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『いやあ、勝ったわね!』

「うん、そうだね」


『一時はどうなる事かと思ったけど、頑張れば何とかなるもんねー!』

「その通りだね」


『んでもって狙い通り、〈ヴォジャノーイ〉からお目当て素材のジェネレーターも手に入ったし、万々歳ねー!』

「全くだよ」


『さーて、後はセレーネまで帰って、装備を手に入れるだけ! じゃー、早速帰りましょうか!』

「異議なし! じゃあ、早速――」


『……あのさ』


 意気揚々と引き上げの準備に掛かる僕達に、カノンが横合いから口を挟んで来

る。


「何?」

『……アレどうしよう』


『その程度かしらぁっ!! さあ、根性見せてみなさいぃっ!!』


 ――カノンが指した方向には、基地の親玉ヴォジャノーイが倒され撤退に移る〈コーチク〉達

を、戦意満々に追い回す〈モモちゃん〉の姿があった。正確には、通信チャット越しに叫び声が響いていたのだから、とっくに気付いていた。ただ単に、現実から目を逸らしていただけだ。


 荒れるがままに狂乱を振り撒き、歓喜を上げるその姿。害意の瞳であろうが無抵抗の背中であろうが、等しく弾丸と拳を送り、死を下すその姿。死神と呼ぶ以外、僕にはそれを形容する術を持たなかった。


『……帰るなら、まずはあの状態のサラをどうにかしないと……』

「……カノン。兵法三十六計に『釜底抽薪ふていちゅうしん』ってのがあってね。『煮えたぎったお湯に手を出すのは大変だけど、釜の底からまきを抜き取って、お湯が自然と冷めるのを待てば対処しやすくなる』……って意味で。直接的なアプローチは難しくても、間接的なアプローチを行えば目的も果たしやすくなるって言う」


『……つまり?』

「……(コーチク)がいなくなるまで放っておこう」


 それに尽きる。


『……実質何のアプローチもしてないよね、それ』

「……時には高度な戦略的視点から、静観しつつ事態の変転に備える事も必要になるんだよ」


『……つまり実質何もしないって事だよね、それ』

『……そこまで言うならカノン。あなたがアレを何とかしてくれるのかしら?』


『………………無理』

「……そう言う事さ。ようこそ、羊達の群れへ。共に月のない夜に震えよう」


『あはははははっ!! あ――――っはははははっ!!』


 サラの高笑いはいつ果てるともなく響き渡り、青海せいがいの波の音を打ち消し続けていた。僕達はただ目を閉じ耳を塞ぎ、静寂の訪れだけを待ち続けた。






『んじゃーみんな、準備は整えたかしら?』

『うん』

「……うん」

『良いですよ』


 メイの確認に、(ようやく治まってくれたサラを含め)みんなが答えた。


『言うまでもないけれど、帰りは徹底的に戦闘を避けて進みましょうね』


 何しろ私達は、かなり消耗している。私がリペアユニットを一つだけ温存している位で、ろくに回復アイテムが残っていないし、弾だって残り少ない。復活用のリヴァイブユニットこそ各人が一つずつ持って来ており、その内使用したのはコウ一人だけなので、計三つ残っている事になるけど……それで安心とは、到底言える訳がない。


『特にプレイヤーキラー《PK》には細心の注意を払ってね。素材を持っている、帰還途中のプレイヤーこそが狙い目だから』


 そもそも、今回の目的はコウとメイが新装備調達のために必要な素材を入手する事だ。ミッションの成功はあくまでも通過点であり、無事に帰り着いて装備を入手する事こそが本懐なのである。もしも帰還中に撃破された場合、入手した素材が入っているサブストレージからランダムで選ばれた素材が失われてしまう事になる。


 MRムーンラビットは、装備や弾薬、入手した素材をデータ化して持ち歩く事が出来る。容量に制限がある代わりに、強固にデータ保護がなされているメインストレージのアイテムや装備は、たとえ撃破されてもデータ化された装備等が失われる心配はない。一方で、容量無制限な代わりにデータ保護が十分でないサブストレージは、機体が破壊された際にデータ化した素材等の破損、盗難が起こって損失する可能性がある

