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28 宣戦布告

「へえ〜。中根エリー金崎商業カネショーに通ってるんだ?」

「そうだよ。自宅から結構離れてるからさ、毎日通学が大変だよ」


「……自転車?」

「うん。片道で三十分は掛かるね。良い運動にはなるけどさ」


 例え殺風景な部屋の中であろうとも、女性陣による歓談の花は逞しく咲き誇る。水代わりの緑茶と肥料代わりの煎餅せんべいを貪欲に摂取しつつ、メイ達は順当に親睦の根を深めて行った。


「さて……」

 頃合いを見計らったように、姉さんがパシン、と手を叩く。


「皆の衆。十分に交流を深めたところで、そろそろミッションに出らんかのう」

「そだね。折角だから、ボク達とメイ達、それぞれのクランから二人ずつメンバー交換し合ってチーム組もう」


 MROでは、一チームを最大四人で組み、ミッションに出る。『超最強絶対無敵団』の四人と『地平天成ちへいてんせい』の四人、合計八人なら、キッチリと二チーム分組める。新鮮味を出すために、普段と違うチーム編成を行おう、と言うエリーの提案はごく妥当なものだ。一応明言しておくと、違うクランメンバー同士であっても、何ら問題なくチームを組む事が出来る。


「ふっふっふ……」

 しかしメイは、予め用意していたかのような不敵な笑みを『待ってました!』とばかりに浮かべていた。


「ミッションも良いですけどね。あたし的には、別の事を考えてるんですよね」

「ほう、それは何じゃ?」


 姉さんが尋ねると、メイは仰々しい動作でビシッ! と姉さんを指さし、


「あたし達『超最強絶対無敵団』は、『地平天成』に対人戦《PVP》を申し込みます!」

 そう叫んだ。


「ちょ……! メイ、何を勝手に……」

 僕の言葉を遮るように、姉さんは口の端をつり上げながら「ほほう」と挑戦的な声色を返す。


「PVPとな。面白い提案じゃ。ゲーマーとしての血が疼くわい。……皆はどうじゃ?」


「面白れえじゃねえっすか」と大地アース

「うん、ボクは良いよ」と中根エリー

「了承しました」と姉刀ニーさん。


「……との事じゃ。『地平天成』一同、その挑戦を受けて立つのじゃ」

 クランメンバー達の意思を確認した姉さんは、改めてメイへと向き直る。


「負けませんよ! じゃあ早速……」

「だからちょっと待った!」


 声だけじゃ止まりそうにないので、早速火花を散らし始めた二人の間を強引に手の平で割って入る。


「どったのコウ? 折角盛り上がっているところなのに……」

「いや、PVPって何なんだよ!? 初耳だぞ!?」


「え? 覚えてないの? ……良い? PVPって言うのは、プレイヤー同士で敵味方に別れて戦う――」

「そう言う意味じゃなくって! 僕らに一言も断りもなく勝手に話進めるな、って言ってるんだよ!」


 僕は言うと、メイは「ああ」と頷く。


「レンさんに会う前言ったじゃない。これが『無敵団』初の対外活動だって。これはもうPVPやる以外にないでしょうが。……二人はどう?」


「……(コクリ)」

「私も良いですよ」


 水を向けられた二人はアッサリと同意する。


「……って事だけど?」

「だから……はあ。分かったよ……」


 まあ確かに、反対する理由はない。色々と言ってやりたい事を溜め息で適当に片付け、僕は大人しく引っ込んでおいた。


「良し決定! ……ってな訳でレンさん、勝負しましょう!」

 メイは言った。


「うむ。何か賭けるか?」


 PVPにおいては、両チームが事前に装備なり金銭なりを提示し、勝ったチームが負けたチームの提示品を貰い受ける……と言う、一種の賭けを行う事が出来る。両者の合意さえあれば、提示品の質を公平に揃える必要もないし、何なら片側のチームは提示品なし、なんて事も可能である。


「どっちでも良いですよ」

「ふむ。ならば、何か賭けた方が面白くなるじゃろう。……もっとも、わしらはこの部屋を設置したばかりで、金銭に余裕があるとは言えんからの。資金は勘弁願いたい」

「大丈夫ですよ。そもそも、提示するものはお互い任意ですし」


 メイが言った。


「とは言え、私の方も大した装備を持っていませんし……流石に、今の装備を出す訳には行きませんし……」

「素材……も、ちょっとねぇ……」


 サラとエリーが呟く。


「何もゲーム内に限る必要もないんじゃないか? 例えば、負けた方がリアルでメシ奢るとか」

「そーね。それで良いでしょ」


 アースの提案に、メイが同意した。流石にリアルでの事柄を、PVPの提示品として出すのはゲームシステムの埒外ではあるけれど、まあ口約束で十分だろう。知り合い同士だし、そもそもそんな重大な話でもないし。


