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42 〈ゴブリンロード〉戦、開始

 その後も、慎重に雑魚敵との戦闘を避けて、僕らは目的地へと進んで行った。そのお陰なのか単に運が良かっただけのか、幸いにも一度も敵機と遭遇せずに済ん

だ。


 そして。


『ようやく着いたわね……』

 今僕らの眼前には、ミッション指定場所である多目的スタジアムが、まるで城塞のようにそびえ立っている。


 屋根は観客席外郭の柱で支えられており、フィールド部分は吹き抜けの構造になっている。長年の間風雨に晒され続け、本来の白色がすっかり陰気な汚れに塗りたくられていた。


 南東側外壁は何が理由か既に崩落しており、瓦礫が坂道を形成してそのまま内部への侵入路代わりとなっている。


「着いたは良いけど……肝心の〈ゴブリンロード〉の姿がないね」

 スタジアム自体が結構大きいとは言え、こんなところに大型の機体がいるのな

ら、外からでも姿が見えそうなものだけど。


 言いながらも僕は、〈叢雲〉のショットガンを左手に持ち替えさせ、腰のブレードを右手で抜く。メイもストレージにサブマシンガンを戻し、代わりにエーテルキャノンを装備。


 一応マップを確認してみるけど、確かにスタジアム中央部に、目的地アイコンが乗っかっている。何かの勘違いを犯していた、などと言う事もないだろう。


 ジャミングも更に強くなっているから、レーダーでは内部に敵がどれだけいるのかも分からない。……と言うよりも付近の道路のど真ん中と言う、あからさまに不自然な場所に建設された鉄塔を見るに、そこが妨害電波の発信源なのだろう。


『まー行けば分かるでしょ。……そゆ訳で、ちゃちゃっと乗り込んじゃいましょーか!』

 全く気負った風な気配も見せず、メイが言った。






 当然の事ながら、敵の本拠地に『ちゃっちゃ』と乗り込む訳にも行かない。僕らは周囲の警戒を怠る事なく、慎重に進んで行く。駐車場には、ぺしゃんこに潰れた自動車が、辛うじて残っている白線を適当に跨ぎつつ、あちこちに並んでいる。恐らくはGE達が、道端の雑草の如く踏んづけて通った結果だろう。


 そのまま進んで、南東側外壁部へと移動。周囲に敵影がない事を確認し終えた

後、積み重なった瓦礫がれきへと登り、そっとスタジアム内部を窺う。


『……敵がいない』

『どう言う事でしょうか?』


 カノンとサラが言った。


「……う〜ん、何となく展開が予想出来る雰囲気だな……」

『……ああ、なるほどね……』

『……多分そう』

『……? 心当たりでもあるんですか?』


 何となく納得した僕らに対し、唯一ピンと来ていないサラが疑問を呈する。


「まあ、入れば分かるよ。……みんな、準備は良い?」

『オッケイ』

『……うん』

『……まあ、大丈夫ですけど』


 確認を取ってから、僕たちはスタジアム内へと足を踏み入れる。


 中央の、元々は丁寧に刈り揃えられた天然芝のフィールドには、代わりに名前も知らないような雑草が、秩序も何もなく好き放題ぼうぼうに生えていた。その周囲を取り囲む煉瓦れんが色の陸上競技用トラックは、ポリウレタン樹脂の表面サーフェスが割れている箇所が見受けられた。観客席には整然と青い座席が並ぶ中、ところどころが荒らされ、足場のコンクリートが露出している部分も目立っていた。


 かつて、記録を掛けて選手達が戦っていた聖地の面影は、年月と暴走機械とに蹂躙され、すっかり荒れ果ててしまっていた。仮想とは言え、何とも侘びしい光景である。スポーツは精々、ながら(・・・)でTV中継を眺める程度の僕が言っても、重みのない発言かも知れないけど。


 そのまま、フィールドの中心部にまでMRを歩かせる。


『……静かですね』

 サラが口を開く。


『本当にこの場所で合ってるんでしょうか? 何かの見落としが――』


 言っている最中に、ズズン、と振動が地面を走る。同時に、コクピット内に重々しい雰囲気の音楽が鳴り響く。


 見ると、東側電光掲示板付近、屋根と観客席との隙間から、巨大な影が赤く光る瞳でこちらを覗き込んでいた。


 影が沈み込む動作を取る。跳躍。自重で屋根を押し潰しつつ、そのまま観客席に着地する。


『――あいつが〈ゴブリンロード〉ね』

 二〇メートル近い巨体を見上げ、メイが呟いた。


 今回の討伐対象である〈ゴブリンロード〉。その外見からは、ひょろっとしていかにも弱そうな〈ゴブリン〉とは比べものにならない、逞しく力強い印象を受け

る。右腕には巨大で肉厚なナタが握り締められ、左腕は銃火器と一体化した、いわゆる銃腕となっていた。不気味に灯る二つのカメラアイも相まって、対峙するだけで威圧感に飲み込まれそうな佇まいだった。


『……後ろからも来た』

 カノンの声に振り返ってみると、僕らが入る時に使用した進入路から、大量の

〈ゴブリン〉がスタジアム内になだれ込んで来るのが確認出来た。


『え? え? え? あんな沢山の〈ゴブリン〉、どこに隠れてたんですか? 