……と言う設定らしい("データ"とは言っても、コピーは不可能だ)。


 仮にGEギアエネミー相手に撃破されても、リヴァイブユニットで復活させれば、同時に破損したデータの修復も行われるので、素材を損失する事はない。けれど、PKの場合はデータ化した素材そのものが奪われてしまうため、撃破して取り戻す必要があ

る。PKの目的は大抵が『素材や資金を奪い取る』事だから、相手は素材を入手した時点で逃げてしまう事も考えられる。そうなれば、取り返す手段はない。


 まとめると、『復活させれば素材は失わないけど、PKで倒された場合は奪った相手を倒さなきゃならない』なのである。PK相手には、撃破される事自体が望ましくない。復活出来るから大丈夫、とは必ずしも行かない。


「……何度も言うけど、みんなも辺りに注意していてね」

『うん、分かってる。まあ帰りは、途中にあった帰還用ポーターまで辿り着ければ良い訳だから、行きよりは距離が短くて済む。その分は楽になるはずだよ』

『だと良いですけど……何にせよ、気を抜いちゃダメですね』


『ふふふ……遂にあのベラボーに格好良さそうな武器があたしの手に……。待ち切れないわね……』

『メイ。早速気を抜いてどうすんだよ』


『いやなに。気を抜ける内に抜いとこうかしら、と思って』

『……帰ってからで良いだろ……』


 呆れたように、コウが言った。






 私達は慎重に周囲を警戒しつつ、帰路に着いた。


 ミッションの舞台となった海上基地から出る際――つまり、私達以外のプレイヤーが立ち入れないインスタンスフィールドの外へ出る際は、ブーストで一気に飛び出す。"慎重に"、と言った側から矛盾した行動を取っているように思えるかも知れないけど、辺りに目を配らせながらゆっくりと出て行く……と言う方が、かえって狙撃の的になりかねない、と言う判断から来た対応だ。


 行きの道中、監視ゾーンの外へ出た直後にも襲われたけど、あれはかなり特殊なケースだ。メイが言った通り、ミッション地点へと向かうプレイヤーを襲ったとしても、大して旨味はない。一方の現在、ミッションをクリアして素材を持っている状態であれば、PKの標的となり得る。


 例えば、適当に選んだ一機を遠距離狙撃で撃破、反撃を受ける前に即離脱――なんて戦法も考えられる。最初の一撃で撃破出来なければ、即座に手出しの出来ないフィールド内部へと逃げられるだろうから、成功の可能性は低い部類に入るとは言え、全くあり得ない話でもない。


 事前に敵が潜んでいそうな場所に当たりを付けた上で素早く駆け抜け、そこから死角となる遮蔽物の影まで移動。すぐに周囲を警戒する。幸いにも、今回は敵が隠れ潜んでいる事はなかった。


 その後も、〈グリムリーパー〉の索敵能力の高さを頼みに進んで行く。これは毎回の私の役割だから、必要以上に気を張る事もないし、もちろん気を抜く事もな

い。いつも通りに私が先行し、レーダー画面を確認しながら実際の地形を目視で確かめ、通信チャットで逐一報告をすれば良い。


 強いていつもと違う点を上げるとすれば、途中で〈グリムリーパー〉のENが底を尽き、ステルス装置を使用する事が出来なくなってしまった事だ。これは機体を透明化する事で、更に見付かりづらくする事が出来る装備だけど、使用中は機体のENを消費し続けてしまう。普段なら、それで問題になる事は滅多にない。〈グリムリーパー〉はENを消費するエーテル系の武器を使わないし、常時使用している訳でもない。怪しそうな場所や、先の様子を偵察しに行く際、事前に発見している敵の近くを通る必要がある場合など、限られた時にだけ使用するようにしているからだ。


 だけど今回はGEだけでなく、MRにも意識を向けなければならない。一定のルーチンに従い、ゲームバランスのためにあえて無駄のある挙動も設定されているプログラムではなく、柔軟な意志で自由に考え、相手の裏を掻く事もするプレイヤーだ。必然的に警戒度も上がるため、いつも以上にステルス装置を多用した。当然EN消費量もそれだけ多くなるし、そもそも行きの時点で半分近くENを消費していたのだ。最終的に枯渇してしまったのも、決して不思議な出来事ではなかった。


