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32 ミスディレクション

 姉さん達が僕の方へと向かって来るのがはっきりと見える。どうやら、気付かれたらしい。


 ならば、もう隠れるのは止めだ。


『コウッ!』

「分かってるっ!」


 メイの合図と同時に砂丘の陰から飛び出す。〈叢雲〉の右手にブレード、左手にショットガンを握らせてブーストダッシュ。標的は〈イーグルアイ〉。


『そろそろ来ると思っておったぞ、コウ!』


 そうはさせじと、姉さんの〈フェイ〉が立ち塞がる。右手の鞭を横に一閃。構えたブレードで弾き飛ばす。〈イーグルアイ〉を優先的に狙いたいところだけど、

〈フェイ〉の存在を無視する事は出来ない。何しろ、攻撃力に限って言えば〈イーグルアイ〉よりも〈フェイ〉の方が上だ。今現在の僕の視点から見れば、〈フェ

イ〉こそが脅威なのである。


 鞭の攻撃範囲から逃れるために背後へと距離を取りつつ、ショットガンを数発。〈フェイ〉の動きを牽制する。一応、どさくさ紛れに〈イーグルアイ〉にも一発撃ち込んでおいたけど、お世辞にも得意とは言えない射撃の腕前によって、お互いに激しく動きながら、照準がブレやすい片手撃ちで、ろくすっぽ狙わずに放たれた一撃は、至極当然のように回避される。まあ、まるで期待はしていなかった。あれで当たるのははっきり言って奇跡だし、万が一奇跡に恵まれたとしても、この距離では大したダメージにもならない。


 両機が〈叢雲〉へと迫る。〈フェイ〉が鞭を縦に振るう。左に回避――したところに、〈イーグルアイ〉からの射撃が飛んで来る。咄嗟に足を止めた僕に向かっ

て、再度鞭が唸る。素早く飛び退すさった〈叢雲〉の胸部に、カスリ判定のエフェクトが刻まれた。


『囮で気を引いて戦力を分散させたところを、単騎での奇襲。こちらの"目"である〈イーグルアイ〉を真っ先に潰す……と言ったところじゃな。生憎、予想はしておったよ』


 攻撃の手を一切緩める事なく、姉さんが言った。


「予想していても、こうして僕を懐まで飛び込ませたんじゃ意味ないんじゃないかな?」

『こうしてニ対一ならそう不利と言う訳でもない。固まって動いて、下手に〈フリューゲル〉や〈モモちゃん〉の流れ弾に当たる可能性もあったからの。距離を取らせて貰ったよ』


 ライフルを向ける〈イーグルアイ〉をショットガンで妨害しつつ、ブースト。


〈フェイ〉へとブレードによる突きを繰り出す。敵機の鞭が砂を這うような軌道から跳ね上がり、弾かれた刃先が空を向く。


『それに、本命は〈グリムリーパー〉の狙撃じゃろう?』


 流石に読まれていた。まあ〈グリムリーパー〉《狙撃手》の姿が見えなければ、警戒もするだろう。それは事前に予想出来ていた事だし、折り込み済みだ。僕らの作戦の肝は、いかに相手の警戒を掻い潜って狙撃を成功させられるか、と言う点にある。


「仮にそうだとして、どう防ぐつもり? このだだっ広い砂漠の、一体どこから弾が飛んで来るか分からないんじゃない?」


『そうでもないぞ。だだっ広い代わりに、身を隠す遮蔽物も少ないじゃろう? 仮に〈グリムリーパー〉が透明化出来るとしても、足跡や砂埃までは消せん。下手な進行ルートを選べば、移動しているところをこちらに気取られる恐れがある。……そう考えれば、おのずと潜伏場所も推測出来るわい』


 追撃したいところだったけど、〈イーグルアイ〉のライフルの妨害を前に断念。お互い、一旦距離を取る。


『移動に極力気付かれんように、砂丘を利用して身を隠したい。足跡が付かんように、岩盤の上に陣取りたい。これに、スナイパーライフルの射程距離も考慮せねばならん』


 ちなみに、MROにおける火器の射程距離は現実のものより短めになっている。


 全長八メートルを超える巨人《MR》が扱う銃火器は、相応に口径も大きい。現実的に考えれば、その最大射程も数キロ――場合によっては十数キロ――を超える。が、流石にその距離からの砲撃が飛んで来るとなれば、楽しく遊ぶのが目的のゲームとしてはちょっとハードモード過ぎる。だから、各武器に設定された有効射程以上には弾が飛ばないように――具体的には、有効射程まで飛んだ時点で砲弾が"消滅する"ようになっている。