「……ほほう。それで良いんじゃな?」

「……一応言うけど、現金リアルマネーは止めてよね?」


 念のため、釘を刺しておく。


 僕らの世代では、ギャンブルが悪い事だと言う価値観なんて、ほとんど持ち合わせていない。日本じゃ競馬にパチンコにカジノにと、いくらでも合法的なギャンブルが行われているのに、今更の話だ。第一『ギャンブルが社会に悪影響を与える』なんて話、二十世紀半ばのイギリス王室を始め、各国の科学調査の結果によってとっくの昔に否定されている。


 とは言え、今現在楽しく遊んでいるゲームで、不用意に現金を絡める事は極力避けておきたい。第一、僕らまだ学生だし。


「分かっとる分かっとる。そうじゃのう……」


 考える素振りを見せつつも、既に心は決まっているのだろう。姉さんは口元に

は、深い笑みが刻まれていた。


「写真なんてどうじゃ? もしわしらが勝ったら、写真を撮らせてくれ」


 写真? そんなの、普通に頼めば良い事じゃないか。頼まれれば、僕らは普通に応じるだろう。わざわざPVPの戦利品として提示するような、大袈裟な代物じゃない。


 ……そんな危機意識の欠如し切った、平和な疑問をのんびりと思い浮かべるだけだった僕は、本当にどうかしていたとしか言いようがなかった。


 相手は、あの姉さん(・・・・・)だと言うのに。


「――弟フォルダ用の」


 次の瞬間、僕の心の平穏を一瞬にして奪い去る、悪魔の囁きが鼓膜を揺さぶっ

た。


「…………何?」

「じゃから、わしらが勝ったら、わしのPC内の弟フォルダを充実させるべく、コウのイロイロな写真を撮らせてくれ、と言っとるんじゃ」


 物事に善と悪が存在するのであれば、目の前にいるそれは紛れもない邪悪であろう。そう断ずる事が出来る程、姉さん満面の笑みからドス黒いオーラが噴出していた。


「…………や、やだなあ姉さん。そんなお茶目な冗談はよして……」

「良し、受けて立ちます!!」

「本人の意思確認すっ飛ばして即答しちゃったよこのマスター!?」


 負けた場合の僕の身に起こるであろう惨劇を一切考慮しない、元気の良い声を持ってメイは応える。力強く握り締められた拳を見れば、『あ、これ多分止まらないな』と容易に察する事が出来た。


「待った待った! だ、駄目じゃないか姉さん、自分だけの都合で考えちゃ! ちゃんとクランのみんなと話し合ってから決めないと! ……ねえ、君達もそう思うだろう!?」


 ならば、働き掛けるべきは姉さん――正確には、姉さんの仲間達の方だ。我が身の逆境を覆すための一縷いちるの望みを、僕は彼らの理性と善性とに託した。


「……ふぅむ。確かにその通りじゃな。……お主達、どうじゃ?」


「写真撮影ならボクに任せて!」

「サムズアップで即答した!?」


「僕も良いですよ」

「葛藤もなく同意した!?」


「すまん」

「抵抗もなく折れた!?」


 スリーアウトチェンジ。


 現実はこんなもんだった。


「幸いにもMROは、自分の持っとる衣装を相手に着せる事も出来るからのう。折角の機会じゃ、リアルでは中々撮れないような写真を……」


 嬉々として皮算用を始めた姉さんを見るに、もはや完全に引っ込みが付かない状況へ追い込まれた事を確信する。さ、最悪だ……。


「ど……どうしてくれるんだよっ!?」


 動揺を押し隠す余裕すら持てず、僕はメイに食って掛かる。多少なりとも謝罪の文句を引き出して、溜飲を下げたいと言う思いもあった。カノンとサラからの、ささやかなフォローを期待する心もあった。


「だいじょぶだいじょぶ。負けなければ良いだけだから」

「……みんなで頑張ろう」

「初めての対人戦、ちょっとドキドキしますね」


 だけど期待に反し、返って来たのは三人分の暢気のんきなコメントだった。負けた場合の僕の末路を全くおもんぱからない、他人事ひとごと気分に染まり切った緩い雰囲気だった。


