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40 サラとの会話

「取り敢えずサラは、都市方面の監視をお願い。僕は南側を見てるから。まあ大丈夫だろうけど、どうせ手持ち無沙汰だし」

『そうですね、分かりました』


 僕の指示に、サラから了解の返事が返って来た。


『……そう言えば、コウと二人だけって言うのも、中々珍しいですね』

「ああ、確かに」


 普段はクランのみんなと一緒に行動するのが基本だからなぁ。リアルで同級生のメイとカノンはともかく、学校も学年も違うサラと二人になる機会なんて、今まで全くなかった。


「まあ、そもそもサラがCosmosに興味を持ってなかったら、あるいはMROに手を出さなかったら、出会う事もなかった訳だしね」

『偶然の出会い、ですね』


「そう言えばさ。サラは何でVRゲームに手を出そうって思ったの?」

『あら、言いませんでしたっけ? 最近話題になっているって聞いて……』

「あー、そうなんだけど。そもそも今までは、ゲーム自体に触った事なかったんだろ? 良く買おうって気になったなあ、って」


 サラの家はかなり……いや、とんでもなく裕福である。金銭面の負担は全く問題にならないのだろうけど。


『う〜ん……難しいですね……。興味って、案外説明の付かないものですから』

 通信チャットの向こうから、頭をひねるサラの様子が伝わって来る。


『まあ、強いて言えば……"退屈"でしょうか」

「退屈?」


『ええ。……私の父は製薬会社の社長をしていまして。小さい頃からお金に不自由した事はありませんでした』

「……あの。まさかとは思うんだけど、君のお父さんの会社って『吉見製薬』なんじゃ……」

『あ、はい。そうです』


 吉見製薬といえば、国内有数の大手製薬会社だ。僕らの住む県に本社ビルが存在しているから、もしやと思っていたんだけど……。何というか、色々と納得した。


『家族仲も良いですし、友人にも恵まれています。生まれてこの方、不満らしい不満もなく、平穏に過ごして来ました』


 実に素晴らしい。


 ……と、脊髄反射的に口から出そうになった言葉を、僕は辛うじて腹の底に押し込む。何となく、そんな雰囲気じゃない気がするし。


『ですが……そんな生き方に、私は物足りなさを感じていました。端的に言って、"退屈"なのです。……いえ、贅沢な悩みである事は重々承知してはいるのです

が……』


「まあ、悩みなんてそんなもんだよ。悩みがないのが悩み、なんて人もいるって聞いた事もあるし」

『ありがとうございます。ですが何と言いますか……悩み、と呼ぶのもしっくり来ない感じでして。不満はないけど、充足もない。害はないけど、刺激もない。ただただ平穏なだけの日常。……私は、そんな毎日に変化が欲しい、と思いました』


 変化……と言う意味では、僕がMROを始めた理由と似ている。自発的な発想で求めたのか、外的要因が切っ掛けであるか、と言う違いはあるとしても。


『そんな時、読んでいた雑誌でCosmosの特集が組まれていたんです。VRゲーム自体は以前から知ってはいましたが、これまで私には縁遠いものと思っていました。しかし、その記事を見て興味を惹かれた私は、『"縁が遠い"ものに"縁を付ける"事が、変化には手っ取り早いのではないか』と考えました。非日常に憧れる気持ちもあったかも知れません。しばらく考えた末、二日後に両親へCosmosが欲しい、と談判しました』


「親御さん、ビックリしたんじゃない?」

『ええ、驚かせてしまいました。アプリならともかく、私を含め家族の大半がゲームと言うものに縁がありませんでしたから。精々、兄が子供の頃に少し触れた事があると言っていた程度です。それに普段、私がおねだりするなんて事もほとんどありませんでしたから』


「反対とかされなかった?」

『いえ、それはありませんでした。驚かれはしましたけど、滅多にお願いなんてしない私が買って欲しいと頼んでいるんだ、きっと本当に必要なものなのだろう、と納得してくれました』


 サラは言った。


『それで、翌日に電気屋さんへ出掛けて、Cosmosを購入しまして。どのソフトを選べば良いか分かりませんでしたから、取り敢えず一番売れているMROを選びました。……後は、コウもご存じの通りです』


