27 『地平天成』
「レンさーん、どうもですー」
「おお、どうもじゃ。……ふーむ、お主がメイでそっちがカノンとサラ、そしてコウか」
自分の記憶と突き合わせるように、姉さんは順番に指をさして確認する。流石にVRゲームに慣れているだけに、リアルで面識のある人物と初めてゲーム内で会って、実名ではなくプレイヤーネームの方で呼び掛ける……と言う行為もスムーズ
で、違和感がない。慣れて来ているとは言え、僕の場合はまだちょっと"うっかり"の可能性が残っている。
「……どうも、レンさん」
「こちらでは初めましてですね、レンさん」
カノンとサラの二人も改めて挨拶する。
「やあ、姉さん……レンさん? ええっと、どう呼べば良いんだろ……」
「実名言う訳でもなかろう? お姉ちゃんで良い」
「なるほど。分かったよ、姉さん。それで、姉さんのクランのメンバーは?」
「うむ。お姉ちゃん、のクランのメンバーじゃな?」
「そう。姉さん、のクランのメンバーはどこにいるの?」
「……先に格納庫に集まって貰っておるよ。お主らの案内はわしがする事にしておる」
「……何の勝負してるの?」
どことなく不服そうな様子を見せつつもカノンの問いには答えず、姉さんはオペレーターデバイスを操作してメニュー画面を表示させる。姉さんとはまだフレンド登録を済ませていないから、姉さん達の格納庫へは相手からの直接の招待なり、事前にパスワードを教えて貰うなりして移動しなければならない。
「……ところでコウ。さっきから何故そんなに後ろへ下がっているのですか?」
「気にしないで」
ぶっちゃけ、姉さんを警戒しての事だ。衆人環視の中で抱き付かれるのは既にリアルでもやられていると言うのに、この上更にVRの中でもやられてはたまらな
い。羞恥心的な意味で。
もっとも姉さんの様子を見るに、僕に飛び付こうとする気配は感じられない。流石に自重したのか、それともリアルで満足したのか。いずれにせよ、ありがたい。
……なんて思っているところに、ウィンドウが表示。姉さん達の格納庫への移動を問う内容だ。
「先に行っておるよ」
そう言って姉さんの身体が、青白い転送エフェクトの中に消えて行く。
「んじゃーちゃっちゃと行っちゃいましょー」
メイの後を追うように、カノンとサラも続く。僕も"YES"を選択。青白い光のカーテンが、足下からせり上がる。
次に視界が開けた時には、格納庫に立っていた。軽く左右に首を動かしてみるけど、当然と言うべきか、僕らが普段使っているものと変わったところは見当たらない。
僕らの正面には、姉さんと、三人の男女が並んでいた。全員が全員、歓迎の笑みを浮かべての出迎えだった。
「ようこそ、わしらのクラン『地平天成』へ」
少し誇らしげに言葉を弾ませて、姉さんがその名を口にした。
「ふーん。お前が昂介か」
僕の頭からつま先までじっくりと眺めながら、我が友人後藤大地ことプレイヤーネーム『アース』は言った。
「だい……アース。VRでは本名で呼ぶの禁止」
「細かい事は気にすんなよ。どうせここ、俺ら以外いないんだしよ」
「やっほー成田、久し振り。元気してた?」
「ああ、君はもしかして……中根か」
ちょっと迷ったけど、確かにこの場では気にする必要もないだろうと思い直し、本名で呼び掛けた。
「あれ? 後藤は分かるけど、そっちのエリーさんって人もコウの知り合い?」
「そうだよー。ボクと後藤と成田とは、同じ中学の同級生だったんだ。……成田以外の人とは初めまして、ボクはエリーこと中根 英理奈だよ」
『ボク』とは言っているけど、エリーはれっきとした女だ。
赤髪のツインテールに、上は半袖、下はクォーターパンツ。人懐っこい笑顔に違わず、明るくて場を盛り上げるのが好きな、いわばムードメーカー的存在だ。中学時代、しばしば三人で大地の家でディスプレイ式のゲームを遊んでいた。たまに僕の家で遊ぶ事もあって、お陰でエリーは姉さんともリアルで面識がある。
「そっちのサラさんとは初めてっすね。俺は後藤大地、アースです。こいつらとは同じクラスなんすよ」
アースは野戦服風のツナギの袖をまくり上げ、頭に迷彩柄のバンダナを巻いていた。左の頬には、X字の切り傷。どんな状況に陥ればこんな傷が付くのかは不明だけど、傷痕やらタトゥーやらは、設定で簡単に付け外しが可能である。
「初めまして皆さん。僕は姉刀 新ことニーです」
ニーさんが礼儀正しく一礼する。ワイシャツの上に黒いチョッキ、下は黒いズボン。ぴしりと着こなした服装は、金髪碧眼なアバターと相俟って、実にフォーマルな雰囲気を醸し出している。
