29 『超最強絶対無敵』VS『地平天成』
「どうやら、準備は出来たようじゃな」
再び『地平天成』の格納庫へと戻って来た僕らに、姉さんは確認を取る。
「バッチ来いです。いつ始めても良いですよ」
「フィールドはどうするかの?」
「ランダムにしましょう。リペアユニット系の所持は一つまで、で良いですか?」
「うむ」
対人戦《PVP》では、リペアユニット等の回復アイテムの所持制限や制限時間、使用する武装の制限やハンディキャップ設定等、事前にプレイヤー側でルールの調整が出来る。やろうと思えば、『弾数とEN無制限』やら『攻撃が一度当たったら即撃破』やら、色々とぶっ飛んだルールを設定する事も出来る。
メイがメニューを操作し、『地平天成』に対しPVPの申し込みを行う。AIに任せた結果、フィールドは砂漠地帯に決定。姉さん達が受諾の操作を、同時に僕ら『無敵団』メンバーも参加確認の操作を行う。
完了すると、僕の身体が転送エフェクトに包まれる。
エフェクトが晴れると、僕らは先程までの鉄筋に囲まれた格納庫とは打って変わった、開放感だけは溢れる砂漠地帯に立っていた。
周囲にはごつごつとした岩肌、足下には小石の混じった砂。赤茶けた色彩の中
に、ところどころサボテンの緑が混じる。遥か遠方には、肌色の砂の向こうに地平線が広がっている。天を仰げば、ギラギラと言う表現がこの上なく似合うような輝きを放つ太陽が、強烈な日差しを大地の上に落としていた。
もっとも見た目に反し、暑さは多少感じる程度だ。吹き出した汗で衣服が身体にまとわり付く、と言った事も、熱線でジリジリと肌が焼かれる、と言った事もな
い、過酷とは程遠い環境である。当然の事ながら、僕はゲームにそのような過酷さを要求する事はない。
「ふーん。砂漠って言っても、砂ばっかって訳じゃないのねー」
そこら辺の岩を足先でトントン、と蹴りながら、メイが言った。
「砂漠ってのは、要するに乾燥した地域の事だからね。例えば南極大陸にも、二百万年雨が降っていないドライバレーって言う砂漠地帯が存在するし」
「はへー」
「ウンチク垂れてねぇで、ちゃっちゃと用意しようぜ」
そう言ってアースが邪魔にならない位置へと移動し、
「出ろ、〈ヘラクレス〉」
音声入力で、自分のMRを呼び出した。
〈ヘラクレス〉と呼ばれた全身黒ずくめの機体は、一目見ただけで重量級と分かる外見だった。グレートヘルムみたいな、円筒にスリット状のセンサーが配された頭部に、いかにも装甲の厚そうな、大柄な体躯。脚部はホバー式で、左手には機体の全長程もある大型のタワーシールド。
大地から聞いた通り、守りの厚そうな機体である。他の武装も、右手のメイスに右肩のキャノン砲と、小回りは利かないが当たれば痛い類のものだった。
「来い、〈叢雲〉」
ボーッと眺めてばかりもいられない。僕も愛機を呼び出す。
「おお、それがコウの〈叢雲〉か」
「まあね」
ああ、やっぱり覚えていたか。忘れててくれれば……とこっそり期待してたけ
ど、そう都合良くは行かないか。
「出でよ、〈フェイ〉」
「出番だよ、〈ワスプ〉」
「お願いします、〈イーグルアイ〉」
続けて、姉さん、エリー、ニーさんが、それぞれにMRを呼び出す。
〈フェイ〉と呼ばれた姉さんのMRは、全身が紫色の曲線的なデザインの機体だった。頭部は双眼、全体的に細身の体躯を見るに、装甲が薄い代わりに機動力は高
い、と言う印象を受ける。右手には多節型の鞭、多分近距離戦を想定しているのだろう。
〈ワプス〉はエリーのMRだ。機体色は黄色、四つ目のカメラアイに頭部から触覚のように生えた二本角。こちらもパッと見の印象では細身で、機動力の高そうな機体である。両手それぞれには、大型の銃が握られている。普通なら、一丁を両手で持つ位の大きさの銃を、左右の手に一丁ずつ、計二丁。射撃戦が得意な機体なのだろう。攻撃力も高そうだし、気を付けよう。
