58 〈ヴォジャノーイ〉戦開始
僕達は、海上基地の敷地内部へと侵入する。あちこちが崩れ、大半のガラスが割れている建物や、屋根に大穴が開いた格納庫、ただの鉄塊と成り下がった荷役車両を脇目に、どんどん奥へと進んで行った。基地内には強力なジャミングが掛けられており、レーダーは当てにならないから、周辺への警戒は目視で行う。幸いにも、内部では一度も戦闘に巻き込まれる事はなかった。
そして、マップ上にアイコンで示された目標地点へと到着。かなりの広さがある場所で、床にいくつか黄色い丸で囲った数字が描かれている。そこから少し離れた床に、同じく丸で囲まれた"H"の表示があるところから察するに、多分ヘリポートだった場所なのだろう。
『さーて、いっちょ気合い入れて掛かりましょうか。あたしの装備のために』
「僕の装備のためにもね。……来たよ」
コクピット内に、いかにも強敵感を醸し出すBGMが鳴り始める。大型GEとの接触時の、お約束の演出だ。
青く穏やかだった海が大きく盛り上がり、巨大な影が飛び出す。横にも縦にも大きなその影が、大量の水しぶきと共に基地の床へと乗り上げる。オットセイの身体に、凶悪なカエルの顔を乗っけたような外見。どうやらあれが、今回の標的である〈ヴォジャノーイ〉のようだ。
同時に、複数体の〈コーチク〉も海から飛び出して来る。〈ゴブリンロード〉戦の時程に大量と言う訳ではないけど、やはり小型GEも同時に攻めて来るらしい。囲まれないよう、注意が必要だ。
『さあ、行きますよ!』
操作可能になった瞬間、サラの〈モモちゃん〉が戦闘の口火を切る。ガトリングの砲口が唸りを上げて高速回転を始め、間断ない射撃が〈ヴォジャノーイ〉に牙を突き立てる。
「雑魚は任せた!」
ここでボサッとしている理由もない。メイとカノンに指示を出し、ショットガンの砲口を〈ヴォジャノーイ〉へと向ける。弾種は、先程交換しておいたグレネード弾頭。道中は温存していたけど、今こそ使い時だ。
発砲。
砲口から射出されたグレネードが、〈ヴォジャノーイ〉の胴体に接触。信管が作動し、起爆。瞬間的に膨れ上がった爆炎が、熱と衝撃と破片を敵機に叩き付ける。命中判定。
うん、良い感じだ。敵機のAPゲージ減少量――つまり与えたダメージは、散弾よりも多い。比較対象は
〈ゴブリンロード〉だけであり、単純に比べられないとは言え、火力増強と言う目的は果たせたようだ。
『……来る』
カノンが言った。〈ヴォジャノーイ〉が身を沈め、ヒレ状の両手、もとい両前足に力を込める。その動作で、相手が次にどう来るのか理解出来た。
両前足で勢い良く背後に向かって床を押し、反作用で〈ヴォジャノーイ〉が滑走を始める。空気を重々しく唸らせ、腹部と床の隙間からエーテルの粒子を激しく散らせ、鋼鉄の体躯が一つの砲弾となって、僕の〈叢雲〉へと迫る。
「……っと!」
しかし、事前に動きを予測していたお陰で、余裕を持って回避出来た。発生した風圧を〈叢雲〉にぶつけただけで、〈ヴォジャノーイ〉はそのまま通り過ぎて行
く。とは言え、あの巨体では当たり判定は広そうだ。速度も見た目から想像出来ない程に速かったし、質量も見た目から想像出来る通りだろう。直撃時の威力は推して知るべし、と言ったところか。決して油断は出来ない。
『コウ後ろ!』
メイの声に背後を向く。一機の〈コーチク〉が頭部のエーテルビーム発振器を
〈叢雲〉へと向けていた。
「……っ」
とっさに側転。エーテルビームが左肩にカスリ判定を与える。素早くショットガンの砲口を向けて反撃。グレネードの爆発に敵機の上半身が飲まれる。命中判定。〈コーチク〉のAPが八割強削られる。威力に満足しつつ、弾を節約するためトドメは左手で抜いたブレードで刺す。
すぐに視線を〈ヴォジャノーイ〉に。突進攻撃を終えた直後の、無防備な背面をこちらへと晒している。直線的な速度こそ侮れないけど、中々振り向こうとしないあの様子だと、どうやら小回りはあまり効かないようだ。
