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54 ヴェイパー区

 アスファルト舗装のグレーの上に立ち並ぶ、レトロな雰囲気を醸し出すレンガ造りの赤の建物。その遥か頭上に広がる宇宙の黒へと挑むように、排水路の溝蓋グレーチングや壁を這うパイプ類から、もうもうと白い蒸気ヴェイパーが立ち上っていた。


 "ヴェイパー区"の名に違わぬ風景を前に、しかし特段の感想も抱く事なく、僕はただ無言で揺れる蒸気をぼうっと眺めていた。


「それで、どこを探せば良いのでしょうか?」

「待って、地図表示させるから。……出た出た。取りあえず、一番近いのはその路地に入った先ね。まずはそこで良いかしら、サラ?」

「ええ」


「カノンは?」

「…………」


「カノーン? もしもーし」

「…………あ、ごめん。オーバルで良いと思う」


「何が?」

「……え? いや、だからメガネが……」


「……どしたのカノン? さっきからボーッとしてるけど……」

「……何でもない」


「そう? ……で、コウは?」

「……ああ、良いんじゃない?」

「コウも何か変だし。さっきソニアさんと何かあった?」


 メイの口から出て来た人名。特別な意図もなく口にしたであろう名前に、僕の心臓が胸を突き破りそうな程に跳ね上がる。


 さっきから、ソニアの言葉が脳に張り付いて離れない。


(私は割と本気だったぞ?)


 僕は別に鈍感な人間(・・・・・)って訳ではない……と思う。『本気』って言うからには……つまりは、そう言う事なのだろう。


 僕はソニアから、異性としての好意を寄せられている、と。


 そう思っただけで、体の芯から熱が生まれ、頬から吹き出すような心地になる。みんなの前で姉さんに抱き付かれたり、弟フォルダを公開されたり――そう言う時に生じるのと似ているようで、全く違う熱。


 まるで落ち着かない。気を抜くと、すぐにソニアの言葉が頭に再生される。満更でもない、と感じている辺りが余計に僕を困惑させる。


 何となく、カノンをちらりと見る。僕と目が合ったカノンが慌てて目を伏せる。


 はにかみ屋なカノンの事だ。恋愛絡みの話を側で聞いていた事に対し、どう反応を返せば良いか分からなくて気まずい思いをしているのだろう。僕のせい……って言うかそもそも、誰のせいって話でもないんだけど、ちょっと申し訳ない気分になる。


「おーい、コウー?」

 メイの言葉に我に返る。


「……あ、ああ、ごめん」

「ホントどうしたのよ? 何かあったの?」


「何でもない! 何でもないから!」

「ふーん? まあ、そう言うなら……」


 微妙に訝しげな様子を見せつつも、メイはそれ以上の追求はして来なかった。


「それより、お店行きましょう。あたしのハートにゴキャッて来る武器、あれば良いなー」

「どんな素材で出来ていれば、君のハートはそんな擬音を出すんだ」


 ……気持ちを切り替えよう。今は装備の調達に集中だ。


 メイの出したナビゲーション用の矢印を追って、僕達は路地の中へと足を踏み入れた。






『パーツショップ・ジョニー』なるその店は、随分とこぢんまりとしていた。頼りない電球が照らす薄暗い店内には、そこらのホームセンターで買えるようなアルミ製の棚が設置されている。壁に乱雑に貼られた、MRとまるで無関係なポスターと言い、一見した雰囲気ではとてもMRの装備品を販売する店であるとは思えなかった。


 もっとも、棚に置かれた端末から空中に投影されているスクリーンには、ちゃんとMRの装備が表示されている。何かの手違いと言う事はなかった。


 って言うか……。


「うわ、何だこのシールド。耐久力がとんでもなく高い代わりに、防御の成功判定厳し過ぎやしないか」

「うわーお……。こっちのライフル、ほとんどキャノンじみた性能じゃない

の……」


 ここの店、商品数こそ少ないが、どれもこれも極端な性能の装備ばかりである。誤解を恐れずに言えば、真っ当な代物が一つも置かれていない。使いやすさを盛大に犠牲にして、何か巨大な長所を得ている、と言うものばかりだ。


「凄いですね……。これ、使いこなせる人がいるんですか……?」

「……ある意味潔い性能だね」

「そうだね。僕らの求める性能の武器が置いてあれば良いけど……」


「キターーーーーーーーッ!!」

「置いてあったらしき反応の手前申し訳ないけど、静かにしなさい」


 店内には僕らとNPCの店員以外の人はいないとは言え。


「見てよコレ! かなーりナイスな性能よ!」

「どれどれ……『エーテルバスターランチャー』?」


 ざっとスペック表に目を通したところ、最強クラスの威力と最悪クラスの燃費を両立させた性能のエーテル系射撃武器だった。普段メイが使用している『エーテルランチャー』を極限まで突き詰めたような性能だ。


「これさえあれば、どんなデカブツだろうとけちょんけちょんに出来るわ! これ買いましょう! てか、買う!」

 僕らの意見など待たず、メイはスクリーンにタッチして購入画面を表示させる。


「……うげ、高っ! しかも、素材要るの!?」

「……うわ、確かに……」


 普段目にしている装備の値段とは、桁が一つ違う。全く手が出ない……とまでは行かないけど、全財産をはたくと言う気概でなければ購入に踏み切る事は出来ない。


「お金はギリ足りるとして……素材持ってないわよ」

「何の素材が必要なんですか?」


「うん。大型GEのジェネレーター。……まあ、レイド戦までに間に合えば良いから、慌てて買う必要も……」

「……ううん。そうじゃないみたい」


 メイの言葉を、カノンが否定する。


「どーしてよ?」

「……画面右下見て」


 カノンが指した場所には、『商品ラインナップは毎日午前零時に更新します』の表示があった。


「……これってつまり……」

「……うん。今日中に買わないと駄目って事」


 つまりこの店は、日によって取り扱う商品が変わるって事か。この機会を逃したら手に入れる事が不可能――と言う訳でもないだろうけど、レイド戦までに同じ装備が入荷されるとは限らない。


