62 決断
素早くマーキス2を構える。スクリーン映像が、スコープ越しの遠望画面へと切り替わる。狙いは〈叢雲〉に斬り掛かる、黄色い機体。
普段だったら、そのまま狙いを定めて発砲するところだ。だけど今は、二機が至近距離で固まって激しく動いている。照準を合わせるだけでも一苦労だし、何より味方機へ誤射してしまう危険がある。
例えば、敵機を撃ち抜いた結果、貫通した弾丸が〈叢雲〉にまで到達、命中したらどうなるか。監視ゾーン内であれば経験がある。結果は受けた衝撃のせいで、若干体勢が崩してしまっていた。だったら、監視ゾーン外であるここでは一体どうなるのだろうか。
もしもダメージを与えてしまって、そのまま撃破……なんて事になったら、目も当てられない。あるいは、そこまで厳しくはない可能性もある。敵機に命中した時点で、味方機に対するダメージ判定が消失し、衝撃だけで済むかも知れない。どちらなのかは分からないけど、まさか今のこの状況下で試してみる訳には行かない。ここは慎重になった方が良い。
何であれ、援護はしなければならない。そして、直接当てる以外にもやりようはある。
照準。狙いは敵機すぐ側の地面。
発砲。砲声を上げて飛び出して行った銃弾は、狙い通りに地面へと着弾。黒い土を跳ね上げさせる。
『ち……っ!』
それだけで、敵機は一旦下がる。『スナイパーに狙われている』と理解した以
上、嫌でもこちらに意識を割かざるを得ない。コウへの注意が、それだけ逸れる事になる。
今度はメイを援護する。〈フリューゲル〉へとカービンライフルを向ける青い敵機に、素早く照準を合わせる。両機の間合いが離れている分、誤射の心配はなさそうだ。
発砲。命中判定。もう少しじっくり狙えば直撃判定も狙えたけど、〈フリューゲル〉への攻撃の手を緩める事に繋がるから、これで十分だ。
続けてサラの援護だ。スコープ越しの遠望画面に、敵機の姿を――
『カノン! そっち狙ってる!』
コウの声に、咄嗟にスクリーン表示を通常の画面に戻す。直後、黄色い機体が放った左手エーテルライフルのビームが、こっちに向かって飛んで来る映像に切り替わる。避ける暇もなく、命中判定を喰らう。装甲の薄い〈グリムリーパー〉にとっては、手痛いダメージだ。『スコープを"覗き込んでいる"間は、視野が狭まって周囲の様子が確認出来なくなってしまう』と言う、スナイパーライフルの欠点の一つを突かれた恰好である。
続けてライフルの銃弾が、私の陣取っている高台の崖に着弾する。牽制射撃を加えつつ、退避する。こうも集中的に狙われてしまっては、狙撃に専念出来ない。
更に牽制射撃を続けながら、別の狙撃ポジションへと移動する。敵機は私に射撃による追撃を加えるも、直接追っては来なかった。様子を確認する暇はなかったけど、恐らくはコウ達の存在も無視出来なかったのだろう。
素早く北西側の丘陵の奥へと身を隠す。退路を確保する意味合いもある。ざっと周囲の索敵。この状況で、他のPKプレイヤーやGEが乱入されてはたまったものではない。
私達以外の機影は確認出来ない。どうやら、援護に専念出来るようだ。
〈グリムリーパー〉をうつ伏せにさせ、丘陵の影から身を乗り出させる。スナイパーライフルをしっかりと構え、スコープを"覗き込む"。
望遠画面の向こうで、サラの〈モモちゃん〉が押されている。銀色の機体の両肩に装備されたエーテルキャノンを、向かい合ったまま背面方向に逃げつつ、必死になって避けている。ガトリング砲の弾が殆ど――あるいは全く残っていないのか、反撃すらしていない。あのままではまずい。すぐに助けないと。
だけど位置が悪い。私から見て手前側に〈モモちゃん〉、奥側に敵機。〈モモちゃん〉の背中に敵機が隠れている状態だ。このままでは撃てば、射線上のサラに当たってしまう。
それを承知で、十字線を〈モモちゃん〉の背面に合わせる。だいたい、この辺りのはずだ。そして――私にしてはかなり頑張って――大声で叫んだ。
『……サラ、横に跳んで!』
サラは疑問を挟む事なく、すぐに動いてくれた。右方向へと機体を投げ出すようにして回避。無理のある動きに、〈モモちゃん〉はバランスを取り切れず転倒。あれでは、すぐに動く事は出来ない。敵機の良い的になるばかりだ。
だけど、動く必要はない。〈モモちゃん〉の姿が望遠画面からフレームアウト
し、その背中に覆われていた敵機の姿が露出した。
即座に発砲。
