34 閑話 だべる昼休み
「昂。ちょっと話があるんだけど、聞いてくれる?」
「何だよ、舞?」
「あなたは『やらない位ならやった方がマシ』って言葉、どう思う?」
「どうって。……『場合によりけり』としか」
「それって、具体的には?」
「失敗しても失うものがなくて、成功すればプラスになる……って状況なら、正しいかも知れないけどさ。実際にはそんな状況ばかりじゃないからね」
「例えば?」
「親切心で行動した結果、相手に大迷惑を掛けるかも知れない。好きな人に想いを告白した結果、良好だった関係にヒビが入るかも知れない。夢に挑んだ結果、上手く行かずに落ちぶれるかも知れない。『やらない方がマシ』な事だって、世の中には存在する」
「ふんふん」
「少なくとも、そう言ったケースがいくらでも考えられる以上は、僕は安易に一般論として語るべきじゃない言葉だと思ってる。『我々は皆、他人の不幸には十分耐えられるだけの強さを持っている』……じゃないけど、軽々しく人に向かって言うには、ちょっと無責任な言葉じゃないかな」
「なるほどー、それはその通りだわ。でも、あたしは割と嫌いな言葉じゃないわ
よ」
「そりゃ何で?」
「確かに、安易に押し付けちゃ駄目だとは思うけどね。けど昂の言ってる事って、悪く言えば『結果ありき』じゃない? 失敗例を並べてるだけって言うか。実際には、やってみなきゃ結果は分かんない訳でしょ?」
「まあ、そうだけど。でも、ある程度は事前予測だって出来るだろ?」
「事前に予想してたより、良い結果が出る事だってあり得るよね? 決断する時点では、あくまで予測が出来るだけであって、良いか悪いかを確実に知る手段はな
い。それに、少なくとも『やるかやらないか』で迷うって事は、やる事に価値を感じてるって事だし。……だったらあたしは、そう言う時は思い切ってやってみる事にするの。その方が、あたしの性に合うし」
「なるほどね」
「だからあたしは今、思い切って行動してみる事にするわ。――ねえ、昂」
「――何だい?」
「――あなたの弁当箱に鎮座している唐揚げ、いっこ頂戴」
「断固として拒否する」
昼休み時間中の教室。暴虐極まる要求を平然と突き付けて来た舞に、僕はあくまで毅然とした態度を崩さなかった。一緒に昼食を取っている帆乃香は、コンビニのサンドイッチを片手に僕らの様子を眺め、大地は空の弁当箱を脇に購買のアンパンにかぶり付きつつ、タブレット端末を操作していた。
最近は舞、帆乃香、大地の三人が僕の席に集まって、適当にだべりつつ食事……と言うのが、僕らの昼休みの基本的な過ごし方となっている。三人の机は、了承を得た上で付近の生徒のものを拝借、僕の机とくっ付けている。机本来の主達は、この時間はそれぞれ中庭やら隣の教室やらに移動しているので、契約締結には何の支障もなかった。
「えー! 人が折角思い切って切り出してみたのにー! そこは雰囲気にほだされてOK出すべき場面でしょ!?」
「誰が雰囲気程度で一個しかない貴重な唐揚げ渡すんだよ!? て言うか普通、事前にこの結果予測出来るだろ!?」
「……」
「昂が最初に言ってたじゃない! 『失敗しても失うものがなくて、成功すればプラスになる状況なら正しい』って! ……だったら、今この状況でこそ実践するべきでしょ!?」
「僕からすれば失う一方の取引持ち掛けといて、何で『しょうがないなあ。はい、唐揚げ』……なんて答えが返って来ると思えるんだ!?」
「…………」
「ああ、嘆かわしい! 昂には、利他主義的精神ってものが備わってないのかし
ら!?」
「目の前で豚のショウガ焼き頬張りながら逆ギレしてる奴に、たった一個の唐揚げをくれてやる利他主義的精神に限ってのみ言えば、少しも微塵もこれっぽっちも備わってないわ!!」
「………………」
「ねえ! 美味しそうなツナサンド食べてる帆乃香からも言ってやってよ! 唐揚げ頂戴、って!」
「……私に振られても困る。あと、あげないよ?」
「……うあああああああああっ!?」
