57 追憶
『暇ね……』
「二人が簡易ログアウトして、一分も経っていない内から口にする言葉じゃないよね、それ」
『細かいわねぇ、コウは。ノリ悪いわよ』
「何で僕がわざわざ、君の退屈に乗っかってやらなきゃならないんだよ……」
『えー? そのセリフ、暇な時間を無為に過ごす事に掛けて、確かな信頼と実績を誇るコウが言う?』
「その、全然褒める気がない褒め言葉は何だ。何で他人の退屈に配慮して、自分が非生産的で怠惰な時間を貪り喰らう事を諦めなきゃいけないんだよ」
『わあ、あたしが予想してた以上にアレな回答……』
「そもそも君は『浪費するのを楽しんだ時間は、浪費された時間ではない』……と言う、故人の遺した金言を知らないのかい?」
『知らないけど、何となくその人が草葉の陰から『いやいやいやいや、何体の良い言い訳に利用してくれちゃってんの』……って訴えている気がするわ』
「きっと幻聴だよ。手持ち無沙汰なら機体状態の再チェックとか、やれる事は色々あるだろ」
『はいはい。……そー言えば聞いときたかったんだけど』
「何?」
『ソニアさんと何話してたの?』
「…………」
『え? 何でそこで黙り込むの?』
「……良いだろ、別に」
『気になるじゃないの、本気がどうのこうのとか。何かカノンも様子変だった
し……もしかして、内緒の話?』
「そう言う訳じゃ……ああいや、何でもない」
『……? まあ、話したくないなら別に良いけど……』
「良いなら良いんだよ。ほら、ちゃんと周囲の確認を続けよう」
『変なコウ……』
私は昔から、ゲームや漫画、アニメが好きだった。
と言うか、引っ込み思案を特に改善する事なく過ごした結果、小学校の頃から友人と一緒に遊ぶ機会が年々減少して行き、中学を卒業する段階でほぼ皆無となったのが、私の半生だ。そう言う環境の中、一人で楽しめるサブカル系統の趣味に走るのは、ある意味では必然だった。
このままではぼっち人生確定だ、と言う危機感は薄々感じていた。花の高校生活と言う響きに対して、人並みに夢と希望を抱いていたのもある。"進学を控えた春休み"と言う節目、変わるには良い切っ掛けじゃないか、と私は密かに決意した。
だから、私はCosmosを購入する事にした。
ここで『会話力に磨きを掛ける』とか、『お洒落を研究する』とかに踏み切らない辺りが私の私たる所以とも言えるけど、要するに『不特定多数の他人と関わるVR系のネットゲームを遊べば、リアルで他人と関わる練習になるだろう』……と言う発想である。入学祝いに貯金を足し、『人見知りする帆乃香がVRのネットゲームなんて、大丈夫なの?』と心配する親を説得し、私は無事CosmosとMROを店頭で入手する事が出来た。
MROを選んだ理由は、単純に発売されたばかりの注目作だからだ。ロボットアニメが流行っていた影響で、私もそれなりにロボットものに対する知識があったから、特に気構える事もなかった。
初めて月面都市セレーネ中央広場へと降り立った時の胸の高まりは、今でもはっきりと覚えている。純粋に、VRゲームの出来映えに感動したと言うのもある。けどそれ以上に、私が踏み出した新たな一歩への感触はまるで黄金のように美しく光り輝き、前途を明るく照らしてくれているようだった。
今日から私は、新しく生まれ変わるのだ。人並みの積極性と社交性を身に付け、数多の夢と希望と友人達に溢れる、薔薇色の高校生活を手に入れるのだ。VR技術によって脳内に広がる擬似的なものだけど、その瞬間、確かに世界の全てが私の味方をしてくれていた。
初日は『まずはゲームに慣れる』事を優先し、ソロプレイに専念する事にした。チュートリアルをこなし、いくつかの簡単なミッションをこなすだけだったけど、期待に違わない完成度の高さを前に、私はすっかり夢中になって遊んでいた。
二日目は『もうちょっとゲームに慣れる』事を優先し、ソロプレイに専念する事にした。昨日よりも難しめのミッションをこなす内に、取り敢えずは十分と言って良い程度に、このゲームの操作に慣れる事が出来た。
三日目は『もうちょっと装備を整えた方が良いだろう』と考えて、ソロプレイに専念する事にした。いくつかのミッションをこなして、これまでプレイした範囲内で最も得意としていた『遠距離からの狙撃』と言うプレイスタイルを確立出来るだけの、最低限の装備を揃える事が出来た。
四日目は『明日こそ頑張って、他のプレイヤーに話し掛けよう』と誓い、ソロプレイに専念する事にした。お金がそこそこ貯まった。
五日目は『明日こそ頑張る』と誓い、ソロプレイに専念する事にした。
六日目は『明日こそ頑張る』以下略。
――三週間後、私は一人虚しくロビーの観葉植物の葉っぱを突付きながら、『新たな一歩の感触』すらも脳内に広がる擬似的なものだったと思い知らされた。結局VRをプレイした"だけ"で、向こうから切っ掛けがやって来る訳はないのだと悟った頃には、すっかりクラスにおけるぼっちポジションが定着していた。何だかんだでMROそのものは楽しんでいるし、そう言う意味でCosmosを買った意義はあったと言えるけど――本来の目的は、今や彼方の彼方である。
このまま何も変わる事も変える事もなく、丸々三年残っている高校生活を――それどころか、今後の人生すらも一人寂しく過ごす事になるのか……と落ち込んでいたある日。
(おーい、辻さーん。Cosmos持ってるー?)
