37 電気屋での邂逅
学校からの長い旅路の果てに、ようやく僕はYAMANA電気に到着した。
店内に入った僕は、天井から投影されているホログラムの案内看板を頼りに、電源タップを探す。ここの店、ちょっと前に店舗のリニューアルが行われてから、商品陳列棚の配置が変わっている。頻繁に訪れる訳でもないから、棚の配置にまだ慣れておらず、お陰で目的の品を探すのにちょっと迷う。
キョロキョロ首を巡らせ、ようやくお目当ての配線器具コーナーを探し当てる。コーナーへと足を踏み入れ、適当な電源タップを手に取る。コンセント穴が四つ・五メートルのコード付きの奴だ。多分、これでご満足頂ける事だろう。
次はゲームコーナーへと移動する。配線器具コーナーへ入る時は店舗入り口側からだったけど、出る時はその反対側からの方が目的地への距離が若干近くなると言う理由で、TVコーナー側へと抜ける。
棚に遮られていた視界の先から、一人の女性客の姿が現れる。ブレザー姿の、セミロングの黒髪。スラリとした長身をピンと伸ばした立ち姿が印象的な女性だっ
た。あの服は確か、岩峰大学付属高校――この辺りでは結構偏差値の高い学校の学生服のはずだ。
それだけであれば特に気に掛ける事もないのだけれど、僕の視界にはもう一つ気に掛けるべきものの存在が映っていた。
白い床の上に落ちている、黄色いハンカチ。側にいる女性客は携帯端末を操作していて、床のハンカチには気付いていない。もしかして、あの人のものなのだろうか。
まあ、確認すれば良いだけか。
「あの、すみません」
「……? 何か?」
「そこのハンカチ、あなたのじゃないですか?」
僕が言うと、その女性客は床に目を落とす。
「……ああ、確かに私のものだ」
そう言って、ハンカチを拾い上げる。乱れのない、きれいな動作だった。
「どうやら端末を出した時に、一緒にポケットから落ちたらしい。ありがとう、助かったよ」
「いえ」
良かった良かった。じゃあ、電子マネーのカードを手に取ってから、レジに行こう。
僕は再び歩き始めた――のは良いけど、何故だかその女性客も付いて来る。移動のタイミングも殆ど一緒だったから、傍から見ると並んで歩いて見える事だろう。
「……ええと?」
「……おや?」
呟くのも同時だった。
「いえ……僕はこっちに用事がありまして」
「ああ、なんだ。私もだよ」
偶然、向かう先が同じだったらしい。まあ、たまにはある事か。
「その制服。君は大鶴高校の生徒だね」
向こうから話を振って来た。袖振り合うも何とやら……じゃないけど、初対面である僕と会話をする切っ掛けにはなったらしい。
「はい、一年です」
「そうか。つまり、一つ後輩と言う事か」
「二年生ですか。岩峰のですよね? ええと……」
「藪。藪澪だ」
「あ、どうも。僕は成田昂介です」
藪さんか。学校が違うとは言え先輩には違いない。藪先輩、と呼ぶ事にしよう。
「それで、成田君。レジはあっちから行った方が早いのではないかな?」
手にした電源タップを指さし、藪先輩は言った。
「ああ、他にも買うものがあるんです」
「そうなのかい」
「藪先輩は何を買いに来たんですか?」
今更会話が途切れるのも気まずい、と言う思いもあり、尋ねても差し障りのなさそうな事を聞いてみる。
「何を……と言う事はないな。TVを買い換える予定がある訳でもなければ、ドライヤーが故障した訳でもない。ただのそぞろ歩きさ」
「そうでしたか」
「まあ、より正確に言えば、ここに立ち寄ったそもそもの理由は、私の連れの買い物に付き合っての事なんだけどね」
"連れ"と表現してるって事は、親兄弟ではなさそうだ。友達か何かだろうか。
そうこうしている内に、ゲームコーナーが近付いて来た。
「ああ、僕はこっちに用があるので」
「おや、君もゲーム好きなのかい」
「そうです。"も"って事は……」
「私自身と、私の連れも含まれているよ」
へえ、藪先輩もゲーマーか。趣味が同じと言うだけで、途端に親近感が湧いて来るから不思議だ。
