52 準備開始
※途中で視点変更があります。
「むむぅ……」
「むむぅ……」
「むむぅ……」
「むむぅ……」
「「………………」」
僕らが『地平天成』格納庫に移動して最初に目にした光景は、パイプ椅子に座
り、奇妙な唸りと共に揃って『考える人』ポーズを取るメイ、サラ、アース、エリーの姿だった。地獄を眺めている訳ではなさそうだけど……何してるんだろう。
「あの……何してるのさ?」
「ああ、コウ。あたし達の哲学的議論に水を差さないで」
「何でまた……」
僕ら二人も、パイプ椅子を実体化させて座る。
「いやね? ボクがレンさんニーさんと話してて、流れ的にそうなったって言う
か。自動運転車の進歩がどうたらって」
「はあ……」
自動運転車は、僕らの住む現在社会において、ごく一般的な存在となっている。まだまだ人間の手による操作が必要な場面も少なくないとは言え、"人間側の操作"より"AI側の操作"へと、比率が着実に傾きつつある。たとえば日本のほぼ全ての高速道路は、走行は完全にAI任せでOKとなっており、ドライバーがハンドルから手を離して携帯端末を操作しても、法的に無問題となっている位だ(手動運転中の使用ではないと言う証明のため、端末と車搭載のドライブレコーダーとの同期が義務付けられているけど)。
「……それが何で哲学になるの?」
「万が一の交通事故、ですよ」
カノンが尋ねると、ニーさんが答える。
「事故の原因が単にAI側の過誤であれば……良い事ではありませんが、まだ話は単純です。原因究明の後に改善する、それだけです」
「問題は、じゃ」
姉さんが引き継ぐ。
「もしも事故が絶対避けられない状況に陥った場合、AIにどのような判断を下させるのか、じゃよ」
「それって――」
「うむ。これは人命に関わる出来事をAIに判断させる、と言う事じゃ。"機械に人の運命を委ねる"、と言っても過言ではない。AIが人の生活に密着している現在じゃからこそ、避けられん命題と言える。……その場合に備え、AIにどのような判断を下させるのが"正解"であると言えるのか、を考えねばならん」
「そのためにはまず、人間にとっての正解を考えなければなりません。細かい状況は無視するとして……例えば、あなた達が車の運転をしているとしましょう。そして走行中、ブレーキが故障して全く効かなくなってしまった。車を止めるためには、アクセルから足を離して自然に止まるのを待つしかない……と仮定します」
「はい」
「右には止まるのに十分な長さの道路が伸びており、正面と左はビルが建ってい
る。しかし右に曲がる道路上には、ちょうど横断歩道を渡っている最中の人間が二人います。……このような状況、あなたならどうしますか? 選択は大きく分けて二つ。『自分が助かるために右折して、二人を犠牲にする』か『二人を助けるためにそのまま直進、または左折して、自分が犠牲になる』か……です」
「ううん……単純な数だけで考えれば、自分が犠牲になった方が一人分得をする、って事になりますけど」
「しかし、『自分の命を何よりも大事にするべき』と考えている人にとっては、二人を犠牲にして自分が助かる道が正解、と思うかも知れません。その人にとって、コウ君の答えは全く受け入れがたい事でしょう」
「……単純に多数決で決めるのは?」
「事は価値観の問題ですから、それで解決とは言いがたいでしょう。"少数派"と言うだけの理由で、自分の運命を『自分が受け入れられない価値観に委ねる』事を強いられる人も出て来ます。自動車社会の、ひいてはAI社会そのものに対する不信感に繋がるかも知れません。……そして人間社会において、"自分が未来永劫多数派に属していられる"保証なんて、どこにもありません。『価値観の多数決』を是とする事は、自分が少数派に転落した場合のリスクまで抱え込まなければなりません。最悪"多数派工作を駆使して、より多くの味方を引き込んだ側の価値観こそが正義"……なんて様相にまで発展する可能性もあり得ます」
「うーん……」
「話を戻して、更に状況を追加してみましょう。もしも横断歩道上に三人、車には自分と同乗者――つまり、合わせて二人乗っていたとしたら? 『数を取る』のが正解なのか、『運転手の責任として、同乗者の安全を守る』のが正解なのか?」
「むぅ……」