当然、絶好の攻撃チャンスである。そして当然『背後から攻撃してはならない』なんてルールは、ゲーム内にも日本の国内法にも存在しない。ここで僕が躊躇しなければならない理由は、どこにもない。
足を止めてしっかりと照準を合わせ、発砲。グレネードが寸分狂わず〈ヴォジャノーイ〉背面中央へと直撃。紅蓮が弾け、大気が焦げる。もう一発……と行きたいけど、グレネード弾頭は連射が効かない。焦らずに再発射可能になるを待つ――
『皆さん、気を付けて!』
同じく〈ヴォジャノーイ〉へと射撃を加えていたサラが、全員に警告を発する。その理由は、僕には良く見えていた。残留するグレネードの爆煙を突き破って、
〈ヴォジャノーイ〉の背面から上空へと向かって、何かが垂直に飛び出して行ったからだ。
素早く上空を見上げる。底部から白煙を吹き出し飛翔した物体が、空中で逆U字の軌跡を描き、僕らの機体目掛けて落下して来た。
「ミサイルか……っ!」
慌ててその場から飛び退く。直後、飛翔物体……垂直発射式のミサイルが次々と着弾。ヘリポートのあちこちで爆発が起こった。
熱と衝撃に煽られ、体勢を崩されながらも、何とか無傷でやり過ごす。その頃にはすでに〈ヴォジャノーイ〉はこちらを向いていた。
巨体が身じろぎをする。口元が大きく開く。何をするつもりなのかは分からないけど、十中八九攻撃のための動作であろう。このまま留まっていては危険だ。
ブーストで側面方向へと動くのと、〈ヴォジャノーイ〉の口から床に向けて、真っ白い噴流が吹き出したのは同時だった。あれはエーテル系の武装? ……いや、違う。
〈ヴォジャノーイ〉が首を振り上げる動作。連動して、噴流が基地の床を一直線に切り裂き、甲高い噴射音と水の飛沫を上げながら〈叢雲〉へと襲い掛かる。
「のわぁっ!?」
事前に動き始めていたお陰で、ギリギリのところで回避に成功。白い刃が〈叢
雲〉をかすめ、横合いに飛沫をぶちまけながら通り過ぎ、そのまま空へと昇って行った。
『ウォーターカッターね……! 流石は水っぽい系!』
高圧の水を噴射したのだ。破壊不能オブジェクト扱いである床は無事だけど、ちょうど僕の背後にあった車両の残骸は真っ二つに切断されていた。あんなもの、直撃判定を喰らえば一撃撃破もあり得るんじゃないか。
『あいつの攻撃、一発は重そうだけど、動きは鈍いわ! 雑魚はある程度減らしたし、落ち着いて回避すれば怖くないわよ!』
『……攻撃直後を狙おう』
「そうだね!」
カノンの言う通り、大技を使用した直後の〈ヴォジャノーイ〉は、大きな隙を晒している。付け入るのは簡単だ。
全機で集中砲火を浴びせる。そのことごとくが命中、あるいは直撃判定。もう三割程のAPを削っている。この調子なら、順当に撃破までこぎ着けられるはずだ。
「っと!」
ミサイルランチャーやグレネードが生み出した黒煙を突き破って、銃弾が飛んで来た。右から左へ薙ぎ払うように、床に火花が散る。たぶん、頭部に装備されていた機関銃だ。
回避は難しいと踏んで、〈叢雲〉左手のガントレットで防ぐ。ほとんどAPは削れてはいない。防御判定に"大成功"した点を差し引いても、大した威力ではない。牽制用の、小口径の弾丸なのだろう。
銃撃の間隙を縫って、グレネード弾のお返し。命中判定。ここで弾切れを起こ
す。一つの弾倉に込められる弾数が少ないのが、グレネード弾の欠点の一つであ
る。
ならば、とショットガンを一旦後ろ腰に納め、ブレードを右手に持ち替える。得意の接近戦で、一気に攻め立ててやる――
『……突進だよっ』
僕がブーストで突っ込みかけるのを、カノンからの通信が制止する。寸前で停止した〈叢雲〉を尻目に、〈ヴォジャノーイ〉は〈フリューゲル〉へと向かって滑走する。斬り掛かっていたら、巻き込まれて余計なダメージを負っていたところだった。
『なわぁっ!』
狙われたメイは、慌てて回避。〈ヴォジャノーイ〉は滑走の勢いを止める事な
くそのまま床の端から飛び出し、波柱を残して海中へと姿を消した。
