51 イベント告知
※途中、視点変更があります。
冬来たりならば春遠からじ――とは実に言い得て妙である。あの長く苦しい"期末テスト"と呼ばれる試練を乗り越えた先にこそ、"夏休み"と呼ばれる祝福の未来が待ち受けているのだから。
一学期も残すところあと一週間となった、とある夏の日の昼。親の作った弁当を空にする仕事を勤勉にこなしつつ、僕は故人の遺した金言を感慨と共に噛みしめていた。若干の季節外れ感こそ否めないが、些少な瑕疵など受け入れる広さを持てと語り掛けるように、窓の外ではからりと晴れ渡る夏空が漲るような青を天空一杯に張り巡らせていた。
「しっかし、暑っちいよな……」
半分程のカレーパンを右手に、ベコベコと音を立てて扇がれる下敷きを左手にした後藤大地は、辟易し切った声色で呟いていた。眼前に置かれた空の弁当箱の中身は、昼前には既に八割が彼の胃袋に収まっていたと言う事実も念のため追記しておく。
「エアコン効いてんのかコレ? 設定何℃になってんだよ」
「二十六℃のはずだけど」
「足りるか。限界まで下げろ」
「自分でどうぞ。エアコン苦手な人からのクレーム対応も含めて」
「……ああくそ畜生っ」
一秒未満の思考の末に、要求を棄却した大地が静かにわめく。面倒を前にすれば誰だってそうなる。僕だってそうなる。
「あーマジであちー、だりー。夏休み一週間繰り上げたって罪にはならねーんだから今すぐそーしやがれー」
「後半は全面的に賛同するけど、取りあえず今はうるさいから静かにしてくれ」
「『心頭滅却すれば火もまた涼し』なんてぜってー嘘だ。火の熱さ舐めてんじゃねーのか」
「その言葉、自分の寺を焼き討ちされた時に、炎に燃やされながら言ったお坊さんもいるけどな」
「すんませんでした。根性の桁が違いました」
まあ、大元は詩の一節だったらしいけど。
そうやって、だらだらと話をしていた時。
「来た来た来た来たぁーーーーっ!!」
先程まで、僕の正面でじーっと携帯端末のホログラム画面とにらめっこしていた二階堂舞の声が、唐突に昼休み中の教室に響き渡った。教室内の生徒の内、半数は何事かとばかりに視線をこちらに寄越し、半数は平常運転と理解し特に反応を示さなかった。
「声抑えろって。……で、何かあったの?」
「何かじゃないわよ! ほら、これ!」
ズズイ、とばかりに携帯端末の画像を僕らに突き付けて来る。なおも大声である点には変わりないが、一応さっきよりも音量は下がっている。頑張ったんだねぇ、と褒め続けてやれば、いずれは適切な大きさに落ち着ける事が出来るだろうか。
「……おお、『MRO大型レイドイベント予告』。遂に来たか」
「……前々から、話は出ていたよね」
僕の左から大地が、右から辻帆乃香がのぞき込みながら、それぞれに言う。
複数のチームが一致団結して挑む『レイドボス』戦。舞が見せた画面には、通常の『四人で一チーム』の形式から逸脱した大規模戦闘が繰り広げられる大型イベントの、開催を知らせるMRO公式サイトの情報が記載されていた。
月面都市セレーネへの侵攻をもくろむGE達が、遂に地上のトランスポーター制圧に乗り出すとの情報をキャッチした。人類最後の砦であるセレーネを死守するべく、MRオペレーター諸君にトランスポーター防衛作戦への参加を要請する――大体、こんな内容だった。切迫した状況とは裏腹に任意参加である点は、まあご愛嬌である。
「開催は八月の上旬か。大体三週間後ってとこだな」
「聞くまでもないけど……出るんだよね?」
「言うまでもなく、出るに決まってるわ!」
待つまでもなく、メイからの答えが勢い良く返って来た。
「数多のプレイヤー達と一致団結して、セレーネに迫る危機に立ち向かう! これで燃えなきゃウソってもんでしょ!」
「まあ君なら、初の大型イベントに心沸き立ってるんだろうなってのは分かるよ」
「んでもって、八面六臂の大活躍をしたこのあたしの武勇を慕って、続々と『超最強絶対無敵団』の門を叩くプレイヤーが集うって未来が見えるわ!」
「まあ君なら、速攻で薔薇色の皮算用に走るんだろうなってのも分かるよ」
きっと彼女の脳内では、一面に広がる花畑の中を蝶々が踊り狂っている事だろ
う。
「当然、大地達も出るんだよな?」
「おう、その予定だぜ」
大地は言った。