突然、同じクラスの二階堂舞さんに話し掛けられた。
(……うん、一応)
(じゃあさ、MRO――『望郷のムーンラビットオンライン』ってゲームは遊んでる?)
(……うん)
この話しぶりは、もしかして。
そんなはずないよ、違ったらガッカリするよ……と、お節介な私のネガティブ思考が胸に芽生えた期待感に待ったを掛けるけど、それでも膨らんで行く気持ちを止める事は出来なかった。
(だったら、あたしの作ったクラン『超最強絶対無敵団』に入らない?)
そして、期待は現実のものとなった。クラン加入の誘いである。そのクラン名は果たしてどうなのか、と言う点が些末な事に思える程、胸が高まった。天上を覆う分厚い雲が晴れ、一条の光が差し込んで来るような心地だった。
あとは簡単だ。一言『入ります』とだけ言えば良い。
私は相手の顔をしっかりと見据え、心を落ち着けるために一つ深呼吸を入れ、言っている事がちゃんと聞き取れるように大きく口を開き、
(いやそのあのお話はクラン大変にその実に私ソロだったしまあその大体そのまあ何て言いますかそのええと大体は事情はその私はまあクランがそのごめんなさい)
(えーっと……つまり?)
(………………ごめんなさい)
(そっかー……。まあ、仕方ないよね!)と去って行く二階堂さんの背中を眺めながら、私は激しい後悔と共に、今すぐ自分を際限なくどつき回してやりたいと言う珍しく攻撃的な感情を抱いていた。何故、無駄に見栄を張ろうとしたのか。何故、たったの一言『入ります』ですら、すんなりと口から出て来ないのか。もう絶望するより他なかった。
しばらくの間、一人悶々とした日々を過ごしていた。その間、何度も何度も自問自答を繰り返した。
これで終わって良いのか、と。
そんな訳はない。降って湧いたようなチャンスを、あんな情けない理由で手放したくなどない。この機会を訳の分からない失敗で逃してしまった挙句に終わりにしてしまうようでは、もう私に改善の余地などない。
数日掛けて覚悟を決めた私は、最大限の勇気と度胸と根性とを絞り出し、遂に自らの意思で動く事を決意したのだった。
(……わわわ、私を『超最強絶対無敵団』に入れて下さいっ!)
リアルでの休憩を済ませた私は、自室の扉を開ける。ベッドの上に置かれたCosmosの側面電源ランプが、簡易ログイン中である事を示すオレンジ色に光っているのが見えた。
電源コードを跨いで、ベッドへと上がる。Cosmosを両手で持ち上げ、ぼんやりと眺める。
勇気を出して『無敵団』に入った時から、ちょっとは私も変われたんじゃないかと思う。それなりに他人と関わる機会は増えたし、友達と呼んで良い人達も出来
た。春先の私が見たら、泣いて喜ぶ事だろう。
けど、それは表層的なものであり、本当に私が望む変化ではないのだと気付い
た。あるいは取り敢えずの目標が果たされ、更なる目的が生まれたと言うべきなのかも知れない。
もっと、自分のエゴを出して生きたい。出せるようになりたい。
出来るかどうか、正直不安の方が大きい。だけど、頑張ってみよう。やるだけやってみよう。
もしもその機会が訪れたなら、自分の好きなように生きてみよう。
私はメガネを外して机の上へと置く。そしてベッドに横たわり、Cosmosを頭にセットする。
電源スイッチを軽くスライド。私の意識は、再びゲームの世界へと旅立って行った。
簡易ログアウトからの復帰後、私達は再び目的地への移動を開始した。流石に敵の拠点が近いだけあって、多くのGEが徘徊していた。時に迂回、時に正面突破と状況に応じて選びつつ、私達は進んで行った。
そうしてようやく、海上基地の手前までやって来た。
崖から渡された橋の向こう側には、海上に浮かぶ軍事基地が存在していた。遠方からでは詳細は分からないけど、見る限りでは様々な建物や、格納庫が確認出来
る。
『マップによると、入り口から直進したところにある、ヘリポートらしき場所が目的地みたいね……。みんな、準備出来たら突入するわよ』
『うん』
