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25 姉、襲来

 確かに、理屈の上ではあり得る話だとは思う。


 昨日、舞達は買い物に出掛けると言っていたし、その行き先が駅前商店街と言うのもごく妥当な選択だ。つまり、僕が用事で駅に向かえば、彼女らと偶然はち合わせる事は十分に考えられる。


 だからって……!


「……お姉さん? こうの……ですか?」

「うむ。よろしくの」


 だからって、よりにもよってこんな日に偶然はち合わせる事はないんじゃない

か!?


 電車に乗って地元へと帰省した姉――成田蓮華(れんげ)を迎えるため、僕が駅に来ているところを、まい帆乃香ほのか咲良さくらの三人に出会った。


 それも、


「……ええと、昂。お姉さんと仲良しなんだね?」

「…………き、姉弟きょうだい?」

「先程から全く離れようとしませんね……」


 姉さんに正面から思いっ切り抱き締められている最中と言う、考え得る限り最悪な状況下で。背中に浴びる、女子三人分(内二人は同級生)の視線は、今の僕にとって拷問にも等しい精神的苦痛をもたらしている。


「いいい、いやこれはちょっとした偶然と言うか、単なる偶然と言うか、たまたま偶然なだけで、とにかく偶然なんだよ!」

「昂介。偶然ってそこまで便利な言葉じゃないと思いますよ」


「何を言うか昂介。このわしの弟愛は必然の産物じゃよ」

「お願いだから姉さんは今すぐ黙って僕を解放してくれ!?」


 さっきからずっともがいているのに、僕の身体に回されている姉さんの腕は全然緩んでくれない。こう言う時にだけ、尋常じゃない腕力を発揮しないで欲しい。


「ああ、そうじゃったな。すまんすまん」


 そう言って姉さんは回していた腕を緩め、ようやく僕を解放してくれた。と、取り敢えず当座の問題は乗り越えた――


 姉さんが僕の肩に手を置いて、そのまま僕の身体をぐるりと一八〇度回転。


 そして改めて、僕を背後から思いっ切り抱き締めた。


「これで良し」

「良くない!?」


 お陰で、三人分の生暖かい視線を真っ正面から受け止める事となった。この状況で平静を保っていられる程、僕の心は強くない。


「ワガママじゃのう昂介は。折角、お姉ちゃんが友人達と話しやすい向きに直してあげたと言うに」

「方向の問題じゃない!?」


「……まあ、そう言うワガママなところも、姉的にグッと来るんじゃが……」

「余計な事をしみじみと語っている暇があったら、弟が友人始め周囲の通行人達からの視線に晒されているって事を、どうか汲み取ってほしい!!」


 往来の真ん中で僕を抱き締める、真っ赤な和服姿の女性。目立たないはずがな

い。あちこちから視線が飛んで来ているのが分かる。


「人の目なんぞ気にせんで良い!! 好きなものを好きって言って、一体何が悪いんじゃ!!」

「すみません、拍手要りませんから!! そのまま、見て見ぬ振りをして通り過ぎて行ってくれる事が僕の望みですので!!」


 姉さんの宣言に、理解ある通行人の方々がわざわざ足を止めて、僕らに拍手を送って来る。


 改めて思い知った。温かい笑顔は、時に人の心を容赦なく抉り取るものなのだ

と。


「ほれ、昂介。あまりご友人方を放ってお姉ちゃんとばかり話すでないぞ」

「姉さんの言うセリフじゃない!?」


「いいえ、お気になさらず。……申し遅れました。初めまして、私は昂介君の友人の吉見咲良と申します。どうぞよろしくお願いします」

「あたしは二階堂舞です。よろしくお願いしまーす」

「君らは君らですっかりこの光景を受け入れているしさ!?」


「初めましてこんにちは私は辻です初めましてどうも初めましてこんにちは」

「帆乃香がアドリブに弱いって事は何となく察してた! 取り敢えず僕含めて一端落ち着こう!」


 僕は叫んだ。


 と言うか、もう叫ぶしかなかった。






 蓮華姉さんは、ちょっと変わったところがある。


 まず、和服を好み、普段着として着用している。口調も古風だ。別に洋風が苦手って訳でもないけど、本人曰く『これがしっくり来る』らしい。


 それはまあ良い。


 問題は弟――つまり、僕の事が好き過ぎると言う点だ。何しろ普通の人が、


「私? 血液型A型だけど、それがどうかしたの?」

 ……と言うのと全く同じ口調で、


「わし? ブラコンじゃが、それがどうかしたのじゃ?」

 ……と言い切ってしまう。たとえ初対面の人相手であろうが、衆人環視のど真ん中であろうが。


 僕からすれば、たまったものではない。いや、別に姉さんの事が嫌いな訳じゃないし、家族に愛される事そのものは良い。だけど、限度と言うものがある。姉さんのために、僕がどれだけ恥ずかしい思いをして来た事か。