 ご存じの通り――勝手が分からずにサラが右往左往していたところに、付近を通り掛かった僕らが救助した時の事を言っているのだろう。


『今は、とても充実した気分です。この世の中に、こんなに楽しい事があるなんて知りませんでした』


 ああ、それは良かった。


『ガトリング砲をブッ放した時に、コクピットに伝わる音と振動。うごめく機械に砲弾をブチ込み、物言わぬ鉄塊に変えた時に湧き上がる昂揚感。ミサイルの一発が生み出した爆炎が、眼前のものを吹き飛ばし、焼き尽くした時に感じる爽快感。荒れ狂う砲煙弾雨の中を駆け抜ける最中、心の奥底から止めどなく溢れ出る情動を感じた時、私は『ああ、これが本当に生きているって事なんだ』って気付いたんです』


 ああ、それは聞きたくなかった。


『最近、家族からも言われるんです。『前に比べて、咲良は活き活きとしている』って』


 何故だろう。とても良い話を聞いているはずなのに、今の僕はご家族の方々に土下座して謝りたい気分に襲われている。


『……まあ、私がMROを始めた切っ掛けは、大体そんな感じですね』

「なるほど」


『私が楽しくゲームを遊べているのも、『無敵団』の皆さんと出会ったお陰です。本当に感謝しています。ありがとうございます』

「どういたしまして。でも、どうせならメイとカノンがいる時に言えば良かったのに」


『そうなんですけどね。言い出す機会も中々ありませんから』

「どうせなら、この後二人が戻って来た時にでも言っといたら?」


『そうですね。そうしましょう』


『二人共お待たせー!』

『……お待たせ』


 サラが言ったすぐ後に、通信チャットからメイとカノンの声が飛んで来た。同時に、〈フリューゲル〉と〈グリムリーパー〉の周囲を回っていた『Logout……』のタグも消える。


「ああ、タイミング良く」

『ん? 何が?』


『お二人共。私を『無敵団』メンバーに加えて頂き、本当にありがとうございま

す』

『……? ええと、どういたしまして?』


『これからも、よろしくお願いしますね』

『……? ……サラ、急にどうしたの?』


『そう言う気分なんです』

「そう言う気分なんだってさ」


 思わずMRのカメラアイ同士を見合わせるメイとカノンの様子に、僕らこっそりと笑いを漏らした。






『じゃあ、準備良いわね?』

 僕とサラが簡易ログアウトから復帰してから、メイは言った。


「ああ。この先の方針はどうする?」

『まあ、基本サーッてしつつも、場合によってはしょうがないからバーッて行く感じで』


「日本語訳でお願いします」

『えー、分かんない? ……つまり、サーッて行くんだけど、時にはバーッてな感じで、』


『……基本戦闘を無視して進むけど、必要だったら戦う?』

『ああ、それそれ』


 じゃあ最初からそう言って頂きたい。


 まあ、確かにここは敵のお膝元と言える場所だ。今までよりは避けられない戦闘も増えて来るだろう。戦う事も視野に入れておく必要がある。


『そう言う訳だから。ここからは、サラも戦闘に参加してね』

『了解です!』


 実に元気良く答えた。


『……それと、ここジャミング掛かってる』

「ああ、確かに。レーダーの索敵範囲狭まってるね」


 以前の戦い――地下基地で設計図を探した時みたいに強力なものではないけれども、厄介な事には変わらない。ビルなんかで視界も遮られているし、敵の奇襲には十分警戒しなければならない。。


「目視での警戒がより重要になるな。みんな、気を付けておこう」

『りょーかい。じゃ、行きましょうか!』


 メイは言った。






『……前方に敵機。数は四』

「うん、見えてる」


 ビルの影から覗き込み、僕らは一つ先の交差点の様子を窺う。目的地であるスタジアムへと真っ直ぐに伸びる道路上を〈ゴブリン〉が四体、まるで侵入者を警戒するようにうろついていた。


『あの数でしたら、正面突破で良いんじゃないですか?』

『よし! じゃあ、』

「だから待て」


『もうっ、コウはノリ悪いんだから。あれ位の数、パパッて倒せるでしょ』

「頼むから、確認取ってからにしてくれ。……いやまあ、正面突破で良いと思うけど」


 道中で温存して来たおかげで、弾薬、ENは十分に残されている。無駄遣いこそ控えたいとは言え、必要以上に惜しむ事もない。あの数なら、そう消耗する事もないだろう。


『結局正面突破で良いんじゃない。……じゃ、改めて行きましょーか!』

 叫ぶなり、メイの〈フリューゲル〉が飛び出して行った。僕らもすぐ後に続く。


 こちらの姿に気付いた〈ゴブリン〉達が、それぞれの手に持った火器を発砲して来る。サブマシンガンに、ライフルに、ショットガンにと、まるで統一性のない弾丸が、僕ら目掛けて飛来する。