『逃げた……訳じゃないですよね?』
『そりゃあね。……潜られたら手出しが出来ないわ。厄介ね』
水中にいる相手に火器を撃ち込んでも、水の抵抗のせいで威力が大幅に減衰してしまう。MRは水に潜る事は出来ても、水中を泳ぐ事は出来ないから、水中戦を仕掛けるのも無謀だ。そもそも、この基地周辺の海が進入不可ゾーンになっていて、うっかり落ちるとAP減少のペナルティと共に床の上へと戻される――と言う可能性もある。
「逆にこっちも一息吐けるって事だよ。次に上がって来た時を狙おう」
言いながら、ショットガンのリロードを済ませておく。弾種は先程と同じくグレネード弾。それが済んだら、残っていた〈コーチク〉を片付けておく。再びブレードに持ち替えて、ブーストで一体に接近し斬撃。苦もなく撃破。
『現れましたよ!』
二機目にブレードを突き立てていると、サラから報告が入る。波間を割って大きな背中を浮かべる〈ヴォジャノーイ〉の機影を目視で捕捉。
『んじゃー、攻撃再開!』
〈フリューゲル〉が、合間に持ち替えていたエーテルキャノンを海上の〈ヴォジャノーイ〉へと向ける。砲口が瞬き、一条の青白い奔流が空を走る。
同時に〈ヴォジャノーイ〉が動いた。激しい白波を立て、その巨体を荒々しく動かす。移動の痕跡として残る波の筋に、標的を捉え損ねたエーテルビームが突き刺さり、高々と水柱を上げる。
『……結構素早い』
『くっ、流石は水っぽい系! 泳ぎは得意って訳ね!』
「構わず攻撃を続けるんだ! 数で押せる!」
海中に敵機がいる現状、接近戦は不可能だ。全機で射撃を加える。波立つ海面に大小様々な飛沫が踊り、敵機の巨体を打ち据える。いくら〈ヴォジャノーイ〉の遊泳速度が速いとは言っても、流石に四機分の集中砲火は避け切れる訳はない。
「ミサイルが来る!」
飛沫の奥で、〈ヴォジャノーイ〉背面のカバーが開くのが見えた。多分、いやほぼ確実に、さっきのミサイル攻撃だろう。
案の定、背面から無数の白煙が上る。無数のミサイルが、上空から僕らを襲う。
僕の警告を合図に、全機が回避運動を取る。一拍遅れて、上空から雨あられと降って来たミサイルが床へと突き刺さり、炎へと姿を変える。どうやらこのミサイルは"標的そのもの"を追尾するのではなく、発射時に標的がいた"場所"へと着弾する性質のようだ。つまり、その場から動いてしまえば当たる事はない。爆発の及ぶ範囲を考慮して大きめに動く事を心掛ければ、回避は決して難しくはない。楽勝楽
勝――
「『あ』」
――と思うのが間違いだと、すぐに気付かされた。僕とメイ、それぞれの回避先が、互いのミサイル着弾地点と重なってしまった。要するに僕が逃げた先に、メイを狙ったミサイルが飛んで来た。
回避が間に合わない。咄嗟にガントレットで防御。それでも"小成功"判定がやっとだった。ミサイルが命中。爆発が〈叢雲〉を襲い、コクピット前面のスクリーンを紅の炎が塗り潰す。多少の軽減こそ出来たけど、決して軽くないダメージを負う羽目になってしまった。衝撃に揺さぶられる視界の隅に、〈フリューゲル〉が僕と全く同じようにミサイルの命中を喰らう光景が映った。
『……コウー! 逃げる方向考えなさいよ、もー!』
「こっちのセリフだよ!」
『……ケンカしない』
文句を言い合うメイと僕を、カノンがたしなめる。仕方ない、反省させるのは後回しだ。
『きゃあああああっ!?』
そんな僕らの耳に、〈モモちゃん〉へ直撃判定を喰らったサラの悲鳴が届く。どうやら、回避のために背面へと退避した結果、背後の建物に退路を阻まれ追い詰められてしまった結果らしい。黒煙と炎の上がる建物にもたれ掛かる〈モモちゃん〉の姿が確認出来た。
僕らに手痛い損害を与えた当の〈ヴォジャノーイ〉は、再びその姿を海中の下へと沈めた。
『や……ってくれたわねぇっ!!』
次の攻撃に備え意識を張り巡らせる僕らを尻目に、サラは一人猛々しい咆哮を周囲へと響かせていた。




