65 閑話・夢見るフォーティナイナーズ その2、
「…………出ないわね……」
「…………出ないね……」
「…………出ない……」
「出ませんね」
〈ワンダラー〉の出現報告から三日後。『無敵団』格納庫内で、僕ら(一名除く)は死人のようにテーブル上に突っ伏していた。
何しろ、僕らがこれまでに〈ワンダラー〉と遭遇出来たのは初日のあれ一度き
り。いや、確かに"超低確率"とは言っていたし、そう頻繁に出るとも思っていなかったけど……まさかここまでとは思わなかった。
「この掲示板見てよ……。プレイヤー達による阿鼻叫喚で満ち満ちているわ……」
メイが表示させたホログラム画像には、〈ワンダラー〉の話題についてのスレッドが表示されていた。
『出ない』だの『全然出ない』だの『全く出ない』だの『出たけど逃げられた』だの『良かった、俺だけじゃなかった』だの『これ絶対確率おかしい』だの『マジ運営どうかしてる』だの――まさに、阿鼻叫喚と言うに相応しい様相を呈していた。『え? 普通に出たし倒したけど?』と言う書き込みの直後からは凄まじく殺伐とした空気へと変貌し、怨嘆溢れる発言が続いていた。
「これ見る限り、発見出来ただけ僕らはマシだったとは言えるね……」
「四つ葉のクローバーじゃあるまいし、見付けただけじゃ全然嬉しくも有り難くもないわよ……」
「……気が付けば私、リアルでも〈ワンダラー〉探すようになってる……」
「ああ〜、それ分かるわ〜……。あたしなんて昨日の夜、『〈ワンダラー〉を探しに近所の密林へ行く』って言う、あらゆる意味で謎の夢見たわ〜……」
皆が皆、生気のない表情で会話をする。
「まあまあ、みんな。そう気を落とさないで下さい。そんな暗い雰囲気じゃ、お茶が美味しくなくなっちゃいます」
そんな中、唯一サラだけはいつも通りのんびりと紅茶をすすっていた。むしろ、いつもより血色が良く、顔がツヤツヤと輝いている位だ。VRなのに。どうやら、ひたすらにGEを倒して回るだけの三日間は、サラにとってご褒美みたいなものだったらしい。
「いや……でもね? いくら何でも出なさ過ぎじゃない?」
「そうやって、結果にばかり目を向けるのは良くありませんよ。"結果より課程が大事"、とも言うじゃありませんか」
「……サラの場合、課程にばかり目が向いてるように見える……」
「それは否定しませんけど。……ほら、大仰な目的もなくGE共を追い回して一方的にシバき回し、せめてもの抵抗をあざ笑うかのように一機、また一機と葬って行くひとときって、とても充実していると思いませんか?」
「サラ、それもう人として越えちゃいけない一線を越えてるから」
僕達は、この世界に怪物を育ててしまったのかも知れない。
「……まあ良いわ。今日も〈ワンダラー〉狩りに出掛けましょう」
「……なあ、メイ」
メイの言葉に、僕は重々しく切り出す。
「ん?」
「確か目的はお金を稼ぐ事だったよな? それだったらもう、結構貯まってるんだけど」
何しろこの三日間、ずっと戦闘に明け暮れていたのだ。大半は小型、たまに中型GEをひたすら倒して倒して倒し続けた結果、何だかんだで結構なお金が手に入っている。金策としては十分だ。
「……何が言いたいのかしら?」
何が言いたいのかと問われれば、僕の返す言葉はただ一つ。
「……ぶっちゃけ、もう止めたいんだけど」
「なあぁあっ!?」
メイが椅子をはね倒していきり立ち、アルミテーブルが揺れる。おかげで僕の紅茶の中身が少しこぼれてしまったけど、誰もそれを気にする事はなかった。放っとけば勝手に綺麗になるし。
「コウあんたねぇっ!! あたしが密かに心の中で思ってた事を何口に出してくれちゃってんのよぉっ!!」
「メイも思ってたんじゃないか!? ……だったら分かるだろう!? 〈ワンダ
ラー〉狩りには、もう良い加減飽きた!! 僕はもう普通にゲームを楽しみたいんだよ!!」
僕らがこの三日間やって来た事は、歩く、探す、倒す、戻って補給する……の単調な繰り返しだ。戦う相手も、僕らの腕前なら苦労もなく倒せる相手ばかり。特に何の工夫もなく、ただ撃つなり斬るなりすればそれで終わり。終わったら、最初に戻る。
もはや、ただの作業である。
「今日僕がログインする時に、『ああ、また〈ワンダラー〉狩りか……』と思いながらCosmosを持とうとした!! そうしたらその瞬間、全身に鳥肌が立ったんだよっ!! 身体からの明確な拒絶反応だよあれはっ!! このまま続けたら、体調不良起こしてもおかしくないレベルだよっ!!」