今まで無言でタブレットを見ていた大地が、突然天を仰いで奇声を上げた。面食らった僕らの視線が、一斉に集まる。
「……どしたのよ後藤? 人が折角、充実した食生活を送ろうと誠心誠意、努力してるところに」
「君の面の皮に対する詰問は後日行うとして。……どうしたんだ大地?」
「どうしたんだ、じゃねえっ! これ見ろ、これっ!!」
大地は僕の眼前にタブレットを突き付けて来た。漫画のラストページらしき画面だった。ああ、Web上で無料公開されている漫画雑誌見てたのか。
「なになに……。『果たして、浮遊大陸には何があるのか……!』。……ああ、
『クロック・ファンタジア』来月から新章に入るのか」
『クロック・ファンタジア』とは、『ある三日間』が永遠に繰り返される呪いに侵された街や国を、旅人『トゥエル』がクロノスの鍵の力を使い、その呪いを解いて行く……と、言った内容のファンタジー漫画である。独特の絵柄と世界観が人気の作品で、アニメにゲームに小説にと、メディアミックスも活発だ。
「で、これが一体どうしたんだ?」
「まぁ――――――た、『浮遊大陸』ものだよ! 一体、何度飛びゃあ気が済むんだ!!」
「ああ、そう言う事……」
まあ確かに、最近はファンタジー系を中心に、『空に浮かんだ大陸国家』を舞台にした作品が多くなって来ている。どうやら大地は、それがお気に召さないらし
い。
「そりゃあ、今の流行りなんだし。ちょっと前から伏線出てたじゃないの」
「……設定的にも、無理がある訳じゃないし」
「そう言う問題じゃねえんだよ!」
タブレットを覗き込む舞と帆乃香に、大地は叫ぶ。
「こう言うのは、大体展開が一緒なんだよ! 『主人公が古代人の残した飛空船を発見』! 『浮遊大陸では珍しい海産物を持って行って、現地民から大歓迎を受ける』! 『魔力的な能力至上主義が蔓延る社会構造の中、才能がないばかりに迫害を受ける兄妹』! 『何人たりとも立ち入ってはならない神殿』! 『キーアイテムは鳥の羽、あるいはそれを模したもの』! ……俺達は一体、何度こんな展開を見りゃ良いんだよっ!?」
「僕に言われても困るんだが……」
取り敢えず、メッセージフォームで意見送るところから初めてはどうか。
「そもそも昔の作品は、小難しい話とか全然ナシでサクサク進んで行って、スカッとする展開で読者を喜ばせるものが多かった! 読み手を楽しませようって言うエンターテイメント精神に溢れた、良い作品ばかりだった! ……今はどうだ!? 重っ苦しい展開に、やたら複雑な心理描写! 読者に"話を噛み砕く"事を要求す
る、不親切な展開! 今の読者はその現状を『崇高』だと勘違いして、何の疑問も抱いていない! 嗚呼、もはや日本のサブカル業界は死んだのだ!」
「日本のサブカル業界の死亡報告って、僕らが生まれる遙か昔から何度も繰り返し上がってるけど、その後
のお加減いかがでしょうか?」
世間の流行が個人の好みから外れると、途端に悲劇的且つ文学的に"殺される"のが、古来よりサブカル業界が背負う宿命だ。もっとも、その大半は三日程放っておけば蘇るので、心配御無用である。その内、パンや魚を大量増殖させる日が来るかも知れない。
「大体さあ。それ言ったら、あんたも好きな『TETUーRO』だって結構展開ハードだし、心理描写もガッツリやってるじゃないの。アレも駄目って事になるわよね?」
「アレで描かれてるのは、"男の魂"だから良いんだよ!」
「何だその『努力しないで強くなる主人公は卑怯だけど、努力しないで強くなった仮面のバイク乗り主人公は"悲劇的"だから卑怯じゃない』みたいな、論拠不明の謎理論は」
『勢いでケチ付けてみたけど、良く考えたら自分の好きな作品が思いっ切り該当してるから、慌てて例外設けといた』……と言う、脳内で辿った思考の遍歴が容易に察せられる理論である。
「……そもそも後藤、この間二十世紀の名作漫画レンタルしたって言ってたよね。昔の作品も結構展開重かったりするのあるけど?」
