53 対面
「……あの、ソニアさん。何故ここに……?」
ごく当然のようにコウの隣に座っているソニアさんに、私は辛うじて動揺を抑えつつ、口を開いた。
「何故、と言われてもな。MRの装備を買いに来ただけだよ」
「……『エスペランザ』の他の皆さんは?」
「今は私一人だよ。ジュリアス達はそれぞれにミッションに出ている。何しろ『エスペランザ』は大所帯だからな。チームメンバーには事欠かない。あの三人と共に行動する機会は多いが、いつも一緒な訳ではないんだよ」
ああ、そうか。私達は常に四人一緒で行動してるから、いつの間にかクランメンバー同士でまとまって行動するのが前提、みたいな先入観が出来上がっていたようだ。実際には、単独行動をしていてもそう不自然な事ではないのだろう。
「それにしても……まさかここでコウと出会えるなんて思ってもいなかったよ。なんて偶然なんだろうか。初めて会った時と言い、ひょっとしたら、私達は運命の赤い糸で結ばれているのかもな」
「いや、単なる偶然でそんな大袈裟な」
「ふふ、単なる偶然からロマンスにまで発展させた例なんて、ごまんとあるさ」
「そうじゃない例だってごまんとあるけどね……」
口では否定しているけど、コウの様子を見れば本気で拒絶している訳ではない事は明らかだ。冷静に考えれば、冗談を軽く流しているだけの態度であって、額面通りの意味でしかないのだろう。
けど、"拒絶していない"と言う事実だけで、私の胸はざわついていた。言えば、例え冗談であっても、色恋に関する話題をさらりと口にしてみせるソニアさんに対しても、焦燥を感じていた。
「……あの」
「ん? どうしたんだい?」
「……私も座りますね」
「ああ、どうぞ」
言いながら、ソニアさんは開いているコウの右隣を指す。半ば決闘場へと乗り込む剣客のような心持ちで、私はそこへ座った。
「…………」
向かって右を私、左をソニアさんに挟まれたコウは、微妙に居心地が悪そうに身体を揺すっていた。申し訳ないとは思いつつも、私もここで引く訳にはいかない。どうか我慢して欲しい。
「どうだい、コウ? 両手に花な感想は」
「…………………………いえ、別に」
コウが物凄い沈黙の末に、良く分からない感想を言ってる。口には出さなかったけど。今回は空気読んだ結果として。
「そうか。……おや、カノンちゃんは飲み物持ってるんだね」
「……自販機で買って来ました」
「コウは要らなかったのかい?」
「……ごめん。私の分と一緒に買って来れば良かった」
「ああいや、良いよ」
ソニアさんの言葉にばつが悪くなったのと、良い機会が訪れたので確認し忘れた事を謝っておく。
「でも、あれば飲みたいだろう? 飲み物」
何故かソニアさんが、飲み物の話題に食い付いて来る。遠回しに、気が利かない私を責めている……なんて訳はない。付き合いはそう長くないけど、彼女がそんな陰湿な事をする人ではないのは分かっている。根本的な部分で、私は彼女を信用しているのだ。
「まあ、そうですね」
「そうだろう、そうだろう」
わざとらしく頷いたソニアさんは、メニュー画面を開いて何やら操作を始める。少しして、彼女の手元で実体化エフェクトが発生する。どうやら、ストレージから何かを取り出したらしい。
見れば、それは缶入りのコーラだった。MRO内で普通に買える、特に珍しくもないものだ。同時に、ストローも取り出していた。飲み口付近が曲げられるようになっている種類の、やはり何の変哲もないものだ。
――ただし、コーラ一つに対し、ストローは二本。
ソニアさんは静かにプルタブを引き、缶のフタを開ける。パシュッと音を立てて開いた飲み口に、ストローを二本、差し入れた。
……これってつまり。
「…………何それ」
「コーラだよ」
ソニアさんはさらりと答え、
「ん」
コウにストローの片方を向けた。
「いや、あの……」
「どうした? 飲み物だぞ」
「いや、見れば分かるけど」
「こんな事もあろうかと、ちゃんとストローを二本分用意していたんだぞ」
「いや、そう言う問題じゃなくて」
「片方は私が使うからな」
「いや、だから」
「ん」
問答を打ち切るかのように、缶ごとストローを差し出す。彼女が何を要求しているのか、明らかである。
「ほら、遠慮せず――」