……あれ!? 武器が使えないですよ!?』

『あー、落ち着いてサラ』


 慌てふためくサラに、メイが言った。


『これ全部演出よ、演出。ゲームではお馴染みの、強敵と戦う前に流れるムービーみたいなもんよ』

『はあ……』

『武器が使えないのも、一時的なものよ。ほら、スクリーン右下にアイコン表示出てるでしょ? 演出中に攻撃仕掛けられないように、システム側で制限掛けてるのよ。……まあ、深く考えなくてOKよ』


 それなりにゲームを遊んでる僕らは、侵入前に何となく察したけど、MRO以外のゲームに親しんでないサラは、一種の『お約束』が理解出来かったらしい。


 当然『周囲は確認したはずなのに、〈ゴブリン〉達は一体どこに隠れていたのか?』……なんて疑問に、筋道の通った答えはない。単に演出が優先されただけであり、『どっかから湧いて来た』としか言いようがないのである。


 そうこうしている間にも、"ムービー"は続く。僕らを取り囲んで、威嚇らしき電子音を上げる取り巻き〈ゴブリン〉達。右手のナタをゆっくりと天に掲げる〈ゴブリンロード〉。


 まるで『掛かれ』と部下達に命じるように、ナタが振り下ろされる。それと同時のタイミングで音楽が止まり、スクリーン右下の武器使用不可アイコンが消える。


『さあ、始まったわよ! みんな油断しないでね!』

 メイが叫ぶと同時に、周囲の〈ゴブリン〉達が動く。


 ボーッと突っ立ってもいられない。まずは〈ゴブリンロード〉に切り込みつつ、様子を窺おう。


「取り敢えず、突付いてみる! 動きに注意してくれ!」

 叫んで、僕は〈叢雲〉を〈ゴブリンロード〉へと向かって走らせる。


 進路上の〈ゴブリン〉が邪魔だ。左手のショットガンを発砲し、動きを牽制。素早く近付いて、右手のブレードで斬る。立て続けに、もう一撃。直撃判定で撃破。


 更に近付いて、〈ゴブリンロード〉へと砲口を向ける。発砲。あの巨体であれ

ば、余程適当な照準でもない限り、当てるのは難しくない。が、肝心のダメージはと言うと、APゲージの一ドット分すらも減っていない。


〈ゴブリンロード〉が左腕の銃腕をゆっくりと向ける。


 発砲。

 爆音がスタジアムに鳴り響き、大口径の砲弾が僕へ襲い掛かる。


 回避運動。ブーストを使って、大きく横に動く。〈叢雲〉の動きを追うようにフィールドに黒い土柱が跳ね上がり、次々と地面に弾痕が穿たれる。見るだけで、威力の高さが想像出来る。


『そのまま引き付けて!』

 メイが叫んだ。意図を理解し、牽制の射撃を織り交ぜつつ、〈ゴブリンロード〉右手側へと回避を続ける。


 その間に、僕の反対側――〈ゴブリンロード〉左手側に回った〈フリューゲル〉と〈モモちゃん〉の二機が、装備中の全火器を向ける。


 一斉射。〈フリューゲル〉のマイクロミサイルとエーテルキャノン、〈モモちゃん〉のミサイルランチャーとガトリング砲が、呵責かしゃくも葛藤もなく放たれる。ことごとくが〈ゴブリンロード〉に命中、あるいは直撃。広がる大小の爆炎が、天井の影をオレンジ色に照らした。


『さあ、どんなもんかしら……』

 上半身を煙に包まれた〈ゴブリンロード〉を前に、メイが呟く。


 直後、左腕の砲身が〈フリューゲル〉へと向けられる。


『まあ、そうでしょうけどね……っ!!』


 退避とほぼ同時に、射撃が襲う。あれだけの集中砲火を浴びせられても、敵APゲージはほんのちょっと減っただけだ。かなり以前、(メイが)大型GEに(止めたにも関わらず)ちょっかいを掛けた時の記憶があるから、驚きはしない。とは言えこの調子だと、APを空にするのは中々に骨が折れそうである。


