19 地下基地への潜入
全高八メートル程のMR四機が乗れる程の大きなエレベーターへと乗り込んで、僕らは基地の地下空間へと移動する。
上へとぐんぐん流れて行く壁面を眺めながら、十秒ちょっとで下まで到着。この規模のエレベーターの速度としては、かなり速い上、振動も少ない。まあ、そこはリアルさよりもゲームとしての快適さを優先した結果だろう。
地下には、MRでも余裕で活動出来る程に広大な空間が広がっていた。鉄筋と鉄壁に覆われた中を、生き残っている照明が頼りなく照らし出し、周囲に散らばる旧人類側の機械兵器――ちなみに、ギアトルーパーと言う――の残骸を薄明かりの中に浮かび上がらせていた。
『敵……は見あたらないわね』
周囲をぐるりと警戒しながら、メイが言った。
『……ここは索敵範囲が狭くなってるから、油断出来ない』
カノンの言う通り、レーダーには索敵妨害の影響下にある事を示すアイコンが灯っている。
『早速、探索しましょうか。どのルートを通る?』
メイがミッション受注時に受け取った地図データを表示させる。
地図によればこの地下基地は、現在地点であるエレベーター区画を取り囲むように六つの区画が並んでおり、隣り合う区画と区画同士は通路で繋がっている。つまり、六角形の頂点部分に各区画が存在する、と言う事だ。エレベーター区画は六つの内の一つ、北側の区画とだけ繋がっており、他の区画との通路は封鎖されている。
目的の設計データが存在すると予想される候補地点も表示されており、六つの区画にそれぞれ一つずつ、奥にある部屋に示されている。
「じゃあ時計回りで行こう」
『ここで『反時計回りに行こう』って提案しない辺りが、コウのコウたる所以よ
ねぇ』
「その褒めてんだか貶してんだか分からない上、どっちにしても微妙な感じしかしない評価は何なんだ」
『ん? コウの事だから、"反"ってわざわざ二言分余計に言うの避けたのかなっ
て』
「いや待て。いくら僕だって……確かにそっちの方が手間が省ける……そうか、なるほど……」
『コウ、まさか深々と噛み締めるように納得するとは思いませんでしたよ』
僕では気付けなかった事実を、メイは的確に見抜いていた。慧眼、と呼んでも決して過賞などではないだろう。
『……決まったのなら、早速行こう』
『だね。じゃー出発!』
僕達は北側の通路へと向かう。
通路にはMRの胸位の高さのバリケードが配置されていた。床からせり上がっているところから見ると、地下に敵が進入した時のためのものなのだろう。暴走機械に襲われた時の痕跡だろうか、中にはボロボロに崩され、もはや盾としての役割を果たさないようなものも混じっていた。
『ちょっと邪魔になりますね。破壊は出来ないのでしょうか?』
『破壊可能オブジェクト扱いだから、一応出来るけど……。元々攻撃を防ぐためのものだから、簡単には壊れないと思うわよ?』
『そうですか……』
良いアイデアだと思っていたんだろうか、サラは沈んだような声色で言った。一応、フォローはしておこう。
「そんなガッカリしなくても。場合によっては使える手だし、その機会にで
も――」
『……中途半端に残っているのを見ると……。残らず綺麗サッパリとした方
が……』
「…………」
何かのスイッチが入ったようにブツブツと呟くサラに、僕はそれ以上掛ける言葉はなかった。冷や汗が頬を伝う感触が、いやに繊細に感じ取れた。
『それにしても、本当に敵なんているのかしら? 見渡したって、何処にもいな
い――』
『……あ、敵の反応』
『何処!? あたしからは見えないけど!』
カノンからの報告に、全員が一斉に戦闘態勢に入る。
『……位置的にはコウの近く』
と言われても、僕の周りに敵らしき姿など見えない。一体何処に――
そう思った時、僕のすぐ目の前にあるバリケードの影から、ひょっこり姿を見せるものがあった。
楕円形の黒い身体から六本の足が生えた、多脚型の機影。全高はMRの膝にも届かない位に低い。床を這うように動くこの物体には、敵である証の赤いAPゲージが表示されている。
多分、こいつだ。
「見つけた、バリケードの裏側!」
言うなり僕は、ブレードを突き刺した。直撃判定。一撃で撃破。
「倒したよ」
『……こいつが〈カーカーラック〉って奴? なーんかあっけないわね』
『……随分小さい』
『何だか虫っぽいです……』
その場で動かなくなった敵機を眺め、それぞれにコメントを残す。
「こんな近くにいたのに〈叢雲〉のレーダーに引っ掛からなかった」
『あたしもよ』
『私もです』
『……じゃあ、探知出来たのは私だけ?』
索敵能力の高い〈グリムリーパー〉だけか。ここがジャミングの影響下にある事を考慮に入れても、高いステルス性能を持っているらしい。
「こりゃ、基本頼りになるのは目視だけかな」
『……私も出来るだけ注意しておく』
『よろしくね』
メイが言った。
『まーそうは言っても、大した敵じゃなさそうだし。必要以上に気張る必要もないでしょ』
「油断だけはしないでくれよ」
一応は注意を口にしておくけど、確かに手応えのない敵だった。あの調子なら、そうそう危機に陥る事もないだろう――
『……またレーダーに反応。サラのすぐ前』
カノンの報告に、全員が〈モモちゃん〉に注目する。が、肝心の敵機は案の定見当たらない。
『私からは見えません。皆さんからはどうですか?』
『あたしからも見えないよ』
『足下……にもいない』
バリケードの裏も確認したけど、やっぱりいない。一体何処に隠れているんだ?
