る。一切の躊躇はなかった。


『……あ、あの、もうちょっと落ち着いて……』

『ここで会ったが七日目ぇっ!! 絶対逃がさないわよぉっ!!』

『……駄目。メイが全然聞いてない。……コウ、メイに何とか言ってあげて……』


「メイ、君のこの言葉を贈るっ!! "進退無疑、見敵無謀"っ!! 進退の決定にに疑いは不要、敵を前にはかりは無用っ!!」

『良っしゃあっ、まかせなさいっ!!』

『……駄目。コウまでおかしくなってる……』


『ブッ潰してやるわああああああああああっ!!』

『……駄目。サラはいつも通りだし……これもう私の手に負えない……』


 カノンが何か呟いているみたいだけど、気に掛けている暇はない。今はただ〈ワンダラー〉を倒す事以外に考えるべき事はない。


 回り込みつつ、〈ワンダラー〉の様子を探る。まだこちらに気付いている気配はない――いや、今気付いたらしい。〈フリューゲル〉へと顔を向けた敵機が、一目散に逃走を始めた。


『逃がさないわよぉっ!!』

『くたばりなさいいいいいいいいいいっ!!』


〈フリューゲル〉と〈モモちゃん〉が同時に射撃を開始。大地を暴れ回り、跳ね回るエーテルビームと実弾の雨を、〈ワンダラー〉は全て回避する。カスリ判定の一つすらない。単純な動きの速さだけでなく、おそらくは"命中判定となる範囲"自体が他の機体より小さく設定されているのだろう。


 だが、今そんな事はどうでも良い。当たらないのなら、当たるまで撃てば良いだけなのだから。


〈フリューゲル〉が、温存していた肩部マイクロミサイルを全弾発射する。〈モモちゃん〉も続けてミサイルランチャーを発射。ただ一機のMRに向かって多数の飛翔体が殺到する。


 着弾。平原に次々と生まれる大小の爆炎。


 それでも〈ワンダラー〉に回避される。〈フリューゲル〉の使うマイクロミサイルは、威力が控えめな代わりに高い追尾性を持っているが、流石にあの速度に追従出来る程ではない。威力が高い代わりに追尾性は控えめな〈モモちゃん〉のミサイルランチャーであれば、なおさらだ。


 だが、二人は想定済みだったのだろう。〈ワンダラー〉の回避先へと向けて、エーテルライフルとガトリング砲の射撃が放たれる。精度そのものは普段より荒目であり、敵機への命中弾はやはり一発もない。代わりに進路を遮るよう広範に及ぶ射撃点は、全力で回避運動を行う〈ワンダラー〉の動きを確実に制限する。


 結果、敵機の移動進路が〈叢雲〉の移動進路と重なる。


「捉えたぁっ!!」


 ブーストダッシュで〈叢雲〉を一気に接近させ、ショットガンの砲口を真っ直ぐに向ける。接近を察知した〈ワンダラー〉が回避の動きを見せる。想像していた以上に気付くのが早い。まだ距離が十分とは言えないけど、決めるなら今しかない。


 発砲。


 砲口から放たれた装弾ショットシェルが、更に内部に詰まった無数の散弾ペレットを吐き出す。同時に

〈ワンダラー〉は向かって右へと身体を傾け、弾丸の散布界から逃れようとする。


 着弾。


 外れだった。紙一重で〈ワンダラー〉を捉え損ねた散弾がひとかたまりに地面へと降り注ぎ、敵機の膝に迫る高さの土柱が黒々と跳ね上がった。〈ワンダラー〉はわずかに態勢を崩した程度で、当然何らダメージを負っていない。


 しくじった。もう少し近付いて撃つべきだったか。いや、そっちの場合でも多分似たような結果だっただろう。


 一足先に態勢を整えた〈ワンダラー〉に、素早く再照準を試みる。必死に喰らい付こうとする〈叢雲〉をあざ笑うかのように、〈ワンダラー〉はその場を走り去ろうと――


『……丁度良い位置に来てくれた』


 ――する直前、飛来した弾丸によって脚部を撃ち貫かれた。脚部を失った〈ワンダラー〉が地面を二度、三度と転がり跳ねる。敵にとっては、今度こそ致命的な隙を晒す転倒である。


 弾丸の飛んで来た方角と通信チャットからして、〈グリムリーパー〉による狙撃だと分かった。多分、冷静に好機をうかがっていたのだろう。僕のミスを上手くカバーしてくれた、あるいは"予定通り敵機を追い込む射撃"に転換してくれた、絶妙な一発だった。


 それでもまだ、〈ワンダラー〉のAPはわずかに残っていた。這ってでも逃れようとする敵機へ向かって僕は素早く接近し、その背中に容赦なくショットガンの砲口を押し付ける。