「で、クランマスターのわしことレンじゃ。我ら四人がクラン『地平天成』の全員じゃ」
最後に姉さんが挨拶を済ませ、メンバーの紹介を終える。
「じゃー、今度はこっちの番ですね。どうも皆さん、あたしはメイこと二階堂舞。クラン『超最強絶対無敵団』のマスターです」
若干の沈黙。
「……え? 超……何?」
「『超最強絶対無敵団』」
探るようにエリーは尋ねるけど、メイの口から返って来た、勘違いのしようがない明瞭簡潔な答えの前に、再び沈黙。
「……あっはははは! メイさん、それとってもユニークな名前だね!」
最終的にユーモアの一種と解釈したらしく、エリーから快活な笑い声が溢れた。
「無理すんな。素直に変だと言や良いんだ」
「アースうっさい。この超が付く程に最強な名前が理解出来ないバカチンはほっといて良いからね」
「そうだね」
エリーは言った。メイが本気で格好良い名前を付けた結果がコレなのだと察した時、彼女はどう反応するのだろうか。
「やっほーみんなー私辻帆乃香カノンだよーよろしくねー」
「いつもの君で良いんだよ」
何故わざわざ、身の丈に合わない挨拶に挑戦しようと思ったのか。うつむきながら、早口のボソボソ声で言うカノンへ、僕は親や教師のような心持ちでそっと声を掛けた。
「初めまして皆さん。サラこと吉見咲良です。よろしくお願いします」
サラはぺこりと一礼。こちらは特に問題なし。
最後は僕か。まあ、大半が知り合いな訳だし、ささっと済ませて――
僕が口を開こうとすると、姉さんがそっと歩み寄って来る。
何だ、と思っている間に僕の脇を通り過ぎ、背後へと回り込む。
そのまま、背後から僕をぎゅむ、と抱き締めた。
「……良し」
「何がっ!?」
「ああ〜……。VR弟分が身体に染みるわい……」
「Cosmosはそんな謎の栄養分を摂取出来る便利な代物じゃない!! て言うか、大人しいと思っていたら急に何やってんだ!!」
「いや何。VR弟分の摂取をしようにも、コウは警戒しておるからのう。まずは警戒心を解いてからにしようと思っての」
「つまり、僕が嫌がってるって事が分かってるんだよね!? だったら止めるって事は考えないの!?」
「昔の人はこう言っておる。『嫌よ嫌よも好きの内』……とな」
「その言葉を言った人は多分、こんな場面での使用は想定していないから!! 大体、ついさっきまで弟分補給してただろ!? 『これで一日は保つ』とか言ってた癖に!!」
「ああ、ついさっきまでレンさんに抱き付かれてたんだ」
「……仲良しだね」
「場面が容易に想像出来ます」
「………………」
口を滑らせたと気付いた時にはもう遅く、メイ、カノン、サラの三人のコメントが、次々に僕の鼓膜へと突き刺さった。
「うむ。何のかんの言って、コウはわしの抱擁がいたく落ち着くようでな。実に安らいだ顔をしておったよ」
「散々抵抗しても無駄だったから諦めただけだ!! ……ちょっと!? ねえちょっとみんな!? 何でそんな『ふふっ、姉弟って良いなあ……』的雰囲気醸し出しながら僕らを見てんの!?」
やはり、姉さんに秘密にしていた僕の判断は間違いではなかった。
他人の目に映る僕の人物像が、僕の望まぬ方向で着実に固着しつつある現状を前に、強くそう思った。むしろここが街中でなかった分マシであったと、強いて明るく捉えるよう努めてみたが、何の慰めにもならなかった。
微弱な抵抗を試みる僕の耳に、アースの「南無三……」と言う哀れむような呟きと、エリーの「うん、やっぱイケるわ」と言う不穏な声が聞こえた。
一通りの挨拶を済ませた僕達は姉さんに案内され、『地平天成』格納庫内に併設された応接室へと移動した。
ハウジング――ゲーム内で、自分の家を持つ事が出来るシステムだ――の一種であり、お金を出せば設置する事が出来る。内部には家具やインテリアを購入し、自由に配置する事も出来る。流石に"自宅"よりは狭いけど、その分安価であり、血道を上げて資金稼ぎをしなくても十分に手が届く値段に収まっている。クランメンバー同士でお金を出し合って設置する、なんて話はたまに聞くし、姉さん達も同じようにして設置したらしい。
もっとも、まだ設置したばかりらしく、内装は簡素だった。打ち放しコンクリートに包まれた空間には、木目の化粧板の折り畳みテーブルと、人数分のパイプ椅子(数が足りなかったので、僕らが座る椅子は僕らが出した)のシンプル極まりない家具。購入時にサービスで貰い、取り敢えず、と言った風情で隅に置かれた観葉植物だけが、この部屋の洒落っ気の全てだ。
「しっかしまあ……」
全員に飲み物が回るのを確認してから、アースが口を開く。
