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26 自宅に女子がやって来た

 リビングのソファに腰を沈める僕ら五人の前に、母さんがコップに入った麦茶を置いて行く。


「ありがとーございまーす!」

 礼を言うが早いか、舞は速攻でコップを口まで運び、CMにでも使えそうな見事な喉越し音を鳴らして中身を一気に飲み干す。


「……ぷはーっ、美味しー! 流石、麦茶の名所!」

 我が家はいつの間にそんな名誉に預かっていたのか。


「でしょ? ウチは良い水道水使ってるからね」

 恐らく、産地直送の上等な次亜塩素酸カルシウム(カルキ)でも使用しているのだろう。


「しっかし、昂介こうすけがこんな可愛い子を三人も連れて来るなんて。良いゆすりのネタが出来たわ……もとい、良いからかいネタが出来た……もとい、母親として感慨深いわね」

「当の息子は母親に対する不信感が花と開いているけどね」


 本性ダダ漏れの母さんの言葉は本気で取り繕う気があるのかさえ疑わしい。僕が念のため牽制を入れておくけど、平然としている当人の顔からは、蚊帳に挑む蚊程にも手応えが感じられない。


「あたしは二階堂舞って言います。昂とは……昂介君とは学校の同級生です」

「初めましてこんにちは辻帆乃香です昂介君とは学校の同級生です」

「吉見咲良と言います」


「どうも。あたしが昂介と蓮華の母親やってる雪よ。子供達がいつも世話になってるわね」


 麦茶のおかわりをテーブルに置きつつ、三人分の挨拶に母さんが応える。


「ああ、母上。わしは三人とはさっき会ったばかりじゃ。世話になっとるのは昂介だけじゃよ」

「あれ、そうなの?」


「そうじゃよ。何でもVRゲームが切っ掛けで仲良くなったとか」

「そうだったんだ……って。蓮華、あんた昂介がCosmos持ってる事知ってんの?」

「うむ。母上が懸賞で当てたものじゃと聞いておる」


 姉さんが言うと、母さんがじろりと僕を見る。


「何よ昂介、言っちゃったの?」

「言ったって言うより、知られた」

「あちゃ〜。折角蓮華の驚く顔を前に、ここぞとばかりにドヤ顔かましてやろうと思ってたのに……」


 大人げない大人とは、多分こう言う人の事を指すのだろう。


「す、すみませ〜ん……。あたし知らなかったものですから……」

「あら、言ったのあなた……舞ちゃんだっけ? あなただったの」

「そうです。事情とか知らなかったもので、つい……」

「あ〜、そりゃ仕方ない。気にしないで」


 両手を合わせる舞に母さんがひらひらと手を振る。


「代わりに、昂介のお友達相手にドヤ顔するから。……てな訳で昂介、現物持って来なさい」

「……必要ないだろ」

「わたしにとっちゃ大アリよ。自慢出来るチャンスは逃さない主義なの。ほら、ちゃっちゃと取りに行く」


 そう言うと母さんは立ち上がり、「ちょっと待っててね」と舞達に断りを入れ、リビングを出て行った。多分、同梱されていた当選通知を取りに行ったのだろう。無視してやろうかとも考えたけど、どうせ戻って来てからせっつかれるであろう事と、無言の視線で促す舞達&姉さん四人分の視線に耐えかねた事を理由に、結局僕はのっそりと腰を上げた。


 二階へと上がり、自室の扉を開ける。上着を椅子の背に引っ掛けつつ、枕元の棚に置いてあるCosmosへと手を伸ばす。流石に電源コードは邪魔になるだけなので、本体から引っこ抜いておく。


 とんとん、と階段を下りてリビングへ。母さんが先に戻っていたらしく、扉の向こうから声が聞こえて来た。何の話題なのか、僕が自室へ行って戻る間に随分と話が弾んでいるご様子だ。


