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33 砂上の決着

『踊り回りなさいっ!! そして後悔しなさいっ!! さあっ!!』

『かなり前からたっぷりと後悔してますっ!? 本気で怖いんっすけどっ!?』


『……っ! こんな時に弾切れ……っ!?』

『よ、良かった……。助かっ――』


『はあぁぁぁぁあーーーーっ!!』

『何かガトリング砲振りかぶって、鈍器のように叩き付け始めたんですけどこのお姉さん!? ……こんなんでもシールドの耐久値減ってるしっ!?』


『うふふふふふっ!!  あっはははははははっ!!』

『ああっ、もうシールド壊れそうだしっ!? 助け、誰か助け――っ!?』


 ……オープン通信チャットから、アースの悲痛にして切実な叫び声が聞こえる。憐憫れんびんの情を禁じ得ない、実に胸が締め付けられる慟哭どうこくではあるが、これに関して僕に出来る事はただ瞑目する事のみ。


 済まないアース。せめて楽に死んでくれ。


 それよりも、〈フェイ〉と〈イーグルアイ〉の二機だ。


『さあ、ニーさん、お覚悟をっ!』

『くっ……これはまずいですね……』


 その内の一機〈イーグルアイ〉は主にメイに任せる。カノンは状況に応じて、僕ら二人を援護する。


 そして僕は、


『ぐぬ……っ!』

 引き続き、姉さんの相手を務める。先程までとは違って、一対一プラス援護射

撃。戦況的にはこちらが有利だ。


〈フェイ〉に向けて、ショットガンを発砲。動きを制限しつつ、隙を見てブーストダッシュ、懐に飛び込む。ブレードを一閃、更に続けて一閃。命中判定を二つ重ねる。


『ぬぐぐ……っ! やりおるわっ!』


 一旦下がりつつ、鞭を振るう〈フェイ〉。鞭を払い、追いすがる〈叢雲〉。鞭は近接武器ながら、射程が長いのが長所だ。迂闊に近付く事は出来ない。その反面、懐に飛び込んでしまえば、その長さ故にかえって小回りが効かず、対応が難しくなってしまう。


 だけど姉さんは、素早く鞭の途中部分を左手で握り、そこを起点に振るう。巧みな鞭捌きは、近距離の〈叢雲〉に二度の命中判定を与える。長物の射程を活かすばかりではなく、時に"短く"扱うのは臨機応変な戦い方の産物、優れた腕前の証拠

だ。


 かまわず斬撃を喰らわせる。〈フェイ〉のAPは残り三割を切った。姉さん達はまだ、リペアユニットを温存しているはずだ。ここで逃がすと、回復の隙を与えてしまう事になる。現状こちらが有利であるとは言え、一気に畳み掛けるに越した事はない。


 ショットガンを発砲。回避しつつ距離を取ろうとする〈フェイ〉を追撃。


『はぁっ!!』


〈フェイ〉の鞭が地面から飛び上がるように襲う。〈叢雲〉の右手に命中した鞭

は、勢いのままに腕に巻き付き、そのままガッチリと絡み付いた。


「うわっ!?」


 そのまま、〈叢雲〉は勢い良く引っ張られる。バランスが大きく崩れる。何とか転倒だけは免れたけど、とても攻撃どころじゃなかった。鞭で右手を絡め取られたまま、〈フェイ〉の懐まで引きずり込まれる。


〈フェイ〉は素早く鞭を自機の左手に巻き付けて固定。右手から柄を放り出し、代わりに後ろ腰(リアアーマー)のナイフを引き抜く。


〈叢雲〉の胸部に、ナイフが深々と突き立てられる。直撃判定。〈叢雲〉のAP、残り二割。


 咄嗟に味方機に目を走らせる。スクリーンの向こうで、今しがた〈グリムリーパー〉が〈イーグルアイ〉に向けて発砲したところが見えた。カノンもこちらのピンチに気付いているだろうけど、そのスナイパーライフルを〈フェイ〉に向けた辺りで、恐らく僕の末路は決している。援護はもう間に合わない。


『貰ったぞ、コウッ!!』

 姉さんの叫びと共に〈フェイ〉はナイフを引き抜く。


「こっちこそっ!!」

 瞬間的に、僕は〈叢雲〉を操作していた。下から突き上げるように、左手のショットガンの砲口を〈フェイ〉の右脇腹へと押し付ける。


 ナイフが振り下ろされる。


 発砲。


 鋭利な切っ先が、〈叢雲〉の胸部を襲い――装甲表面を浅く切る。


 直撃判定の一撃は、〈フェイ〉の機体を吹き飛ばし、ナイフの切っ先を大きく狂わせていた。同時に、右腕を鞭で固定されていた〈叢雲〉も平穏無事とは行かな

い。吹っ飛ばされた敵機に引っ張られ、大きく姿勢を崩される。そのままもつれ合うように、二機は砂を巻き上げ大地の上を転がった。


『……や、やるではないか、コウよ……』

 姉さんの言葉を最後に、〈フェイ〉は動かなくなる。


 撃破。


(みんなは……)

