60 〈ヴォジャノーイ〉戦、決着
近くにいた〈コーチク〉をブレードで斬り付けつつ、僕らの現在の状態をざっと整理する。
まず、メイの〈フリューゲル〉が撃破された。復活は最優先である。
僕の〈叢雲〉はAPは残り二割弱。また、ショットガンのグレネード弾頭を使い切っており、弾倉を散弾に変更しなければ、遠距離攻撃のための手段がない。
カノンの〈グリムリーパー〉は、比較的損害は少ない。APは〈叢雲〉コクピットスクリーンの表示によると、七割強残っている。一方、弾薬の方は僕らのスクリーンには表示されないので当人しか分からないけど、余裕があると言う事はないだろう。
サラの〈モモちゃん〉はAPが三割弱と言ったところで、弾薬もあれだけ景気良くぶっ放していたのだから、恐らく尽き掛けている事だろう。
要するに、〈ヴォジャノーイ〉が海中に潜り、攻撃の手が緩んでいる今の内に、全機が早急に回復、補給を行わなければならない。分かりやすく切迫した状況である。
そうと決まれば、行動あるのみ。〈コーチク〉にトドメの一撃を加え、すぐさま〈叢雲〉のストレージからリヴァイブユニットを取り出す。撃破された機体を復活させるためのアイテムである。紫色に淡く光るキューブ状の物体を片手に、両断された〈フリューゲル〉の元へと急ぐ。
撃破された〈フリューゲル〉にリヴァイブユニットを使用。キューブが割れ、紫色の光が両断された機体を包み込む。切断された機体下半身が光の粒子となって、上半身側へと結合して行く。同時に、〈フリューゲル〉のAPゲージが五割まで回復。これで、復活完了である。
「これで良し、っと」
『……あー、コウ、ごめんね』
「あれは仕方ないよ。……それより、僕も急いで回復か弾倉交換をしないと……」
何しろ〈ヴォジャノーイ〉が次に浮上し、攻撃を再開するまでの間しか時間的猶予がない。多分、どちらか片方しか済ませられないだろう。
『……ねえコウ』
カノンが言った。
「どうしたの?」
『……私がリヴァイブユニット使った方が、良かったんじゃ。ほら、私は比較的損害は少ないし。出そうと思ったら、もう〈叢雲〉が取り出してたから途中で止めたけど……』
「ああ……」
言われてみればそうか。〈フリューゲル〉の復活を余裕のあるカノンに任せれ
ば、僕はAPと弾倉交換の両方を済ませられる可能性が高かっただろう。冷静に考えれば、確かにそちらの方が効率が良かった。ちょっと慌て過ぎていたようだ。
『そりゃコウだからね。戦友の危機に、考えるより早く身体が反応したんでしょ。口では何だかんだ言うけど、性根が結構お人好しって言うか』
『……ああ、なるほど』
メイの言葉にカノンが同意する。何だこの褒め殺しは。
「そんなんじゃないって。単に冷静さが足りなかったってだけで」
『ほら、早速素直じゃない。……まあ、コウのそう言うところ好きだけどねー』
メイの口からごく自然な調子で出て来た言葉に、熱気を帯びた激しい動揺が瞬間的に渦を巻いた。
分かってる。メイが特別な意図を込めて言った訳ではない事は。彼女はそう言う性格だ。良くも悪くも表裏がない。誰に対しても屈託がない。僕が"異性"であると言う事をまるで意識していないかのような言動を取る。第一、友情の気持ちで"好き"だと口にする事なんて、おかしな話でも何でもない。それ位の事、良く分かっている。
それが分かっていて――どうしようもなく鼓動が跳ね上がる。平静ではいられない。ソニアから『本気だったぞ?』と言われた時のように――あるいはそれ以上
に。
「……それより、急がないと。ほら、メイも回復なり補給なり済ませとけよ」
強いて、表面上の冷静さを保ちながら言った。奇跡的とも言えるし、動揺し過ぎてかえって表に出なかっただけとも言える。
『そーね。……いや、待った。あたしがリペアユニットを出して、〈叢雲〉に使うわ。だからコウは弾薬の補給をしなさいよ』
「え? いやだけど、それじゃ君が回復する暇がなくなるじゃないか」
『良いから、良いから。復活したお陰でAPは五割まで回復してるし、ENも節約すればまだイケるし。だったら〈叢雲〉の体勢整えた方がお得でしょ?』
僕の返答を待たず、〈フリューゲル〉は早速アイテム実体化の準備動作に入っている。回復系のアイテムは、自機だけでなく味方機に対しても使用出来る(ちなみに弾薬は、渡す事そのものは出来ても、手持ちの火器が対応していなければ使う事が出来ない)。彼女は自分の事よりも、僕の事を優先しようとしているのだ。
『ほら、遠慮しないの。コウには普段から一杯お世話になってるんだから、恩返しだと思って』
少し悩んだけど……断るのも今更だと思い、僕はコンソールを操作し、〈叢雲〉に散弾を取り出させる。
「そうするよ。ありがとう」
『そうしなさい。どういたしまして』
弾倉交換を完了させた〈叢雲〉を、〈フリューゲル〉が使用したリペアユニットの緑のエフェクトが包み込んだ。
「カノンは? 補給出来てる?」
『…………』
「カノン?」
『……あ、うん』
二度目で返事が返って来る。どうしたんだろう? 通信が聞き取りづらかったのかな?