「うーん……じゃあ、次のミッションは大型GE系って事に――」

 言い掛けて、『エーテルバスターランチャー』隣のスクリーンに目が移る。


「ん? どしたのコウ?」

「ちょっとごめん」


 そう言って僕は指を伸ばし、スクリーンにタッチする。画面が拡大されて、詳細な情報が表示された。


「それ、エーテルソードですか?」

「うん。『レーヴァテイン』って名前の」


 スペック表によると、この武器は非常に高い攻撃力を持つエーテルソードであるらしい。代わりに燃費は最悪で、僕の〈叢雲〉程度のENであれば、あっと言う間にガス欠に陥るだろう。


 しかし、元々〈叢雲〉はエーテル系の武器をほとんど使用しない。ブレード耐久値の消費を抑えるために、予備のエーテルソードを使用する事もたまにあるけど、大抵の場合ミッション終了時にENはかなり余る。


 だったら、思い切ってENは『レーヴァテイン』専用と割り切ってしまうのもアリなんじゃないか。何より、近接戦闘における瞬間火力の強化が望めると言うのであれば、今回の買い物の目的にも合致している。


「……これ、良いかもね」

「買うの?」

「うん」


 そう言って、購入画面を開く。


「……お金はまあ足りるけど……やっぱり素材が要るのか」

「何の素材?」

「うん。『高純度エーテル結晶』だよ」


 大型GEから入手出来る素材の一種であり、生憎と現在は手持ちがない。


「だったら、ちょうど良いじゃない。さっき言い掛けてた通り、次は大型GEに行けば」

「そうだね。……二人共良い? それとも、他の店を見る?」


「……良いよ」

「私もです。ミッションに出ましょう」


 確認を取ると、サラとカノンの二人から同意を得られた。


「ありがとう。じゃあ一旦、格納庫まで戻ろうか」

 僕は言った。






「――てな訳で、次はこの『ヴォジャノーイ』討伐ミッションに出ます」


『無敵団』格納庫へと戻った僕らは、折り畳みテーブルを囲っての作戦会議を開始した。


 今回の舞台は東南アジア方面。海沿いにある軍事基地を占拠した大型GEヴォジャノーイを撃破し、周辺地域の安全を確保せよ――と言う内容のミッションであ

る。


「でもって、このミッション。私達的に初の『監視ゾーン外』でのミッションになるわ。……つまり、味方機の攻撃でもダメージを受ける事になるから、気を付けてね」


 僕達が今まで攻略して来たミッションは、全て『監視ゾーン内』での事だ。比較的人類(セレーネ)側の影響が強い地域と言う設定であり、例えば味方機からの攻撃を受けて

も、体勢が崩されるだけでダメージは受けない。


 対して『監視ゾーン外』はGE勢力が強い地域であり、セレーネ側の監視が行き届かない地域である。敵機はもちろん、味方機からの攻撃を受けてもダメージが入る。


 そして何より、


「しかも、プレイヤーキラーに遭う可能性も出て来るわ。GEだけじゃなく、場合によってはMRにも気を付けなきゃいけないわ」


 P K(プレイヤーキラー)とは、フィールド上にいる他のプレイヤーを相手に攻撃を仕掛け、撃破する行為の事である。互いの合意の元で行われる対人戦《PVP》とは区別される。


 PKによって他のプレイヤー機を撃破した場合、そのプレイヤーが現在所持している資金と素材の一部を"奪い取る"事が出来る。奪い取られた場合、すぐさまその機体を撃破すれば取り戻す(&逆に奪い取る)事が出来るけど、逃げられればそれまでだ。


 このPKと言う行為、他のゲームでは実行者は名前が赤く(レッドネーム)表示されて、街での買い物が不可能になったり、衛兵や他のプレイヤーから狙われるようになったりと様々なペナルティが課せられる事がある。が、MROにおいてはそう言った事はな

い。そもそも『監視ゾーン』と言う概念を作った上で、内側では味方MRを攻撃不可、外側では可能としている辺り、遠回し且つ公式に『OK』を出しているようなものである。行為そのものに賛否があるとは言え、実行可能な場所を分けて初心者がいきなり被害に遭う事がないような工夫がなされているためか、まあ概ね受け入れられていると言って良い。


「中には、ミッションとか受けずに地上に降りて、ひたすらPKに熱を上げるプレイヤーなんかもいるらしいし。物好きもいたもんよねー」

「なるほど……。無人の機械相手では満たされない、血肉の通った人間を相手にして、初めて闘争への渇望が癒される……と言う事ですか……」

「速攻で理解を示すとは思わなかったような、思っていたような、とても複雑な気分だよ」


 僕達は、サラを引き返せないないところまで引き込んでしまったのだ。人はこれを"業"と呼ぶのだろう。


「待ち伏せなんかもあり得るし、物陰とかにも注意しなきゃ」

「……私も気を付けるけど、何しろ相手のステルス性が高い事もあるから。みんなも注意してね」


「ってな事で、みんな良いわね? 準備が出来次第、早速行きましょう!」

「「「おー!」」」


 僕達は立ち上がり、準備に取り掛かった。


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