「もしも車に自分と一人の赤ん坊、横断歩道に三人の老人だったら? 車に自分一人と二匹の愛犬、横断歩道に二人の人間だったら? 車に自分と赤の他人が三人、横断歩道にあなたの家族または恋人が一人だったら? 運転しているのがタンクローリーで、壁に衝突すれば積載物に引火、大惨事を引き起こす可能性がある状況
下、横断歩道上に多数の歩行者がいたとしたら?」
「むむぅ……」
「……むむぅ……」
いつの間にか、僕とカノンも『考える人』状態になっていた。
「実際には、想定するべき状況も多岐に渡るでしょう。その中で、全ての人……とまでは行かなくても、より大勢の人が納得する結論を導き出さなければいけないのですよ」
「……結局、現在の自動運転車のAIは、どんな結論を下敷きにしてるんです
か?」
「う〜ん……すみません、僕にも分からないのです。今現在も改良され続けているのは確かですが……」
「……まあ要するに、科学と哲学は時に不可分である、と言う話じゃよ。単に一つの結論が出せればそれで良し、とは行かんのじゃ」
なるほど……。科学の発展って、簡単な事じゃないんだなぁ……。
「……どうも、雰囲気を重くしてしまったようですね。すみませんでした」
「いえ、興味深い話でした」
頭を下げるニーさん、僕は言った。
「結論は各々に任せるとして――さあ、気分を切り替えるのじゃ。遂に待望のレイドイベントが来るのじゃからの」
「てな訳で、レイド戦に向けたあたし達の強化方針について、話し合いたいと思います!」
一旦『無敵団』格納庫へと移動した僕ら三人へと向けて、メイが宣言した。
「強化って、各自が装備を更新するだけじゃ駄目なんですか? ジェネレーターとか、装甲とか」
「それも当然行うんだけど、むしろ武装の方ね。情報によると、レイドイベントって前半と後半、二つに分かれてるみたいだし」
何でも今回のレイドイベントは、迫り来る大量の雑魚敵と戦う前半戦と、侵攻する超大型GEと戦う後半戦に分かれている……との事である。
「前半と後半じゃ、有効な武器も変わって来るはずだし。それに合わせた準備をしといた方が良いわね」
「確かに、前半は多数の敵機との交戦、後半は大物一体との交戦になるからね。それぞれに向いた武器を用意しておけって事だね」
「そゆ事。連戦になるって訳じゃなさそうだし、装備変更する時間はあるでしょ。あたしとしては、後半戦に向けて高火力武器を用意したいところね」
「僕も。前半は今のままでも大丈夫とは思うけど、後半の超大型GE相手じゃ火力不足かも。攻撃力の高い武器が欲しいな」
「私は多分、今の延長線で十分対応出来ると思います」
「……私は逆に、前半の雑魚戦に備えて連射性能に優れたライフルが欲しいかも」
「なるほどなるほど。……まー何にせよ、まずは実際にお店まで行きましょう。買うにしても設計するにしても、ちゃんと確認しなきゃ」
「じゃあ、今からクラウズ区に行くの?」
「うん。良い塩梅の装備が手に入るならそれでOK、設計のための素材が足りないなら、素材を求めてミッションへ……ってな事で。良いわね?」
「「「了解」」」
声を揃えて、僕らは答えた。
「……へえ。このショットガン、弾種を選べるのか」
MRの装備品専門店内で、『FS―M5』なるショットガンのスペック表を前に、僕は呟いた。
僕が現在使用しているものは散弾しか装填する事が出来ないけど、このM5は威力の高いスラッグ弾や、グレネード弾を装填して撃つ事も出来る。これは良い。状況に合わせて使用する弾薬を変更する事で、戦術の幅を広げられる。
問題は、現在使用しているショットガンよりも装備コストが大きい事だ。更に、複数の弾種を使い分けるためには、つまり複数種の弾薬を用意する必要性があるって事だけど……まあ、〈叢雲〉の現在のストレージ容量にはそこそこ余裕があるから、何とかやりくり出来るだろう。
と言う訳で、購入決定。他にも各部パーツを購入及び設計で入手する。ついでにブレードも良いのがあるかと探してみたけど……現在使用しているものから、乗り換えたくなる性能のものは見付からなかった。
まあ、これで一応は火力強化に繋がったので不満はないけど……もう一味足りないと言うのが本音だ。
「僕は買い物済んだけど、みんなはどう?」
「うーん……イマイチこう、ガッと来るのが見当たらないのよねぇ……」
「わしもじゃな」
近くにいたメイと姉さん――ついでだからと、『地平天成』メンバーも一緒に来ている――に尋ねるも、まだまだ時間が掛かりそうな様子だった。
「ふーん。やる事ないし、外で待ってるよ」
「……私も」
