表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/67

38 ログイン、そして準備

 夕過ぎに再び空を覆った灰色の雲は、夕食時にはポツポツと雨を滴らせていた。


 僕が風呂から出て自室へと戻る頃には、ドロドロとした遠雷の鳴る音が僕の耳に届くようになっていた。どうやら、天気予報は当たっていたらしい。雷の距離は随分遠いとは言え、ゲームをするには若干不安感の残る空模様である。


 当たり前の話だが、Cosmosはれっきとした電化製品であり、使用には本体とコンセントを専用のACアダプターを介して接続しなければならない。落雷被害と決して無縁ではないし、最悪故障なんて事になったら目も当てられない。まあ、僕は耐雷タップを使用しているから、故障の方は大丈夫だろう。


 問題はブレーカーそのものが落ちて、使用中にCosmosが強制終了された場合だ。安全対策そのものはキッチリしているから、健康被害に関しては問題ない。が、プレイ中に正規の手順を踏まずMROを終了するのは望ましい事ではない。セレーネの街中ならともかく、ミッション中であれば撃破扱いになるし、同じ事が何度も続けば、最悪アカウント凍結もあり得る。


 そう言う訳で、舞達にメッセージを送って確認を取っておく。場合によっては、プレイの見送りを考慮に入れなければならない。


 確認の結果、『雷も徐々に遠ざかって行くだろう』との最新の予報もあり、プレイして大丈夫、との結論に落ち着いた。


 と言う訳で、僕はベッドの上で横になって、腹にタオルケットを掛ける。エアコンのスイッチを入れて、除湿もしておく。これで準備良し。


 すっかり馴染んだ手順で、Cosmosを起動させる。最新科学によって生み出されたVR機が、僕の意識をゲームの世界へと旅立たせた。






「ああ、来た来た。コウ、ちょっと早いけどあけおめ〜」

「今年の分と考えれば、ちょっと遅いね」


 ログイン後、『地平天成』の格納庫へとやって来た僕を、メイによる季節感ガン無視の挨拶が出迎えた。お年玉をせびってやりたくなる位に、彼女の歓待の言葉が心に響く。


「ふいぃ〜……五臓六腑に染み渡るわい……」

「……姉さん。お願いだから、風呂上がりに冷蔵庫から牛乳取り出すみたいな自然な挙動で、黙って僕に抱き付くの止めてくれないかな」


 背後からそっと抱き締める姉さんに、僕は言った。


 MROで会ったあの日以来、基本的に僕らは姉さん達の格納庫に集合するようになっていた。現在この場にいるのは、『無敵団』メンバーの僕、メイ、カノンの三人と、『地平天成』メンバーの姉さん――蓮華(レン)大地(アース)英理奈(エリー)の三人。どうや

ら、サラと(ニー)さんはまだ来ていないらしい。


「なるほど。つまり、一言断ってからなら良いのじゃな?」

「そうだね。一言断ってくれれば、僕も断るから」


「………………」

「姉さん。何かを訴え掛けるように、腕に力込めないで欲しいんだけど」


 ちょっと苦しいじゃないか。


「本当に姉弟きょうだい仲が良いね〜」

 そんな僕らを呑気に眺めながら、中根英理奈(なかねえりな)ことエリーが言った。


「一方通行気味だけどね……」

「でも、ケンカばっかりってところも結構あるし。端から見れば、仲良しだと思うよ?」


 まあ、それはそうかも。普通に学校生活を送っていると、しばしばクラスメイトの口から、兄妹姉妹間の不平不満を聞く事がある。我が家の弟がどれだけ生意気であるか、姉がいかに非道であるか……などなど。しかし、そう言う話を聞かされても、僕には殆ど他人事のようにしか感じられない。姉さんのブラコンぶりに辟易する事はあっても、"憎い"だの"いなくなって欲しい"だの言う感想を抱いた事はまるでない。客観的に言って、仲が良いと認識されるのも道理だろう。


