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55 赤き男達

 トランスポーターで東南アジア方面へと降り立った僕達は、以前登録しておいた片道用ポーターを利用して南東側へと移動、そこから更に南下した。


『さーて……いよいよね』


 遠くから聞こえて来る、鳥だか虫だか判然としない鳴き声をBGMに被さるように、メイからの通信チャットが入る。生い茂る広葉樹と絡み付くツタの向こう、監視ゾーン内外を分ける境界の先は、一見これまでの道程と何の変わりもない密林風景であ

る。とは言え、ここから先はいわば上級者向けのフィールドだ。思えば遠くへ来たもんだ……的な感慨を噛み締めつつ、改めて気を引き締める。


『……レーダーに反応なし』

「だけど、ステルス性の高い機体が潜んでいる事もあり得るから、気を付けな

きゃ。何にせよ、ここから先はいつも以上に油断出来ないな」

『そう思うでしょ? そうじゃないのよねー、これが』


 何故か得意気な口調で、メイは僕の言葉に異を唱える。コクピットの奥のドヤ顔まで、ありありと目に浮かぶようだ。


「何でだよ?」


『境界付近が一番プレイヤーの警戒心が強くなるからよ。何しろ、これからPKにも注意しなきゃいけないって場所に足を踏み入れる訳だから、誰だって気を引き締める。辺りを警戒しながら慎重に進んでいる相手に、奇襲は中々通用しないわ。仮に奇襲が成功したとしても、すぐ側にある監視ゾーン内に引き返してしまえば、もう手出しは出来なくなる。境界の外側から攻撃したって、内側にいるMRにダメージは与えられないもの』


「なるほど……」


『どうせ襲うなら、簡単に逃がさないようにゾーンの境界から離れていて、身を隠すのにちょうど良いものがある場所を選ぶわよ。この辺りは樹木が多いから、身を隠すところに事欠かないけど……それは奥に行ったって同じ事よ。わざわざ、ここを選ぶ必要はないわ。……とは言え、奇襲の絶好ポイントは逆に相手からも警戒されやすいから、実際にはある程度妥協した場所を選ぶ事も多いけど』


『……確かに……』


『そもそも、これからミッションに出掛ける、つまり素材なんて持ってない奴を襲ったってメリットが薄いし。お金とか、一部消費アイテムとかは奪えるから全く無駄でもないし、そもそも好戦的なプレイヤーは素材の有無とか関係なく襲うけど