「はい、持って来たよ」

 気楽な調子で声を掛け、扉を開く。


「――ほら、これは昂介が幼稚園の時の、歌の発表会の写真。ここにいるのが昂介ね」

「うっそ、これ昂っ!? 可愛いじゃない!!」


「これは、家族で海水浴に行った時の写真じゃ」

「……何となく面影がある」


「これは、小学校の時の運動会の写真よ。徒競走の時に転んで、泣きながらゴールした直後ね」

「あらあら、頑張ったんですね」


 ――そこには、僕の写真を収めたアルバムがテーブル上に広げられ、母と姉による解説と共に公開されると言う、決してあってはならない悪夢が広がっていた。


「母さんっ!? 姉さんっ!? 何してんのさっ!?」

 慌てて内部へと突入する。


「ああ、来た来た。そんな大声出さなくても聞こえるって」

「出すに決まってるだろっ!! 何で僕の写真みんなに見せてんのさっ!?」


「何を言うか。姉として、在りし日の弟の姿を広める努力をするのは当然の責務

じゃ」

「本人の意思を無視した勝手な使命感に燃えないでくれっ!?」


「いやね、親としての勘って言うか。見せたら面白い事になると思って、ついでに持って来たの」

「犯人母さんかっ!? 初めて会う息子の友達を相手に、早速アルバム持って来る親って何なんだよっ!?」


「でも、評判は上々みたいだけど?」


 母さんは親指で三人を指す。


「いや〜、良いもん見れたわ〜」

「……意外な一面」

「昂介にもこんな時代があったんですね」


 三人の笑顔が、次々と胸に突き刺さる。赤面してるのが、自分でも良く分かる。穴があったら入りたい。今すぐフローリングをひっぺがして床下に篭りたい。


「そ、それより! 当選したCosmos持って来たんだけど!?」


 僕にとって耐え難い、この絶望的な空気を少しでも緩和するべく一縷の望みを賭け、手にしたバイザー式VR機をみんなの前に突き付けた。


「うん。あたしの持ってるのと一緒ね」

「……私の持ってるのと一緒だね」

「私の持っているものと一緒ですね」

「わしの持っとるのと一緒じゃな」


「全く一緒のメーカーで作られている全く一緒の製品だからね!!」


 最先端技術を駆使して誕生したCosmosは、こう言う場面では全く役に立たないらしい。一つ利口になった。


「って言うか、ドヤ顔はどうしたんだよ!」

「ああ。アルバム見る前に、ちょちょいとこれ見せといたから」


 そう言って母さんは『ご当選おめでとうございます』と書かれた、YAMANA電気のロゴ入りの紙をぴらりと掲げる。


「『凄いですね!』って言われて、わたしは満足よ。目的は果たしたから、後はたっぷりアルバムタイムって事で」


 僕が二階へ上がって戻って来る間の栄光で十分らしい。


「てな訳で続き続き。今なら本人による解説が付いて来るわ」


「ねえねえ。この写真の昂、蓮華さんにべったりだけど、これについて一言」

「……昂介って、小さい頃は結構甘えん坊だったの?」

「すみっこに『おねえちゃん』って書かれたこの絵は何歳の時の写真ですか?」


 ――何だ。


 ――一体何なんだ、この拷問は。僕が一体何をしたって言うんだ。


 三人から笑顔で写真を突き付けられ、容赦なく記憶のカサブタを剥ぎ取られ、僕の心は絶望と苦悶と羞恥にのたうち回る。


「ああ、それとね昂介」


 そう言って母さんがテーブルを離れ、ちょいちょい、と手招きする。果てしなく嫌な予感を感じつつも、無視する訳にもいかなかった。


「……何?」

「……うん。実はね――」


 そう小声で言って母さんは懐に手を伸ばし、


「――ここに、あんたが幼稚園の頃の動画があるんだけど」


 何気ない手付きで取り出された最終兵器(映像ディスク)に、僕の肝は瞬間的に凍り付いた。


「……ははは。や、やだなあ母さん。動画なんて、見終わるのに時間が掛かるだろう? 流石にみんなを長時間拘束する訳には」

「大丈夫、蓮華提供のショートバージョンよ。急な来客用に準備された、十分程度で終わる奴よ」


 どんな準備してるんだ姉さん。


「分かった? 言ってる事は理解した? ……それでね、全く関係のない話なんだけれども、お風呂とトイレの掃除、今日やる予定だったのよね」

「…………」


 たったそれだけで、母さんが何を要求しているのか分かった。息子の過去を当人の許可なく息子の友人達に暴露し、自身の興味を満たす。他方、それが息子に対する脅しの材料になると理解し、脅迫を掛ける。なんて――なんて性根の腐り切った母親なんだ。


