64 閑話・夢見るフォーティナイナーズ その1、
「――お金が欲しいと思わない、みんな!?」
『無敵団』格納庫内に、今日も今日とて我らがクランマスター殿の唐突な叫びが響いた。わざわざテーブルから立ち上がり、身を乗り出して訴えるメイの姿を、僕らはこれまでに何度も何度も目撃して来ている。
つまり、単なる平常運転である。
「……あのさ。頼むから脈絡ってのを大事にしてくれないかな……」
「うっさい! 止めどなく溢れるあたしの勢いにわざわざケチとか付けないの!」
「知るか。脈絡を要求する」
「……一応聞くけど、ゲームで、だよね?」
横合いから、カノンが尋ねる。
「ゲームで! いや、リアルでも欲しいけど、今はゲームで!」
「『リアルでも』の辺り、妙に魂込もってるな……」
「そりゃあお金欲しいもん! 欲しかったあのプラモも、あの映像ディスクボックスも全部躊躇なく買いたい放題じゃないの! それに『悩み、諍い、空の財布』、この三つこそが人を傷付けるものだって、昔の人が言ってたし!」
「何故テストに出ない知識だけはサラっと出て来るんだ、君は……」
なお彼女は先日、テストに出る"南北朝の動乱"に関して教師からの質問を受けた際、一切言い淀む事もなく『はい、別名を"応仁の乱"と言います!』と答えていた事を記しておく。
「まあ確かに、このゲームは何かとお金が必要になりますけどね……」
サラの言う通り、MROでは何かとお金が必要になって来る。武器やパーツ、消費アイテムの購入を始め、ミッションで消費した弾薬やEN補給及びAPの回復、撃破されてセレーネへと戻って来た場合の所持金ロスト&修理費などなど。場合によってはミッションで得られる報酬よりもそれら出費の方が多い……なんてケースもあり得るし、そこまで行かなくても出費がかさんで効率良くお金が貯まらない
……なんてケースは良くある事だ。僕らのように四人でチームを組んでミッションに出る場合、それぞれが得られる報酬は四等分されるためなおさらである。
「そーゆー事! 先立つものはいくらあっても困らないもんよ! ……てな訳で、これを見なさい!」
メイがメニュー画面を操作し、"お知らせ"欄を表示させて僕らへと向ける。ゲーム内での各種情報――例えば、イベント開催や、サーバーメンテナンス日時などの各種告知がなされる画面である。
そのお知らせ画面には、『〈ワンダラー〉の出現報告! 現在、北米大陸にて超低確率で出現!』……と言うアオリ文句と共に、茶色いボロ布を纏った人型GEの姿がデカデカと表示されていた。
「〈ワンダラー〉……ですか?」
「そう! いわゆる"ボーナスモンスター"って奴の一種よ!」
ボーナスモンスターとは、RPGゲームなんかではお馴染みの『倒すと経験値やら資金やらを大量に落とす』系統の敵である。このゲームの場合なら、ボーナスGEって言い方になるだろうか。
「聞いた事はあるな。確か倒すと大金だけでなく、特殊なAIチップが確実に手に入るんだったっけ? 持って帰ると、どんなレア素材とでも交換出来るチケットが貰えるって言う」
「あら、それは凄いですね」
ゲーム内で閲覧出来る情報によると、この〈ワンダラー〉と言うGEは、通常のGEとは一線を画する特徴を持っているらしい。
曰く――
特定の縄張りを持たず、どんな場所にでも出現する可能性がある。
細菌兵器に乗っ取られているにも関わらず、人類に敵対行動を取らない。
かと言って味方でもなく、人類側の機体に発見されれば全力で逃げる。
GE側勢力が占拠した兵器工場を利用して本機を製造する。しかし、一体何の目的で造られたのかは全く不明。
本機には希少な鉱石や金属が大量に使用されており、各部品が高値で売れる。
搭載されているAIチップは人類側の貴重な研究対象となっており、セレーネに持ち帰れば報酬として他
の希少な素材と交換可能なチケットが与えられる。
――との事だ。
「つまりメイは、この〈ワンダラー〉の討伐に出掛けたいのですか?」
「イエース、ザッツライト!」