……そう言う連中は少数派よ。あまり気にする必要はないわ』


『的を射てますね……』


『まあ要するに、まだ本格的に警戒する必要はないって事よ。むしろ、今から気を張ってちゃ途中で疲れてグダグダになって、かえって痛い目見ちゃう事になるわ』


 メイの口から、実に理路整然とした意見が出て来る。こうして聞いていると――


「凄いな……まるであのメイが、ちゃんと戦術を考えているみたいだ……」

『待ちなさい。それじゃまるで、普段のあたしが考えなしで突っ走る残念な子みたいな言い方じゃない』


「……え?」

『……え?』

『……え?』


『ねえ、誰か教えて。突っ込みを入れたら、仲間達から揃って心底意外そうな反応を返された時、人はどうすれば良いの?』


 こちらに聞かれても困る。


「いや、普段からガッ! とか、バシッ! とかで済ませられる説明を受けていれば、当然の反応だと思うんだけど」

『失敬な! あたしだって、たまには考える事だってあるわよ!』

「"たまに"な時点で、もうこっちの対応に分があるんだけど」


『折角、今日ネットでチラッと目にした情報を元に語ったって言うのに!』

「そして、こっちはもう案の定って気分で一杯になっているよ」


『うっさい! 〈ヴォジャノーイ〉の攻略情報は見てないからセーフよ!」』

『反論ポイントそこですか』

『サラまでー! みんなからのマスターへの扱いが酷いんですけどー!』


 "自業自得"と言う言葉を、桐箱に入れて送ってやりたい。


『ふーんだっ、知らないもーん! ちゃっちゃと行くわよもう!』

「あ、待てよ」


 さっさと進んで行くメイの〈フリューゲル〉の後を追い、僕らは監視ゾーン境界線上を越える。


『うぎゃあーーーーーーーーっ!?』


 遠方からいきなり飛んで来た弾丸が、〈フリューゲル〉に命中判定。APこそ半分近く残っているが、実質的な断末魔の叫びが通信チャット上を駆け抜けて行った。


『……レーダーに四つ反応。MRだよ』

「って事はPKか!?」

『何でよーっ!? さっき襲われないって言ってたじゃないのーっ!?』

『メイが言った事です!』


 混乱の声はひとまず無視し、弾丸の飛来方向を視線で辿って行く。やや遠方、小高い丘の上にある岩陰から、一機のMRが姿を現す。


『ヒャッハー! 野郎共、獲物だぜェーーッ!』

『流石マスターだぜぇ! 『どうせ、境界付近でいきなり襲われる訳ねーじゃん』……って油断してる奴狙いとか、策士だぜぇ!』

『しかも簡単に逃げられないように、予め監視ゾーン内側に俺ら三人を配しておいて後ろからも襲わせるとか、マジ狡猾だぜぇ!』

『つー訳でレッツパーティーだぜぇ! 俺ら『レッドキャップ』の悪名を轟かせるぜぇ!』


 オープン通信チャットによる脂ぎった口調のご丁寧な解説と共に、背後からも三機が姿を現した。


『ぎゃーっ!? 背後取られたわよーっ!?』

『……比較的近距離にいたのに、直前までレーダーに反応なかった辺り、全機ステルス性特化の機体だと思う』

『動きも素早い……と言う事は、防御は控え目って事ですね! どうします

か!? 逃げますか!?』

「監視ゾーン側はきっちり塞がれてるし、逃げても消耗は免れないだろ! 応戦しよう!」


 ショットガンを構えさせながら、僕は叫んだ。


『了解! この汚名、挽回してみせるわ!』

『"返上"して下さい!』

『……私はあの狙撃型を相手するから』


 メイ、サラ、カノンと順番に返答が来る。


『レッドキャップ』なる(多分)クランのMRは、全身緑に対して、頭部だけを真っ赤に染め上げた機体ばかりだった。狙撃型の機体――会話から察するに、恐らくリーダーだ――、両手に一本ずつナイフを装備した機体、両手持ちの棍棒クラブを装備した機体、エーテルガンとおぼしき銃二丁持ちの機体。どれもこれも無骨な造形の本体に、破れたマントやらドクロのペイントやらを施していた。多分、趣味だろう。


『おい野郎共、通信聞いたかぁ!?』

『聞いたぜぇ! 女の声だったぜぇ! しかも三人!』

『……や、やべ、緊張して来た!』

『おおお、落ち着けよ! べべ、別に直接対面する訳じゃないんだから!』


 でもって、こっちのオープン通信チャットを聞いた敵オペレーターの方々は、露骨なまでに狼狽うろたえ始めていた。


『……何か、変な奴らに絡まれたっぽいんだけど……』

「まあゲームだし、そう言うロールプレイなんだよ……。微妙に地が出てる感あるけど……」


〈叢雲〉に戦闘機動を取らせながら、答えた。


『な……情けない事言ってんじゃねぇぞお前らっ! これから獲物を狩ろうってのに、そんな気概でどうすんだっ!!』

『『『リ……リーダー……』』』


『敵に情けは不要っ! 相手が女だろうが何だろうが、躊躇なくぶっ潰せ! そんなザマじゃ、極悪非道の『レッドキャップ』の名が泣くぞっ!』

『『『リーダー……!』』』


『しかもこれは、お近付きになれるチャンスじゃねーか! 格好良くPKして名前を覚えてもらって、それを切っ掛けにして交流が始まるかも知れねぇ! あわよくば、リアルでお知り合いになれるかもっ!』