「はいはーい」
同じく用事が済んだカノンと共に、店を後にした。
「さてと……どうしようか?」
店を出て、コウが言った。
「いつまで掛かるか分からないし……適当に時間潰したいところだけど……」
「……取りあえず、そこ座ろう」
私とコウは、植え込み近くに置かれたベンチへと腰掛ける。
「みんな、お目当ての装備が見付かると良いんだけど」
「……そうだね」
「カノンは何を買ったの?」
「……『ラニウス』って奴。格納庫で言った通り、連射の効くスナイパーライフ
ル」
一口に"スナイパーライフル"と言っても、当然その性能は千差万別である。実体弾かエーテル弾かの違いを始め、威力、射程、精度、総弾数、連射――つまり、一発撃ってから、次弾が発砲可能になるまでの間隔の短長――と、見るべき部分はたくさんある。
私が現在使用している『マーキス2』は、威力の高さ、射程の長さ、精度の良さに優れるものであり、代わりに総弾数は少なめで頻繁にリロードが必要、連射は効かないので次弾発砲までラにグが出る……と言う弱点を抱える。ついでに照準線の移動速度が遅いため、じっくり狙いを定めるのは得意な代わりに、素早く標的を切り替える事が苦手でもある。
話によると、レイド前半は多数の敵機との交戦――つまりは乱戦になるようだ。それなら多少射程と精度を落としてでも、総弾数が多くて連射が効き、素早く照準出来るものを用意した方が良い――そう考えた末での選択だ。
「……コウは?」
「グレネードも撃てるショットガン。少しは火力向上に役立つと思って」
「……そう」
話が途切れる。沈黙が降りる。
我ながら、何が『そう』なのだろう。以前に比べて会話が苦になると言う事はなくなって来てるけど、相変わらず話題を膨らませるのは苦手なままだ。もっと上手い返しが出来れば……といつも思う。
「ああでも、近接武器は良いのが見付からなかったんだよ」
助け船――じゃないとは思うんだけど、コウが会話を続けてくれた。
「……どんなの探してたの?」
「攻撃力が高めのブレード。出来れば実体系が良いけど、エーテル系でも構わない……んだけど、ピンと来るものはなかったよ」
「……両手で持つような大型ブレードとか、いっそメイスとかの打撃武器じゃ駄目なの?」
お、中々良い返し。頑張ったぞ、私。
「駄目って訳でもないけど、ちょっと使い慣れてないんだよね。……う〜ん、それも視野に入れるべきか……」
「……れ、練習するなら、私も付き合うよ?」
更に踏み込むチャンスだ。頑張れ、私。
「そうだね、ありがとう」
やったよ、私。巧みな話術で約束を取り付ける事が出来たよ。
こうした約束を積み重ねて、ちょっとずつ距離を縮めて行けば、いつかは、いつかは――
「その時は、メイ達にも手伝ってもらうよ。〈フリューゲル〉なら、近接戦闘もこなせるし」
……はい、そうですね。普通に考えて、メイとサラも練習相手の候補に挙がりますよね。〈グリムリーパー〉じゃ、斬り合いの練習なんて出来ませんからね。そもそも普段から練習の手伝いしてるんだから、今更な話ですね。それで進展した試しが、今まで一度もありませんよね。
「……うん。……私、飲み物買って来るね」
ぼそりと呟いてベンチから立ち上がり、人混みをかき分けながら自販機を探す。
何やってるんだか。
ささやかな願望で勝手に一喜一憂して。こんな事を続けたって、距離が縮まる訳なんてないのに。
……って、そう言えば、コウも要るかどうか聞いておけば良かった。うっかり忘れてた。戻って尋ねるにしてはちょっと遠いし……本当に私、何やってるんだか。
自販機なんてすぐ見付かるかと思っていたけど、意外と見付からない。そう言えば、日本の自販機普及率は世界一(単純な数では、アメリカが一番だそうだ)だって、どこかで聞いた事あるけど……まさか『セレーネでは、日本程自販機は普及してません』って設定なのだろうか。だから、日本での感覚で自販機を探そうとすると、中々見付からないように感じるとか。
もしそうだとしたら……運営さん、ごめんなさい。そう言うリアリティは求めてません。
……などと、脳内で推測を元にした突っ込みをしつつ、ようやく自販機を発見。オレンジジュースを購入する。
ちょっと待たせてしまったかも……と、早足でコウのところへと戻る。
「……ごめんコウ、お待たせ――」
「おや、カノンちゃんじゃないか」
そこには、コウの隣に腰掛けるソニアさんの姿があった。




