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63 一歩

「ただいま戻りましたー!」

「おお、メイ達か。わしらもさっき戻ったところじゃよ」


 パーツショップ『ジョニー』でお目当ての装備を入手し、『地平天成』格納庫内へと戻って来た私達を、レンさん達が迎え入れる。駐機スペース内に各自のMRを出している辺り、多分補給を行っていたのだろう。


「あ、みんなおかえりー。それで、ヴェイパー区はどーだった? 良い装備見付かった?」

 操作していたメニュー画面を閉じ、エリーがこちらを向く。


「そりゃもうバッチシ。……でもって、その装備設計するための素材が足りなかったから、ちょちょいとミッションクリアして来たわ。〈ヴォジャノーイ〉の」

「あー、あいつかー。あの水っぽい系の」

「そうそう。あの水っぽい系のね」

「君ら、何を訳の分からない分かり合い方してるんだ……」


「ふっ……まあ所詮この男では、ボクらの高度な会話に付いて来る事は出来ない、か……」

「ふっ……全くね……」

「でもって、何でここぞとばかりに上から来るんだ……」


 何やら通じ合ったようにうんうんと頷くエリーとメイに、コウが言った。


「まあ、帰る途中でトラブルって言うか、PKに襲われちゃってね。いやー、危うく全滅するところだったわよー」

「それは災難でしたね。ですが、倒したのでしょう?」


 ニーさんが尋ねる。


「いえ、逃げました。弾薬とかもうほとんど残ってなかったので」

「そうでしたか」


「本当、カノンがピンチを救ってくれたお陰で何とかなりましたー。……その甲斐あって、装備も無事に調達出来ました」

「おお、お手柄じゃったのう、カノン」

「…………」


 話を振られ、私は目線を逸らしつつ無言で頷いた。


「んで結局、何買ったんだ?」

「ふっ、良い質問ねアース君。この偉大なるメイちゃんが褒めてつかわすわ」


「おお、それはありがたくもなければ幸せでもねえな。良いからさっさと答えろって」

「よろしい。本当なら手の内は軽々しく明かさないものなんだけど、特別に答えてあげるわ」


 メイが言った。


「その名も、レーヴァテイン《・・・・・・・》よ。コウが手に入れた、強力なエーテルソードよ」


「ん? 何だ、お前が買った訳じゃねえのか」

「いやー、あたしも他に買おうと思ってたのがあったんだけどねー。帰りに出会ったPKに〈フリューゲル〉が撃破されて、必要な素材持って行かれちゃった」

「ありゃりゃ……お気の毒にー」


「あたし達が立ち寄ったお店、時間によって取り扱う装備が変わる仕組みでさー。どう頑張っても時間までにミッション再クリアするの間に合わないって事で、結局諦めちゃった」

「それは残念でしたね」


「まー仕方ないですよ。むしろ、カノンがコウを助けてくれたから全滅も避けられて、おかげでコウの装備も新調出来たって事で。ホントありがとねー、カノン」

「…………うん」


「……カノンよ、どうしたのじゃ? 何やら元気がない様子じゃが……」

「…………大丈夫です」


 強いていつも通りに答えようとして、失敗した。自分でも分かる位、喉から出て来た声はか細く震えていた。


 この場の全員が、私に注目しているのが分かる。


 私の中に罪悪感が募る。


 みんな、責めている訳じゃないのに。それ位、分かるのに。


 今の私は、この視線に耐えられなかった。


「…………すみません。私、そろそろ落ちます」

 返事も聞かず、私はメニュー画面を呼び出し、操作する。


「……あー、確かに時間ももう遅いしねー。んじゃ、おやすみー」

「…………うん。おやすみ」


『ログアウトしますか?』の問いに、『YES』を選択。

 私の姿がエフェクトと共に足元からかき消えていく。


 視界が暗転する――






「……のう、メイよ。カノンに何かあったのかの?」

「あー、やっぱ分かりますか」


「そりゃまあ。ボクの目から見ても、何かあったっぽく感じるし。深くは踏み込まなかったってだけで」

「まあ、そうよね。……多分、責任感じちゃってるんだと思う。あたしがPK相手に撃破されたのは、自分のせいだって」


「どう言う事じゃ?」

「事情聞いた限りですと、あたしとコウが同時にピンチに陥って、それをカノンが助けようとしまして。だけど、ちょうど〈グリムリーパー〉に弾が一発しか残ってなくて、片方しか助けられない状況だったらしくて。それで結局、コウの方を助けたって……」


「そうじゃったか……」

「けどよ、そりゃ状況的にはしょうがねーんじゃねーのか? 別にあいつのせいって訳でもねーだろ」

「そうなんですけどね。一応、私達も気にしないで下さいって言っておいたんですけど。ですが、引きずってるみたいで……。ほら、カノンは繊細ですから」


「まあアースなんかじゃ、カノンの気持ちは理解出来ないでしょうねー」

「そーだそーだ。あの娘はアースみたいにテキトーで粗雑な神経の作りしてる訳じゃないんだぞー」

「え? 何で俺、メイとエリーの二人掛かりで責めらてんの?」


「悪いって言うなら、むしろ僕の方がメイに対して申し訳ないって思ってるんだけど……。メイを差し置いて、僕だけ装備新調してる訳だし」

「コウってばー。ほら、さっきも言ったでしょ? あたしは気にしてないって。だから、コウまで謝るの禁止。……まあ後で、あたしがリアルで連絡取ってフォロー入れときますから」