 僕がMROを始めた事を姉さんに秘密にしている理由がそれだ。姉さんが知れ

ば、先程と同じようにゲーム内でもべったり来るだろう。ゲーム内でも恥を掻きたくない。特に、リアルで僕と面識のある『無敵団』のメンバーには知られたくなかった。


 それでも、現実的には隠し通す事など不可能だろう。『バレるなら、せめて被害を最小限に留める適切なタイミングで……』とは思いつつも、具体的な方策も考え付かず、これまで問題を先送りにして来た。


「しっかし、昂にお姉さんがいたなんてねー。何で教えてくれなかったのよ?」

「まあ、そんなものですよ。実は私も兄と妹がいますし。言う機会がなかったのでしょう」

「……そうだったんだ」


 ……結果として、最悪なタイミングでリアルの『無敵団』メンバー全員に知られる羽目になったけど。


 更に悪い事に、舞達が姉さんに色々と尋ね、思いの外話が弾み、これは話が長引きそうだ、じゃあ折角だから家に来てはどうか、となって……。


 現在、僕は姉さんと共に『無敵団』メンバー三人を引き連れ、自宅への道を歩んでいる。そう言う羽目に陥っている。


 ちなみに、咲良が携帯端末片手に『車で送りましょうか?』と言う素晴らしい申し出があったのだが、舞と帆乃香の『リムジンは目立ち過ぎるでしょ……』と言う横槍が入り、更には姉さんの『いやいや、そこまで甘える訳にはいかんよ』との言葉により、結局徒歩での帰宅である。『楽が出来る』『僕の住んでいる地域には、リムジンを乗り入れてはならないと言う決まりはない』と言う、僕の合理的主張はろくに相手にされなかった。解せない。


「……て言うか姉さん。いい加減離れてくれないかな……」

 ちなみに、姉さんはここに至るまでずっと僕を離してくれていない。


「いや。それがわしが思っていた以上に弟分の欠乏が激しかったようでな。まだまだ足りんのじゃ」

 人から勝手に謎成分を摂取しないで欲しい。


「それはそうと。皆は昂介のご学友かの? 学校での様子はどんな感じかの?」

「あ、あたしと帆乃香は同級生ですけど、咲良は別の学校に通ってる、一つ上の先輩なんです」


 ……やばい。この流れはやばい。


「ほう? それはまた珍しいの。どう言う縁の巡り合わせかの?」


 このままでは、僕がMROを遊んでいる事が姉さんにバレる。いや、もうここまで来れば今更な感じはするけど、せめて少しでも被害を抑えたい。具体的に何をどうすれば良いのか全く思い浮かばないけど、少しでも被害を抑えたい。単に往生際が悪いだけではないかと心のどこかが突っ込んでいる気もするけど、とにかく被害を抑えたい。抑えたいったら抑えたい。


「そ、それよりも姉さん、お昼はどうするの!? 僕はもう家で食べて来たんだけど!」

「昼食? わしは駅弁を買って食べたから大丈夫じゃよ。母上にもそう伝えてお

る」

「あ、ああそうなんだ。みんなは?」


「ん? あたし達はファミレス(アレグリア)で食べたけど」

「なるほど」


 良しっ、上手い事話が流れてくれた。良かった良かった――


「それで話を戻しますけど、私は昂介達とはVRゲームが切っ掛けで知り合いました。『ムーンラビットオンライン』って言う」


 全っ然流れてくれてなかった!?


「……VRゲーム? MRO? 昂介はそもそもCosmos持っとらんはずじゃが……?」

「持ってますよ? ……あれ、昂? 蓮華さんに言ってないの?」

「……まあ、何て言うか、その…………………………持ってます」


 一通り頭を巡らせ、結果年貢の納め時を悟った僕は、囁くような音量で答えた。


 それでも、姉さんにはバッチリ聞こえたのだろう。「ふむ……」と導火線に着火したような呟き声が聞こえ、しばらくの間導火線を火が燃え進むような沈黙が流

れ、


「……なななな、何でわしに教えてくれんかったのじゃ!? 知っておればゲーム内で毎日会って弟分を補給出来たと言うに!?」

「締まってるっ!? 首が締まってるからっ!?」


 最後に爆弾本体に引火、爆発するような叫び声が上がった。姉さんは背後から僕の首に回している腕をぎゅうぎゅう締め上げて来る。


 取り敢えず、僕が今まで黙っていたのは割と正解である事が分かった。ゲーム内でも摂取出来るのか、弟分。


「大学のために家を出てからこれまで、わしが一体どれだけの苦労をして来たと思っとるんじゃ!? 日に日に我が身を蝕んで行く弟分欠乏症を、電話やメール、更には弟フォルダ内の画像や動画で何とか耐え忍んで来たわしの苦労が、昂介には分からんのかっ!?」

「さっぱり分からないって事と、サラッと聞き捨てならない単語が出て来た事についての話をしたい!」


 弟フォルダって何だっ!?