 ……。


 …………。


 …………なるほど。


 つまり、慈悲は不要である、と。


 よろしい。


「……分かったよ、姉さん。受けて立つよ」

 僕は静かに口を開く。


「その意気よコウ! あたし達の力を――」


「負けたら、写真撮影に応じるよ。……僕達四人分・・・・・の」


 メイ、カノン、サラの三人が沈黙する。


「姉さん達がどんな衣装持ってるのか知らないけど、負けた場合はそれが何であ

れ、僕達四人・・・・は大人しく着用した上で、被写体になる事を約束する」


「ちょ……コウ、何を勝手に――」

「マジかっ!?」

「マジでっ!?」


 メイの言葉を遮って、アースとエリーが同時に叫ぶ。


「だったら、身体のラインがハッキリ分かる位にピッチリ張り付いたSF風スーツや、防御性能を完全に無視したファンタジー風ビキニアーマー、更には一国を統治するとかの方向性じゃない女王様風衣装とかでも良いんだなっ!?」


「だったら、うさ耳・うさ尻尾・網タイツの三種の神器完備のバニーさんや、絶対領域が眩しいニーハイソックスメイドさん、更には神事に何の関係があるのか判然としないへそ出しルックな巫女さんとかでも良いんだよねっ!?」


「もちろん」


 何故君達がそんな衣装を所有しているのか。そんな事はこの際どうでも良い。


「そう言えばカノン、ゴスロリ衣装持ってたよね? ……良かったね、役立つ時が来たよ」

「……っ!?!?!?」


 僕がにっこり笑うと、カノンがびくん、と身体を硬直させ、エリーの瞳がギラ

リ、と光った。


「そう言う訳だから。姉さん、良いかい?」

「うむ。どんなポーズを取らせるべきか、今から考えておかねばのう……」


 早くも勝った気でいる姉さんは捨て置いて、僕は仲間達の方を向く。


「「「……コウ……」」」

「当然だよね。何しろ、僕らは仲間なんだから。みんなと言う大切な仲間がいるからこそ、今という掛け替えのない時を過ごす僕がいるんだ。もしも今の僕の姿を写真に残すとしたら、同時に君達の姿も一緒に残すのが必然なんだよ」


 僕の口から紡ぎ出される美しい言葉の旋律を前に、三人は沈黙を保ったまま静かに耳を傾けていた。余程、感動しているのだろう。拳がプルプル震えていたり、額に青筋が浮き上がっていたりするのも、きっとそれが原因だ。


「「「……ふ……」」」

「……みんな。今の僕が感じている、正直な気持ちを伝えるよ」


 想うだけでは駄目だ。人は時に、胸の内を言葉にして伝えなければならない。決して難しい言葉を使う必要はない。凝った言い回しである必要もない。ありのまま浮かんだ気持ちを、ありのまま口にすれば良いだけだ。


 だから僕は、この胸に思い浮かぶ素直な言葉を、彼女達に伝えた。


「ざまあ」

「「「ふざけんなぁーーーーーーっ!?!?!?」」」


 だいじょぶだいじょぶ。負けなければ良いだけだから。


「……OK、分かったわ。その条件、飲みましょう」


 しばらくゼイゼイと肩で息をしていたメイが、観念したように言う。分かって頂けたようで何よりである。


「……それでですね。あたし達が勝った時の条件なんですが――」

 そう言うとメイは一旦言葉を切り、僕を見て笑みを浮かべる。


 ……さては、素晴らしい提案をしたこの僕に、返礼でもしたいんだな?