我が意を得たり、と言った調子でサムズアップ。
「何たってこれ一週間の期間限定で、次はいつあるのか分からないイベントだからね! 今このチャンスを逃すなんて事があるだろうか!? いや、ない! 反語表現!」
「うん、分かるから」
いつもよりテンション二割増しな感じである。多分、"期間限定"って言葉が琴線に触れるタイプなんだろう。
まあ、メイの言う事にも一理ある。前述の通りMROは出費が多くて、金策には結構苦労するゲームだから、機会を見て資金を稼いでおくのは大事だ。何より、レア素材との交換チケットは是非とも欲しい。
「他に出る予定のあるクエストも決まってないし、僕は良いけど。二人は?」
「……良いよ」
「私もです。興味が湧いて来ました」
「良ぉーし! んじゃ決まりー!」
僕ら三人からの同意を得たメイは速攻でロビーまでの転送操作を行い、格納庫から姿を消した。
落ち着け、と言う間もなかった。
と言う訳で僕らは、セレーネのトランスポーターから北米大陸へと降り立った。いつも通りの手順で各自の機体を呼び出し、いつも通りに搭乗。もう何度繰り返したか分からない、いつも通りの手順である。
いつもと違うのは、ポーター周辺にいる他プレイヤーのMRが多めな事だ。普段だってポーター付近ではちょくちょく他プレイヤーを見掛けるけど、十チーム近くのMRを一箇所で見ると言うのも珍しい。恐らく、彼らも〈ワンダラー〉狩りが目的だろう。みんな考える事は同じらしい。
『さあ、ちゃっちゃと出て来なさい〈ワンダラー〉! 漏れなくあたし達がお金ブン捕ってやるからねー!』
そんな周囲の状況などまるで気にする様子もなく、メイはオープン通信で物騒な宣言をしていた。
「言葉だけ聞くと単なるカツアゲだな……」
『何よう、失礼ねー。そこらを歩いてる相手に火器ぶっ込んで叩きのめした後に金品をかっぱぐ事を、カツアゲとは言わないでしょー』
「うん、それもう強盗だから」
嬉々として悪事に走らないで頂きたい。
『まあ、それは良いんですけど。肝心の〈ワンダラー〉は一体どこに出現するんですか?』
『さあ? どっかその辺じゃない?』
「その辺、って言われてもなあ……」
『仕方ないじゃないの。お知らせ欄には『北米大陸に出現中』って事しか書いてなかったし。北米のどっかには出るわよ』
大陸全土が対象となる"その辺"て。
「……まあ、逆に言えば特定の地点を割り出さなくても、"北米大陸フィールド内"ならどこにでも出る可能性があるって事か?」
『……そうかも』
流石にGEが出現しない場所――例えば、トランスポーター付近なんかでは見付からないだろうけど。
『と言う事は、特にアテもなく探し回るのですか?』
『そうなるわね。まあ心に気合いは入れつつも、動作的にはのんびりとやって行きましょう』
「良く分からん注文を……」
『そんなもんでしょ。どーせフリーで降りて来てるんだし』
確かに、現在の僕らは特定のミッションを受けている訳ではない。目指すべき場所は特にないし、倒さなければならない強敵も特にない。一応は"〈ワンダラー〉の捜索及び撃破"と言う目的があるとは言え、普段のミッションより気楽でいられるのは確かだ。
『取り敢えず、敵が湧いて来そうなとこを適当に当たってみましょう。カノン、GEの反応には特に注意しててね』
『……任せてー』
こうして、僕ら四人による〈ワンダラー〉狩りが開始された。
――その三時間後。
『……出ないわね……』
「……出ないね……」
『……出ない……』
あちこちひたすらに歩き回って探し回って、成果なし。
カノンの〈グリムリーパー〉が敵機を発見したら、可能な限り遠距離から目視。敵機種が〈ワンダラー〉以外であると判明したら、相手をしない。森の中など、確認出来ないのであれば手当たり次第に突撃して行って、問答無用で撃破。ストレージ内の弾薬及びエーテルチャージが尽きたら、一旦セレーネへと帰還して補給――を、ただただ繰り返していた。にも関わらず〈ワンダラー〉との交戦どころか、姿を見掛ける事すら一度もなかった。