「なるほどな」
「ん? どうかしましたか?」
藪先輩が不意に微笑む。緩やかな曲線を描く切れ長の目に、ほんの少しだけ僕の心臓が跳ねた。
「いや何、君が今考えている事を当ててあげよう。『同じ趣味か。親近感が湧く
な』……と言ったところかな」
「あ……まあ、大体そうです」
正解だ。僕は結構、分かり易いのだろうか。
「それに『これを切っ掛けにお近付きになれるかも』……とも思っているな」
「いえ……それは思ってません」
不正解だ。僕は結構、誤解を受け易いのだろうか。
「それは残念。……ああ、いた」
藪先輩の視線の先に、岩峰の制服を来た男子生徒がいた。パッケージソフトを手に取り、真剣な表情で裏面に目を通している。
「誠至。もう良いかな?」
「……ああ、澪か。そっちの彼は?」
「ついさっき出会ったんだ。成田君だ」
「どうも、成田昂介です」
「ああ、これはどうも。片岡誠至だ」
片岡さんは言った。制服のラインの色が藪先輩と同じと言う事は、彼女と同学年――つまり、僕の一つ上の先輩と言う事だろう。
「成田君は先程、私のハンカチを拾ってくれたんだ。『ハンカチ落としましたよ、そこの素敵なお嬢さん』と。中々に女性の扱いに慣れている様子だった」
「ちょ……!?」
いきなり何言い出してるんだ、この人!?
「ああ、なるほど。成田君、君は今こう思っているね? 『この片岡とか抜かす
奴、藪先輩と一体どんな関係なんだ。まさか彼氏じゃないだろうな』……と」
「いや、ちょ……!?」
「大丈夫だよ、こいつは私の彼氏じゃない。もちろん、実は愛人ですなんてオチでもない。こいつは私ではなく別の女と付き合っていて、私はフリーだ。どうだい、安心したかな?」
だからさっきから何言ってるんだ、この人!?
「おい、澪。初対面を相手にからかうんじゃない。……すまないね、君」
どう反応するべきか迷っていると、片岡先輩からの助け舟が出た。
「い……いえ……」
これ幸いと、這々《ほうほう》の体で乗り込む。
「気を付けろよ? こいつは誰にでもこんな調子だ。『もしかして、自分に気があるかも?』なんて思わない方が良いぞ」
「失礼だな、誠至。人をそんな見境なしの八方美人みたいに。ちゃんと相手は選んでいるし、私はこれで人を見る目はあるつもりなんだぞ?」
「そうか。では、成田君の事はどう思う?」
「実にからかい甲斐のある相手だと思うよ」
「……勘弁して下さい」
藪先輩の顔から薄っすらと覗く悪戯っぽい笑みに、何となく彼女の人となりを察する。
「そう言う事だ。気を悪くしたらすまないね」
「あー、いえ……。お気になさらず……」
取り敢えず、片岡先輩の評価は心の中で一段階上げておこう。
「ところで、成田君。ゲームコーナーに用事があるんじゃなかったのかな?」
「ああ、そうですね」
そう言って僕は、Cosmos用の五千円分の電子マネーのカードを手に取る。これで、当分先までチャージしなくて大丈夫だ。
「へえ、成田君もCosmos持っているんだな。どんなソフトを遊ぶんだい?」
片岡先輩が尋ねて来た。
「ああ、『望郷のムーンラビットオンライン』って奴です。接続料金の支払いのためにチャージしておこうかと」
「へえ、そうなのか!」
片岡先輩の目が、喜びに見開かれる。にわかに大きくなった声に、思わずたじろいでしまう。
「……と、すまない。俺もMROをプレイしていてね。つい嬉しくなって」
「ついでに、私もプレイしている。誠至とは同じクランのメンバーなんだよ」
「そうだったんですか……」
たまたま出会った人達が、偶然にも同じゲームをプレイしていた……と言えば運命的と言えなくもないけど、そこは人気作。MROのプレイ人口を見るに、そう珍しいと言う程の事ではない。
「片岡先輩は何を買いに来たんですか?」
「何も買う予定はないよ。ただ、見に来ただけさ」
そういえば、藪先輩もさっき似たような事を言っていたな。
