49 雨の夜
「良い勝負だったよ、コウ」
試合終了後、先にロビーに戻っていたジュリアスに出迎えられた。
「特に最後の攻撃。あれには驚かされたよ」
「いや……あれは偶然って言うか、破れかぶれの攻撃だったから」
「偶然だろうが何だろうが、君の取った行動が僕の優位を覆したのは事実だよ」
「まあ、それで引き分けに持ち込むのがやっとだったけどね……」
ゲームシステムが下した勝負の判定は『引き分け』。時間切れ終了時に、互いの残りAPの割合が同等であった結果だ。
「勝敗を決したかったところだが……仕方ない。プレイヤーは最善を尽くすまで。その末に出た結果は静かに受け入れるまでさ」
そう言いながら、ジュリアスは僕に手を差し伸べる。
「ただ、いつかはキッチリ決着を付けたい。約束してくれるか?」
「そうだね。いつか、また機会があれば」
僕は返事と握手を返した。
「ふっ……。勝負を通じてまた一つ、友情が結ばれた訳ね……」
「何で君が締めようとしてんだ」
その横で、メイが普通に日常生活を送る上では全く浮かばない類の表情を浮かべつつ、勝手にトリを飾ろうとしていた。
「いやまあ、そもそもの切っ掛け作った責任者としての義務って言うか」
「全く求めてないから」
「それに、あたしがこんなオイシイ役回りを見逃すはずがないでしょう?」
「君、掲示板とかで自分の発言が一番最後に来るように、書き込みのタイミング見計らうタイプだろ」
こだわり過ぎて、自分の後に別の書き込みが入る度に、ひたすら追加の発言を加えまくって迷惑掛けるタイプに発展しないか心配である。
「おい、ジュリアス。まったり会話すんのも良いけどよ、そろそろ顔出した方が良いんじゃねえのか?」
「ああ、そうだな。……ではまた会おう、『超最強絶対無敵団』」
「ええ、楽しみにしてるわ、『エスペランザ』」
そう言うと、ジュリアスさんはメニューを操作し、転送でどこか――多分、自分達の格納庫へと移動して行った。セキトさんとローザさんも、それぞれ『んじゃ、あばよ』『失礼しますわ』と後に続いた。
「ではな、みんな。……そう不満気な顔をするなコウ。また二人きりでじっくり話す機会も訪れるさ」
最後に残ったソニアさんが口を開く。
「特に不満のない顔のつもりなんですけどね。……では、ソニアさん」
「ソニア、だ」
「え?」
「だって、ジュリアスはいつの間にか呼び捨てな上にタメ口だろう? 私も同じようにしてくれないと、私が悲しいぞ」
「あー……」
確かにそうなんだけど。でもあれは、そうするのが自然な雰囲気が形成されていたからであって、わざわざ改めて言い直すのも微妙にむず痒い感じだ。
「ほら、言ってくれ。主に私のために」
「えーと……」
「ほらほら。早くしないと、私だけクランの集合時間に遅れてしまうじゃないか」
言うまで粘るつもりか、この人。
……まあ良いか。お陰で言いやすくなった、と受け取っておこう。
「じゃあ、ソニア。また」
「ああ、すっごく嬉しいぞ、コウ。……ではまたな、みんな」
そう言って、ソニアも転送エフェクトの中へと消えて行った。
「……コウ、ソニアさんと随分親しそう」
全員を見送って開口一番、カノンが僕へ向けてそんな事を言う。
「そうかな? まあ、からかってるだけだよ。そう言う性格なんだって、ジュリアスが言ってたから」
「……そう」
引き下がりはしたけど、微妙に疑うような様子だった。
何をそんなに……と一瞬思ったけど、そう言えばミッションに出る前にアースとエリーがハーレム云々言ってたな。カノンは遠回しにその事を指摘しているのかも知れない。僕としては全然そんなつもりはないんだけど、傍目からはそう見えなかったのかも。
じゃあ次からは気を付けよう……とは言っても、具体的に何をどうすれば良いのか分からない。何しろ、肝心の僕自身に全く自覚がないから、どんな距離感が適切か判断しようがない。変に突っぱねるのも失礼だと思うし……うーん……。