 よろめきながらも〈叢雲〉を立ち上がらせ、味方機の様子を確認する。


『これでトドメッ!!』

『うわっ!?』


〈フリューゲル〉に目を向けると、ちょうど〈イーグルアイ〉に向けエーテルキャノンを発射、命中させる瞬間だった。APゲージ、ゼロ。〈イーグルアイ〉撃破。


 そして――


『さあ、あなたのMRもあの盾と同じようにぶっ壊してやるわぁっ!!』

『ひしゃげたガトリング砲両手にこっちに来ないでっ!? 来ないでええぇ

っ!?』


『……ううっ!?』

『よ……良かった……。何とか、右腕をキャノン砲で吹っ飛ばしてやって――』


『はあぁぁぁぁぁぁぁあっ!!』

『素早く千切れた右腕拾い上げて、鈍器よろしく振りかぶって来た!? 本当に何なのこの人っ!?』


『くたばりなさぁぁぁぁぁぁいっ!!』

『いやぁっ!? いやあああああああああっ!?』


「………………」


 衝突音。


〈モモちゃん〉が、左手に掴んだ右腕を〈ヘラクレス〉の頭頂部にめり込ませるのと、〈ヘラクレス〉が、右手に掴んだメイスを〈モモちゃん〉の胴体部に叩き込むのは同時だった。


 両機共、直撃判定。黒煙を上げ、共に沈黙。


 両機撃破。


 決着。






「いやー、完敗じゃ完敗じゃ」

 PVP開始地点へと帰還し、機体を降りるなり、姉さんは快活に笑った。


「いえいえ、レンさん達も良いチームでしたよー」

「してやられたよー、カノン。ボク、完全に不意を打たれちゃった」

「……みんなのおかげ」


「次は負けませんよ」

「はい、お手柔らかにお願いしますね」


「…………おいコウ。俺、さっきから身体の震えが止まらないんだが…………」

「……ご愁傷様……」


 僕らも、それぞれに言葉を交わし合う。


「結果的には、最初の罠で仕留められんかったのが運の尽きじゃったのう」

「僕も、もう少し地雷を持って行った方が良かったかもしれませんね。……まあ、今更言っても仕方のない事です」

「あ、あの地雷〈イーグルアイ〉が仕掛けたものだったんですかー」


 最初の交戦時に、僕が引っ掛かった指向性地雷の事だ。誰が仕掛けたんだろうかと、ひっそり疑問に思ってたけど、ニーさんだったのか。


「ええ。僕は基本、支援が中心ですからね。普段のミッションでは、味方に使うためのリペアユニットなんかを余分に持って行ってます」

「へえ。それは味方にとってはありがたいでしょうね」


「その代わりに、戦闘面ではあまり貢献出来ませんけどね」

「でも、さっきはかなり手こずらされました。戦略面での貢献度は高いと思いますよ」


 僕ら四人は基本的に、直接的な戦闘能力――火力や機動力や装甲なんかの強化に力を注いでいる。仲間のサポートを意識したカスタマイズを考えているのは、精々〈グリムリーパー〉位のものだし、それだってあくまでも副次的な要素だ。自分より仲間の事を意識したカスタマイズ……と言うのは、僕らにとっては新鮮な視点

だ。


「じゃあ、折角ですから次はミッションに出ましょう。適当にお互いのクランメンバーを入れ替えて」


 プレイヤーの数程、戦術に対する考えやゲームの楽しみ方が存在する。自分達と違う価値観の人間と接する事は、それだけで良い刺激となる。気の合う仲間達と遊ぶのは掛け替えのないひとときではあるが、時には普段交流のない人々と共に遊ぶのも、何にも代え難い貴重な経験である。


 僕らはこの得難い機会を、決して手放すべきではないのだ。そして、善は急げとも言う。つまり、今すぐに次のミッションに出ると言うのは、合理的且つ建設的な行動であると同時に、含蓄がんちくのある故人の言葉に対する最大限の敬意であり、従って


「その前にレンさん。あたし達が勝ったんですから、見せて下さいよ。――弟フォルダの写真及び動画」

「折角人が上手い事流そうとしていたのにっ!?」


 雰囲気でウヤムヤにしてしまおうと言う僕の尊い努力が今、平然と踏みにじら

れ、打ち捨てられる。落涙を禁じ得ない、非道これ極まる光景であった。


「うむ、そうじゃのう……折角じゃから、この後は鑑賞会としゃれ込むのはどう

じゃ?」


「さんせーい!」

「……是非」

「良いですよ」

「弟フォルダかー。話には聞いてたけど、ボクも見るのは初めてだよー」


「トントン拍子で事態が取り返しの付かない方向にっ!?」


 と……とにかく、何とかしないと! そうだ! 諦めない限り人は何だって出来るし、夢は必ず叶うし、画像だって公開されずに済むんだ!