 敵機の射線軸上から、軽く横に飛んで逃れる。標的を見失った射撃がアスファルトに弾痕を穿ち、パラパラッと細かい破片を地面に散らばせた。


 右手のショットガンを一番右の一機に向けて、発砲。回避運動を取った〈ゴブリン〉に、カスリ判定。ブーストで接近して、更に二発。至近距離の射撃が立て続けに直撃判定を叩き込み、瞬時に敵機APゲージを空にする。


 援護をしようと仲間達へと視線を向ける。ちょうど、最後に残っていた〈ゴブリン〉が〈グリムリーパー〉の射撃の前に倒れ伏す場面だった。


『……これで全部』

『らくしょーらくしょー!』


 能天気にメイが言う。


「でも〈ゴブリン〉って、回避運動取るもんだっけ? 命中させたと思ったんだけど……」


 最初の一撃、確かに命中させたと思っていたのに。素で外した事はあるにせよ、〈ゴブリン〉がこちらの攻撃を避ける事なんてなかったはずだ。


『多分この辺りの敵は、AIの思考ルーチンが強化されてるんでしょ』

「それって、敵が強くなってるって事?」


『ちょっとだけどね。ゲーム的には、難易度調整の一環で。設定的には、『AIを乗っ取るウイルスの浸食率が高く、より効率良くプログラムに干渉出来るようになった。お陰で、無駄に掛かっていた処理負担が減って、スムーズな行動が出来るようになった』……って感じで』


「なるほどね。……まあ倒した事だし、さっさと先に進もう――」

 言葉の途中で、交差点の影から一体の敵が姿を現すのに気が付いた。


 地面から少し浮いている、卵形のGEだ。


 手足はない。武装も確認出来ない。つるりとした胴体……と言うか本体中央の、カメラアイらしき赤いレンズで僕らをじーっと眺めながら、ふよふよと漂っているだけだ。


「みんな。あそこに敵がいるんだけど……」

〈叢雲〉で指さした方向へ、三機が注目する。


「あれも相手しといた方が良いのかな。攻撃して来る気配は――」

『――急いで撃破して!!』


 にわかに切迫した声を上げながら、メイは〈フリューゲル〉にサブマシンガンを構えさせる。何故、と聞き返す間もなく〈フリューゲル〉、それに〈グリムリーパー〉が卵型GEへと発砲した。


 両機の射撃が命中。だけど、敵機のAPはまだ残っている。結構、耐久力はあるらしい。


『……うっかりしてたっ』

『コウとサラの二人も攻撃を!』

「二人共、どうしたんだ? あれって、そんなに怖い敵なのか?」


〈叢雲〉にショットガンを構えさせながら、尋ねる。


『それは後! 良いから早く――』


 メイが言い掛けた時に、敵機に動きがあった。頭頂部が上部にスライドし、隙間からカメラアイと同じ赤い光を放ち始める。


 その直後、周囲に『キイィィィィィンッ!』……と甲高い音が鳴り響いた。


 思わず僕は、自機APゲージに目をる。特にダメージを受けた様子はなかっ

た。


『ああああっ!? 間に合わなかったーっ!!』

「な……何なんだよ、あいつは?」

『……あいつは〈レルム〉って奴』


 訝しむ僕に、カノンが説明を始める。


「強い奴なの?」

『……ううん。戦闘能力そのものは大した事はない』

『問題は、特性の方よ。あいつはね――』


 カノンの言葉をメイが引き継ぐ。


 全てを聞き終える前に、意味が分かった。


 建物の影から、敵GEが現れる。一機ではない。そこかしこから複数の機体が、僕らの立っている交差点に向かって、わらわらと寄り集まって来た。


 思い当たる原因など、たった一つだ。


〈レルム〉なるGEの特性。その厄介さを今更ながらに悟り、僕は頭を抱えたい気分をたっぷり味わう羽目になった。


『――そこら一帯にいる他の敵機を、自分のところまで呼び寄せるの』


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