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30 罠

 正直、素晴らしい反応速度だと言えた。

 何しろ、全く予期出来なかった奇襲攻撃にも関わらず、メイは反射的に機体を動かせたのだから。


『きゃあっ!?』

 それでも、回避までは出来ない。命中判定の衝撃に、メイの口から悲鳴が上がった。


『ほう、捉えたと思ったが……。良い反応じゃ』


 言いながらも、姉さんの〈フェイ〉は攻撃の手を緩めずに、立て続けに鞭を振るう。星状六花せいじょうりっか、つまり雪の結晶状に配された六本の刃が〈フリューゲル〉の装甲に叩き付けられ、APを削り取られる。


「くそっ!」


 動転した意識を強いて抑え、僕は援護のために〈叢雲〉のショットガンを発砲する。大した狙いも付けていない一発は、〈フェイ〉に易々と回避される。


 姉さんの機体フェイがすぐ側にいたにも関わらず、僕ら全員誰も気が付かなかった。突然姿を現したところから見ても、高性能なステルス装置で使用出来る"透明化"であろう事は間違いない。


 性能の高いステルス装置ともなると、レーダーによる探知だけでなく、"透明化"によって目視からも逃れる事が出来るようになる。実を言えば、カノンの〈グリムリーパー〉も透明化可能なステルス装置を装備している……と聞いているのだが、実際に使用しているところを僕らが見た事はない。


 透明化は、機体の周囲をエーテルで包み込み、ホログラム画像を利用して周囲の地形に溶け込む。正確性を少々犠牲にした表現を取れば、カメレオンやタコが行う擬態ぎたいみたいなものだ。


 とても便利な装備に思えるが、いくつか欠点が存在する。


 まず、使用中は常時EN(エネルギー)を消費し続ける。むやみに使っては、肝心な時にEN切れを起こしてしまう事になってしまう。


 更に、完璧に消え去れる訳ではない。例え使用中だろうと、他のプレイヤーが凝視すれば、若干周囲の景色から浮いているような違和感を覚えるだろう。消えた状態で移動すれば、周囲の景色が歪んだように映ってしまう。


 その上、防御用に装甲表面に張り巡らせているエーテルとの干渉を防ぐために、一時的に防御用エーテルの使用を停止させる必要がある(と言う設定だ)。つま

り、透明化の最中は防御力が大幅に低下する。一発被弾、即撃破もあり得る程に。機動面にも悪影響を与え、ブーストダッシュも使用不可。


 要するに、無計画に使用してはむしろ害になり得る、諸刃の剣なのだ。……だと言うのに、〈フェイ〉の透明化の使用は、明らかに計画的なものだった。まるで、僕達が『ここを通る』と分かった上で潜んでいたような――


 ……いや、まさか。


『……すぐ援護……っ!?』

「どうしたのっ!?」


 カノンの声が途切れ、スクリーンに表示されている〈グリムリーパー〉のAPが減少するのが見えた。思わず尋ねたけど、カノンからの返答が来る前に理由が分かった。敵機を示す光点が一つ、マップ画面上に突然現れたからだ。


『……〈イーグルアイ〉から攻撃を受けた……っ』

『すみません。邪魔をさせて頂きます』


 チーム通信チャットからのカノンの声に続き、オープン通信チャットからのニーさんの声が、〈叢雲〉のコクピット内に響いた。


 もう間違いない。


められた……っ!)