「それより何より! 何故昂介がCosmos持っとるんじゃ!? わしが誘った時は『VRゲームとか面倒だから』とか言って断ったと言うに!?」

「そろそろ脳への酸素供給が断たれそうだから!? 分かった、分かったから正直に言うってば!」


 僕の必死のタップのお陰で、何とか意識は失わずに済んだ。






「……まさか、あの(・・)母上がのう……。驚きじゃわい……」

『母さんが懸賞でCosmosを当てた』……と言う話を聞かされた姉さんは、


『信じられない』と言う顔のお手本のような表情で呟いた。『懸賞』と名の付くものなら手当たり次第に応募し、その大半を外して来たあの(・・)母さんを知っているだけに、その反応は当然だろう。


「改めて聞くと、凄い偶然よねぇ。あたしが誘ったその日に懸賞で当たったCosmosが届いた……。昂が『超最強絶対無敵団』に入ったのは、もう運命と言っても良いわね」


「……無敵……何じゃと?」

「『超最強絶対無敵団』です」

「…………うむ。何と言うか……………………良い名前じゃのう」


 姉さんが笑顔で明らかな嘘を吐いているとは全く気付かず、舞は「えへんっ!」と胸を反らしていた。


「それで、私は昂介達とゲーム内で出会ったのが縁で、こうして友達付き合いをさせて頂いているんです」

「なるほどのう。弟がいつもお世話になっておりますのじゃ」


 姉さんが深々と頭を下げる。この姿を見れば、姉さんがとても礼儀正しい常識人であるように見えるだろう。


 繰り返し言うけど、僕はさっきからずっと姉さんに背後から抱き締められっぱなしである。この状態で姉さんが深々と頭を下げると、僕も強制的に腰を折る事となる。常識人はこの時点で気付くし、それ以前に弟に抱き付いたまま町内を闊歩する事はない。


「それにしても昂介もいけずじゃ。わしに秘密にしておったとは」

「い、いや、折角だし、強くなってから会って、驚かせようと思っててさ……」


 一応、嘘は言っていない。真空パック内の空気位には、本心が混ざっている。


「ちなみに、わしのクランに大地がおるのは知っとるか?」

「ああ、うん。本人に聞いた」

「え? 後藤って、蓮華さんとこのクランだったの?」


 舞が言った。


「う……うん、そうだよ。姉さんを驚かせるために、口止めを頼んでおいたんだ」

「……全く、この子は……」


 姉さんが溜め息を吐く。


「そんなにわしの驚き顔を姉フォルダ内に保存したかったのか……。それならそうと、わしに言えば済む話じゃろうに……」

「ちょっと待って!? 何を当然のように僕が姉さんの画像を集めているみたいな事言ってんの!?」


「……ないのか?」

「心底意外そうな顔して言ってるよこの姉!?」


「そ……そんな……。姉フォルダを作らんなど……昂介はお姉ちゃんの事が嫌いなのかの……?」

「今度は本気で泣きそうな顔で言うしさ!? 嫌いだからとか関係なく、普通はそんなフォルダ作らないんだよ!」


「そうなのか……良かった。じゃあ昂介は、お姉ちゃんの事が好きなのじゃな?」


「さあみんな、そこを曲がったら、もう僕の家が見えるよ」

「……昂介が無理矢理作ったような無表情で、話をねじ曲げようと必死になって

る」


 お願いですから黙ってて下さいね帆乃香さん。


 思考停止すれすれの精神力で感情を抑えつつ、角を曲がる。視線の十メートル程先に、僕にとってはお馴染みの、姉さんにとっては久し振りの、舞達三人にとっては始めての、成田家が誇る二階建て一軒家の威容が見えた。


「ただいま〜」

「ただいまなのじゃ」

「「「お邪魔しま〜す(……します)」」」


 僕と姉さんに続き、三人が敷居を跨ぐ。


「お帰り……わたしの娘って、こんなに居たかしら?」


 母さんがリビングから顔を出し、ジャブみたいな冗談を飛ばす。


「僕の友達だってば。駅でたまたま会ったんだよ」

「そうなの。……いらっしゃい。麦茶出すから、ゆっくりしていってね」


 母さんの顔がリビングに引っ込み、パタパタとスリッパの音を響かせた。


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