「何しろ、報酬素材も美味そうだしな。参加しない手はないだろ」
「そのとーり! ロマンを満たして、クランメンバーが増えて、愛機の強化にも繋がる、一石三鳥のナイスイベントって訳! むしろ参加しないって選択肢がないわ!」
「二番目のは泡と消えそうだけど……とにかく、参加は決定なんだね」
「そゆ事! ……てな訳で、昂に帆乃香! 今日から我が『無敵団』は、レイドに向けた強化期間とします! 気合い入れてバシッて行くよーに!」
「へーい」
「……了解」
僕らが答えると、舞は顔をしかめた。
「声小さいわよー? ほら、ゴシャッてな感じでもっかい!」
「僕らの身に何起こそうってんだ!?」
「気合い入れろ二人共ー! ……おーっ!! こんな感じよ!」
「だから、ここ教室! 周り見ろ、周り!」
「んなもんより、目先の気合いの方が大事でしょ!」
「目先って言ったし!? どんだけ刹那的なノリで生きてんだよ!?」
「今この瞬間に全力出して何が悪いのよ! ガス欠? 上等よ!」
「無駄なところで頼もしいなこの友人!? ちょっとは配分考えながら生きろ
よ!」
「線香花火みたいなしょっぱい生き方してる昂よりは、よっぽど良い人生送ってるわよ!」
「ネズミ花火みたいな無軌道な生き方しか出来ない奴に何言われたって、知った事じゃないね!」
「何よぉっ!!」
「何だよっ!!」
「……あの、みんな見てる……」
「すまん、みんな。猿の喧嘩みたいなもんと思って流してくれ」
一分後、教室内の全員からの視線に気付くまで、僕と舞の舌戦は続いた。
荒野の中を、〈叢雲〉が疾駆する。目標を中心点とした円軌道を行いながら、右手のショットガンを構える。
照準。発砲。命中判定。
ブーストダッシュ。砂埃を上げ、〈叢雲〉が加速する。同目標に再度照準を合わせ、発砲。カスリ判定。
照準を改め、再度発砲。今度は命中判定。
『……次は反対回りだよ』
カノンからの通信を合図に、〈叢雲〉の進行方向を反対側へと切り替える。再び照準を合わせて発砲……をひたすらに繰り返す。
「どうかな、カノン?」
『……うん。前より命中率上がってる』
尋ねる僕に、カノンが答えた。
ジュリアスとの対人戦《PVP》以来、僕はちょくちょくMRのシミュレーター訓練をするようになっていた。格納庫に駐機させたMRコクピット内で行える機能であり、武器の弾薬や機体のAPを一切気にせず、仮想の戦闘を行う事が出来る。基本的には一人で行っているのだけど、時々仲間が一緒に付き合ってくれる事もある。
ある時は回避の練習。武器毎の特性や弾道の癖を確認し、回避する上での注意点を洗い出す。無駄のない最小限の動きで避けるべき攻撃もあれば、大袈裟であっても大きく距離を取った方が良い攻撃もある。そう言った知識を蓄え、実戦で適切な選択が行えるようにする。シミュレーターで用意出来る仮想敵機からの攻撃が主だけど、都合が合えば仲間から攻撃してもらう事もある。
ある時は近接戦闘の練習。周辺に障害物がある状況や、足場となる地形が不安定な状況、敵機が複数同時に向かって来た状況……等々、様々な状況を想定した上
で、最適な攻撃手段を選べるようにする。時には、少々無茶な攻めも試してみる。局所的にでも使えるのなら選択の幅が広がる事に繋がるし、使えないなら『何故悪いのか』を知る事に繋がる。
今回はカノンに付き合ってもらいつつ、射撃の練習をしている。苦手なのは仕方ないにしても、少しでもマシなレベルに引き上げた方が良いだろう……と考えての事だ。耐久力無限の訓練用ダミーを相手に、動きながらの照準をひたすら行う。何とも地道な反復練習だけど、お陰で少しづつ着実に上達へと繋がっている。以前よりもスムーズに照準を合わせられるようになったと感じているし、実際客観的にも成果が認められた。
「狙撃の練習とかもしておいた方が良いのかな? 命中精度の向上のために。ほ
ら、遠くの敵を狙えるようになったら、近くの敵も楽に狙えるようになりそうだ
し」
『……教えるのはやぶさかじゃない。でも、あんまり意味ないと思う』
「どうして?」
『……ショットガンで比較的近距離の敵を狙うのと、ライフルで遠距離の敵を狙うのとじゃ、微妙に勝手が違う』
「うん」
