56 カノンとサラ
密林の中と言う、見通しが悪く障害物だらけの道のりは、僕らにとって良い方向にも悪い方向にも作用した。
敵機の姿を目視しづらい代わりに、こちらが隠れる場所にも事欠かない。そし
て、こっちには高い索敵能力を持つ〈グリムリーパー〉がいる。敵機を避け、見付からないように進む分には、概ねこちらが有利だった。
PKプレイヤーに対しても、抜かりなく注意を払う。とは言ってもメイが指摘した通り、合理性の意味合いで主に狙われるのは、行きではなく帰りのプレイヤー
だ。PK側も、対象がポーターから離れて行くか向かって行くかによって、行き帰りどちらであるかの区別は出来る。さっきの『レッドキャップ』のように、素材を持っていない相手でも構わず襲い掛かるタイプはむしろ少数派、と言うのは理屈の上でも納得出来るし、ならば必要以上に神経質になる必要もない。実際、それ以降PKと遭遇する事はなかった。
一方、障害物のお陰で隠れて進める利点とは逆に、障害物のせいで敵機を発見した場合の迂回路も制限される、と言う問題には悩まされた。必要以上に大回りさせられるケースもあるし、回り込んだ結果、迂回先にも別の敵機が配されていたり、或いは進行不可能な地形だったり……と言う事もあった。その都度、別の道を探すか、戦闘を仕掛けて突破するか……と言う選択を迫られた。
更にこの辺りには、〈ウィスキーキャット〉と言う中型GEがうろついていた。索敵能力が高い機体であり、一度見付かって戦闘になってしまった。
〈グリムリーパー〉のお陰で事前にGEの存在には気付いてはいたけど、何しろレーダーでは敵機の種類までは分からない。こちらとは距離が十分に離れているからそのまま進んでで大丈夫だろうと判断した結果、逆に相手から捕捉される羽目となった。幸いにも〈ウィスキーキャット〉の戦闘能力自体は大した事はなかったし、他には小型GEが数体だったので、大した損害も出さずに切り抜けられた。それ以後は、ステルス性が高く発見されにくい〈グリムリーパー〉に先行させて、敵機の種類を極力目視で確認するようにした。
お陰で大きな戦闘には巻き込まれず、結果APや弾薬の消耗も許容範囲内に納める事が出来たけど、引き替えに予想外に時間を取られてしまった。
そんなこんなで、僕らはようやく密林を突破。少し進んで、帰り専用の端末型ポーターを発見した。
『はあ……ここまで来るのに、結構時間掛かったわね……』
「まあ仕方ないよ。初めて挑む監視ゾーン外でのミッション、焦って失敗するよりは、慎重な方が良いだろ」
『そうかもだけど。でもこの調子だと、時間的に言ってもうやり直しは利きそうにないわよ』
今回のそもそもの目的は、僕とメイの装備を新調するために必要な素材を調達する事だ。お目当ての商品を売っているのは今日の午前零時までと言う都合上、日付が変わる前にクリアしてセレーネへと戻らなければならない。現状、焦る必要はないとは言え、もう一度最初からチャレンジする時間的余裕もない。この挑戦で失敗すれば目的を果たせない、と考えるべきだ。
『まあ、何はともあれ、一旦休憩を入れませんか? 休める内に休んでおきましょう』
『……賛成』
『そーね。じゃーいつも通り、半々に分けましょうか』
「取りあえず、僕が先に簡易ログアウトして良いかな? 水分の注意アイコン表示されてるから」
『良いですよ。私はまだ大丈夫ですし、索敵の都合上、コウとカノンが一緒に抜けるのは念のため避けておきたいですし……と言う事でメイ、お先にどうぞ』
『りょー。んじゃ、あとよろー』
「二人共、頼んだよ」
メイに続いて、僕も簡易ログアウトした。
『さて、私達は周囲の警戒をしましょうか』
「……うん」
サラからの通信に、私は答えた。端末型ポーターの周囲は、一種の安全地帯だ。敵に襲われる事はまずないし、PKも不可能――つまり、同士討ちが発生しないようになっている。とは言え、悪質なプレイヤーが妙なちょっかいを仕掛けて来る可能性もあるので、一応は辺りに注意を払っておいた方が良い。