『となれば候補は三つ。北にニヶ所、南東に一ヶ所。……まず北東から二機による襲撃を行い、その後お主が南東から襲撃。大方、それでわしらの注意を引くのが狙いじゃろう』


 こちらの会話でも盗み聞きしていたのか、と言いたくなる程に、姉さんの指摘は的を射ている。


 僕らの手の内が読まれている。


 想定通りに(・・・・・)


『ならば、答えは絞られる。北側に二カ所ある岩盤の上のどちらかじゃ。確率は二分の一、じゃが二ヶ所とも攻撃を加えればそれで済む話じゃ。居場所さえ分かってしまえば、狙撃など恐れるに足りん』


 僕らの望む方向へと、姉さんは思考を走らせている。上手い事、意識誘導ミスディレクションに引っ掛かってくれている。マップ画面に灯る、〈グリムリーパー〉を示す光点を見つめながら、僕は内心で静かな手応えを感じていた。


『――と、思わせたいのじゃろう?』


 悪戯を見破った時のような声の響きが、通信チャット越しに僕の鼓膜と心臓を揺さぶっ

た。


『動きが露骨過ぎるわい。わしらの意識を北側に向けたいと言うのが見え見え

じゃ。そっちはハズレじゃろう。……つまり、〈グリムリーパー〉が潜んでいるのは、南東の岩石の上――つまり、お主の後ろじゃな』


〈フェイ〉が〈叢雲〉の背後を指差す。操縦桿を握る手に、思わず力がこもる。


「……そう思う?」


 姉さんの言う通り、北側に〈グリムリーパー〉は潜んでなどいない。それでも僕は、必死に北側に意識を向けさせるために口を動かす。


「それだって、僕の計算の内かもよ? 姉さんに読まれる事を見越して」

『裏の裏は表、と言う事か? しかしわざわざ、口に出して言う必要もないじゃろう。必死に誤魔化そうとしとる風に見えるぞ?』

『それにいずれにせよ、射撃地点が前か後ろかに絞られている点には変わりありません。注意していれば、回避は十分に可能です』


 ニーさんが横合いから付け足す。


 一瞬の沈黙。


『……エリーッ! 南東の岩石を攻撃じゃっ!』

「メイッ! 何としても食い止めろっ!」


 僕らの叫びに、オープン通信チャットからエリーとメイの『『了解っ!』』が重なる。こうしちゃいられない。僕もすぐにエリーを止めに行かなくちゃ――


『行かせんよっ!』

 そうはさせじと、姉さんが食らい付いて来る。〈叢雲〉の周囲を踊り回る〈フェイ〉の鞭を、ブレードで必死に受け流す。


 ブーストダッシュで引き剥がし、メイのところへ向かいたいけど、この状況で背中を見せるのはリスキーだ。何より、〈フェイ〉の機動力は〈叢雲〉に負けてはいない。引き離す事など出来ないだろう。


「ぐ……っ!」


 姉さんの攻撃に対応している隙を突かれ、〈イーグルアイ〉からの射撃飛んで来る。命中判定。衝撃に思わず呻く。いくら直接的な戦闘能力が低いとは言っても、MRの攻撃が無力である訳がない。


 それに、ニーさんは〈イーグルアイ〉の性能をきっちりと心得た戦い方をしている。無理をせず、及び腰にもならない、ごく堅実で手堅い攻め。索敵専門などと侮れない、かなりの腕前だった。


 攻撃を捌きつつ、スクリーンに目を遣る。〈モモちゃん〉の猛攻の間隙を縫うように〈ヘラクレス〉が砲撃、〈フリューゲル〉の脚を止める。その隙に〈ワスプ〉が南西の岩石へと迫る。