 ゼロ距離から発砲。


 今度こそ間違いなく直撃判定。


『うりゃああああああああっ!!』

『すり潰してやるわああああああああああっ!!』


 続けて、〈フリューゲル〉と〈モモちゃん〉からの射撃が襲い掛かる。一切、何の躊躇もなく〈叢雲〉を巻き添えにする射撃が、とっくにAPが空になった〈ワンダラー〉の身体をずたずたに引き裂いた。監視ゾーン内での戦闘だから〈叢雲〉にダメージはないとは言え、コクピット内の僕も容赦のない衝撃に見舞われる。普段なら文句の一つも言いたくなるだろうが、今回は敵機を逃さず確実に仕留めるためだと分かっている。責める気はなかった。


『「『………………』」』

『もう終わりかしらぁっ!? 他愛ないわねぇっ!!』


 砲声の残響が消え去った平原に、みんなの荒い息遣い(と一名の叫び)が響く。確認をするように、互いに機体の頭部を見合わせる。


『……やってやったわよこんちきしょおおおおおおおおおおっ!!』


 やがて、メイの雄叫びが通信チャット越しに爆発した。どう聞いても純粋な喜びの発露であるとは思えない、怨念の籠もった響きだけど、僕も気持ちは同じだ。無粋な突っ込みなど不要だった。


『見たか運営っ!! あたし達の勝利よっ!!』

「そうだっ!! 僕達はやったんだっ!!」

『さあ次にスクラップにされたい奴はどこのどいつかしらねぇっ!?』


 皆の口から、快哉が次々に飛び出す。


 ついに僕らは、超低確率と単調な作業とが織りなす絶望的苦難を乗り越えたの

だっ!! 運営に一泡吹かせたやったんだっ!! さながら僕らは、VRアメリカ大陸へと挑み、そして成功をもぎ取った四十九年組フォーティナイナーズなのだっ!! もう何を言ってるか自分でも良く分からないけど、とにかく僕らの勝利だっ!!


『…………あのっ』

 勝利の余韻に浸る僕らに、カノンが口を挟んだ。


『何ようカノン、もっと喜びなさい。あたし達は、血を吐きながら続けるマラソンの如き苦行を制してやったのよ。もっと喜んで――』


『…………お金、あんまり入ってなくない?』


 カノンの指摘に、僕ら二人は沈黙した。続けて、スクリーン上に戦闘ログを表示させて目を通した。


『……お金、あんま入ってないわね……』

「……ついでに、AIチップも入手してないね……」


 資金と素材は、敵機を撃破した時点で所属チーム全員が自動で入手するようになっている。その時点で戦闘ログにも残るから、後から確認する事もだって出来る。にも関わらず今回の戦闘で入手出来たのは、少額の資金とほとんど使い道のない素材だけ。くだんのAIチップは確定で入手出来る、と言っていたはずなんだけど。


 何かおかしい――


『…………あ』

『……? どうしたの?』


『……みんな、ログを良く見て……』

「ログ?」


 ログなら、ちゃんと確認したけど――と言い掛けて、硬直した。撃破した機体名が目に入ったためだ。


〈クンダヲー〉。


 ログにはそう表示されていた。


「…………」


 もう十分悟っているけど、一旦深呼吸をして改めてライブラリー画面を呼び出

し、敵機体の情報を表示させる。


『〈クンダヲー〉。〈ワンダラー〉に酷似した性能と外見を持つ機体。資材の余りを利用して建造したと推測される。素材に希少性はなく、得られる報酬も少ない。一説によると"人類が〈ワンダラー〉を狙う事を学習したGEが、囮として建造したものではないか"と言われている。しかしそれが事実であれば、そもそも何故GEは〈ワンダラー〉を建造したのだろうか? 疑問はますます深まる』


『「『………………』」』


 無言。あまりに常軌を逸した現実を前に、重苦しい無言が立ち込める。


『「『運営いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!』」』


 続けて諸悪の根源へと向けた叫び声を、天地が震える程の声量をもって高々と上げた。


 最低最悪のオチだった。






 その後完全に心が折れた僕らは、〈ワンダラー〉出現期間の終了を待たずそのままログアウトした。


 後日の掲示板は、あまりに低過ぎる出現確率&ダミーの存在に非難轟々の有様であり、後々まで悪い意味での伝説としてプレイヤー達に語り継がれる事となるが、それはまた別のお話である。


 ……いやまあ、何だかんだで大金を稼ぐ事は出来たけどさ。


 ……もう金輪際、〈ワンダラー〉狩りには挑みたくない。


「ふふっ、愉しかったですね♪」


 一名を除いて。


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