 全て、姉さん達の作戦だったんだ。アースとエリーが囮となり、僕達に攻めさせる。隙を突いて姉さんが奇襲を仕掛け、同時にニーさんが姿を現してスナイパーであるカノンの足止めをする。僕達は、まんまと姉さん達の罠に引っ掛かったんだ。


 恐らく、ニーさんの機体イーグルアイの索敵能力は僕らの予想以上に高いのだろう。かなり遠くから僕達の位置を探知していたから、この場所で罠の準備が出来た。そう考えるしかない。


『一気に行くよーっ!』


〈グリムリーパー〉からの狙撃が止んだ事で、エリーの〈ワスプ〉は攻勢に転じ

る。標的は〈フリューゲル〉だ。


『逃がさんよっ!』

『うきゃーっ!?』


 姉さんの〈フェイ〉も引き続き〈フリューゲル〉を攻め立てる。僕もショットガンで姉さんを攻撃するけど、当の〈フェイ〉は鞭による牽制を入れるだけで、ほとんど僕の相手をしない。


「サラ、何とか〈ワスプ〉を抑えて!」

『やろうとしてますが……っひゃあっ!?』

『させねぇっすよっ!』


 視界の向こうでアースの機体ヘラクレスの右肩部キャノン砲の砲弾が、〈モモちゃん〉に襲い掛かるのが見えた。外れはしたけど、至近距離に着弾した衝撃でバランスが崩されている。


「カノンはどうっ!?」

『……応戦中……っ』


 通信チャットの向こうから、カノンの声と共に機体グリムリーパー周囲への着弾音が聞こえる。僕の位置からでは崖の上の様子は見えないけど、音から察するに〈イーグルアイ〉の武器はアサルトライフルなのだろう。マップ画面で確認する限り、両機は中距離よりやや近い位置で戦闘をしている。


 あの戦闘距離では〈グリムリーパー〉は上手く戦えない。射程は長いが連射性能の低いスナイパーライフルで、連射性能の高いアサルトライフルとまともに撃ち合うには、ちょっと距離が近い。そして崖の上は遮蔽物が多く、隠れるのには適しているが機動力を生かすには適さない。


 カノン《グリムリーパー》はニーさん(イーグルアイ)に、サラ《モモちゃん》はアース《ヘラクレス》にそれぞれ抑えられている。メイ《フリューゲル》は、エリー《ワスプ》と姉さん(フェイ)に。|僕は必死に姉さんを追っているけど、牽制と回避でのらりくらりとかわされるばかりで、ほとんど相手にはされない。肝心のメイも、姉さんからの奇襲で崩されたところで集中攻撃を受けているため、守勢に回らざるを得ない状況だ。


 四対四、数の上では互角のはずが、じりじりと押されている。姉さん達の狙いは明らかに〈フリューゲル〉だ。まず一機を集中攻撃で落としてしまおう……と言う腹積もりなのだろう。証拠に、ニーさんの〈イーグルアイ〉も、アースの〈ヘラクレス〉も、積極的な攻勢と言うより、足止めを優先しているような戦い方をしている。


『……うぅっ!』


 〈ワスプ〉からの射撃が、〈フリューゲル〉の純白の装甲に突き刺さる。APが残り五割を切っている。このままではまずい。


「大丈夫か、メイ!」

 ショットガンの乱射で〈フェイ〉を牽制しながら、僕は叫んだ。


『い、一応はっ!』

『押し切れませんね……っ!』

『……手が出せない……っ』


 三人からの逼迫ひっぱくした報告。かく言う僕の〈叢雲〉も、ショットガンが弾切れ寸前である。当然こんな乱戦下では、手動リロードを行う隙などない。


 一歩、また一歩と確実に、敗北の淵へと追い込まれているのが分かる。全員の奮闘で、表面上辛うじて『やや劣勢』に留めているだけであって、均衡が破れて一気に崩されるのは時間の問題だった。


 こうなったら……!