『そう言えば、カノンは新しく購入した武器は使わないんですか? 今装備しているのは、いつもの奴ですし』
「……あれは、多数の相手を想定した奴だから。主に使うのはマーキス2」
『そうなのですか』
「……でも、密林じゃ結構使いづらかった。ラニウス《あっち》を持って来られれば、もっと役に立てたかも」
狭くて、あまり遠くまで見通せない密林の中では、マーキス2の射程の長さは宝の持ち腐れだ。長い銃身のせいで、木々や枝、ツタや葉が邪魔になったし……今日買ったラニウスの方が有効だったかも。
もっとも、本命である〈ヴォジャノーイ〉に備えて、一番使い慣れている武器を持って行きたかったと言うのがある。〈グリムリーパー〉のストレージ容量では、両方を持って行く事は出来なかったし……ないものねだりしても仕方がない。
『そう言うものですよ。こちらは索敵のお世話になってるんですから、十分です』
「……うん。ありがとう」
声もおっとりしていて柔らかいし、気配り上手だし、私にとってサラは話をしやすい相手だ。まあ、バーサクモードに入った時は正直怖いけど……それはそれとして。
話題が途切れ、会話が途切れる。普段の私は、別に沈黙が苦手な訳ではない。最近は、他人と話をするのが楽しいと感じる事が増えた――『無敵団』の仲間達とは特に――とは言え、基本的には静かな方が落ち着く質だ。
(私は割と本気だったぞ?)
だけど、今日ばかりは沈黙に耐えられそうにない。先程の、ソニアさんが別れ際に残した言葉が気になって仕方ない。黙っていると、頭の中で何度も何度も繰り返し再生されてしまう。
「……そう言えばサラは、あれってどう思う?」
そう言う訳で、かなり頑張って自分から話題を振ってみる。
『……ええと、"あれ"とは?』
「……あ、えと、その……」
こう言う時に限って、会話力の低さが出てしまう。頭の中で思っている事が、上手く口から出てくれない。
「……格納庫で言ってた、車の話」
『ああ。自動運転車AIの判断の話ですね』
「……うん」
正直に言ってしまえば、私はこの話題に特別関心を寄せている訳ではない(ニーさん、ごめんなさい)。それなりに興味深い内容だったとは思うけど、いつまでも強く心に残り続ける……と言う程でもない。むしろ、私の性格で真面目に考えてしまっては、思考が変にネガティブな方向に飛んで行ってしまって憂鬱な気分になりかねないから、そちらの方が望ましい位だ。ただ、真っ先に頭に思い浮かんだ話題がそれだったから、口にしただけだ。
『私としても、結論が出ていませんので何とも言えませんね』
「……そうだね。個人の都合で結論下して良い問題じゃない」
取り敢えずの一般論を述べておく。だから、サラも一般論を返すだろう。『え
え、そうですね』……みたいな。相手からの返答が予想出来る会話は、安心する。気構えなくて良い。
『え? そう思いますか?』
そう思っていた私にとって、サラの反応は意外なものだった。
「……違うの?」
『ええ。個人の都合で結論を下して良いと思います。こう言うのは、各々の都合で下し合った結論を集めて、最終的な答えを得るものですから』
「……他の人の都合は考えなくても良いの?」
『仮に考えたとして……自分以外の、他人の都合を十分考慮に入れた結論だったとしても、自分が納得した上で口に出した答えは、れっきとした『自分の都合』ですよ。適応範囲が拡大した、と言うだけの話です』
「……そう……かな?」
『どこまで行っても、たとえ全人類のためになる行為だとしても、人の行動原理の根っこには自分の幸せや利益が存在するものですから。自己中心的な人は嫌われますが、それと自分の根っこに素直になる事は違います。自分の好きに生きるって、ポジティブで素敵な事だと思いますよ』
自分の好きに生きる。
魅力的な考え方だ。だけど――私にとって、ハードルの高い考え方でもある。
