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59 猛攻

『くたばりなさいっ!』

『サラ!? 頼むから落ち着いて!?』


『止めないでメイ! あの野郎に一発以上ブチかましてやらなければ、私の気が済まないわ!』

「遂に"野郎"って単語が出て来た事を嘆きたいところだけど! それより海のどこにいるのか分からない相手に向かって、無駄弾を撃つのを止めるんだ! 無駄だから!」


 不気味に静まり返った青い海へと向かってガトリング砲をフルオートでぶっ放す〈モモちゃん〉を、メイと僕は二人掛かりでなだめる。


『…………分かったわ』

「良かった……ようやく止まってくれた……」


『次に出て来た時にこそ、間違いなく奴に地獄の底を見せ付けてやれ、って言いたいのね? 上等よ』

「良くなかった……僕らの誰もが、そんな事は望んじゃいないんだ……」


 ただ、ミッションが成功すれば良いだけなんだ。ただ、明るく楽しくゲームを遊べれば、それで良いんだ。


『…………そ、それより全周囲の警戒をしようよ』

 そう言うカノンの声は、微妙に震えていた。その気持ちは良く分かる。僕もさっきから、指先の震えが止まらない。


 気を取り直して、僕らは一ヶ所に固まって互いに背中合わせになるように円陣を組み、それぞれに周囲を見渡した。現在戦場となっているヘリポートは、大ざっぱに言えば半島のように海に向かって出っ張った作りをしている。三方向を海に囲まれ、一方向は基地の敷地内側へと繋がっている、と言う構造だ。四人で四方向を見張る都合上、一人は――僕である――海ではなく敷地内側を見張る事になる。この状況でまさか〈ヴォジャノーイ〉が敷地の内側から現れるとは思えないけど、敷地内の小型GEが乱入して来る可能性があるかも知れないから、念のためだ。


『さーて、どこから来るかしらね』

『どこだって変わらないわ。見敵 必殺サーチ・アンド・デストロイ、それだけよ』

『……海よりも、私の背後から殺気を感じる……』

「大丈夫、多分僕らに牙を剥く可能性は恐らく低いから」


 色んな意味で場に緊張感がみなぎる。さあ、どこから現れるか――


『……出たっ』


 全機一斉にカノンの方を向く。ちょうど〈ヴォジャノーイ〉の黒々とした巨体

が、大量の海水と共に宙へと跳ね上がるところだった。


 そのまま、派手な轟音と共に床へと乗り上げる――それで、止まらない。


「ちょ……っ!?」

 飛び出した勢いそのままに、〈ヴォジャノーイ〉は突進。対象は当然、一ヶ所に固まっている僕らである。


『殺るわよ!!』

「逃げよう!? 今すぐに!」


 堂々正面から受けて立とうとするサラに、必死で回避を促す。


 さっきはサラを止めるのと、周囲への警戒に集中していたため、APを回復させる暇はなかった。手傷を負った三機&装甲の薄い〈グリムリーパー〉の一団ピンに〈ヴォジャノーイ〉が直撃したら、最悪全滅(ストライク)の危険性だってあり得る。


 蜘蛛の子を散らしたように、僕らは四方へと待避。音を立てて迫り来る〈ヴォジャノーイ〉の巨体を、辛うじて回避する。


 それでもなお、巨体が動きを止める事はなかった。


 背面カバー全解放。ミサイル一斉発射。


 天に向かって伸びる白煙。青空に映える噴射炎。


『やば……っ!? みんな回避ーっ!!』

 メイが叫ぶと同時に、ミサイルが四方に散る。目標は当然の如く当然のように、僕らである。


「うわわ……とっ!」


 何しろ、這々《ほうほう》の体で突進攻撃から逃れた直後だ。そこを狙って、上空から降り注ぐミサイル群。華麗な回避など望むべくもない。とにかく逃げ惑うのが精一杯である。先ほど得た教訓から、極力味方のいない方向へと逃げた方が良い――と意識する余裕さえない。


「……!」


〈ヴォジャノーイ〉が一番手近な僕へと首を向ける。頭部に装備された機関銃を発砲して来る。回避――はあえて行わない。下手に避けて、ミサイルの餌食となる事は避けたい。同じダメージでも、威力の低い機関銃を受けた方が結果的には被害を押さえられる。


 ガガガガンッ! と衝撃。命中判定。ガントレットで防御する間もなかった。APが残り四割を切る。覚悟していたとは言え、着実にゲージを削られている事に焦りを覚える。


『……〈コーチク〉も追加されたっ』


 追加の悪い知らせがカノンから寄せられる。小型GEの増援だ。周囲を見渡せ

ば、海水をボタボタとしたたらせている〈コーチク〉達の姿が見える。海から飛び出して来たのだろう。数が多い、と言う程でもないけど、囲まれるのは決して望ましい状況などではない。