「い、いやほら、画像なんていつでも見られるだろ!? それよりも今は、ミッションに出よう!」

「ミッションだって、いつでも出られるよね?」


「いや、このゲームは"本来"、ロボットアクションを楽しむのが目的のゲームだ

ろ!? だったらここは、ミッションに出るのが正しい選択だ!」

「別に、"本来"の楽しみ方以外の事やっちゃいけないって決まり、ないよね?」


「ええい、くそっ! こんな時に限って、的確な正論ばかり言って!」

「……つまり問題ないんだよね?」


 折角人が一生懸命口先でやり込めようとしているのに、騙されないだなんて! なんて酷い奴なんだ!


「まあ、コウには私達を巻き込んでくれたお礼(・・)もしなければいけませんからね。ここは、フォルダ鑑賞会に是非とも一票を投じさせて頂きます」

「……ゴスロリ衣装の事も忘れてないからね」


 サラとカノンは笑って言った。満面の、それはもう凄絶な笑顔だった。僕の目には、私怨のこもった禍々しい一票を投票箱に投じる幻が、はっきりと映っていた。


「あ……アース! き、君からも何とか言ってやってくれ!」

「ごめんなさい」

「ここでまさかの敬語!?」


 賛成票:七。

 反対票:一。


 もはや覆しようもない、絶望的結果。僕はこの時始めて、詰んだ王将の気持ちを知った。


「決まりじゃな。……と言う訳で、格納庫に戻ってから始めようかの。わしのPCとCosmosとは既に同期させておるから、すぐ閲覧できるぞ」


「ああああああああああっ!?!?!?」


 悲鳴如きで、事態の進行を止められるはずもない。抵抗も虚しく、僕は格納庫と言う名の地獄へと降り立つより他なかった。






 その後の事は、語りたくない。






「ではな、母上」

「うん。またちょくちょく帰って来なさいよー」


 翌日、自宅の外玄関前。


 帰り支度を済ませた姉さんに、母さんは軽く手を振った。


「うむ。……と、忘れるところじゃった」


 そう言って姉さんは、手に持った荷物を一旦道路上に置く。そして、つかつかと僕の方へと歩み寄り、真っ正面からぎゅむっと抱き締めて来た。


「良し」

「強いて突っ込むけど。……何が?」


「弟分の補給じゃが?」

「OK、分かりたくない。隣の今岡さんの奥さんからの、心温まる視線が辛いからさっさと離れてくれ」


 花壇の水やりの手を止めて、今岡さんは大変ハートフルな顔をこちらに向けている。かれこれ十余年の付き合いを重ねようと、決して慣れる事の出来ない顔であった。


「……まあ、そうじゃの。これからはMROの方でたっぷりと補給出来るからの」

「全力で抵抗するからね?」


「反抗期の弟……イケるな」

「精神的な意味合いで帰って来てくれ姉さん。そして、物理的な意味合いで速やかに帰ってくれ」


「……まあ、名残惜しいが……」

 思っていたよりも素直に、姉さんは僕から離れる。


「電車の時間もあるからの。そろそろ行かねばならん」

「そうね。取り敢えずあんた、ゲームにハマり過ぎて留年とかは勘弁してよね」


「大丈夫じゃて、母上。わしがそんなヘマをすると思うか?」

「いやだって。昂と一緒に遊ぶんでしょ? 弟分の摂取とか何とか言って、そのまま昂を巻き込んでどっぷりヴァーチャルの世界に……とか」


「………………」


 沈黙。そして硬直。


「…………だ、だいじょぶうじゃ母上。あ、あ、安全装置が付いておりやがるせいで、Cosmosの長時間の連続使用は出来んようになっとるから……」

「一つ利口になったよ。『その手があったか』と『やばい、バレてる』が同居している時って、人はそんな顔になるんだ」


 目の前で繰り広げられる奇っ怪な挙動を見れば、誰だって人間の感情表現の複雑さと言うものを思いを馳せる事になるだろう。嫌でも。


「ま、まあとにかく! わしはこれでさらばじゃ! ではな!」


 母さんの視線から逃れるように、姉さんはぐるり一八◯度の回れ右の後、不自然なまでの早足で僕らから去って行く。


「ああ、昂!」

 曲がり角の前に差し掛かった辺りで、姉さんは振り返って叫んだ。


「何?」

「今夜九時、わしらの格納庫に集合じゃ! 遅れんよう、皆にも言うておくよう

に!」


 少々の遠目からでもすぐ分かる、活き活きとした笑顔。心底から僕らと遊ぶ事を楽しみにしている事がありありと分かる態度だった。


 全く、後でメール送るなりで済む話なのに、わざわざ大声なんて手段を使うなんて。だけど、いかにも姉さんらしい。


 折角だ、ここは姉さんの流儀に従おう。


「了解!」

 僕は手を振って叫んだ。


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