『『『リーダァッ!!』』』


『野郎共、奮い立てっ!! 俺ら悪名高きレッドキャぐわあああああああっ!?』

『『『リーダァァァァァァッ!?』』』


 長広舌を振るっている間に側面に移動、射界を確保した上で十分に狙いを定めたカノンの〈グリムリーパー〉の狙撃が、敵リーダー機を一撃で撃破した。サラの見立て通り、防御の方は大した事ないようだ。


『……一機撃破』

『お疲れ様です。それで、どうします? 逃げます?』

『な……何て事を! 会話してる最中の攻撃は御法度だって言うのに!』

「そうしたいけど――」


 メイの言葉は無視して、僕は残る敵機を指した


『畜生っ! 畜生っ! よくもリーダーをっ!!』

『こうなりゃ、リーダーの弔い合戦だっ! あいつら絶対逃がさねえぜぇっ!!』

『それはそれとして、後でフレンド登録とか出来たらなー、とか何とか言ってみたりっ!』


「――アレはちょっと難しいんじゃない?」


 溢れる気魄きはくと共に、元気良くこちらへと向かって来る敵機を見ていると、ますます厄介な方々に絡まれたなあ、と言う思いが強くなる。


『仕方ない! あたし達にちょっかい掛けたツケを支払わせてやるわ! ついで

に、出鼻挫いた一発に対する個人的復讐も兼ねて!』

「その一発を放った当事者は真っ先に離脱してるって言う現実はさておくとして、了解!」


 気を取り直して、本格的な反撃を開始する。


〈叢雲〉へと迫るナイフ持ち機体に、新調したばかりのショットガンの照準を合わせる。現在装填されているのは散弾。威力の高いグレネードの方は、〈ヴォジャノーイ〉用に温存しておくつもりだ。出来れば一度、実戦で具合を確かめておきたいところなんだけど、今回は諦めておく。


 真っ直ぐにこちらへと向かって来るナイフ持ちにしっかり狙いを合わせ、発砲。命中判定。のけぞって動きが鈍る敵機から、一旦距離を取る。


『手前ぇっ! そんなに離れると、俺の攻撃が届かねぇじゃねーかっ!』

「そのために離れてるんじゃないか!」


『しかもこいつ、男か! 折角なら、女の方と戦いたかったぜぇっ! ……ついでだから、お前も後でフレンド登録するか?』

「お気遣いなく!」


 結構律儀な人達らしいが、そもそも僕らがフレンド登録に応じるなどと一言たりとも言った覚えはない。

 素早く側面へと回り込む。照準、発砲。敵機APが四割を切る。


『きゃ……っ! コウ、気を付けて下さい!』

「あ……ごめん!」


〈叢雲〉が放った散弾の散布界にいた、サラの〈モモちゃん〉にまでカスリ判定を与えてしまった。普段なら、のけぞりさえしない程度の流れ弾だけど、ここは監視ゾーンの外。きっちりダメージが入る。仲間に当てないように注意……と、頭では理解出来ていても、いざ実戦でとなるとついつい忘れがちになってしまう。


『こんちきしょうっ!』


 そうこうしている間に、ナイフ持ちが一気に接近。右の刺突が〈叢雲〉右脇腹に直撃判定。間髪入れず、左の斬撃が飛ぶ。咄嗟に退いて、胸部にカスリ判定。僕を追って、ナイフ持ちも前進。〈叢雲〉が機動力自慢の機体とは言え、相手も高い機動力を持っているため、簡単には逃れられない。その上、周囲には生い茂っている木々回避運動の邪魔になって、思うように動けない。