『的が増えたわねぇっ!!』


 いや、望ましく思っているのが一人いた。増援を確認するなり、サラの〈モモちゃん〉が吼え猛る。先程の攻撃でAPが三割にまで減っている事など、まるで気にも留めていない。


『……と、取りあえず数を減らしましょう! サラの色々な意味での回復は後回しに!』


 メイが指示を出す。確かに一理ある。次に敵機が海中に潜るまで我慢すれば、回復する時間が得られるだろうけど……それを頼みに楽観は出来ない。現に今も〈ヴォジャノーイ〉は攻めの手を緩めてはいない。カノン目掛けて突進の予備動作を行っている。


 こちらに守る余裕はない。ならば、ここはあえて攻勢あるのみ。


「分かった! サラは雑魚に目が向いているから任せるとして……カノン、サラのフォローよろしく! 主に死角にいる敵を狙って!」

『……うん』


「僕とメイで〈ヴォジャノーイ〉を引き付ける! 出来るか、メイ!?」

『任せなさい、戦友!』


 頼もしい通信チャットが返って来た。


 今まさに突進しようとする〈ヴォジャノーイ〉へと向かって、僕とメイは、それぞれにグレネードとエーテルキャノンを放つ。僕のグレネードがヒレに直撃し、爆発。出鼻を挫かれ体勢を崩した敵機の突進は、先程までの勢いを全く欠いたものだった。〈グリムリーパー〉は余裕を持って回避に成功。


『なるほど、攻撃の予備動作中を攻めれば、妨害が出来る訳ね』

 思い切った攻勢が幸を成したようだ。もちろん、この機会を逃す訳には行かな

い。更にグレネードで畳み掛ける。


〈ヴォジャノーイ〉が僕の方を向き、頭部機関銃を発砲。〈叢雲〉に敵機側面後方へと回り込ませるようにして回避。首の可動範囲外にいる相手には、そもそも当てようがないだろう……と考えての事だ。案の定、〈叢雲〉を追って床に次々と穿たれた着弾痕の流れが、壁に阻まれたように止まる。それ以上は振り向けない証拠

だ。


 その隙に、僕とは反対側に回り込んだメイの〈フリューゲル〉が、敵機の側面へとエーテルキャノンを叩き込む。挟撃の格好だ。これで敵機は、僕とメイのどちらに攻撃の矛先を向けようと、必ずどちらかに背面を取られる事になる。


 あるいは、再びミサイル攻撃を仕掛ける可能性もある。その場合も考慮して、僕は事前に退避先の算段を付けている。どの攻撃が来ようとも、十分に対処出来る。


 弾倉に残っていた最後のグレネード弾を発砲。直撃判定。これで打ち止めだ。リロードをする暇がないから、後ろ腰(リアアーマー)に格納しておく。


 横目でちらり、とサラ達の様子を見る。


『ほらほらほらほらぁっ!! それで終わりかしらぁっ!?』

『…………あの、そいつもうAP空だから……』


 現在のサラは、紛れもなく鬼神そのものだった。


 一体の〈コーチク〉を左手で掴んで持ち上げ、ガトリング砲を至近距離から撃ち込んで機体をズタズタに引き裂き、狂的な笑いを響かせるその姿を見れば、誰もが連想する事だろう。周辺に亡骸を晒す〈コーチク〉達に残された惨たらしい損壊状況からは、〈モモちゃん〉による暴虐の残滓ざんしが未だくすぶっているようであった。


 カノンのフォローなど、殆どあってないようなものだけど、彼女を責める事など出来ない。果たして誰の言葉であれば、暴風の如く荒れ狂う本人の耳に『せめて弾薬を節約して下さい』と届かせる事が出来るのか。


 僕らには無理だ。もう色々と諦めよう。惨劇げんじつから逃れるように、視線を〈ヴォジャノーイ〉へと戻す。


 敵機は僕を見据えたまま身をかがめ、力を込めるような動作。恐らく突進攻撃だろう。


『隙ありぃっ!!』

 予備動作を見たメイが、左手のエーテルソードを発振させ、斬り掛かる。多分、接近戦圏内にいる間に斬れるだけ斬って、離れたらエーテルキャノンで追撃……と行くつもりだろう。