「あ、あのっ!」
気が付けば、自分でも驚く位に大きな声を上げていた。
「どうしたんだい、カノンちゃん?」
あくまでも涼しげな態度を崩さないソニアさんに、思わずたじろぐ。元々、気弱な性格だ。言いたい事があっても、波風を立てるが怖くて結局黙り込むのがいつもの私である。
でも、今は事情が違う。立ち向かう覚悟を決めて、ここに座っている。吹けば消えそうな勇気を全力で稼働させて、食い下がる。
「……あの……コウに無理言っちゃ駄目です……」
「そうは言ってもな。ここにコーラがあるんだ。飲んでやらないと、コーラもさぞや無念に思うだろう」
「……でもそれ、VRですし」
「それはそれで、これを作ったプログラマーなりグラフィッカーなりの仕事が無駄になってしまう。私にそんな無情な事は出来ないなぁ」
「……でも」
「それに、折角二本あるストローを一本しか使わないと言うのも、道義に反するだろう? 片方がストローとしての役目を立派に果たしている姿を、あぶれたもう片方はどのような心持ちで眺めるのだろうなぁ」
「……で、でも駄目ですっ」
「どうしてだい?」
「……その……」
「あー、ちょっと良いかな」
私達の押し問答を遮って、コウが口を挟んだ。
「うん?」
「申し訳ないけど、ソニアと一緒に一本のコーラを飲む事は出来ない。流石に曖昧には出来ない事なんで」
コウはきっぱりと言い切った。
「おや。私とは嫌かい?」
「嫌ではないよ」
「では何故?」
「知っての通り、『無敵団』って女が三人に男が僕一人だけなんだよね」
「ああ、そうだな」
「以前、友人から指摘されたんだよ。端からだと、異性に囲まれて羨ましい環境に見えるって。……で同時に、態度に気を付けないと妙なトラブルに巻き込まれる
よ、とも」
「ふむふむ」
「ソニアの事は友人だと思ってる。からかわれるのも、正直迷惑には思ってない。けど、冗談でこれ以上の事は出来ない。僕の迂闊な行動で、みんなに迷惑を掛けたくはないんだ」
丁寧に理由を語るコウを、私はぼうっと眺めていた。
嬉しかった。
ソニアさんの誘いを断ったから、ではない。いつかのエリーの指摘をちゃんと受け止めた上で、私達に対して筋を通してくれている、と言う事に対してだ。
彼はだらしない性格をしてるけど、決して無責任な性格はしていない。だから彼は信頼出来るし、その穏やかで真剣な横顔は、その――凄く、格好良いって思っ
た。
「気分を害してしまったなら、謝るよ。けど、これはけじめみたいなものなんだ」
「……なるほどな。結構押しに弱いタイプかと内心思っていたが……意外にしっかりしてるじゃないか。少し驚いたぞ」
「ごめん」
「いやいや、気にしてないよ。そこまで言わせたんだ。大人しく引っ込むさ」
「本当にごめん」
「ほらほら、謝らない。……そう言えば、メイちゃん達はどうしたんだい? 見たところ、姿は見えないが……」
「ああ、まだ買い物してる最中――」
「お待たせー!」
コウが言いかけた辺りで、メイの声が割り込んで来た。
「あら? ソニアさんもご一緒でしたか」
「メイちゃんにサラちゃんじゃないか。こんにちは……いや、リアルの時間的にはこんばんは、かな」
ソニアさんがひらひらと手を振る。
「……のう、メイよ。こちらの御仁は?」
「ああ、ソニアさんですよ。ほら、前に私達とフレンド登録した、別クランの人達がいるって言ったじゃないですか」
「なるほどのう。……どうも初めまして。わしはレンですじゃ」
「初めまして、ソニアです。……あなたがコウのお姉様ですか。お話はうかがっていますよ。弟さんには、いつもお世話になっています」
「これはご丁寧にどうもなのじゃ。……ところで一つ良いかの?」
「はい」
「わしが見たところ、お主とカノンで二人、仲良くコウを挟んで座っとるように思えるのじゃが、これはわしの目の錯覚かの?」
「いえ、実際の光景ですよ」
「お主の座る位置は、随分とコウに近いように思えるのじゃが、それは偶然か
の?」
「いえ、意図的なものです」
「なるほどのぅ……いや、良く分かったぞ」
レンさんは、ひとしきりうんうんと頷く。それから、つかつかとコウの正面へと歩み出し、
「…………」
彼を無言でぎゅむ、と抱き締めた。
「…………あのさ。何してんのさ、姉さん……」