「にしてもコウ、良くやったわねー」
「ん? 何が?」
「何って、PVPよ。何しろ、有名クランと引き分けたんだから。こりゃあ、『超最強絶対無敵団』の名も爆上げ間違いナシだわ」
「無理あるだろ……。『クランと』って言うか、実質個人戦だし」
「そこはほら、都合の悪い事実を適当にボカした上で、それっぽい感じに話を作れば」
「うん、どれっぽく作ろうが、一般的にはそれを捏造って言うんだよ」
バレたら『無敵団』の名も爆下げ間違いナシだろう。下がりようがあるかは棚の奥に置いとくとして。
「まあ、爆上げはともかく……ジュリアスさんは傍目から見ても相当な腕前でし
た。そんな方と互角に渡り合えたんですから、コウも十分に優れた腕前を持っていると言う事です」
「……いや、それは違うよ」
サラの言葉に、首を横に振る。
「え?」
「全然互角なんかじゃなかった。結果的には引き分けに持ち込めたってだけで、ジュリアスの腕前は僕と比べものにならない程に高い」
実際に戦ったから分かる。あれを"達人級の腕前"と言うのだろう。判断の素早
さ、大胆さと言い、複雑な動作を精密に行う機体操縦技術と言い、はっきり言ってレベルが違う。僕が引き分けたのは、"一対一"の"短期決戦"と言う状況を利用したのと、一か八かの戦法がたまたま上手くいった結果だ。とても自分の実力などと、うぬぼれる気にはなれない。
「今の腕前のままじゃ、もし次に戦ったとしても……とても勝てる気がしない」
「……まあ、確かに凄い腕前だったと思うけど」
メイが静かに口を開く。
「だけど、コウが全力出したから、引き分けに持ち込めたんじゃないの。正直、最後の崖蹴っての突撃喰らった時は、もう駄目だって思ったわよ。……破れかぶれだろうが、あそこから反撃出来たのは立派に実力の内よ」
そうして、メイは僕の肩をポンポンと叩く。
「自信持ちなさい。〈ゴブリンロード〉のときもそうだったけど、今日のコウ凄く格好良かったわよ?」
「ちょ……!?」
何でサラッとそう言うセリフを口に出来るんだ!?
「……? どうかした?」
動揺する僕に対して、当の本人は頭上にでっかい"?"を浮かべつつ、疑問の表情の乗った首を傾げさせていた。
「どうかじゃなくて……ああもうっ、分かった! 分かったからそれ以上考えなくてOK! ……じゃあ僕は先に戻ってるから!」
メイの視線から逃げ出すように、僕はメニューから"転送"を選び、僕らの格納庫へと戻って行った。
「……? コウ、どしたんだろ?」
「…………むう」
「……何と言いますか、コウも苦労しますね……」
「サラまでどうしたの? 何か心当たりでもあるの?」
「いえ、何でもありません」
「そう? ま、良っか。……それにしても」
「……? 今度はメイがどうしたの?」
「いや、コウもあんな風に叫ぶんだなって。ほら、PVPの最後の攻撃の時」
「……そうだね。あんなコウ、始めて見た」
「何しろ普段のコウは、道路にへばりついてるガムみたいな感じで、机に突っ伏してるし」
「……うん。普段のコウは、適当な場所に引っ掛けられたタオルみたいな感じで、机に突っ伏してるね」
「普段のコウは、一体どんな目で見られているのでしょうか……?」
「そのコウが、あんな闘志むき出しな感じになるなんてねー。正直、びっくりしちゃった」
「……私も」
「確かに、私も意外に感じましたね」
「多分だけど、コウは自分で気付いてないって風だし。ジュリアスさんに刺激されたってのもあるかもだけど」
「そうですね」
「人って変わるもんねー。まあ、あたし達もつき合い長い訳じゃないけど。……んじゃ、あたし達も戻りましょうか」
「……了解」
「了解です」
「なあジュリアス」
「何だ、セキト?」
「あのコウって奴と戦ってみて、正直どうだったよ?」