「落ち着いて動きを見切……っ!?」

 言ってる側から、僕に向かって取り巻き〈ゴブリン〉達からの射撃が飛んで来

る。数発が命中。慌てて回避。


『……コウ、前っ』

 後方からのカノンの声で、敵の動きに気付く。


〈ゴブリンロード〉が、右手のナタを大きく頭上に振りかぶっていた。睨み付けるように赤く灯るカメラアイと目が合う。


 跳ねるようにその場を離れる。断頭台の刃のように、ナタが振り下ろされる。


 轟音。競技用走路が、土台のコンクリートごと派手に砕け飛ぶ。この破壊力、刃物と言うより鈍器と言った方が正しい。あんなもの、まともに喰らえばただでは済まないだろう。


 災難が過ぎ去った訳ではない。なおも〈ゴブリン〉達からの射撃が、〈叢雲〉に襲い掛かる。左手のガントレットで防げるものは防ぎつつ、必死に回避。隙を見て反撃を行うも、体勢の崩れた状態で放った精度を欠く射撃では、ろくな牽制にもならない。散弾が無意味に地面を荒らすだけで、〈ゴブリン〉達は全く攻撃の手を緩めなかった。


 一体の〈ゴブリン〉が、僕にアサルトライフルの砲口を向ける。撃たれる――と思った直後、敵機は胴体に風穴が空けてひっくり返ってしまった。


 誰のお陰かは、わざわざ訪ねなくても分かる。


「カノン、助かったよ!」

『……こっちにも来てる』


 "どういたしまして"の代わりに、現状報告が返って来る。


『もう! 鬱陶しいったらありゃしないんだから……!』

『邪魔ですね……!』


 メイとサラも、取り巻き〈ゴブリン〉達の妨害に手を焼いている。〈ゴブリンロード〉を攻撃したくても、〈ゴブリン〉達の攻撃が邪魔になる。〈ゴブリン〉達を排除したくても、〈ゴブリンロード〉の攻撃を無視する訳にはいかない。一種のジレンマ状態だ。


 何よりも、このスタジアムでは少々戦いにくい。取り敢えず、MRでの戦闘が可能なだけの広さはあるけど、遮蔽物に使えそうなものが一切存在していない。真っ正面から戦うには、戦力面で僕らが不利だ。


 ならば、


『まずは一旦、スタジアムの外に〈ゴブリンロード〉をおびき出そう! 戦いやすい状況を作り出すんだ!』


 多目的スタジアムは、あくまで目標地点だ。『ここで戦わなければならない』なんて制限はない。


 敵機にはそれぞれ、活動範囲が存在している。その範囲外に移動する事がこのゲームにおける"逃走"であり、敵機からそれ以上の追撃を受ける事がない代わりに、相手に回復の機会を与えてしまう事となる。逆に範囲内であれば、どこであろうとも戦闘は可能である。〈ゴブリンロード〉の活動範囲がまさか沿岸都市全域に及ぶとは考えにくいけど、ここから移動する程度なら大丈夫なはずだ。


『そうね、分かったわ! あたしとコウでやるから、サラとカノンは周りの〈ゴブリン〉の相手をお願い!』

『任せて下さい!』

『……うん』


 作戦を伝えている間に、〈ゴブリンロード〉の左腕が〈グリムリーパー〉に向けられるのが見えた。


「こっちだ!」


 カノン機への射撃を開始した〈ゴブリンロード〉へと向かって、〈叢雲〉のショットガンを連射。同時に、観客席へと駆け上がる。一発、二発では動じる気配を見せなかった〈ゴブリンロード〉も、五発目が命中した辺りで視線を僕へと向けた。


 注意を引き付ける事が出来た。更に二発。〈ゴブリンロード〉の銃腕が、荒々しく〈叢雲〉へと向けられる。


『はいはい、こっちにもいるわよ!』


 敵機の射撃直前を見計らったかのように、〈フリューゲル〉のエーテルキャノンが〈ゴブリンロード〉の左腕に命中。衝撃で狙いをずらされた攻撃が、無数の観客席を粉々に砕いた。


 右足を一歩、こちらに向かって踏み出した。今や〈ゴブリンロード〉は、完全に僕ら二人を標的としている。良い感じだ。


 とは言え、楽な戦況でもない。大将(ロード)に先行して、部下ゴブリン達が次々と僕らへと向かって来ている。〈モモちゃん〉と〈グリムリーパー〉の攻撃で少しずつ数を減らしているとは言え、その全てを食い止める事は流石に出来ない。


 手近に迫った〈ゴブリン〉に射撃を一発、斬撃を一振り。撃破。不意に〈叢雲〉右肩背面に、がつん、と衝撃が来る。注意していなかった方向からの敵機の攻撃が命中したらしい。


 普段なら素早くその場から動いて、戦いやすい場所に……となるところだけど、囮役を務めている現状、本命である〈ゴブリンロード〉を予定外の方向へ誘導する結果となるのは避けたい。最小限の回避だけに留めて、〈ゴブリンロード〉への射撃を優先する。


『お先!』


 オープン通信チャットで叫んだメイが、壊れかけの屋根にエーテルキャノンの射撃を加

え、MRが十分に通れる大きさの隙間をこじ開ける。そのままスタジアム外部へと飛び降りた〈フリューゲル〉を、〈ゴブリンロード〉の赤いカメラアイが追う。


 これで十分だ。


 そう判断した僕も、置き土産の一発を残し、バックステップでスタジアム外部へと飛び出した。


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