 EN回復用アイテムである、エーテルチャージも私は持っていない。メイは一つだけ持って来ていたけれど、それも〈ヴォジャノーイ〉戦後に〈フリューゲル〉《自機》に対して使用済みだ。


 透明化ステルス装置が使えなくなった。とは言え、〈グリムリーパー〉元々のステルス性は十分に高い。障害物に身を隠す事さえ心掛ければ、大抵のMRのレーダーには引っ掛かる事はないだろうと思っていた。


 結果的には、そうならなかった。


「……みんな、MRの反応が一つ。こっちに向かって来てる」

『プレイヤーって事だね? PKするつもりなのか?』

『それだけじゃ判断付かないわよ。ミッション帰りのプレイヤーだったら、大抵は消耗してるし素材を失うリスクは犯したくない。そもそもPK行為自体やりたくないって人も沢山いるから。もしかしたら、『無事に帰り着く』って利害関係が一致して、あたし達と協力してくれるって可能性だって――』


「……更に反応が三つ。……私達、囲まれてる」

『――あー……だったら間違いないわね。PKだわ』


 レーダーなのか目視なのかは分からないけど、恐らく先行していた私が発見されてしまったのだろう。その上で相手は、こちら側の他のメンバーの数と位置を確認して、取り囲むように迫って来たのだ。


 これは明らかに、私達を狩る(・・)つもりの行動だ。


「……ごめん、私のせいで……」

『それは言いっこなし。……どうする?』


『まともに相手をするのは無理です。逃げませんと……』

『その通りだけど、囲まれてる状態じゃそれも難しいわ。どうしたって交戦は避けられないわね』


『……こうなりゃ、戦うしかないだろ。ただし、勝つ必要はない。あくまでも逃げる隙を作るためだ』

『それしかないわね。……そうと決まれば、行きましょうか!』


 メイの叫びを合図に、全機が四方に散る。直後、周囲から砲声と共に銃弾とエーテルビームが飛来する。高台の上から、丘陵の向こうから、岩の裏から、森の奥から。私達の機体が直前まで立っていた場所へと向かって。あと少し動くのが遅れていたら、まともに喰らっていた事だろう。一撃で撃破……とまでは行かなくても、かなり手痛い損害だったはずだ。危なかった。


『ち……っ! やっぱ気付かれてたか!』

『多分、あの黒い奴の索敵能力が高いんだろ。まあ、予想通りだ』

『ちょっとばかりポーターに近いが……まあ良い。逃がすなよ!』

『分ぁーってる! 行くぜ!』


 直後にPKプレイヤー側の機体が四機姿を現し、躊躇の気配もなくこちらへと距離を詰めて来る。『無敵団』の各自も応戦開始。私も適当な一機に狙いを定める。全身濃い青色で、武器として短銃身カービンライフルを装備した機体だ。


 まずは一発。直前で敵機はサイドステップ、回避される。捉えたつもりだったけど、こちらの砲口の向きを見れば、射線を見切る事が出来るのだろう。


 次弾発射可能になるまでに数瞬の間。もう一発。これも外れ。あまり距離が離れていない相手に、ジグザグの機動を取られると、こちらのスナイパーライフルでは捉えづらくなる。照準の動きが敵機の動きについて行けない。


 かなり距離が近くなる。三発目を発砲。これは当たるのを期待せずに撃った、牽制目的の一発だ。すぐに退避。


『ぐぅ……!』

『悪ぃな、あんたら。まあ、これもゲームの仕様だ。恨むんじゃねえぞ』


 黄色い機体のオペレーターが、コウの〈叢雲〉に右手のエーテルソードで斬り掛かりながら言う。


『あー、実は僕達、ろくな素材とか全然持ってなくってさ。狙うなら、他のプレイヤーにしといた方が良いんじゃないかなーって……』

『そりゃ残念だ。こうなりゃ手間賃代わりにあんたら倒して、そのろくでもない素材とやらを置いてってもらうしかねぇな』

『ですよねー』


 おそらくは一か八かで試してみたのであろうコウの嘘は、ごくあっさりと見破られていた。まあPK側からみれば、これから襲う相手がどんな素材を持っているかなんて普通は分からないだろう(事前に後を尾けてどのミッション、どの種類の敵と戦うかを確認していれば、ある程度の予想を立てる事は出来るだろうけど)。取りあえず襲ってみて、良い素材が奪えればラッキー……程度の心持ちだろうから、『口頭でろくな素材を持っていないと言われた』だけでは退く理由に値しないはずだ。