「そうですね、お願いしますメイさん。……それでは、僕らもこの辺でお開きにしましょうか」


「そうじゃな。では最後に、弟分の摂取を」

「拒否する」


「いけずな事を言うでない。あのソニアとか言うのと対峙して消費した分も回復せねばならんしの」

「拒否する……って言い切る前に抱きつくの止めてくれ……」

「姉弟仲がよろしいって事で。んじゃまた明日ねー」






「…………」


 現実世界へと戻って来ても、MRO内で湧いた陰鬱な気分を切り離す事は出来なかった。就寝用の照明だけが灯る薄暗い部屋の中、私はベッドに体を丸めて横になったまま、手に持ったCosmosのバイザーをじっと眺めていた。


 私は本当に正しい選択をしたのだろうか。


 全く自信がない。むしろ、自分でも間違った選択をした、と言う気持ちの方が強い位だ。


 どうしようもなく、惨めな気分で一杯だった。


 枕元の棚の上から、携帯端末の着信音楽が流れて来る。通話相手によって着信音を変えている訳ではないけど、何となく誰からの電話なのかが分かった。ベッドから身を起こし、端末を手に取って本体埋め込みの液晶画面を見る。


 予想通り、舞からだった。無視して逃げようか、と言う思いがちらりとよぎったけど、そうと意識する前に私の指は通話操作を行っていた。


「あ、帆乃香? ごめんねー、こんな遅くに」

「……ううん」


「今日はありがとーね。お陰で助かっちゃった」

「…………うん」


「……やっぱ気にしてるんだね。あたしが装備手に入れられなかった事」

 一段、トーンを落とした声が、電話口の向こうから聞こえて来た。


「…………だって、私のせいで……」

「ゲームでも言ったけど、もう気にしなくてOKだからね。そりゃあ、全然悔しくないって言ったら嘘になるけどさ。でも仕方ないじゃん? それがMROのルールなんだし」


 ……違う。


「一人のプレイヤーに出来る事なんて限られてるわよ。だって、あの状況で二人共助けるなんて、無茶も良いところじゃない。それを知って批判する方がどうかしてるわよ」


 ……そうじゃない。


「帆乃香はベストを尽くしたんでしょ? だったら、もう良いじゃない。昂も感謝してるし、あたしもスパッと割り切ってるし。だから――」

「違う……!」


 心の奥底から吹き出す呵責が、私の喉を突き破る。たちまち溢れた涙が、目からぼろぼろと溢れ落ちる。電話の向こうから伝わる舞の戸惑いの気配にも構わず、私は口を開く。


「……私はベストなんて尽くしてない。尽くせなかった。私のつまらないエゴで、舞を切り捨てた。……ごめんなさい……」

「帆乃香?」

「……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」


 静かな室内に、私のすすり泣きが響く。受話口から数度、舞が何か言おうとして止める息遣いが伝わって来る。


「……何かあったの?」

 どれだけ時間が経っただろうか。舞が口を開いた。


「お願い。教えて」

「……私が昂を助けたのは……舞を助けなかったのは――」


 今更、口をつぐむ事は出来ない。自分の卑しい部分に向き合わなければならない――今がその時だった。


「――舞に嫉妬したから」


 待っている間に、何を言われても良いように準備は出来ていたのだろう。舞は驚きもせず、ただ静かに私の言葉を受け止めていた。


「……どんなところに?」

「……自分の気持ちを簡単に表に出せるところに」


 私は言った。


「……ソニアさんも、舞も。あんな簡単に人に気持ちを伝えられる。だから焦っ

た。舞は多分、そう言うつもりじゃないんだって分かっていても焦った。自分でもどうしようもなかった。ずるいって思った。私だって言いたいのに。二人に負けたくないのに。私には出来なくって。私だって――」


 自分でも分かる位、支離滅裂な内容だ。それでも堰を切ったように、言葉が止まらなかった。


「――私だって、昂の事が好きなのに」

「え……」


 サラに気付かれていたとは言え、誰にも口にしなかった恋心。罪の告白にも似た心持ちで、私はそれを口にした。


「あ……ああ、友達として好きって、そう言う……」

「……男の人として」

 誤解のないよう、はっきりと答える。


「……ソニアさんも言ってた。昂の事、本気で狙ってるって。それでずっと、頭の中ぐちゃぐちゃになって、それを無理矢理抑えて。落ち着いたつもりだったけど、でも駄目だった。〈ヴォジャノーイ〉戦の時、舞が昂に好きって言った時、凄く動揺して……」