『さあ、さっさと表に出て来なさい。私のガトリング砲が、弾丸ブチかましてやりたいとウズウズしているわ』
「インターバル挟んで少しは冷静になると期待してたんだけど、全くそんな事はなかったよ」
一方、我がクランのバーサーカー・サラは、一切迷う事なく〈モモちゃん〉のAP回復よりも、弾薬の補給&エーテルバズーカの取り出しを優先させていた。ガトリング砲もエーテルバズーカも、大型で重量のある、取り回しの悪い武器である。それを、左右それぞれの手に持って戦うつもりらしい。いくら〈モモちゃん〉のジェネレーター出力が高く、装備積載量の多い脚部パーツを選んでいると言っても、限界はある。これでは、ただでさえ劣る機動力が大幅に落ちる事となるだろう。もう、意識が完全に攻撃に向かっているらしい。多分、止めても聞かないだろう。
『……出たわ! さあ、リベンジ開始よ!』
海上背を浮かべる〈ヴォジャノーイ〉の機影を確認し、メイが叫んだ。
『先に見付け、先に撃って、先に殺すのよっ!!』
攻撃的な文句を生き生きと唱え、サラが一斉砲撃を開始。右手のガトリング砲、左手のエーテルバズーカ、両肩のミサイルランチャーを海上の〈ヴォジャノーイ〉へと向けて発射した。敵機の移動先を読んだ偏差射撃は、全弾命中――とまでは行かなかったものの、確実に相手の動きに喰らい付いている。つくづく本気を出したサラの、攻撃面での才能が恐ろしい。
『わ……私達も続くわよっ! うりゃあーーーーっ!!』
若干引きつつもメイが号令を掛け、僕とカノンも射撃を開始。海面に数え切れない程の白い水柱が立ち、〈ヴォジャノーイ〉の巨体を僕らの視界から覆い隠す。猛烈な集中攻撃を前に、敵機APはぐんぐん減って行く。
荒れる飛沫を突き破って、ミサイルの白煙が空に昇る。敵機背面への命中弾はいくらでもあったけど、ミサイルの数は全く減っていない。流石に発射直後に撃ち落とす、と言う事は出来ない設定になっているようだ。何はともあれ、回避行動に移らなきゃいけない。
『あーーーーはっはっはっはっはっはっ!!』
「まあ、そうだろうと思ったけど! ほらサラ、攻撃するのはちょっと我慢して、今は逃げよう!」
回避以前に、その場から動く気配すら見せない〈モモちゃん〉を、三機掛かりで引いて止める。上空で落下軌道を描き始めたミサイルが、今にも一ヶ所に集まっている僕ら目掛けて飛来しそうな気配を見せる。
……ん? 『一ヶ所に集まっている僕ら目掛けて』?
ひょっとして。
「みんな、僕が合図を出すから、それまではまだ回避しないで!」
『え? ……あ、なるほど』
『……行けるかも』
(一名はともかくとして)みんなも僕の考えに気付いたらしい。四機が固まった状態で、上空のミサイルの動きを注視する。先端部の目標捜索装置が僕らの機体を捉え、矛先を向ける――
「……今っ!!」
僕が叫ぶと同時に、全機がその場を離れる。若干心配だったけど、サラも従ってくれた。
無人の地点へと向けて、発射されたミサイルの大半が殺到する。次々と着弾し、爆発。だが、そこに屠るべきMRの姿はない。紅蓮の炎が、ただの徒花となって咲き誇るばかりだった。
要するに、僕らが逃げ回っていたからミサイルの着弾地点が分散し、かえって回避が難しくなっていたのだ。逆にあまり動かず、ギリギリまで引き付けて退避すれば、着弾場所も限られて対処がしやすくなる。ミサイルは多少の時間差を伴って襲い掛かって来るので、それだけで全てを処理し切れはしないけど、数の少なくなった敵弾の回避は対して難しくはない。
それに、さっきのカノンのファインプレーも良いヒントになった。
上空のミサイルにショットガンの砲口を向け、数発を発砲。空中に数多飛び散った子弾がミサイルに命中、爆発を起こさせる。
射撃による迎撃だ。僕にカノン程の腕前はないとは言え、こちらに向かって来る対象へと向かって、文字通り『散らばって飛ぶ弾』である散弾を撃てば、十分に可能な事である。これで安全を確保すると共に、回避に割く時間を最小限に留め、その分を反撃に回す事が出来る。
素早く床の縁まで戻り、ミサイル発射直後の〈ヴォジャノーイ〉へと散弾をお見舞いする。敵機APが二割を下回る。あと一押しだ。