「うむ。意思表示じゃ」
「…………誰に対する、何のだよ……」
「そこのソニアとか言うのに対する、宣戦布告の意思に決まっとろうがぁっ!!」
レンさんが爆発した。唐突でありながら、どことなく『ああ、やっぱり』と言う納得感を感じさせる爆発ぶりだった。
「だって、羨ましいじゃろう!? 弟とそんなくっついて座るとか! 代わるの
じゃ! 二人の内のどっちか――て言うか、主にソニア! 今すぐそこ代わるの
じゃ!」
「落ち着いて下さいよ、お姉さん」
「誰がお姉さんじゃ! この弟ドロボー!」
「お言葉ながらお姉さん、同じ事をしているカノンちゃんも、弟ドロボーに該当するのでは?」
「カノンはコウと友達になって一定期間過ぎたから、許すのじゃ! しかし、ポッと出のお主がいきなりコウとイチャつくなど、規則違反も良いところじゃ! ……何より、わしの本能が訴えておる! お主はわしの天敵じゃと!」
「しかし、お姉様」
「ええい、やかましい! つべこべ言わず、今すぐその羨まけしからんポジションを譲るのじゃ!」
「私としては、正面ポジションのお姉様の方が羨ましく思えるのですが」
「この姿勢、思ったより疲れるのじゃ! 背後は植え込みになっとるし……そう言う訳で、さっさと楽な隣を譲らんか!」
何の規則なのだろうか。あと、ソニアさんはどんな心の働きの末に、お姉様呼びに変わったのだろうか。
「端から眺めてるだけのボクとしては、実にオイシイ場面なんだけど……ほらレンさん、待て、待て」
「フーッ! フーッ!」
「ごめんねー、ソニアさん。レンさん、コウが絡むと愉快な事になっちゃうから」
「いやいや、なんの」
エリーの羽交い締めの中で、なおも威嚇を続けるレンさんを脇に、メイとソニアさんは朗らかに笑い合っていた。
「…………………………それでみんな、用事は済んだの?」
「コウ、死んだ目で無理矢理微笑まなくても良いんですよ?」
お疲れ様です……との言葉が一瞬心の中によぎったけど、そもそも私も原因の一端に加わっている事実を思い起こし、即座にごめんなさいへと変更する。どの道、心の中の出来事だけど。
「うーん……イマイチって感じ。なんかこう、ビビッて来るのがないのよねー」
「装備の話かい?」
「ええ、そーです」
「ここで見付からないのであれば、『ヴェイパー区』に行ってみてはどうだろう
か」
月面都市セレーネは、全部で七つの区画に分かれており、中央区画である『トランクウィリティー区』を取り囲むように、六つの区画が配置された構造になっている。『ヴェイパー区』は、今私達がいる『クラウズ区』――方角的に言えば北東側から、中央区画を挟んでちょうど反対側、つまり南西側に存在する区画である。
「あそこは品揃えこそクラウズ区に劣るが、代わりに普通の店なら見付からないような、珍しい装備が置いていたりする。中々の穴場だぞ」
「なるほど……それは良い話を聞きました。みんな、どーかな?」
「私は良いですよ」
「……私も」
「………………僕も」
メイの確認に、サラ、私、少しずつ回復しつつあるコウが答えた。
「レンさん達は?」
「わしらはもう用事が済んでおる。これからミッションに出る予定じゃ」
レンさんが言った。
「ありがとーございます、ソニアさん」
「いやいや、コウ分を補充出来たお礼とお詫びだよ」
遂にソニアさんが、コウから成分を摂取し始めた。未だその境地に達していない私には、羨ま……ごほん、良く分からない感覚である。
「ではな、コウにカノンちゃん」
ベンチから立ち上がって、私達から離れて行くソニアさんが途中で振り返り、
「……そうそう。コウに対して、一つ誤解を解いておかなければならないな」
「何ですか?」
「私は割と本気だったぞ?」
耳から入り込んだソニアさんの言葉に、心臓が絡み取られるような錯覚を覚え
た。そのまま立ち去って行くソニアさんの背中から、私は目を離す事が出来なかった。金縛りに遭ったように、首から上を動かす事が出来なかった。
何よりも、コウが今どんな表情をしているのか、横を向いて確認するのが怖かった。
「…………」
「……? 本気って、何が?」
「…………」
「……? どしたのよ、二人共?」
メイの言葉に、私もコウも答えられなかった。