「……まずは橋の上の敵機を何とかしなきゃ」
橋の上には、〈コーチク〉と言う小型GEの姿が数体確認出来る。オットセイのような姿をした敵機だ。あれは避けて通る事は出来ないだろう。
『そうですね。それに、基地内部では建物の影なんかに他のプレイヤーが潜んでいないかにも注意しなきゃいけませんね』
『ああ、それに関しては大丈夫』
メイは言った。
『サラ、今まで疑問に思った事はない? 『何で、受けたミッションの舞台となる場所では、自分達以外のプレイヤーの姿は見掛けないんだろう』……って』
『……言われてみればそうですね。偶然……ではないって事ですか?』
『うん。いわゆる『インスタンスダンジョン』――凄く乱暴に言えば、『特定チームの専用空間』になっているからよ。その中の出来事に対して、他のチームは一切干渉出来ないようになってるの』
『ミッションを受けたチーム毎に用意されるんですか?』
『そうよ。ほら、そうしないと『先に入ったプレイヤーが終わるまで、自分達のミッションをこなす事が出来ない』……なんて事も起こるでしょう? ここから見る限り、あの基地で戦闘が起こっている様子はないけれど、もしかしたら他のチームがすでに進入していて、戦闘を繰り広げている可能性もあるわ。だけど、私達が確認する事は出来ないし、手を出す事も出来ないの』
『つまり、基地内部ではPKの心配をする必要はないって事ですね』
『代わりに、救援も期待出来ないって意味だけどね。……まあ、そう言う理由があるのよ』
『納得しました』
『疑問も解けたところで、ババッて突入しちゃいましょうか』
「……いつもみたいに先手を取るから、任せて」
『頼んだよ』
「……うん」
こちらに気付いていない敵機に対して遠距離狙撃を仕掛け、数を減らすのは私達がしばしば使う手だ。コウは特に疑問を挟む事もなく、私を送り出す。
先行し、橋の入り口付近まで移動。前方に三機の〈コーチク〉。こちらには気付いている様子はない。射程内まで接近し、射撃安定のために〈グリムリーパー〉を地面に伏せさせ、スナイパーライフルを構える。
橋の上を腹這い姿勢で滑りながら左へと移動している、一番手前にいる敵機を標的に定める。動きに合わせて、照準を合わせる。十字線が直撃判定を示す赤色の表示に。
レバーの射撃トリガーを人差し指で引く。
発砲。マーキス2の砲口が発射炎と轟音と弾丸とを吐き出す。
〈コーチク〉との距離を一瞬でゼロに縮めた弾丸が、そのまま装甲を貫く。狙い通りの直撃判定。一撃で撃破。
ワンテンポ遅れて、残った二機が〈グリムリーパー〉に気付く。滑走しながらこちらへと向かって来る。腹部と地面の間にエーテルのエフェクトが輝いている辺
り、多分MRのホバー移動と似たような原理なのだろう。移動速度も結構速い。
次弾の薬室装填が完了、再発射可能となる。
続けて、照準を右側の一機に。十字線を機影に重ねる。もしこれが本物の狙撃であれば、こんな単純には済まない。風の向きや強さ、気温や気圧、湿度、高低差、場所によっては地球の自転……等々、弾道に影響を与える要素は無数にある。現実では、それらを考慮して照準を行う。"十字線の真ん中へ向かって、正確に弾が飛んで行く"なんて事は、ほぼフィクションと言って良い。私が『スナイパー』でいられるのは、ゲームが諸々の要素を単純化してくれているお陰だ。
その単純化された中でも、役目はきっちりと果たす。発砲。直撃判定。撃破。
『とっつげきー!』
残った一機へと向かって、メイ達が襲い掛かる。
敵機頭部から、反撃のエーテルビームが飛んで来たけど、コウの〈叢雲〉はあっさりと回避。隙を縫って〈フリューゲル〉が仕留める。全機撃破。
『ナイス狙撃!』
「……うん」
メイの言葉に、私は答える。
「……得意だから」
こんなささやかな自負で、何かが変わる訳でもないだろう。それで良い。この一言は、私の宣誓なのだから。
『頼りにしていますよ』
通信の向こうから、微笑みの混じったサラの声が聞こえた。