「一旦離脱しよう! このままじゃじり貧だ!」

『……そうね……っ!』

『了解です……っ!』

『……了解……っ』


 迷ういとまもなく、三人からの答えが返って来る。


 離脱ルートはどうするか。


 来た道を戻る、と言うのはなしだ。マップを見る限り、僕達のスタート地点背面方向は戦闘フィールドを区切る境界線、つまりはそれ以上移動できない『見えない壁』が存在する。いずれ追い詰められ、体勢を立て直すひまもなく応戦……となるのが見えている。


 ならば、


すな砂漠方面へ抜けよう! サラと僕が殿しんがり、カノンとメイは先に離脱だ!」


 少々強引にでも、正面を突破した方が良いだろう。


 この先には二股に分かれた道があり、その両方が砂砂漠方面へと続いている。その内片方は、位置的にエリーの〈ワスプ〉が立ち塞がる格好となっている。突破するなら、もう片方だ。


『了解っ!』


 まず先に、最も損傷の大きい〈フリューゲル〉が離脱を開始する。崖の上から飛び降りた〈グリムリーパー〉が、追撃しようとする〈ワスプ〉へと牽制射撃。〈ワスプ〉は背後の通路へと後退する。


 その〈ワスプ〉を守るように、〈ヘラクレス〉が立ち塞がる。同時に〈イーグルアイ〉も、崖の上から逃げる〈フリューゲル〉を追い立てるようにライフルを撃って来る。


 瞬間的に、違和感を覚えた。


 あれはまるで、『そっちへ逃げろ』と言わんばかりの動きじゃないか。


 背筋を走り抜ける悪寒に突き動かされるように、僕はブーストで〈フリューゲ

ル〉の前に飛び出る。


「下がれメイっ!! たぶ――」

 ん、と言い終わらない内に、嫌な予感が的中した事を悟った。


 視界の先、岩場の陰から四角い箱状の物体が覗いているのが見えた。


 MR用指向性地雷だ。トラップ系武装の一種で、前方をMRが通ると正面センサーが反応し、起爆。爆発と共に、内部に詰め込まれた大量の鉄球を扇状に撒き散らす代物だ。


 威力は高いが、センサーの感知範囲はそれ程広くはない。敵の動きを事前に予測して設置しなければ、十分な効果を発揮しない武装なのだ。だと言うのに姉さん達は、僕達の退避ルート上に仕掛けていた――


 それ以上は考える時間もなく、僕はAPの減った〈フリューゲル〉をかばうように〈叢雲〉を動かす。


 起爆。


 弾けるように大量に飛んで来た鉄球が、次々に〈叢雲〉を打ち据える。直撃判

定。いつぞやの、設計図回収ミッションの時に僕が引っ掛かった地雷は、受けるダメージに補正が掛かった状態の、いわばゲーム側に"手加減"された威力のものだった。今回はそんな"手加減"など全くない。思う存分、内包された破壊力を叩き付ける一撃は、〈叢雲〉のAPを一気に五割近く持って行く事となった。


『逃がさんよ! 皆、一気に攻めるのじゃっ!』


 姉さんの叫びに応じて、『地平天成ちへいてんせい』が一斉に攻めて来る。咄嗟に〈モモちゃ

ん〉が僕らの盾になる。同時にガトリング砲、及び両肩の四連装ミサイルランチャーを一斉発射。殺到する『地平天成』をわずかな時間、食い止める。


 最初に設定した退却ルートは、もう使えない。罠があれ一つだけとは考え難い。複数個仕掛けられている可能性が大だ。だったら、どうすれば――


『……みんな。私の合図で、〈ヘラクレス〉と〈ワスプ〉がいるところを一気に駆け抜けて』

 ――と考えたところで、カノンからのチーム通信チャットが入る。


 確かに、罠が仕掛けられている場所に二人が陣取っている可能性は低い。例え注意していたとしても、戦闘の最中ではうっかり自分達が引っ掛かる危険があるからだ。とは言え、どうやって押し通るつもりなのだろうか?