『おがぁっ!?』
直撃判定。事前に当たりを付けていたけど、見事に的中してくれた。敵機オペレーターの意表を突かれたような悲鳴が響く。
『助かりました!』
「……どういたしまして」
サラのお礼に答えて、もう一発撃つ。銀色の機体の、まだ少し残っていたAPをゼロに。一機撃破。
これで、状況もだいぶマシになるはずだ。もちろん、勢いに乗ってこのまま全機返り討ちに……とは考えない。依然、弾薬・ENの少ないこちらが不利な点は変わらない。最初に私が退かせた一機も、今頃は物陰で回復をしているはずだ。済んだら、再び攻撃に参加して来る事だろう。
それに、〈グリムリーパー〉のライフルの残弾はあと一発。弾倉はメインストレージ内に一つ残っているけど、とても長期戦には耐えられない。そろそろ、撤退の準備に移らなければいけない。
取りあえず、今やる事はリロードだ。薬室内に一発残っているとは言え、早めに弾倉交換しておくに越した事はない。
そう思いつつ、望遠画面を解除。通常画面に戻す。
「……っ」
スクリーンには、二機の味方MRが追い詰められる姿が映し出されていた。
画面右奥には、青い敵機の攻撃で体勢を崩した〈フリューゲル〉の姿が見える。APは残り二割を切っている。撃破されるまで、秒読み段階である。
一方、画面左側の〈叢雲〉はブレードと共に右腕を失っていた。AP残量も三割弱。迫る黄色い敵機の攻勢の前に、その命運は風前の灯火だ。
このままでは、メイもコウもやられてしまう。そうなっては、二人が折角手に入れた大型GEのジェネレーターを失ってしまう可能性がある。今回のミッション
の、そもそもの目的が果たせなくなってしまう。撃破された時、どの素材をロストするかはランダムで決まるので、もしかしたら運良く失わずに済むかも知れない。けど、そんな楽観的な前提に運命を託す訳には行かない。
「……メイ、コウ、逃げてっ!」
思わずそう叫んだけど、あの状態では逃げられるはずもない。誰かが助けないといけない。
サラは無理だ。まだ体勢を整え終えていないし、そもそも弾薬が残っているかさえ怪しい。ナックルでの攻撃が残っているけど、そのためには接近しなければならない。恐らく――いや、確実に間に合わないだろう。
私がやるしかない。
だけど、弾は残り一発。リロードを行う暇なんてない。そんな事をしている間
に、二人共倒されるに決まってる。
つまり――
どちらか片方しか、助けられない。
私の判断で、どちらかを見殺しにしなければならない。
私の決断で、メイかコウのどちらか一人に、新装備の入手を諦めさせなければならない。
そう悟った瞬間に、背筋がぞわりと震えた。喉を鳴らす音が、重苦しく頭に響いた。何で私がこんな決断をしなければいけないんだ。こんな、友人を天秤に掛けるような決断を。
このまま放っておけば、二人共撃破されてしまう。ある意味では、それも選択肢の一つだ。何もせず、従って私には何の責任もないと言い逃れる。多分、あの二人なら納得してくれるだろう。単に援護が間に合わなかっただけ、誰のせいと言う訳でもない、これが自分達の今の実力なんだ……そんな調子で許してくれるだろう。
それだけは嫌だった。それを選べば、私は私を許せなくなるだろう。自分の弱さと卑しさを。
ミッション前の、ニーさんの話が思い出される。自動運転車のAIが、絶対に事故を避けられない場合の判断。
それと似たような判断を、今この場で私が行わなければならない。もちろん、これはあくまでゲームだ。実際に人の命に関わる訳ではない。それでもこの二者択一の選択は、私の胸に重く重く伸し掛かっていた。
私は全力で考えを巡らせる。
どちらを助けるか。これを突き詰めて考えれば、『メイとコウ、どちらの装備を新調させるべきか』と言う事になる。
メイが調達しようとしている『エーテルバスターランチャー』は、強力なエーテル系の射撃武器だ。一方のコウが調達しようとしているのは『レーヴァテイン』と言うエーテルソード。どちらも、極端な燃費の悪さと引き替えに、高い攻撃力を持った武器である。
レイド戦は、前半は大量の雑魚を、後半は超大型GEを相手にするらしい。メイのバスターランチャーなら、前半の雑魚をまとめて吹き飛ばす事が出来るだろう
し、もちろん後半の超大型GE相手にも重要なダメージソースとなるだろう。きっと、大活躍してくれるはずだ。だったら、メイを助ける?