〈イーグルアイ〉はニーさんのMR。全身が緑色の機体の外観の中、真っ先に目を引くのが、平べったいドーム状の頭部。正面のフチ部分に沿って、センサーカメラが配されている。武装は右手のライフルに、左手のシールド。武器を見ただけでは得意な戦闘距離は分からない。
敵MRの外見から得た情報を、記憶に留めておく。情報的な不利を、少しでもカバーしておかなければ。
全員がMRに乗り込む。全長八メートルの鉄巨人達が、敵味方に別れて対峙す
る。
『コウ、手加減はしねえぞ』
「もちろん」
オープン通信越しに、アースと僕は言葉を交わす。
『よろしくお願いしますね』
『いえいえ、こちらこそ』
サラとニーさんの、穏やかな挨拶。これから敵味方に別れて戦うとは思えない、互いの育ちの良さを感じさせる丁寧さである。
『待っててね、カノン。可愛い服沢山着せてあげるからね』
『……(プルプル)』
エリーとカノンによる、もう完全に狩る側と狩られる側の立場の確立した会
話(?)。コクピット内は見えないけど、半泣きで首を横に振るカノンの姿が目に浮かぶようだ。
『では、始めようかの。撮影に着る服は何が良いか、考えておくのじゃぞ』
『そちらこそ、画像と映像の準備を忘れないで下さいね』
最後に、姉さんとメイの通信が飛び交う。決闘の予感を掻き立てる、本来であれば闘争心を燃やすのが正しいはずの両者の会話は、僕の胸を容赦なく抉る方向に作用していた。
一体何故こうなった、と我が身の受難を嘆いている間に、僕達の機体は転送エフェクトに包まれた。
僕達『無敵団』が転送された先は、周囲を岩場に囲まれた場所だった。
『……これだけ障害物があれば、すぐに見付かるって事はなさそうですね』
〈モモちゃん〉の首を周囲に巡らせながら、サラが言った。
『油断しないでね。ニーさんの機体の頭部。あれ、索敵能力が高い奴だから』
『分かるんですか?』
『うん。レドーム型って言うか、ロボもので大体あんな形の頭は、索敵が得意って相場が決まってるから』
『つまり、遠くからでもレーダーで察知されちゃうって事ですか?』
『……うん』
メイの代わりに、我がチームの索敵担当であるカノンが答えた。
『事前に分かる事をまとめると、アースが盾役でニーさんが索敵担当って事ね。チームバランスを考えれば、レンさんとエリーのどっちか、あるいは両方がアタッカーってところかしら』
あくまでも推測ではあるけど、特に異論を挟む余地はない。これだけの情報で
も、事前に備えがあるのは緊張感を紛らわしてくれる。
『まだまだ能力的に分からないところがあるから、みんなくれぐれも気を付けて
ね。慎重に勢い良くバシッっと行って、ガッてしましょう』
「慎重に行くつもりあるのか……?」
言いながら、表示されたウィンドウの『準備完了』ボタンにタッチ。
僕が最後だったらしく、直後にカウントダウンが始まる。
『3――2――』
電子音声を聞きながら、僕は改めて気を引き締める。
勝っても全く嬉しくないとは言え、負ければどんな写真を撮られるか分かったもんじゃない。後々まで黒歴史として残る写真撮影と、一時の恥と耐え忍べば良い画像及び動画公開なら、僕はやむを得ず後者を選ぶ。あくまでも被害の大きさを比べた上で、絶対に負けられない戦いがここにあるのだ。
……この現実から逃げたい。
僕の切実な想いを、ゲームシステムが気を利かせて汲み取ってくれる訳もなく、カウントダウンは減って行く。
『――スタート』
『行くわよ!』
「待て」
ゼロになるなり、速攻でメイの〈フリューゲル〉がブーストで飛び出――そうとしたところを、僕の〈叢雲〉が制する。