『……〈モモちゃん〉と敵の影が重なってる』
『え? え? え? 何も見えませんけど、何処にいるん――』
サラが言い掛けた瞬間、僕は〈叢雲〉のスクリーン越しにはっきりと〈カーカーラック〉の姿を捉えた。
天井から、〈モモちゃん〉に向かって『ガションッ』と落ちてくるのを。
その細い六本足を駆使して、頭部に覆い被さるようにガッシリとしがみついている姿を。
ごく一瞬の静寂の後。
『やあああああああああっ!?!?!?』
通信越しに、サラの耳をつんざくような絶叫が響く。まんま、虫が体にくっついた時のような悲鳴だった。
『やーっ!? やっー!? これ取って!? 早く倒して下さいっ!?』
「お、落ち着いて! そんな暴れるとやりづらいから!」
ブレードの切っ先を向けるも、バタバタと盛大にもがき回る〈モモちゃん〉を前に狙いを付けられない。そうしている内に、〈カーカーラック〉が攻撃を仕掛け
る。至近距離の〈モモちゃん〉めがけ、頭部と思しき箇所からレーザーを照射。バチンッ! とエーテルの光が弾け、サラはますます混乱する。
『……ちょっと我慢して』
カノン機が後ろ腰のナイフを引き抜き、正確に〈カーカーラック〉だけを突き刺す。命中判定。ギリギリAPが残っていたので、もう一撃。機能を停止した敵機が〈モモちゃん〉から剥がれ落ち、床にごろりと転がった。
「だ、大丈夫だった?」
『うぅ〜……。虫キライです……』
ちょうど頭部のカメラを覆うようにくっついていたから、サラ視点で見ればスクリーンいっぱいに〈カーカーラック〉の姿が映し出された事だろう。機械的な姿とは言え、ワサワサ動く多脚の付け根部分を大映しにされては、虫嫌いのサラにとってたまったものではなかったのだろう。
……て言うか……。
「……うーん……」
『ん? どしたのコウ?』
「……いや、何でもない」
モヤモヤするものを感じつつも、自分でも上手く表現出来ない。
『にしても、油断も何もあったもんじゃないわ。大した攻撃はしてこないみたいだけど』
確かに、〈モモちゃん〉は至近距離からまともに攻撃を喰らったにも関わらず、ダメージ自体はごく微量だ。装甲が厚いと言う点を差し引いても、敵の攻撃力はかなり低い。
「まあ、とにかく進もう」
気を取り直して僕らは通路の先へと向かう。そして、最初の区画へと足を踏み入れた。コンテナが積み上げられ、機械兵器の残骸が散らばっているけど、それ以外特に変わった点は見当たらない。
とは言え、敵機がどこに潜んでいるか分からない。罠の存在も含め、十分注意しておく。
『て、敵はいないですよね……?』
先程のちょっと心臓に悪い邂逅が堪えたのか、恐る恐る探るように、サラが尋ねる。
『……待って……見付けた』
今度は探す必要はなかった。カノンが言うのと同時に、コンテナの影から〈カーカーラック〉が姿を現す。
『良ーし、ちゃっちゃと片付けて――』
全てを言い終わらない内に、メイの言葉が止まった。
最初の一体の後ろから、もう一体が出現。その後ろに続いて、更に二体追加。その後にも、ぞろぞろと。
ぜ、全部で十体出て来た……。
『あっち行ってええええええっ!?』
指示を出す間もなく、サラの絶叫が戦端を開く。〈モモちゃん〉のガトリング砲がどこか悲鳴じみた砲声を上げ、弾丸をばら撒く。みんなもそれぞれに火器をぶっ放して応戦する。
……って、案外動き速いな!?