〈ヴォジャノーイ〉が一旦、海中へと身を沈める。次に海面を破って高々と飛び出し、床へと乗り上げて来た。陸上戦のターンだ。回復、補給は済ませたとは言え、こちらも余裕のある状態ではない。道中で消費した分も含め、弾薬も回復アイテムも残り少ない。焦りは禁物ではあるが、長期戦にも持ち込みたくはない。出来る事なら、これでケリを付けたい。
『これで最後! 全部持って行きなさいっ!!』
敵機が乗り上げた直後の硬直を狙い、メイの〈フリューゲル〉が残っていた肩部マイクロミサイルを全て発射。〈ヴォジャノーイ〉の黒い装甲表面に泡のように次々と弾ける小爆発を引き起こした。
僕も〈叢雲〉右手にブレードを構えさせ、敵機にブーストで接近。あえて相手の正面へと回り、袈裟斬りを一太刀加える。間を置かず、ショットガンの砲口を敵機胴体に押し付けて接射。刃弾共に、直撃判定。
〈ヴォジャノーイ〉が頭部機関銃を〈叢雲〉へと発射。狙い通り、囮の僕に食い付いてくれたようだ。そのまま機関銃の届かない首の可動範囲外へと移動、更に攻撃を続ける。小回りの効かない巨体では、至近距離に張り付いている僕を相手取るのは実に難儀する事だろう。この間合いは完全に〈叢雲〉に分がある。
それに、もう一つ狙い――むしろ予想がある。
〈ヴォジャノーイ〉が背面カバーを開放。ミサイル攻撃の予兆だ。現在は全機がバラけているため、さっきみたいに一ヶ所に引き付けて……と言うのは無理がある。しかし僕は慌てない。攻撃の手を一旦休め、至近距離を維持したままミサイルの挙動を注視する。
発射されたミサイルが、上空へと飛ぶ。
まずはここで、ミサイルへと向けてショットガンを数発発砲する。メイ、カノ
ン、サラへと向かって散って行った辺りで子弾が命中、数発を撃ち落とす事に成
功。どうやら標的への追尾を開始した直後から命中判定が発生するらしい。
そして、残ったミサイルが三人を狙って飛んで行く一方で、僕の方には飛んで来ない。全体の四分の一――僕に向けて放たれたはずのミサイルは、実際には僕をロックオンする事もなく、誰に矛先を向ける事もなく、明後日の方角へと飛び去って行った。
予想が的中したようだ。ロックオン対象が〈ヴォジャノーイ〉の至近距離にいる場合、ミサイルに狙われる事はないのだ。考えなしに狙えば、発射した自分まで爆発の巻き添えを喰らう羽目になるからだ。狙われる事はないか、狙われても巻き添えダメージを与える事が出来るか――そのどちらかだろうと踏んでの行動だった。
そのまま畳み掛ける。至近距離からの斬撃に、射撃も交える。そのことごとくが直撃判定。行ける――
〈ヴォジャノーイ〉が身を沈めて両ヒレに力を込める動作。咄嗟に飛び退る。直後にその場で一回転し、尾部を横合いから叩き付けて来る。胸部を荒い風圧が掠めただけで、辛うじて回避に成功する。
間髪を入れず、敵機は上半身を大きく跳ね上がる。顕となった腹部がコクピットスクリーンに映り、そのまま壁が崩れ落ちるように視界へと迫って来る。〈叢雲〉を押し潰すつもりだ。先程の回避で若干崩れた体勢を立て直す暇もない。跳ねるように慌てて後方へと退避。〈叢雲〉が立っていた床に、巨体が轟音を響かせのし掛かった。
そのまま〈ヴォジャノーイ〉は〈叢雲〉に向けて口部を開く。ウォーターカッターの予兆だ。今度こそ避ける余裕がない。
僕一人であれば。
『くたばりなさいっ!!』
ミサイルを捌き終えた〈モモちゃん〉が真横から一斉砲撃を加える。僕が数を減らしておいたため、機動力が下がっている状態でも十分に回避出来たようだ。反対側からは〈フリューゲル〉がエーテルキャノンを撃つ。大きく体勢を崩した状態で放たれたウォーターカッターが、僕のすぐ横を掠めて行った。
その間に〈叢雲〉に体勢を立て直させ、突進。先程離した〈ヴォジャノーイ〉との距離を一息で縮め、ブレードを振り上げる。
まずは一撃を振り下ろす。立て続けに、もう一撃を横に薙ぐ。装甲を深々と切り裂いた刃が、交差する線を敵機に刻み付け、内部にまで到達する致命の損傷を与えた。
『……これで終わり』
カノンの呟きと共に放たれた〈グリムリーパー〉の射撃が、〈ヴォジャノーイ〉の頭部を正確に撃ち抜く。
ごく僅かに残されたAPゲージを奪われ、〈ヴォジャノーイ〉は甲高い電子音
を、断末魔代わりに辺りへと響かせる。そのまま糸の切れた操り人形のように、けたたましい音を立てながら床の上に倒れ伏し、物言わぬ鉄塊へと姿を変えた。
これにて、撃破完了。