『何よう。出鼻挫かないでよ』
「何となく悪い予感がしたから準備しといて良かったよ……。方針位は立てろよ」
『むう〜……』
不満アリアリな様子を見せつつも、メイは大人しく従う。前世からの因縁で、無鉄砲に突っ込まずにはいられない呪いにでも掛かってるのか。
「取り敢えずカノン、周囲の様子を見て」
『……了解』
そう言ってカノンの〈グリムリーパー〉は高台の上へと跳躍する。スタート直後だからいきなり敵がいる訳もないし、マップを見ればある程度の地形は分かるけ
ど、高所から目視で地形を確認してもらうに越した事はない。
『……で、結局どう攻める訳?』
「取り敢えず、岩場を隠れながら道なりに進んで、北東の砂砂漠方面へと出よう。広い場所に出た方が、射界が取れる。射程ならカノンが多分一番長いだろうし、メイとサラも射撃戦をこなせるから、その方がやりやすいはずだよ』
『岩場に隠れた方が見付かり難いんじゃないですか?』
「視認ではね。索敵能力じゃ多分負けてるし、潜んでても、どうせこっちが先に見付かる」
それに、岩場を背にして正面の砂砂漠を監視……と言う形なら、背後からの奇襲も防ぎやすいし、高所からレーダー索敵範囲外の敵を目視で発見出来る可能性もある。
『……この先は谷に挟まれて狭くなってる』
カノンからの報告が入る。
「了解。カノンは援護しやすいように、そのまま高台を進んで」
『……うん』
『話は終わり? 終わりね? じゃーしゅっぱーつ!』
待ち切れないと言わんばかりに、メイは勢い良く叫んだ。
遠足の出発前、教師が行う諸注意が終わった直後の小学生みたいだった。
僕らは乾いた岩場の谷間を進軍して行った。
『……そろそろ、開けた場所に出るよ』
カノンが言った。
マップによると、この先は左右の崖の間隔が膨らんだように離れて行き、更にその先で、砂砂漠方面へと抜ける出口が二股に別れる……と言った地形になってい
る。
『なーんかここって、うねうね曲がってて河っぽくなってるわねー』
「実際河だったんだろ」
『ひへー』
メイが呑気に返事を返し、
『……えと、取り敢えず反応返しといたんだけど、それ冗談? それとも本気?』
「本気」
『……砂漠なのに? 河?』
「現実の砂漠での死因第一位は"鉄砲水"だぞ? 砂漠は滅多に雨降らないけど、降る時は降るし、嵐だって起こる。で、水を留める植物が少ないから、降った雨水は遠くまで運ばれる。場合によっては、一六〇キロメートル先まで」
『ふへー』
「結果、低地に向かって大量の水が押し寄せて来て、遥か遠くで雨が降ったとは夢にも思わない旅人が巻き込まれる……って事になるんだ。地形を見ると、この辺りは鉄砲水が起こりやすいって事なんだろ」
『ほへー。怖いわー。砂漠怖いわー』
恐怖感など微塵も感じられない、良く分からない感嘆と共に総括した。そんなのんびり構えていて、いざ砂漠まで遊びに行って、実際に巻き込まれてから後悔したって知らないぞ。
『……みんな、敵発見』
友人に対する僕からのありがたい忠言を内心で送っているところに、カノンからの報告。同時に〈グリムリーパー〉からデータが送られ、スクリーンに敵機を示す赤い光点が二つ灯る。この先だ。
『二機……だけですか?』
『四対二! 良し勝てる!』
「だから待……っ!」
僕が言い終わらない内に、〈フリューゲル〉はブーストで突進。
「ああもうっ!」
ああなりゃ止めようもないと、僕も慌ててブーストで追い掛ける。
スクリーンの向こうに、二機のMRを捉える。一機はアースの〈ヘラクレス〉、もう一機はエリーの〈ワスプ〉だ。
河床を挟んで互いに背中合わせに立っていた二機は、僕らの接近に気付いてこちらへと向き直る。
あの様子だと――
「僕らに気付かなかった?」