一旦動き始めた〈カーカーラック〉は、かなりの俊敏さだった。〈叢雲〉の放った散弾はカスリ判定すら取れず、空しく基地の床を砕くばかり。あの速さ、来る途中で戦った〈サギリ〉と比べても、遜色ないんじゃないか。
五発撃って、ようやく命中。やはり、APは低いらしく、その一撃で撃破。
『ああもうっ! 当たらないわ!』
メイがエーテルライフルを乱射するけど、命中したのは一発だけ。他の敵機か
ら、すぐさま反撃のレーザーが飛んで来る。
『あ痛っ!? いや痛くないけど気分的に!」』
「だろうねっ!」
僕の放った一発が命中。でっかい穴を開けられた〈カーカーラック〉は吹っ飛
び、コンテナに叩き付けられそのまま床に落ちる。
「それより! こいつ時々動きを止めるから、そこを狙えば当てやすい!」
『ナイス情報提供! 偉い!』
『……偉い』
最初は面食らったけど、雑魚敵だけに動き自体は単純だ。そう注意深く見なくても、こいつは動いては止まり、動いては止まりを繰り返しているだけだ。合間に撃って来るエーテルレーザーもそう大した威力ではないし、コツさえつかんでしまえば、恐れるような相手などではなかった。
『来ないでーっ!? 来ないでーっ!?』
訂正。一名、恐れている人がいた。サラは狂乱の叫びを上げながら、向かって来る一体に〈モモちゃん〉の肩部ロケットランチャーを発射する。
「……って、ちょっと!?」
床に着弾。発生した爆発が敵を飲み込んで、一体を撃破、後ろにいた二体を巻き込み、APを大きく削る。
同時に、爆炎は僕らの機体にも襲い掛かる。そりゃあ、近距離の目標に撃てばこうなる。監視ゾーン内であるここでは味方の攻撃でダメージは受けないけど、機体そのものは衝撃で体勢が大きく崩される。僕の〈叢雲〉は背後のバリケードに叩き付けられ、残り二人の機体も吹っ飛ばされ、床を転がされた。
急いで体勢を立て直し、視線を前に向ける。〈モモちゃん〉のガトリング砲が、固まって止まっていた
〈カーカーラック〉の群れを打ち砕き、屠り去るところだった。
「も、もう良いからサラ! 敵はもう全部倒したから!」
『あ……コウ』
混乱から立ち直ったらしい。サラの様子は大分落ち着いていた。
『ご……ごめんなさい。私ったらうっかり……』
「ま、まあまあ。敵倒したんだから、結果オーライって事でさ」
『……レーダーにも敵いないから』
メイとカノンにもなだめられ、サラは通信の向こうで大きく深呼吸した。
『……ええ、そうですね。取り乱しました、すみません』
「良いよ、気にしてないから」
まあ、僕も虫が苦手ではないにせよ、すぐ近くに出ればちょっと『うえぇっ』となるから、分からなくもない。
それにしても……。
さっきからずっと思ってたんだけど、あの敵、何かに似ている気がする……。
『ありがとうございす。……そうですよね。落ち着いて考えれば、全然大した事じゃないんです』
自分に言い聞かせるように、サラは呟く。
『そうそう! 本物の虫じゃないんだし、怖がる事なんてない――』
『そうだわ……一体残らず全部綺麗に片付けてしまえば良いのよ……。全部撃ち抜いて、砕いて、跡形もなく消してしまえば……』
……あ、スイッチ入ったっぽい。
『どうしようコウ……。冬でもないのにあたし、背筋に寒気を感じるんだけ
ど……』
「大丈夫、僕もだから。そして、僕らじゃどうしようもない……」
ぶるり、と身を震わせて言う。
「それより、目標の候補地点に行こう――」
言い掛けて、止まる。目標地点へと続く通路入り口の壁に、〈カーカーラック〉が張り付いているのが見えた。
「前方に敵! 数は一体!」
『……て、何かあっちの壁にも一体いるんだけど!?』
『……あ、残骸の下からも這い出て来た』
メイとカノンからも、発見報告。気が付けば何処にでもいるなあ、この敵機! 鬱陶しいったりゃありゃしない!
『潰します。みんな、準備は良いわね?』
そんな中、サラの冷徹な声が響く。同時に〈モモちゃん〉が、荒々しくも滑らかな動作でガトリング砲を前に向ける。
「『『…………あ、はい』』」
獲物を求め、一つの修羅と化した仲間を止める術も持たず、僕らは揃って同意の言葉を返す以外になかった。