 敵機の刺突が、こちらの左腕に直撃判定。ナイフは一撃が軽い代わりに、手数が多くて直撃判定が出やすい。着実に〈叢雲〉のAPが削られて行く。


『ひゃーっははははっ! どうしたどうしたぁ!』

 すっかり(口調的な意味で)調子を取り戻したらしき敵オペレーターは、手を休める事なく追撃。こちらにブレードを抜く暇も与えてくれない。何とか反撃の糸口を――


『このまま手前ぇを切り刻んで、金を奪い取ってあべしっ!?』

『あ、ごめんねー』


 メイの〈フリューゲル〉からの流れ弾が、ナイフ持ちに偶然の命中判定を下す。位置関係的に、下手したら僕に当たる可能性もあったところだけど――


「気にしないで!」


 それこそ、些細な事だ。この隙を逃す理由にはならない。ショットガンの砲口を敵機胸部に押し付け、発砲。絶対に外しようのない至近距離からの一撃は、ナイフ持ち機体の胸に風穴をこじ開けるばかりでは飽き足らず、そのまま上半身と下半身を引き千切ってしまう。わずかに残っていたAPゲージを奪い取られた敵機に、ゲームシステムからの撃破判定が下された。


『くそぉ……っ! ……ど、どうするっ!? 逃げるかっ!?』

 残された二機の内の一機から、オープン通信チャット越しに動揺の声が響く。


『馬鹿言ってんじゃねぇっ! ここで逃げて、一体いつあの二人の仇が取れるってんだっ!』

『だ……だけどよ……っ!』


『諦めるんじゃねぇ!! 手前ぇそれでも『レッドキャップ』かよっ!?』

『……た、たくポン……』


『ここで逃げちまえば、例え生き延びたって俺達は終わりだっ! 命惜しさに尻尾を巻いた、ただの負け犬だっ! ……お前はそれで良いのかっ!?』

『たくポン……っ!』


『勝てるかどうかなんて関係ねぇっ! 意味があるかなんてどうだって良いんだ

よっ! ……最後まで戦うんだっ! 戦って戦って戦い抜いてやるんだっ! 俺のクラブの一振りがっ! お前のエーテルガンの一発がっ! 散って行った二人に捧げる鎮魂歌となるんだよっ!!』

『……ああっ!! そうだなっ!!』


『往くぞっ!! 駆けるぞっ!! 翔ぶぞっ!! 俺達の意地と誇りとフレンド登ぐっへぇぇぇぇぇぇっ!?」

『ごべらぁぁぁぁぁぁっ!?』


 話し込んでいる間に包囲を済ませた僕、カノン、サラが一斉射撃を浴びせる。避けようもない集中砲火を前に、敵機はものの一瞬でMRから残骸へと変貌を遂げ

た。


『……だ……だから、アツい会話の最中に攻撃は厳禁だって……』


 ただ一人攻撃に参加しなかったメイからの抗議を聞き流し、エフェクトと共に消え去って行く敵機を眺めながら、僕はクラブ持ち機体のオペレーターの名前が『たくポン』であると言う、多分今後一生出番がないであろう知識を静かに反芻していた。






『復讐は何も生み出す事はない……虚しいものね……』

「撃破した相手からせしめた資金をきっちり四等分し終えた後で、何しみじみと決めてんだ」


 そう言えばどこかに、当時の江戸歌舞伎から現在のTV・映画に至るまで、莫大なまでの経済効果を生み出した『忠臣蔵』が云々と言う意見があったなぁ……。


『……どうします? 多少とは言え消耗してしまいましたが……』

『……微妙なところ』


 突発的な交戦による機体のダメージと、弾薬の消耗。大したものではないと判断してこのまま進むか、大した時間のロスではないと判断して一旦戻るか。正直な

話、どちらでも良いと言うのが本音である。


『進みましょう』

「本当に君は逡巡と無縁だよね」


 さっさと平常運転に戻ったメイが即答した。


『確かにトラブルと言えばトラブルなんだけど。全く交戦せずに本丸まで辿り着けるなんて思ってないし、ちょっとばかり中型GEと戦ったって割り切りましょう

よ』

「まあ、それもそうかな……」


 そもそもメイが迂闊に進まなければ……などとは言うまい。そもそも、僕らの誰もが敵機が潜んでいた事に気付かなかったのだ。単に相手が一枚上手だったと言うだけの話だ。


『……それもそうだね』

『それもそうですね』


『んじゃ、パパッと態勢整えて、進軍再開って事で』

 カノンとサラからの同意も得て、改めて〈ヴォジャノーイ〉討伐ミッションを進める僕らだった。


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