『……てか、リアルではそろそろ十二時回りそうじゃないの……』
「……もう続きは明日にした方が良いな……」
流石にぐったりした様子で通信を送るメイに、実際にぐったりしながら僕は答えた。あくまでVRなので肉体的な疲労を感じる訳ではないけど、当てもなくひたすら敵機を探し回って倒すだけ……と言う単調な行動の繰り返しは、精神的に来るものがある。ましてや、肝心の〈ワンダラー〉は見付からずじまいなのだから、なおさらだ。
『みんな、何を言っているのかしら? 良い感じに血が滾って来ていると言うの
に』
「……すみません、真剣に切実にお願いしますから、いつものサラに戻って下さ
い……」
そんな僕らの中にあって唯一絶好調なサラは、背筋も凍るような声色でなおも敵機の姿を探し求めていた。ただひたすら敵機を探し出して倒し回るだけの時間は、サラの中に揺らぐ狂戦士の灯火にバレル単位の油を注ぐも同然の行いだったよう
だ。
『……あのねサラ? 明日も学校あるし、そろそろ落ちましょう……?』
『……うん。私もそうした方が――あ』
『……? カノン、どうかしたの……?』
『……九時方向に、敵が一機だけ』
「……敵機……?」
カノンからの報告に、全員がそちらを見る。
辛うじて視認可能な距離に、一機のGEが歩いていた。遠目から見る限り人型の機体で、ボロ布を身体に纏っている様子だった。
……えーっと、あれって……。
『……いたぁっ!! 〈ワンダラー〉よっ!!』
先ほどまでの萎れた空気を瞬時に蹴り飛ばし、メイが叫ぶ。一歩遅れて、僕の頭が現状を認識した。
間違いない。あれは目的の〈ワンダラー〉だ。
『みんな、絶対逃がさないでっ!! 攻撃よっ!!』
『任せなさいっ!! ブッ潰してやるわぁっ!!』
お嬢様として取り返しの付かない言葉と共に、サラが先陣を切る。ブーストダッシュで素早く距離を詰めた〈モモちゃん〉が、右手のガトリング砲を構える。有効射程内へと入るや否や、豪快に発射音を響かせながら発砲を開始。すぐに追い付いた僕らも後に続き、それぞれが放った弾丸及びエーテルビームが〈ワンダラー〉一機へと集中する。
が。
「速っ!? 何だよあの速さはっ!?」
『……駄目。全然照準が追い付かない……』
肝心の〈ワンダラー〉は、そりゃもうすばしっこかった。並の機体では、ブーストダッシュ使っても追い付けないんじゃないかって程に。それが複雑なジグザグ軌道で動くもんだから、まともに捉える事さえ出来ない。僕らの猛攻をあざ笑うかのように、〈ワンダラー〉は全ての射撃を回避して見せていた。
『ああもうっ!! そんなちょろちょろ動かない――』
メイが言い掛けて、言葉を止めた。同時に〈フリューゲル〉のエーテルライフルが沈黙した。
『――てぇっ!? 何でこんな時にEN切れするかなぁっ!?』
その理由がすぐに判明する。単純なガス欠だ。長時間戦闘を続けていたせいで、持ち込んだエーテルチャージもなくなっていたのだろう。当然、肩のマイクロミサイルもとっくに弾切れになっていると考えて良い。
〈ワンダラー〉が僕らに背を向け、全力で走り去ろうとする。〈叢雲〉で追い掛けよう――としたけど、こちらもブーストゲージ切れだ。
『……逃げないでっ』
逃げる背中に向かって、カノンの〈グリムリーパー〉が発砲する。辛うじてカスリ判定。耐久力は大した事がないらしく、スクリーンに映る敵機APゲージは半分近く減っていた。
だけど、そこまでだった。
〈グリムリーパー〉が次弾を発砲するより前に、〈ワンダラー〉はこちらの射程距離外へと逃げ去ってしまった。
『…………』
「…………」
『…………』
『あはははははははっ!! あっはははははははははっ!!』
しばらくの間僕ら(一名除く)は無言だった。
やがて、
『…………のおおおおおおおおおおおっ!?!?!?』
『あぁ――――――っはははははははははっ!!』
取り逃がした事を悟ったメイの素っ頓狂な叫び(及び一名の邪悪な笑い)が、辺りに響いた。