『まあ、中々良い策じゃったが――残念じゃったのう。お姉ちゃんの洞察力を甘く見たのが運の尽きよ』


 姉さんの勝ち誇ったような声が聞こえる。視界の向こうで、〈ワスプ〉が二丁の大型マシンガンを構えるのが見える。


「……姉さん――」


 それに対し僕は、


「――僕がこう言ったらどう思う? 『残念、手の内だよ』って」


 姉さんが『……何?』と呟くのと、〈ワスプ〉が放った弾丸の雨が岩盤に降り注ぐのは同時だった。


 耳をつんざく破砕音。粉々に砕ける岩盤。もうもうと上がる砂煙。


 けど、それだけだった。飛び散った岩盤――そこに破壊された〈グリムリーパ

ー〉の破片など、一つたりとも混ざってはいなかった。


『外れかっ!? ……じゃったら、北側に――』


『……もうEN切れ』


 通信チャットからカノンの声が聞こえる。同時に、透明化を維持出来なくなった〈グリムリーパー〉が姿を現す。


『……でも大丈夫。良い位置』


 砂上に片膝を着いた膝射姿勢(ニーリングポジション)で、スナイパーライフルを構えるMRの姿。その位置は、南東側でもなければ、北側でもなかった。


 姉さん達から見て北東――メイ達の背後方向だ。〈グリムリーパー〉はずっと、メイ達の後を追っていたのだ。


 メイ達による囮も、僕が仕掛けた奇襲も、姉さんに北側を意識を向けさせようとしたのも、全ては居場所を隠し通すための布石。砂の上は〈フリューゲル〉と〈モモちゃん〉に適度に荒らして貰っているから、足跡は誤魔化す事が出来る。


 それでも懸念はあった。透明化はあくまで見えなくなるだけであって、例えば風に舞った砂埃が機体周辺を流れる時、その空間だけを避ける通るような不自然な動きを見せる事になるだろう。注意していれば十分に気付く事が出来るだろうし、姉さん達に僕らの本当の狙いを悟られやしないかと、内心ずっとヒヤヒヤしていた。


 そして、僕達の第一の狙いは〈イーグルアイ〉じゃない。


『……え――』

 何かを言い掛けたエリーの声が、銃声にかき消される。


〈グリムリーパー〉による正確無比な一撃は、〈ワスプ〉の胴体部を捉える。直撃判定を下したシステムが、APゲージを一瞬で空にする。衝撃で真っ二つに千切れ飛んだ半身が激しく砂埃を巻き上げ、地面に転げ落ちる。


 一機撃破。


『な……何じゃとぉっ!?』

 姉さんの驚愕の悲鳴が響く。その動揺を見逃すはずがない。


 即座にブーストダッシュ。〈叢雲〉を〈フェイ〉に向けて突撃させる。


『落ち着いて下さい! 攻撃が来ます!』

 ニーさんが叫びつつ、〈叢雲〉へとライフルを発砲。ガントレットで防御。多少のダメージは覚悟の上だ。


〈フェイ〉から迎撃の鞭が振るわれる。反応自体は早かったが、精彩を欠く一撃だった。ブレードで弾き飛ばす。


 返す刃を一閃。〈フェイ〉の右肩口から胸部を斜めに切り裂く。背後へと身を引かれたため直撃判定こそ取れなかったが、命中のダメージはしっかりとAPゲージに示されている。


 更に踏み込んで斬撃。〈フェイ〉の鞭で防がれる。なおも攻め込みたいところだったけど、ライフルの射撃を無視出来なくなった。〈イーグルアイ〉への牽制にショットガンを撃ち、続けて回避運動。


『ぐ……っ! 一杯食わせおってからに……っ!』

「お互い様だよっ!」


 多少の落ち着きを取り戻した姉さんは、休みなく鞭を振るい続けて僕を近付けさせまいとする。


『じゃ……じゃが、まだ負けた訳ではないぞっ! これから――』

『横から失礼っ!』


 宣言通り、真横から飛んで来たエーテルキャノンの奔流が、〈フェイ〉の機影をかすめて通る。


『メインアタッカーは落としましたよっ! レンさん、覚悟ーっ!』


 先程まで〈ワスプ〉の相手をしていた〈フリューゲル〉が、僕の援護へとやって来た。これで二対二、いや――


『カノンも〈フェイ〉と〈イーグルアイ〉の撃破に向かいなさいっ!』

『……サラ、援護なしで大丈夫?』


『一人で十分よ。……〈モモちゃん〉に挑んだその盾、私自らが鉄塊に変えてやるわ……っ!!』

『怖いっ!? コワインッスケドッ!?』


 二対三だ。直々のご指名を受けたアースは、ただただ悲鳴を上げる。


「一気にケリを付けてやるっ!」

〈叢雲〉に大きくブレードを振りかぶらせ、僕は二機の敵機へと向かって行った。


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