「ああ、彼か。……まあ忌憚なく言えば、射撃は大した事はなかったな。基礎に毛が生えたようなもんだった」
「そりゃ、外から見ても大体分かる位だったしな」
「接近戦は中々の腕前だ。回避もそれなり。ただ、どちらもまだまだ詰められるところはある。……総合的に言って、良くいる中級者レベルってところかな。今回と同じ条件で十回戦えば、楽勝ではないが八、九回は取れる」
「んで、今回は取り損ねた内の一つか」
「……とも言い切れないな」
「あん?」
「トドメを刺し損ねたのはまだ良い。あの崖を利用しての攻撃は、俺にとっても難易度の高い動きだったからな。直撃を取れなかったのは、そこまで意外じゃない。……だがまさか、あれを喰らってすぐに体勢を立て直せただけじゃなく、即座に反撃に打って出るなんて思いもしなかった。正直、意表を突かれたよ」
「……だろうな」
「彼は爆発力のあるタイプかも知れない。鍛えたら化けるかもな。俺もうかうかしてられない」
「その割に嬉しそうだな」
「嬉しいさ。強敵と戦えるなんて、ゲーマー冥利に尽きる」
「分かってんじゃねえか。勝負はガチじゃねえとな」
「そう言う事だ。……そろそろ時間か」
「おう。んじゃ行くか」
その後、いくつか軽めのミッションをこなして、その日はお開きとなった。
「ふうぅ〜……」
ログアウトが完了し、電源の落ちたCosmosを頭から外しながら、僕は大きく溜め息を吐いた。
外からは相変わらず窓を叩く雨音が聞こえて来たが、雷はすっかり遠くまで過ぎ去っているようだった。現在時刻は十一時過ぎ。明日も学校だし、もう寝なきゃ。
その前に何か飲み物でも……と、一階に降りる。てっきり家族全員寝たのかと思っていたけど、リビングの電気がまだ点いていた。
「……ああ、母さん。まだ起きてたんだ」
「あら昂介。ちょうど良いわ、雲の形が人の顔とかに見える心理現象は?」
「パレイドリア」
さっさと答えて、テーブルの上の急須を戸棚から出した湯飲みに傾ける。
「ぬるくなってると思うわよ?」
「良いよ別に」
そう答えて、湯気の出ない緑茶を一息にあおる。
「……良し、完成ね。コードレス掃除機届いたら、真っ先にあんたに使わせてあげるわ」
「嬉し過ぎて涙が……ちょっと待った。それ単に掃除番を押し付けてるだけじゃないか」
「見破られたか……流石は我が息子……」
「何で悪の親玉風なんだ」
「まあ、既に一輝君から言質取ってるから良しとしておくか」
「父さん……迂闊なんだよ……」
せめてもの救いは、実現の可能性が著しく低い事だろう。
「そろそろ私寝るわ。あんたも早いとこ寝なさいよ」
「うん、もう寝るところだから」
「……ところであんた。何かあった?」
「何……って?」
「いや、何となくだけど。……ないなら良いけど」
「ないから良いんだよ」
そう答えて、僕はリビングを後にする。
……意外と勘が鋭いなあ、母さん。
自室の扉を閉めながら、静かに目を閉じる。
とっくにログアウトした今でも、僕の瞼からはジュリアスとの勝負の光景が離れてはくれなかった。
"本物の実力"と言うものを、正面から突き付けられたような心地だった。圧倒されるような、挫かれるような、尊敬のような、何とも形容し難い感情だった。
同時に、頭の中ではさっきからずっと『あの時ああすれば』『あの動きをこうすれば』……と言う試行錯誤が止まらなかった。僕の脳の挑戦的な部分がのっそりと腰を上げ、勝つための方策を考え始めていた。
(腕を上げなきゃな……)
全くらしくない。僕は、こんな積極的に上達を望むような性格はしてなかったはずなのに。頑張った程度で必ず勝てる保証なんて、どこにもないのに。
要するに。
僕はもうすっかりMROに対して本気になっているらしい。
再戦と打倒を一人静かに誓いつつ、僕はベッドに置いてあったCosmosをそっと机の上に戻した。