 下がりながらざっと戦況を見る。弾薬、ENを惜しむ素振りもなく全力で攻めて来る様子を見れば、PK側は万全の準備で挑んでいる事は容易に推測出来る。対して、こちらは大型GE戦後の消耗した状態。APも全快ではないし、弾薬も惜しみながら使わざるを得ない。しかも、四方を囲まれた状態だ。結果、交戦開始から対して間も置かずに、既にこちらは劣勢を強いられている。まともに戦う以前に、ここから逃げられるかどうかすらすでに怪しくなっている。


『そらよっ!』

「……っ!」


 〈グリムリーパー〉へ向かって接近して来た一機が、片手斧ハンドアックスを振り下ろす。サイドステップで回避。直後、斧の刃が地面に食い込み、乾いた泥を跳ね上げる。〈グリムリーパー〉の装備から狙撃型と見抜き、接近戦を挑んで来たのだろう。相手MRは全身やや暗めのグレーの、円盤状のパーツを肩部に搭載した機体だった。あのパーツはレドーム――索敵能力を高めるための装備だ。多分だけど、私はこの機体のレーダーに捕捉されたのだろう。それが事実なら、一つ位仕返しをしてもバチは当たらないはずだ。


 更に踏み込まれ、泥の付いたハンドアックスが横薙ぎに振るわれる。間一髪、バックステップで避ける。このまま張り付かれては、こちらが不利だ。いずれはあの刃の餌食となるだろう。とは言え、距離を取るのも難しい。MRは機体の正面方向に比べて、背後方向への移動速度が落ちる。〈フリムリーパー〉の機動力が高いとは言え、"後ろ"に逃げる私よりも"前へと"追う相手の方が有利だ。


 このままじゃ、逃げ切れそうにない。それなら。


 私は賭けに出る。回避の勢いを殺さず、更に後ろへと跳ぶ。相手は距離を離す事なく、喰らい付いて来る。


〈グリムリーパー〉が着地――した瞬間、正面方向、迫る敵機へと向かってブーストダッシュ。後退から一気に前進へと転じる動きだ。同時に、後ろ腰(リアアーマー)からナイフを左手で引き抜き、切っ先を真っ直ぐに向ける。


 機動中の急激な方向転換は、動きの勢いが相殺されるために一瞬の隙が生まれ

る。相手がもしも冷静であれば、格好の反撃の機会を与えてしまう事になる。


『な……っ!?』


 だけど、上手く意表を突く事に成功した。逆に相手が判断に遅れる。間隙を逃さず、ナイフを敵機胸部に突き立てる。直撃判定。もう一撃。今度も直撃。


 敵機が反撃に出ようとする動きが見える。ナイフを引き抜いて、再び鞘に収める暇すら惜しい。敵機に突き刺さしたまま柄から手を放し、ゲージを使い切るつもりで後方へとブースト。一手遅れで振られたハンドアックスが、虚しく空を裂く。


 素早くスナイパーライフルの砲口を敵機へ。相手もブーストでこちらへと迫る。ろくに照準を付ける暇もない。


 発砲。


『おわぁあ……っ!?』


 右脇腹へと命中判定。敵機の残りAPが二割を切った。事前にダメージを与えていたとは言え、ナイフは直撃判定を奪いやすい代わりに、攻撃力そのものは高くない。流石に、撃破までは無理だった。


 だけど、十分だ。敵機が後退して行った。PKは、襲撃者側にも相応のリスクを負わなければならない。撃破された際の資金損失の割合は、PKを行った側――最初に攻撃を仕掛けた側の方が遙かに大きい。『襲撃者は予めサブストレージの中身を空にしておけば、素材を失う事がない』……と言う不公平を解消するためだ。相手にしてみれば、返り討ちに遭うリスクが高くなった以上は積極的に攻めたくないのだろう。倒しておきたかったけど、まあこれで借りを返したと思っておこう。


 取りあえず、私の安全は確保した。手近な高台に駆け上がる。これから、みんなの援護をしないと。


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