いや、コウのレーヴァテインも捨てがたい。レイド戦で具体的にどんな種類の敵と戦う事になるのか、詳しい情報はまだ分からない。けど恐らくは、敵も味方も大勢入り乱れての乱戦になる事が予想される。そうなると、〈叢雲〉の役割の一つである"囮"の比重も軽くなるだろう。回避力を頼みに敵の攻撃を引き付ける――と言うのは、量で攻めて来る相手にはリスクが大き過ぎる。それよりも瞬間的な火力を高めて、いざと言う時の突破口を開く――と言う方が有効になるかも知れない。それに、後半の超大型GEとの戦いにだって役に立つ。瞬間的な火力を強化した〈叢雲〉は、きっと頼りになるはずだ。だったら、コウにする?
いや、そもそも他の味方も大勢参加する。無理に〈叢雲〉の火力にテコ入れをしなくても、他の参加者に任せれば不足はないのではないか。むしろ、〈フリューゲル〉の長所である火力を更に高める方が有効になるかも知れない。
いや、それならむしろ〈フリューゲル〉の火力は今のままで十分と見なして、
〈叢雲〉の火力を優先する? いやいや――
決められない。レイド戦の詳細も現状では詳しく分からない以上、どれもこれも『かも知れない』の話でしかない。深く考えても結論が出せない。
それに、あまり考える時間もない。もたもたしていては、二人共やられてしま
う。むしろ、良くここまで高速で思考を巡らせられたものだと思う位だ。
サラが言っていた。こう言う問題は、個人の都合で決めても良いと。考えて分からないのなら、もう自分の中の価値観だけで決めるしかない。
(ごめん……)
〈グリムリーパー〉にライフルを構えさせる。砲口を、〈フリューゲル〉にトドメを刺そうとする青い敵機へと向ける。
理由は簡単だ。メイは『無敵団』のマスターだから。本当に、ただそれだけだ。呆れる程に単純で、思想も哲学も何もない――それだけに、選ぶのが一番楽で手っ取り早い理由。
一度決めてしまえば、後は簡単だ。勝手に理由が湧いて来る。
〈フリューゲル〉がエーテルバスターキャノンを手にしたら、きっとレイド戦で大活躍してくれる事だろう。コウも決して劣ってはいないけど、火力増強と言う本来の目的からすれば、メイの強化をした方がより合理的なはずだ。
そもそも彼女は、ぼっちの私をクランに誘ってくれた恩人だ。今こそ、恩を返す絶好の機会じゃないのか。
メイはいつも明るくてエネルギッシュで、みんなをグイグイ引っ張って行って。地味で目立たない私が相手でも、屈託なく接してくれて。
だけど小さい頃は引っ込み思案で、それを克服して。
私にはない強さを持っていて、羨ましくて、憧れで――
(コウのそう言うところ好きだけどねー)
照準。
発砲。