「ああ、あれか! ……いやぁ、あれは流石名作の誉れ高い作品だったよ! 確かに話は重いんだけど、その分心に訴えて来るものがあるって言うか!」
「だから何だその『現代に個人がでっち上げた創作妖怪は伝統の冒涜だけど、江戸時代に鳥山石燕個人がでっち上げた創作妖怪は伝統』みたいな根拠不明の謎理論
は」
頼むから判断基準を統一するか、もういっそ『俺が好きな奴はOK、嫌いな奴はNG』と本音ぶっちゃけるかのどちらかにしてくれ。
「……とにかく! 俺が言いたいのは、もう浮遊大陸はウンザリなんだって事
だ! 全部まとめて落っこっちまえ!」
「取り敢えず、後で全浮遊大陸民と巻き添えを喰う地上民と作者と読者に、土下座で謝っとけ」
水筒の麦茶を飲みながら、ぞんざいに言っておく。大方、どっかで見掛けたネットの書き込みに触発されたとか、そんな理由だろう。こいつとは長い付き合いだ
し、愚痴ではあっても、本気で貶めたくて発言している訳ではないとは分かっている。それに、あっちもこっちも浮遊大陸、では『またか』と言いたくなる気持ちも理解出来ないでもない。
だけど、その内容はピンキリだ。面白い作品もあれば、つまらない作品もある。お約束通りな作品もあれば、お約束を外している作品もある。それこそ、安易に一般論化出来ない位に。
「大体、僕らが楽しんでるロボものだって、ある意味似たようなものだろ? ロボに興味ない人にとっては『またロボものか』ってウンザリされてるかもよ。ある意味、お互い様って言うか」
ブームとなったジャンルの必然と言うべきか、ロボット作品もまた、批評の的になっていたりする。粗製乱造の一例、と言われて仕方ない位に残念な出来の作品も珍しくないし、熱意の余り過ぎた昔からのファンが、『我が世の春』とばかりの態度で所構わず自説を垂れ始めて、周囲から煙たがれる……なんてケースもしばしば見掛ける。
「むう……」
「そーよね。たまーにロボの何たるかを理解してない不届き者が『ロボ好きとか、要するに自分の思い通りに動く合法的な下僕が欲しいって願望の現れだろ?』とか言っちゃってるし」
そう言って舞は、いかにも"苦虫噛み潰してます"と言った渋面を、墨俣城顔負けの速度で建造してみせる。『不本意だけど、話の流れ的に仕方なく口にしました』と言う内面が、ありありと見て取れるようだ。
「別に無理矢理好きになる必要もないし、一切批判するなってのもそれはそれで乱暴だけどさ。ある程度『そんなもん』って割り切りは必要だろ。自分の趣味押し付けるってのも、上等な事じゃないし」
「むむう……」
「……それに、『クロファン』の先生、アイデアが独創的だよ。きっと面白いの描くと思うよ」
「むううん……」
大地はしばらく唸り、やがて溜め息を一つ吐いた。
「……まあ、そうだな。流行にケチ付けても始まらないからな。だったらせめて、意見でも送っとくか」
一通り愚痴を吐き出したためか、スッキリした様子だった。そのお陰か、出て来る言葉も随分と建設的なものだ。
「――『無理矢理でも良いから、海水浴イベント入れてくれ』って」
「「「………………」」」
昼休みの喧騒が、沈黙する僕らの間を遠慮会釈なく通り過ぎて行く。
「……なあ、大地。正直に答えてくれ」
「ん? 何だ?」
「……大地が『浮遊大陸』が好きじゃない、一番の理由は?」
「ん? 海がないから、"海で水着"イベントが出来ねーじゃんか」
「…………代わりに、"湖で水浴び"イベントならあるけどね」
僕の言葉に、大地は思わず『クワッ!』と目を見開く。それから、静かに目を閉じる。
しばらくして、一つ頷いて目を開けた大地は、そっとタブレット横のボタンを押して画面を閉じ、そのまま保護カバーの中に収めた。
「……いやあ、『クロファン』楽しみだわ! あの終わり方、来月絶対面白くなるに決まってんだろ!」
「……そうか、良かったな」
満面の笑みで、早くも心を一月先に飛ばしている大地に、僕はただその一言だけを告げた。
気のない手付きで口に運んだ唐揚げの味が、やけに印象に残った。