「それに、コウも満更って感じじゃないしね」

「……この状態を見て、何故僕が満更でもないと思えるんだ……」


 頭をさすさす撫で始めた姉さんに対して、ゲンナリ顔を浮かべる今の僕をしっかりと見て欲しい。


「えー? だって、本気で嫌がってないでしょー? 少なくとも、ボクの目にはそう映るけど?」

「慣れてるだけだって」

「慣れる事が出来る時点で、十分だと思うよ。本気で嫌なら、どっかの時点で閾値いきち越えて拒絶してるだろうし」


 間違ってはいないと思うけど……何だかんだ言って、"仲良し"って結論へと誘導しているように感じるんだよなぁ。


「いや、本当に慣れてるだけだって。何しろ、昔っからこんな感じだし」

「そうだったね。弟フォルダの動画見る限り」


 ……大丈夫、大丈夫だ。涙なんてとっくに枯れている。


「…………とにかく。君の期待に沿えなくて悪いんだけど、満更じゃないとか、そんな事ないから」

「ちぇー」


 露骨に残念そうな顔をされても。


「まあでも、コウは恵まれた環境だって事、自覚するべきだと思うけどなー」

「恵まれてるって、何が?」


「だって、所属クランは男の子一人に対して女の子三人。その上、美人のお姉さんからべったり。男子的には、羨ましい環境なんじゃない?」

「そう言われてもね――」


「そうだそうだ!」


 僕の言葉を遮って、矢庭やにわにアースが叫んだ。


「今言われて気付いたんだが、前々からずっと思ってたんだ! コウ、お前は恵まれ過ぎなんだよ!」

「アースまで……。あと、ちょっとは発言の矛盾を気に掛けろ」


「どうでも良いんだよ、んな事! 『羨ましい環境なんじゃない?』だって? 

……んなもん、超羨ましいに決まってんだろ! どっからどう見ても、ハーレム状態じゃねーか!」

「ハーレムて。別に、全員と付き合ってるとかじゃないんだし……そもそも原義的に言って、男子禁制を敷いている訳でもないし……」


「細かい言葉の定義なんぞどうでも良いわ! 重要なのは、常に女子に囲まれた環境って部分だ! 代われ! 今すぐ代わりやがれ!」

「そう言われてもね……。別にアースが期待しているような事はないぞ? 普通にゲーム仲間として接して、普通にゲーム楽しんでるってだけだよ」


「そ・こ・がっ!! 違うんだよっ!!」


 リアルだったら、唾が飛んで来たであろう勢いで、アースの熱弁は更にトーンが上がる。


「例えば、年収一千万オーバーの奴が『でも別に、億万長者って訳でもないし』とか言うところを想像してみろ! ……そう言う問題じゃないだろう!? 『いや、あなたも十分お金稼いでるよね?』って言いたくなるだろ!? 言いたくなりますよね!?」

「はあ……」


 何故敬語で言い直す。


「お前の言う"普通"の環境! その時点で既に羨ましいんだよ! ……お前に分かるかっ!? 可愛い女の子との偶然の出会いに淡い期待を抱いてMRO始めたは良いが、実際ゲーム内で口聞いた事のある女は、タマちゃんとかのNPCだけだった男達の苦悩をっ!! お前に想像出来るかっ!? クランメンバーが定員の八〇人に達した、けど女は一人もいませんって言う、工業高校みたいなクランに所属している男達の悲しみをっ!!」