 だけど。


『喰らえーい……ってぇっ!?』


〈ヴォジャノーイ〉は事前の予想を裏切る動作を見せた。腹部中央を軸に、その場で高速回転を始めたのだ。独楽こまのように、フィギュアスケートのスピンのように。タイミングで悪く接近していた〈フリューゲル〉は、予想外の動きに対処が取れない。無抵抗のまま脇腹に尾の直撃を喰らい、後方へと弾き飛ばされてしまった。


『ぅぐう……っ!?』


 まさか〈フリューゲル〉の接近を察知した上での迎撃策だったのか? その予想が誤りであり、あの回転は次に行う攻撃の予備動作に過ぎない事をすぐに知った。


 回転を続ける〈ヴォジャノーイ〉が、ゆっくりと口を開いた。


「……避けろっ!!」

 瞬間的に悟った僕は、意識する前に叫んでいた。


 直後、〈ヴォジャノーイ〉はウォーターカッターを噴射。高圧の水流が荒々しい円の軌跡を内から外へと広げながら、周囲を薙ぎ払って行く。


 僕の〈叢雲〉は寸前で後方へとブーストし、辛うじて回避に成功。突然の事であったとは言え、多少の距離が開いており対処の猶予があった〈グリムリーパー〉と〈モモちゃん〉も、事なきを得た。


 だけど〈フリューゲル〉にその暇はない。僕の声に素早く反応し、咄嗟に体勢を立て直し――それが限界だった。


『ひゃぁぁぁぁあ……っ!?』


 横合いから迫った白い噴流が胴体を捉え、そのまま一閃。装甲を貫き、フレームまで達した高圧水流が、MRの上、下半身をわかつ。両断された鋼鉄の身体がゴトリと音を立て、崩れ落ちる。


 APゲージを確認するまでもなく、撃破である。


「メイ! ……待ってろ、すぐリヴァイブユニットを――」

『……まだ来るっ』


 カノンの焦燥に滲んだ声に、コンソール操作を行おうとした腕が止まる。動作に一切の淀みも見せず、〈ヴォジャノーイ〉は背面からミサイルを発射。


 こちらに回復の余裕すら与えない、津波のような猛攻を前に、僕達は逃げの一手以外に取れる手段がない。そもそも、〈叢雲〉のグレネード弾頭は既に手持ち分を使い果たしている。時間経過で行われる自動リロードは、"直前まで使用していた弾頭"が装填の対象となる。その弾頭がゼロになった場合、新しい弾頭――この場合は散弾――に手動で切り替えない限り、自動リロードは行われない。


 つまり現状、〈叢雲〉には遠距離攻撃の手段がないのだ。合間を縫っての反撃すら、今の僕には行えない。


 とにかく、耐え凌ぐ以外に道はない。降って来るミサイルから、恥も外聞もなく逃げ回る。悪い事にメイが撃破され標的が四機から三機まで減っているのに対し、一度に発射されるミサイルの数は減っていない。相対的に、一機当たりに撃ち込まれるミサイルの数が増える事になる。回避する機体が一機減った分、一機当たりの退避スペースに余裕が生まれる事になるので絶望的とまでは行かないけど、苦しい状況だ。


〈ヴォジャノーイ〉頭部機関銃と〈コーチク〉のエーテルレーザーも、周囲を飛び交う。一発が〈叢雲〉に被弾。APが二割を切り、体勢が崩される。動けない僕に容赦なくミサイルが迫る。


『……コウッ』


〈グリムリーパー〉がスナイパーライフルを構えるのが見えた。砲口の先は〈ヴォジャノーイ〉ではなく、〈コーチク〉でもなく――僕へと迫るミサイルだ。


 発砲。


 空を切り裂いて飛ぶ弾丸が、僕に迫るミサイルを真横から貫く。〈叢雲〉に到達する遥か手前で爆発が起こる。ダメージ判定範囲外の〈叢雲〉には、被害が及んでいない。素早く体勢を整え、次弾が到達する前にその場から退避する。


 どうやら、あのミサイルは撃ち落とせるらしい。現実のミサイルのように超音速で飛んでいる訳ではないとは言え、離れた距離から小さな目標を、しかも自身も回避運動を取りながら一発で撃ち落とすなんて。はっきり言って神業である。


「助かった!」

『……偶然』


 カノンは短く答え、ちょうど突進攻撃を仕掛けて来た〈ヴォジャノーイ〉から逃れる。巨体がそのまま基地の床の縁から海上へと飛び出し、そのまま波間の下に姿を消して行った。


 辛うじて危機を凌ぐ事は出来た。とは言え、休む暇はない。僕はすぐに回復の準備に取り掛かるべく、コンソール操作を行った。


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