 ……と思っていると、〈グリムリーパー〉が何かを三つ投擲。MRの手の平サイズの黒い円筒状の物体が、硬い地面の上に転がる。


『ありゃ、グレネードかっ!?』

『いやでも、あの位置じゃ味方も巻き込んじゃうよっ!?』


 アースとエリーが叫ぶのが聞こえる。PVPの設定で同士討ちはなし、つまり味方に攻撃を当ててもダメージ自体は入らないのだが、爆風で吹っ飛ばされれば逃げるのもままならない。


 エリー達が身構え、回避運動を試みようと身じろぎした辺りで、円筒状の物体から白い煙が吹き出す。たちまち周囲が煙で包まれ、僕達の視界が真っ白に染め上がった。


『スモークグレネードじゃな……っ!』

 目眩ましのための武装である事に気付き、姉さんが叫ぶ。


 MROにおけるスモークグレネードは、視界を封じるだけではない。煙の中はレーダーによる探知も封じてしまう。


『……今っ!』


 珍しくカノンが鋭い声を上げる。躊躇している暇はない。僕らはゲージ使い切る勢いでブーストダッシュで駆け抜ける。姉さん達からのヤケクソ気味の攻撃を数発喰らいながらも、辛うじて戦線からの離脱に成功した。






 砂砂漠地帯まで逃げ込んだ僕達四人は、砂丘の影へと機体を隠した。


『追って来てない……みたいですね』

『……レーダーには反応なし』


 取り敢えずの安全を確保出来た事を確信し、通信チャットの向こうからサラとカノンの溜め息が漏れ聞こえて来た。


「ありがとうカノン。助かった……」

『……退却用のスモークグレネード。スナイパーには必要だから』


 遠距離戦が基本のスナイパーは、敵に接近された時は一旦距離を取るのが基本である。そのための備えと言う事か。


『……ただ、三つしか持ってないから。あれでもう終わり』

「次はないって事だね。……まあ何にせよ、今の内に機体の回復をしておこうか」


 そう言って僕は、ストレージからリペアユニットを取り出す。


『……あー、その、コウ』

「何?」


 いつになく歯切れの悪い声で、メイが言った。


『……ごめんなさい。あたしをかばったせいで……』


 ああ、〈叢雲〉がダメージを受けた事に責任を感じているのか。


 だけどそもそも、僕が罠を仕掛けられた方向へ『離脱しろ』と指示したのだ。これはある意味僕のせいとも言えるし、結局のところ姉さん達の作戦が上手かった、それに尽きる。


「仕方ないよ。相手が一枚上手だったんだ」

『うん……』


 妙にしおらしい。いつもだったら、この程度の事は笑って豪快に流してしまうのに。むしろ、もっと酷い失敗を犯しても『勝ったんだし、へーきへーき!』と言ってのけるのに。調子が狂うなあ。


「ほら、まだ負けた訳じゃないだろ。反省は後にして、今は勝つ事だけを考えよ

う」

『そうね。……コウ』

「ん?」


『ありがとう』


 いつもと違う雰囲気で口にした言葉が、不思議な程僕の耳に残った。


『んー……良し、切り替え切り替え! ……で、これからどうしよ?』

 少々戸惑っている僕とは裏腹に、あっと言う間に元の様子を取り戻したメイが尋ねる。


『……追撃の気配はない。……タイムアップ狙い?』


 PVPにおいて、制限時間切れの際の決着(両チーム人数が同じ場合)は、まず残ったメンバーの数、次に与えた総ダメージ量によって決まる。


 現在、どちらのチームも撃破されたプレイヤーは出ていない。一方で与えたダメージ量は姉さん達の方が上だ。


 つまり、このままタイムアップになった場合、姉さん達の勝利となる。


「それは多分ないと思う」

 だけど、僕はカノンの意見に首を横に振る。


「勝負の終盤、状況によってはそうする可能性もあるけど……姉さんは基本的に、勝ちは自らもぎ取りに行くってスタイルだから」


 まだ時間はたっぷり残っている現状、タイムアップ狙いでこのまま手を出して来ないとは考えられない。


『つまり、その内こっちに攻めて来るって事?』

「だろうね」


『でしたら、のんびりしてはいられないのでは?』

「そうだけど。このまま出て行っても、さっきの二の舞になりかねない」


 僕はスクリーンに映る三機それぞれに、視線を移しながら言った。


「作戦を立てよう」


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