 血管が切れる事もいとわない程に熱を込めてるところ悪いんだけど、まるでバカを見るようなメイとカノンの視線に気付け。


「いや、それ言うならアースだってむしろ恵まれてるんじゃないのか? 何しろ、所属クランに姉さんとエリーの二人の女子がいるんだし」

「あ〜……。それはまあそうなんだが、レンさんは昔馴染みのお姉さんだし、お前にべったりだしで、イマイチ恋愛対象ってな感じじゃないし……」


「じゃあボクは?」

「は? って感じだし……」


「アース。ちょーとメニューから設定画面開いて、身体接触制限レベルと痛覚遮断レベルを最低まで下げてくれるかなー?」

「ん? ……ほい、下げたぞ」


「ごめーん、手が滑ったー」

「ちょっプッ!?」


 アースの脳天に、エリーの天罰が下された。中学時代から、まるで変化のない光景である。


「……まあ、このバカが言ってる通り、コウは恵まれてるって事なんだよ。自覚しときなよ」

「……らしいんだけど?」

「そこであたし達に振るんだ……」


 呆れた風に、メイが言った。いや、報・連・相(ホウ・レン・ソウ)って大事だと思って。


「うーん……コウは相棒って言うか、戦友って言うか……。とにかく、あたしにとって大事な人って位にしか感じないし……」

「……ああ、そうですか……」


 聞いといて何だけど、この勘違いされそうな発言を無自覚にサラッと言ってのけるところ、何とかして欲しい……。


「……わわわ、私は別に、その、同じクランのメンバーってだけで、別に……」


 一方のカノンは、赤面しつつわたわたと否定する。ああ、こう言う話が苦手な彼女に話振ったのは迂闊うかつだった。そんな大上段から受け止めなくても良いのに、とは思ったけど、僕に言えたセリフではないか。


「……はあ。見なよ、この自分が浸ってる贅沢にまるで気付いていない男の姿。その内、トラブル招きかねないよー?」

「ご忠告どうも……」


 ぞんざいに言っておく。サラがどう思っているのかまでは分からないけど……まあどの道、普段からの態度に気を付けておくに越した事はないか。クラン内でも外でも。


「どうも皆さん。お待たせしましたか?」

 そうこうしている内に、サラが格納庫へと転送して来た。


「やほー、サラ! いや、あたし達が早いだけだから気にしないで!」

「……よろしくね」


 メイとカノンに続けて、姉さん達も挨拶をする。


「後はニーさんだけですねー」

「そうじゃな。まあ『無敵団』メンバーは揃っとるのじゃから、そっちは先にミッションにでも――」


「おや、僕が最後でしたか」

『どうもー』


 姉さんが言っている途中で、姉刀新あねとあらたことニーさんがやって来た。全員揃って挨拶をする。


「……さて。全員集合したところで、早速本日の予定を立てようかの」

 姉さんが言った。


「……とは言っても、『無敵団』は既に決まっておるしの」

「ええ、その通りです」


 闘争心溢れる表情で、メイが力強く頷く。


「と言う事で、あたし達は早速準備に取り掛かります」


「うむ。武運を祈るのじゃ」

「頑張れー!」

「まあ、あれは俺らも苦労したな」

「幸運を」


 メイの言葉に、姉さん達からの激励。話によると『地平天成』も、少し前に挑戦・・したらしい。ネタバレ防止って事で、詳細までは聞いていないけど。


「じゃあね、姉さん達」

 そう言って僕らは、自分達の格納庫へと移動した。





「さーて、準備は出来たわね?」


「うん」

「……うん」

「大丈夫です」


 メイの言葉に全員が頷いた。何しろ、僕らが挑もうとしているミッションは、今まで挑戦して来たものに比べて難易度が高めに設定されている。かなりの激戦が予想されるから、事前の準備はキッチリと行わなければならない。


 とは言え、僕とカノンは特別な変更点なし。もちろん、用意出来る中で極力性能の良いパーツに換装してはいるけど、基本的な戦法が変わる程の事でもない。


 メイは今回、実弾式のサブマシンガン二丁を基本装備としている。後々の事を考え、エーテルを温存しておきたいと言う理由だ。ついでに、『二丁拳銃とか超格好良い!』と言う本人の弁も付け加えておく。


 サラは以前メイから受けたアドバイス――『ENエネルギーに余裕あるんだから、エーテル系武器も用意したら?』との言葉に従い、エーテルバズーカを入手した。同時に、格闘戦用にナックルも装備し、より攻撃性能を高めている。


「良ーし、じゃあ早速行きましょう――」

 メンバーを鼓舞するように拳を突き上げ、メイは言った。


「――"大型ジェネレーター搭載型GE(ギアエネミー)"討伐ミッションへ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