「あーあ、こんな時にとっても心優しい親切な息子が、無償の奉仕精神を発揮してくれたらなー」


「………………」


「あらあらー。活きの良いディスクがわたしの手を掻いくぐって、みんなの前に飛び出そうになってるわー」


「………………風呂とトイレの掃除、僕がやります。是非とも僕にやらせて下さい。やりゃ良いんだろ畜生っ!!」

「いやー悪いわねー、ありがとう」


 悪鬼外道の如き手腕を前に、抗する手立てなどなかった。吐き捨てるような僕の宣言に、母さんは笑顔でディスクを懐に戻した。






「それじゃあ、あたし達はこれで」

「ごめんなさいね。大したおもてなしも出来なくて」

「いえ、こちらこそ急な訪問ですみませんでした」

「……お邪魔しました」


 表の道路まで見送りに来た母さんに、舞達は揃って頭を下げる。


「じゃあの、三人共。今日の夜、改めてゲーム内で」

「はーい。蓮華さん、楽しみにしてますねー」


 姉さんに対しては、大きく手を振って応える。今夜、僕らと姉さんは一緒にMROをプレイすると約束をした。折角だから、姉さん側のクランメンバー達も一緒に紹介してくれる事になっている。僕にとって、相手クランの四人中三人は知り合いだけど。


「三人共、道分かる? 送ろうか?」

「だいじょぶだいじょぶ。地図アプリ使うから」

「昂介の事よろしくね。またいつでもいらっしゃいな」

「はーい。ありがとーございました」


 舞達は最後に大きく手を振って去って行った。


「……良い子達だったじゃない。仲良くしてあげなさいよ」

 姉さんが一足先に家の中に引っ込み、舞達が角を曲がるのを見届けた後、母さんは口を開いた。


「分かってるってば」

「それでね。わたし的にはこれがメインディッシュみたいなものなんだけど」

「何?」


本命・・誰かしら?」


 あまりに突拍子のない母さんの言葉に、思わず吹き出す。


「ななな、何言ってんだよ!? みんなとはただのゲーム仲間だって!」

「今は、ね。将来的にはどうかしら〜?」


「こ、この恋愛脳め! 歳考えろよ!」

「気分的にはまだ二十代だからセーフよ」


 実に憎ったらしい笑顔で、しゃあしゃあと言ってのける。


「まあ、あんたにとって軽くない付き合いって事は分かるわよ」

「なんだそりゃ」


「ものぐさなあんたが、自分からわざわざ『送ろうか?』なんて。どうでも良い相手には言わないでしょ」

「む……」


「良い事よ。大事にしなさいな」

「……分かった。分かったよ」


 僕が思う以上に、僕の心が見透かされているような心地だ。落ち着かない気分を誤魔化すようにぞんざいに答えて、僕は早足で家の中へと戻った。






「お、来た来た。コウー、こっちこっち」


 ――夜。MROにログイン後、毎度お馴染み月面都市セレーネ・セントラルタワー内へとやって来た僕に、二階堂舞ことメイが手を振った。


「みんなお待たせ。姉さんもすぐ来るよ」


 姉さんも帰省の荷物の中にきっちりとCosmosを入れてある。今は僕と同じように自分の部屋のベッドに寝っ転がって、ログインをしている事だろう。


「……後藤君達も来るんだよね。ちょっと緊張」

「そう言えば、他のクランの方々と交流するのは初めてですね」


 辻帆乃香カノン吉見咲良サラが言った。


「そうね。これは『超最強絶対無敵団』初の対外活動となるわ。気合い入れて行くわよ」

「……普通に会えば良いだけだろ……」


「甘い、甘いわコウ。あたし達はナンバーワンクランを目指している身よ。例え相手が蓮華さんのクランとは言え、ライバルに舐められちゃお終いなのよ」

「勝手に終わっててくれ」


 そもそも、向こうは舐める気すらないだろう。


 ……などと話していると、僕らの元へと歩いて来る、一人の女性プレイヤーの姿に気付いた。


 腰まで届く黒髪のストレートに、花魁風の衣服。オペレーターデバイスを操作して、プレイヤーネームを表示させてみると『レン』。


 うん、多分そうだ。事前に本人・・から聞いていた名前と一致する。


「姉さん、ここだよ」


 僕が手を挙げると、レン《姉さん》はニコリと笑顔を浮かべた。


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