どうしても、自分以外の他人の目が気になる。他人にどう思われているか、気になってしまう。相手の顔色を窺わずにはいられない。その結果、我を引っ込めてでも相手の都合を優先してしまう事が少なくない。サラの理屈に従えば、それも自分の都合――『我を出して傷付くのが怖いから、保身のために他人を優先する』と言う事なのだろう。
……いざ言葉にしてみると、何とも情けない。微妙に凹む。
だけど要するに、それが私の本質なのだ。
「……私もそうなれれば良いのに……」
思わずこぼす。
自分の根っこに素直になって、自分の好きに生きてみたい。
そうはっきり言い切れる、サラが羨ましい。引っ込み思案を乗り越え、今現在それを実践してみせる、メイが羨ましい。
素直に自分の気持ちを口に出来る、ソニアさんが羨ましい。
『そうなりたいですか?』
「……うん」
『じゃあ、そうなりましょう』
「……難しい」
『一朝一夕では無理ですよ。ちょっとずつで良いんです』
「……でも難しい」
『どうしてですか?』
穏やかに問い掛けて来る。疑問と言うよりも、私の本心を引き出そうとするような響きだった。
「……私、臆病だから。人に嫌われるのが怖い」
その響きに引きずられるように、私もすんなりと本心を出していた。
「……『大人しくて、目立たなくて、ワガママを言わない従順な子』じゃなくなったら、人からどう思われるかが怖い。みんなに嫌われるのが怖い」
少しだけ、涙が滲んで来た。声も震えていたから、きっとサラも気付いている。だけどサラは口を挟む事もなく、最後まで黙って聞いてくれていた。
『それだけ言えたのなら、まずは第一歩を踏み出したも同然ですよ』
「…………そうかな」
『一つ、背中を押しましょう。どんな生き方をしたって、人は必ず誰かから嫌われるんですよ』
サラが言った。
『真っ直ぐに生きようが、器用に立ち回ろうが。派手に暮らそうが、質素を心掛けようが。革新的だろうが、保守的だろうが。一匹狼だろうが、八方美人だろうが。どんな人生を歩んだって、それを間違いだって言う人はいるものなんです。何し
ろ、人と人は違いますから』
「…………」
『理不尽な評価をする人だって、いくらでもいます。好きな事を楽しんでいるだけの人を見下す人もいます。善行を働いているだけの人を批判する人もいます。信仰を抱いているだけの人を貶める人もいます。……困った事に、大抵の場合当人は自分を正しくて、賢くて、公正で、一般的な人だと思い込んでいるものです』
「…………」
『だったらもう、好きな事をして嫌われましょう。自分のために生きて嫌われましょう。正しいと思う事のために嫌われましょう。大丈夫です、少なくとも、私達はカノンの事信じてますから』
「……出来るかな……」
『出来ますよ。コウをソニアさんに取られないよう、頑張ってみましょう』
「ふぇっ!?」
サラの口から不意打ち同然に飛び出した名前に、意思とは全く無関係に素っ頓狂な声が出てしまった。
「……にゃ……みゃみゅみょ……」
『分かりやすい位の動揺ですね……』
「…………みゃぜ……」
『いえ、何があったのかまでは知りませんが、クラウズ区でのソニアさんの別れの言葉と、その後のお二人の様子を見れば大体察しは付きますよ。そもそも普段の態度から、カノンがコウをどう思っているのかも』
「……ぁぅ……」
『まあ、公平を期して、カノンに肩入れする……とまでは行きませんが、応援くらいはしますよ』
「………………ん」
長く迷った末――私は頷いた。
『はい。……お二人共、そろそろ戻って来る頃ですけど――』
『ああ、お待たせ。今戻ったよ』
「みゃ!?」
『……どしたの、カノン? そんな、こっそり秘密の会話を終えた直後に私達が現れて驚いた、みたいな反応は』
「……な、何でもないっ」
『何でもないそうです。そう言う訳で、次は私達が休憩に入りますね』
サラに続いて、私も慌てて簡易ログアウトした。