ニーさんの機体は索敵が得意、と言うのが、僕らが事前に立てた予測だ。だと言うのに、僕らが先に敵を発見した。
考えられるのは二つ。
一つは僕らの予測は外れで、実際には相手の索敵能力はそこまで高くないと言う事。だとしたら索敵能力の優れた頭部パーツを選びながら、それを活かせないアンバランスな機体を作り上げた……と言う事になる。究極的には、プレイスタイルは人様の自由であるとは言え、ゲーマーな姉さんがその不合理な選択に対し、何の指摘もしないとは考え辛い。
ならば、もう一つの理由。
『戦力を分散させてるって事でしょ!』
この場に〈イーグルアイ〉がいない。姉さんの機体と組んで二手に、あるいは三手かも知れないけど、別れて行動をしている。
つまり、この場にいる敵機は本当に二機。これはチャンスだ。
「だったら一気に攻めよう!」
『そゆ事! コウも分かって来たじゃない!』
結果的にはメイの判断と同じだが、結論に至る過程は断じて違う。が、今は反論より攻撃を優先しよう。僕は〈叢雲〉に武器を構えさせる。
『来たかっ!』
「アース! 早速で悪いけど!」
〈フリューゲル〉のエーテルライフルと〈叢雲〉のショットガン、〈モモちゃん〉のガトリング砲と〈グリムリーパー〉のスナイパーライフルが一斉に火を噴き、二機をまとめて襲う。
『っぶねっ!』
アースの〈ヘラクレス〉がホバーで回避機動を取りながら、機影を覆い隠す程の大型シールドを構える。
黒い機影の周囲を土柱が踊り、シールド表面に無数の火花が散る。そこそこ命中しているはずなのに、〈ヘラクレス〉のAPはほとんど減少していない。攻撃の大半を、シールドによる防御判定で"成功"を収めているのだろう。
シールドの防御判定は、適切なタイミングで防御出来た"成功"と、少々タイミングのズレた"小成功"とに分かれている。大型のシールドだと、防御性能そのものは高くなる一方、防御判定の成功タイミングはシビアになる。だと言うのに、アースは大半の攻撃を"成功"判定で防ぎ切っている。シールドを見事に使いこなしている証拠だ。敵として、実に厄介な相手である。
『お返しだよっ!』
〈ヘラクレス〉の背後から、エリーの〈ワスプ〉が両手にそれぞれ持った二丁の銃を撃って来た。右手側からは実弾が、左手側からはエーテルビームが、雨あられと飛んで来る。
どうやら、大型マシンガンだったらしい。アサルトライフルに比べて取り回しが悪いのと引き換えに、威力、射程、連射速度で勝る武器だ。それを二丁同時運用。〈ワスプ〉はかなりの火力を持っていると考えて良いだろう。
僕らはそれぞれに回避運動を取る。機影を追うように、〈叢雲〉背後の崖に大きな弾痕が次々と穿たれて行く。当たればタダでは済まないだろう。が、エリー機の動きを〈グリムリーパー〉の狙撃が抑える。〈ワスプ〉は弾をばら撒きつつ、回避運動。
数の有利が、僕らに味方をしてくれている。〈ヘラクレス〉がいくら重装甲とは言え、複数機による集中砲火にいつまでも耐え続けられるはずはない。
『うりゃあーーっ!』
押し切れると判断したのか、メイの〈フリューゲル〉が左手でエーテルソードを引き抜き、突撃する。標的は〈ヘラクレス〉。真っ先に盾役を潰してしまおう、と言う腹積もりだろう。
異論はない。メイの後に続くように、僕の〈叢雲〉もブーストダッシュで〈ヘラクレス〉へと突進。このまま一気に畳み掛け――
「っ!?」
瞬間、僕の視界の先――スクリーンに映る〈フリューゲル〉左側の空間が、陽炎のように揺らめく。
「メイッ!! ひだ――」
『残念、手の内じゃ』
僕の警告を遮るように、姉さんからのオープン通信が入る。同時に、突如として姿を現した〈フェイ〉が、〈フリューゲル〉へと躍り掛かるのが見えた。