 あっはっは、やれるんならやってみなよ。精々、むなしい意趣返しでもして――


「――レンさん、弟フォルダ内の写真、この場にいるみんなに全公開して頂けませんか?」

「良いじゃろう。ついでに、動画のオマケも付けるのじゃ」


 一瞬だった。僕が再び地獄へ堕ちたのは、たった一瞬の出来事だった。


「ちょ……っ!? いや、待ったメイ! それは――」


「多数決を取ります。あたしの意見に賛成の人、手を挙げて。はい」

「……はい」

「はい」


 一切妥協も譲歩もない三本の腕が、数の暴力を躊躇ちゅうちょなく行使する。


「はい決定。……そう言う訳ですので。レンさん、お互い正々堂々戦いましょう」

「うむ。ゲームはわしらの方が進んでいるとは言え、手心は加えんぞ。全力でお相手するのじゃ」


 そう言って姉さんは好戦的な笑みを浮かべた。






「どう言う事なのよぉっ!?」

「それはこっちのセリフだぁっ!!」


 準備のために、一端『無敵団』格納庫へと移動するなり、僕とメイは同時に叫んだ。


「何であたし達までコスプレ写真撮らなきゃならないのよ!? しかも、言葉からして、何かやらしい感じの! コウ一人で撮れば良いでしょう!?」

「つまり負けた場合、僕一人を生け贄に捧げるって算段だったんだな!? ……それと! 何勝った場合の報酬に、僕の写真要求してんだよ!?」


「純粋な嫌がらせのためよ! 覚悟してなさい、勝った後たっぷりと弄ってやるんだから!」

「僕が嫌がってるの理解してたのか!? した上でそれか! 最悪な奴だな君

は!」


「良くもまあ自分の事を棚に上げて言えたもんね! 本当だったら、もっと価値のあるもの要求してたわよ! 肩たたき券とか!」

「ケンカ売ってんだな!? 買うぞ!? 陳列棚の隅から隅まで、全部大人買いしてやるぞ!?」


「あら凄いわねー、道路にへばり付いてるビニール袋みたいだったコウが、今では風に転がされるビニール袋みたいに活発になってるわー!」

「それはきっと、イノシシみたいな頭の中で馬と鹿がフォークダンス踊ってる、どっかの誰かさんのお陰だろうね!」


「何よぉっ!!」

「何だよっ!!」


 真っ正面からぶつかり合う視線が、激しく火花を散らす。


「……まあ、コウに対して言いたい事は山程ありますが。それは勝った後でじっくり晴らすとしまして……」

 溜め息混じりに、サラが口を開いた。


「そろそろ、準備を始めませんか?」

「……そうね。要は勝てば良いんだから」


 メイが言った。


 確かに僕にとっても、負けるよりは勝つ方がマシだ。勝っても恥を掻く事になるだろうけど、それは一時いっときの間耐えれば良いだけだ。負けた場合、後々までの恥を残す事となる。

 ここは気持ちを切り替えて、目の前の勝負に集中しよう。


「……まあ、準備って言っても、特にする事もないだろ。装備だって、選べる程に種類持ってないし」

「そうなのよねぇ……。相手MRの特徴とかが分かれば、それなりに対策も立てられるんだけど……」

「ですが裏を返せば、私達の手の内もほとんど知られていないって事でもありますよね。その点では五分と五分ですよ」


 サラは胸の前で、鼓舞するように両の拳をグッと握る。普通だったら、僕らを勇気付けるのに十分な、適切な指摘ではあるんだけれど……。


「……ごめんサラ。そうじゃなと思うわ」

「え?」


「アースだよ。これまで一緒に遊ばなかったってだけで、学校では僕らとMROの話をちょこちょこしている。……例えば僕らの機体がどんな風か、とか」

「……あたしの〈フリューゲル〉が攻撃重視の機体だとか」

「……私の機体が狙撃型だとか」


 ついでに、サラの〈モモちゃん〉が重装甲重火力って事も。


「……まあ引き換えに僕らも、あいつが防御重視の機体に乗ってるって事位は知ってるけど……。それ以上の事はサッパリ……」

「……つまり、情報的には私達の方が不利って事ですか?」


 サラの問いに、揃って頷く。


 僕らの間に、暗ーい沈黙が降りる。MROの話をしたのは失敗だった――とまで言い切るのは流石に結果論が過ぎるけど、戦う前から不利な状況に陥っているのは厳然たる事実である。


「ほ……ほらほら、沈まないの! 知ってるったって、どうせ断片的な事だけだ

し、結局のところ勝負の行方はあたし達の腕前に掛かってるってもんよ!」

「……そうだね」

「ええ、そうですね」


 不安感を押しのけるように、メイは努めて明るい声を出す。カノンとサラも、暗い雰囲気に飲まれないよう、しっかりと頷く。


「大丈夫よ。二人が加入する前、コウと二人でPVP挑んだ事があるの。その時も不利な状況だったけど、見事に勝利したわ。だから、今回だって行けるはずよ」


 確かにそうだ。単純な比較は出来ないけど、あの時だって随分と不利な状況だった。経験者二人のチームに、経験者一人とズブの素人一人のチームで挑むと言う、無謀な勝負だった。その無謀を制した経験を思えば、幾分気が楽になる。


 今回だってきっと何とかなる……はず。いや、何とかしないと駄目だ!


 僕らは互いを励ますように、力強い視線を交わし合う。メイが差し出した手の上に僕らは手を重ねて行き、皆で円陣を組む。


「大丈夫、いつも通りゲームを楽しみましょう!」

「「「おーーっ!」」」


「みんなでベストを尽くす! ミスはみんなでカバーする! そしてみんなで勝利をもぎ取る!」

「「「おーーっ!」」」


「もしも負ければ、恥ずかしい系統のコスプレ写真よ! それが嫌なら絶対勝ちましょう! 勝って、コウの画像及び動画を全公開してやりましょう!!」

「「「おーーっ!」」」


 腹の底から気炎の声を吐き出し、僕らは決戦の場へと望むのであった。






 ……うん。


 ……やっぱ条件おかしい。


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