「あ……あれはほら、普通に友達的な意味で……」


「……そうだとは思う。それでも無理だった。あの時、どっちかを助けなきゃいけなくなった時、魔が差した。私、舞に嫉妬して、たったそれだけの理由で見捨てた……」

「帆乃香……」

「……ごめんなさい……」


 そこまで言って口を閉じた。湿気を含んだような沈黙が流れる。


 幻滅されるかも知れない。それが怖かったし、当然であるとも思えた。今度は、私が舞の言葉を受け止める番だった。泣きながら、心を備えさせた。


「……しんどい思いさせちゃってたんだね」

 どれだけ経っただろうか。舞がぽつりと呟いた。


「正直言っちゃうと、前から帆乃香の控え目なところ、ちょっと心配してたのよ

ね。言いたい事があっても言えなくって、それであたし達が気付かない内に我慢させてるのかもって。……だからあたし、帆乃香の本心が聞けて良かったって思ってる」


 穏やかな声だった。普段の、内側からのエネルギーを吹き出させるがままに言葉に乗せるような調子ではなく、震える肩にそっと毛布を掛けるような――そんな、包み込むように優しい声色だった。

「…………けど、そのせいで舞を傷付けた……」

「友達と付き合うって、そう言うものだと思うよ」

「…………」

「だって、人と人は違うから。たまにはお互い傷付く事だってあるし、すれ違う事だってあるわよ。そう言うの含めて、あたしはあなたと繋がっていたい。……上手く言えないんだけどね。きっと、これで良かったんだと思う。帆乃香にとって、それだけ昂が好きだって事でしょ?」

「…………うん」

「だったら、あたしは帆乃香の判断を受け入れるわ。さっきも言った通り、もう自分を責めなくて良いからね」


 "許された"と言う事よりも遥かに、"認められた"と言う事に救われる思いだっ

た。胸に沈殿する泥がすっかりさらい取られたような心地だった。


「…………うん。……ありがとう」

「こっちこそ、無神経でごめんね。あたしは気にしない、帆乃香も気にしない。

……これで良いかな?」


「……うん」

「だったら、これでおしまい。明日から、いつも通りに行きましょう。……言っとくけど、レイドまではまだまだ時間はあるんだからね。装備の更新、技術の向上、連携の強化。やれる事はバリバリやってやるわ。頼りにしてるわよ、"カノン"」


 あっさりといつもの調子に切り替えた舞に、思わず頬が緩む。


「……うん」

「それじゃ、お休み」

「……お休み」


 舞からの通話が途切れる。携帯端末を棚の上に置く。


 今更のように、部屋の暗さが気に掛かった。リモコンで照明を明るくする。


 手鏡を机の引き出しから取り出し、覗き込む。


 泣きはらしてぐちゃぐちゃで、それでも憑き物が落ちたような、どこかすっきりとした私の顔が映っていた。


 取り敢えず、今日はもう寝よう。その前に、顔を洗おう。


 すんなりとそう思い、私は一階の洗面所へと降りて行った。






「そ、そっか……帆乃香って、昂が好きだったんだ……」






 雲一つない青空の下、いつも通りの時間に、いつも通りの通学路を私は歩く。


「…………暑い……」

「…………あちぃ……」

「……ったく、二人共。朝っぱらから瀕死のゾンビみたいに歩いて。見苦しいったらありゃしないんだから」


 大鶴高校の校門前にたどり着いた私は、登校中の生徒達の中に昂、後藤、舞の三人の背中を見付ける。偶然……ではなく、みんなと大体この時間に合流出来るよ

う、それぞれで登校時間を調整した結果である。


「……おはよう」

「…………ああ、おはよう」

「…………おお、辻か」


 私が声を掛けると、昂と後藤がゆっくりと振り返った。微塵の生気も感じられないその姿はなるほど、舞の言った瀕死のゾンビと言うたとえがぴったり当てはまる。


「おはよー、帆乃香!」

「……おはよう」


 舞が振り返って、元気良く手を振る。その態度からは、昨日の事はもう話題にするつもりはないと言う宣言が見て取れた。私も表に出す事なく、挨拶を返した。


「夏休みまであと六日もあるのか……。もういっそ、六捨七入ろくしゃしちにゅうして今日終業式にしても良いんじゃないかな……」

「おお、流石昂介だな……。天才だぜ……」

「……無理あると思うよ」


 二人に突っ込みを入れながら、私は昂の斜め後ろへと移動する。登下校中の、いつもの私の位置。


 今日はそこから、少し前へ。


「道理に引っ込んでもらえば解決するよ」

「……つまり、道理を語ってないって自覚あるんだね……」


 昂の隣――と言うには、まだ微妙な距離が離れている。


 これが、今の私の精一杯。


 だけどいつか、この距離を縮めたい。


 私は人を天秤に掛けた。だからもう、エゴを出せない私で居たくない。自分の選択を悔やむ位なら、もっともっと自分の気持ちを伝える努力をしたい。


 だから。


「ああ、夏休みが恋しい……」


 だらしなくって鈍感な、成田昂介君。


 これからは本気で行くから、覚悟してね。


 緩やかに吹き抜けた風が、青空の中に溶けて行った。


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