「コウとようやくMROでご対面だ。感慨深いぜ……」
「……ん? アースよ。お主コウがMROをプレイしておる事知っておったの
か?」
「あー……。まあ、そうっす……」
思わず漏らした事を察した大地は、歯切れ悪く答える。
「僕が口止めしといたんだよ」
一応フォローは入れておこう。何よりも、事実だし。
「全く……コウも意地が悪いのう」
「ははは……」
愛想笑いで本音は誤魔化しておく。『人前でくっつかれるのが恥ずかしいから黙っておいた。て言うか、くっつくの止めて欲しい』と正直に答えても事態は好転してくれない、それどころか、意地になった姉さんによって更なる混迷を招くであろう事が、僕には良〜く分かっている。
「それはともかくとして。……改めてよろしくなのじゃ、『超最強絶対無敵団』
よ」
「こちらこそよろしくお願いします、『地平天成』」
隣同士に座ったクランマスター二人が、がっちりと握手する。
「わしらはまあ、見ての通り規模の小さなクランじゃ。のんびりまったり進めておるよ」
「ちなみに、どんな経緯で結成したんですか?」
メイが尋ねる。
「ふむ。わしがMROを始めてからしばらくして、折角じゃから自分で新しくクランを立ち上げよう、と思い立ったんじゃ。とは言っても、集団の頭なぞやった経験がないからの。わしと面識のある者だけでクランを結成しようと思ったんじゃ。それで、大学の同期の者を誘ったんじゃが、生憎プレイする気がなかったり、既に別のクランに所属しておったりで、中々集まらんかった」
「分かります分かります。あたしも似たような境遇でしたから」
しみじみと頷く我らがクランマスター殿ではあるが、境遇は同じように見えて、多分微妙に違う。
「結局、同期でレンさんの都合に合うのがニー《ぼく》一人だけだったんです」
「で、コウ友人であるアースにも声を掛けたんじゃ。連絡先は交換しておるし、誘ってみたら了解を得ての。更にアースの伝手で、エリーも加入したんじゃ」
「レンさんとは、一応リアルでの面識もあったから二つ返事だったよ。ボクはコウにも声を掛けたら? って言ったんだけど、レンさんからコウはCosmos持ってないって言われたよ」
言葉を引き継ぐようにニーさん、姉さん、エリーと続く。
「一応は昔、コウに聞いた事はあるんじゃよ。VRゲームに手を出す気はないの
か、と。『ない』と答えられたがの。……結局、この通り手を出しておるが」
「全く興味がなかった、って訳じゃないんだよ。ただ、自腹切ってまで買おうって気がなかっただけで。偶然にでも手に入ったからこうして手を出してる訳だし」
僕は言った。
「僕が『無敵団』に入ったのは、手に入れるほんのちょっと前、教室でメイに誘われたからだよ」
「……私も誘われた一人」
「私はゲーム自体を始めたばかりで、勝手が分からなくて困っていた時に皆さんに助けて頂いて。その縁が切っ掛けです」
僕、カノン、サラと、それぞれの加入理由を説明する。
「あたしとしては、もっともっと規模を大きくして、比類なきクランを作り上げたいんだけどね。ナンバーワンを目指している身として」
「ナンバーワンとな……。MROにはクラン同士の優劣を競う要素はないんじゃが……具体的にどうすれば、ナンバーワンと言えるのじゃ?」
「それはもちろん――」
メイは胸を張り、確信に満ち溢れた瞳で、逡巡の欠片もない声色で、
「気分的に満足したらです」
堂々、言い切った。
沈黙が降りる。たった一言のストレートな答えは、『地平天成』メンバー達の顔に、『呆気に取られた』と雄弁に主張する表情を浮き上がらせた。
普通こう言う時は、せめて潤色した表現を活用して、人様に聞かせても格好が付く程度に言葉を繕おうとするものなんだけど。飾らない性格と言うべきか、飾れる程に言葉のレパートリーを持たないと言うべきか。
場を支配する無言を破ったのは、メイの『ほえ?』と言う呟きだった。
次に、アースが無遠慮な笑い声を上げる。釣られてエリーが笑い転げ、ニーさんが上品に笑い、最後に姉さんが快活に笑った。
「……あの〜、皆さん?」
「〜〜っくく、いや、すまんすまん。……コウよ、大層面白い子と組んでおるんじゃな。大物やも知れんぞ」
「いやいや、レンさん。こいつは大体こう言う奴ですよ。バカと言うか何と言う
か」
「良いじゃん。こう言うの、ボクは好きだよ」
「大きな志ですね」
『地平天成』メンバーから次々と出て来る感想に、メイはしばらくぼーっとし、
「……まあ、そう言う事です! どーんと行っちゃいますよ!」
状況を全く理解しないまま、改めて胸を張った。