「あたしだってログインしてから『スタート』を押そうとした時に、思わず躊躇しちゃったわよっ!! 好きで好きでたまらないロボゲーをこれから遊ぼうって時
にっ!! あんなん初めての反応だったわっ!!」
「……ケンカしてるようで、ただの愚痴の言い合いだね……。分かるけど」
ご理解感謝する。
「とにかくっ!! せめて今日だけは別のミッションに出掛けたいっ!! 出来れば北米大陸以外の場所でっ!! もしくは、このまま格納庫でだべるっ!!」
「駄目よっ!! 出現期間は一週間なのよっ!? 今日一日別の事して、それで結局〈ワンダラー〉が出なかったらどうするんよっ!? 『ああ、あの時〈ワンダラー〉狩りに出ていたら、もしかしたら……』って後悔するのは必定っ!! 後日悔やまないためにも、たった一日でも無駄には出来ないわっ!!」
「ってか、お金貯まったんだからもうそれで良いだろっ!?」
「こうなりゃもう意地なのよっ!! あと特別チケットも欲しいっ!!」
しばしの間、目線で激しく火花を散らす。
「「……カノンはどっちっ!?」」
「……こ、ここで私に振らないで!?」
「このままメイと言い合っても埒が明かないっ!! ならば結論は君に託
すっ!!」
「……そ、そう言われても……。て言うかコウ、微妙にキャラ変わってない?」
「些細な事だっ!! さあっ!!」
「……だったら、サラに決めてもらうって言うのは……」
「私ですか? 敵と闘れるのなら、どっちでも構いませんが?」
「ほら、全然参考にならないでしょっ!? あなたが決めるのよっ!! 我が『無敵団』の行く末は、カノンの双肩に掛かってると思いなさいっ!!」
「……メイも、普段に増してテンションおかしいし……」
「「さあっ!!」」
「……い、いや……その……」
二人してズイッとカノンに迫る。しばらくの間、格納庫内を沈黙が支配する。
「……二人でジャンケンして決めたら?」
やがてカノンの口から、あらゆる場を収める魔法の言葉が放たれた。
結果、僕のパーがメイのチョキに屈し、本日も〈ワンダラー〉狩りに出掛ける事となった。
『………………出ないわね……』
「………………出ないね……」
『………………出ない……』
『あはははははっ!! あははははははっ!!』
ちらりとすら姿を見せない〈ワンダラー〉を、ひたすら探し回りつつ事務的な手付きでGEを倒し、BGM代わりにゴキゲンなサラの高笑いを聞くだけの時間が過ぎて行った。
見付からない。とにかく見付からない。もう完全に出現確率の設定間違ってるとしか思えない程に見付からない。後で運営にクレームのメッセージを送ると言う、普段なら面倒だからやりたくない行動をやってやろうかと思う位に見付からない。
僕は今ゲームを遊んでいるのか、ゲームに遊ばれているのか。その感覚すらも曖昧になって来る位に、ただただ見付からなかった。
「……どうする? どうするって言うか、僕もう落ちたいんだけど……」
『……いやでも、まだ遊ぶ時間は十分あるじゃないの……』
『……どうせ出ない……』
全員(一名除く)露骨な程にテンションが落ちている。メイも口では反対意見を述べているけど、抵抗としてはかなり弱い。
『さあっ!! 次はどこへ行くのかしらぁっ!?』
「……って言ってるけど?」
暴走するサラは流しつつ、僕はメイに水を向ける。即決即断な彼女にしては珍しく、しばらくの間熟考する気配が通信越しに伝わった。
『……続けましょう。こうなりゃとことんまで根比べしてやろうじゃないの』
『……良いの?』
『……二言はないわ。コウも良いかしら?』
「……毒を喰らわば何とやら。付き合うよ」
僕は答えた。反論する気力もなかったし、僕一人ログアウトするのも悪い気がした。いや、別に気のせいなんだろうけど、何かもう考えるのも面倒臭い。
『……その意気よ。大丈夫、いくら何でもそろそろ出るわよ。て言うか、出なきゃおかしいわ』
「……そうだね。初日には出たんだから、幻って事もないし」
『……うん』
『決まったわねっ!? それじゃあ行くわよぉっ!!』
異様に元気なサラに先導され、僕らは引き続き〈ワンダラー〉狩りへと赴いた。
『………………マジ運営どうかしてる……』
「………………マジ運営どうかしてる……」
『………………マジ運営どうかしてる……』
『あっははははははははははははははははははははははははははははははっ!!』
時計が十二時を回る頃。僕らは本日のプレイを終えた。