「君もゲーマーなら分かるんじゃないかい? この、ゲーム関連の商品しか置かれていない空間に身を置くだけ。何を買うでもなく、何かの目的を持つでもなく、ただパッケージを手に取って眺めるだけ。それだけで、中々楽しい気分にならないかな?」
「まあ……気持ちは分かります」
僕の場合、それ以上に出掛けるのが面倒なだけで。
「適当に流しておけば良いよ、成田君。誠至はゲームバカだからな」
「俺にとっては褒め言葉だね」
「そう言えば、お二人は同じクランに所属してるって言ってましたね。名前何て言うんですか?」
「ああ、『エスペランザ』と言うんだ」
おお、格好良い名前だ。
「実は俺が立ち上げたクランでね。マスターも俺だ。……君はどうなんだい? どこかのクランに所属していたりするのかい?」
「あー……まあ、はい」
思わず歯切れが悪くなる。
「へえ、名前は?」
「……『超最強絶対無敵団』」
「「……何?」」
「……『超最強絶対無敵団』です……」
二人は何とも形容しがたい表情を作る。
「それはまた…………遊び心溢れる名前だね」
「お、お気遣いなく、藪先輩……。言わんとする事は良く分かりますので……」
目を逸らしつつ、答えた。
「マスターはどんな人なのかな?」
「僕の同級生ですよ。僕を含めてたった四人の小さなクランで、まあ……マスターの無謀な目的に向かって邁進中です」
「目的?」
「何でもナンバーワンを目指すとか何とか……。いや、どうすればなれるのかは知りませんけど……」
恥を上塗りしていると自覚するのも、中々に辛い。
絶対呆れられるだろうな……と思っていたけど、予想に反し片岡先輩はしばらく考え込む素振りを見せる。
「あの……?」
「……つまり『パスカルの賭け』みたいなものか」
「……はい?」
「元は哲学者ブレーズ・パスカルが、神を信じる事の合理性を説いたものでな。要するに『上手く行った時は全てを得られ、失敗しても何も失わない賭け』って事
だ。……君達が仮にナンバーワンになれなくても失うものはなく、逆にナンバーワンになれれば万々歳だ」
「はあ……」
「つまるところ、君のクランのマスターはとても合理的な目標を持っている、って訳だ。……なるほどな、是非とも見習いたい姿勢だな」
断言するが、うちのマスター殿は絶対そんな事は考えていない。
「こらこら誠至、自分の世界に入り込むんじゃない。成田君がドン引きしているじゃないか」
「いえ……お構いなく……」
別に引いた訳ではない。この人、ちょっと発想が飛躍し過ぎだと思っただけである。
「と言うか話し込んでしまったが、時間は大丈夫なのかな、成田君。この後、可愛い彼女とデートの約束があったりするんじゃないのかい?」
「いえ、そもそも彼女とかいませんので」
「それは良い事を聞いた。私にもチャンスがあると言う事だ」
「からかわないで下さいよ……」
隙あらば攻めて来るな、この人。
「折角だ、プレイヤーネームだけでも交換しておこう。MROでの俺は『ジュリアス』と名乗っているよ」
「私は『ソニア』だ」
「僕は『コウ』です。……あー、ですけどこれ、あくまで読み仮名設定での名前ですから、同名の人もいるかも……」
「ああ、そこまでは良いよ」
片岡先輩は首を振る。
「リアルで偶然出会って短時間会話しただけ相手に、いきなりゲームで会う約束を取り付けるのは、流石に無遠慮にかも知れないからな。何しろ俺らは、君にとって先輩だ。外から見た人から、"圧力掛けた"なんて思われても仕方ない」
「い……いえいえ、そんな事思ってませんから!」
「はは、ありがとう。まあ一種の線引きみたいなものだよ。今はネーム交換だけに留めておく。そして偶然でも何でも、ゲームの方で出会えたらまた改めて話をしよう」
「そうですね……分かりました」
「ああ。……それでは、俺らはそろそろお暇するよ」
「ではな、成田君」
「はい。ではまた」
僕の別れの挨拶に軽く手を挙げて応え、二人の先輩はゲームコーナーから立ち去って行った。
胸中に残る邂逅の余韻に心地良さを感じつつ、僕はレジへと向かった。