『コウの場合、基本動きながらの射撃だし、自機を止めた状態での狙撃を練習しても、あんまり効果はないはず。それに、"散布界に収める"ショットガンと、"定点に弾を送り込む"ライフルとじゃ、"狙う"って事に対する、そもそもの考え方も違う。照準線の形も違うし……下手すると、逆に感覚が狂うかも知れない』
たどたどしいながらも、きちんと説明してくれるカノンの言葉に、じっと耳を傾ける。
『……コウの場合、基礎が染み込むまで反復練習を続ける事の方が大事。"階段二段飛ばし"な荒行じゃ、変な癖が付いちゃうかも』
「なるほど……分かったよ、ありがとう。だったら、これまでの練習法を続ける事にするよ」
『……お役に立てたようで何より』
最近のカノンは、以前に比べて口数が増えているように思える。別に、口数が多ければ偉いってものでもないけど……それでも、僕としてはちょっと嬉しい。
リアルでも、クラスメイト達との会話する機会が増えている。人気者である舞としょちゅう一緒にいる影響もあって、積極的……とまでは行かないにせよ、クラスメイト達とも"普通に話して、普通に答える"ようになっている。
僕の射撃の腕前と言い、人は成長するもんだなぁ……との実感を噛み締めつつ、射撃の練習を再開する。
それからほんのしばらく、黙々と同じ動作を繰り返し、僕らはシミュレーターを終えた。
「カノン、付き合ってくれてありがとう」
『無敵団』格納庫に駐機させた〈叢雲〉コクピット内から、コウが姿を現した。
「……どういたしまして」
先にコクピットから出ていた私は、頷いて言う。大きな声を出す事が苦手なの
で、ついつい小声になってしまうのが私の悪い癖だ。ちゃんと相手に聞き取れるよう、意識して音量を上げる。コウが「うん」と頷くのが見えて、ほっとした。
「……私も練習になるから」
「そうなの?」
「……うん。動いてる〈叢雲〉に、〈グリムリーパー〉で照準合わせ続けてた」
「……僕、ずっと狙われてたんだ……」
「……弾は装填してないから安心」
苦笑するコウに、心の中でごめんねと付け足しておく。実際、機動力の高い〈叢雲〉相手に――偏差射撃になるから、正確に言えば〈叢雲〉の進行方向の少し先に――照準を合わせ続けるのは、割と良い練習になる。もちろん実戦では、機体が一定方向に動き続けるなんて事はあまりないから、出来ればランダム
に動いてもらった方がありがたい。けど、勝手に練習に使っておいて、そこまで頼むのは流石に図々しい気がして、口には出せなかった。
"出さない"ではなく、"出せない"だ。
私は自分のエゴを出すのが苦手なのだ。そもそも、他人と話す事そのものが苦手と言うのもあるが、それを差し引いても、『我を通す』と言う行為が出来ない性格をしている。
サラとリアルで初めて会った時、かなり思い切った発言をした事があったけど
……あれは、場の雰囲気に最大限乗った上で、なけなしの度胸を総動員し、ようやく成し得た事だ。むしろ例外的なケースであり、例外を一つ経験しただけで性格が変えられるのなら、こうして自分の引っ込み思案ぶりに思い悩む事もない。
そんなだから、コウに対して私の気持ちを伝える事が出来ずにいるのに。
せめて、少しでも伝わるようにしたいと思ってはいるのだけれど……それすらも出来ない。その癖、ソニアさんがコウと仲良くしていた時には、思わず邪魔をしてしまった。私自身は特に何のアプローチもしていない癖に、他人の妨害はするなんて。これでは、単なる嫌な女だ。
「ん? どうかした?」
コウが気遣うように尋ねて来る。いけない、いけない。変に考え込んでしまっていたようだ。
「……大丈夫。何でもない」
コウは誰に対しても優しい。そりゃあ普段は、自他共に認めるものぐさな性格だけど、一方でかなりのお人好しなところがある。結構素直じゃないから、本人は否定するだろうけど。
だから、こうして私を気遣いを見せてくれるのも、私が彼にとって特別な存在だからじゃない。彼にしてみれば、そんな自覚すらないんじゃないかと思う。それでも、心の中でささやかな幸せに浸る位はしても良いはずだ。
「なら良いけど。……じゃあそろそろ、『地平天成《姉さん達》』の格納庫に移動しようか」
「……うん」
もうちょっと二人きりでいられたら……などと、度胸的な意味で決して口に出す事の出来ない望みがのどの奥に引っ込むのを感じつつ、私は転送のための操作を開始した。




