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16 服を買いに行こう

「服装って大事だと思うのよ、あたしは!」

 我らが『超最強絶対無敵団』格納庫内に、我らがクランマスター、メイの叫び声が響き渡った。


 僕、カノン、サラのメンバー三人は、それぞれパイプ椅子に座り、折りたたみ式のアルミテーブルを囲んで、謎宣言をするメイを眺めていた。


「……何を唐突に言い出してるんだよ……」

 僕はカップに入った紅茶をのんびり口に含んだ後、半ば作業のような心持ちで尋ねる。


 ちなみに、椅子やらテーブルやらの道具も、全てMRO内で手に入る。紅茶も、現実の飲料品メーカーの味をそっくりそのまま再現したものだ。MROの制作・運営会社が契約を交わし、味を"再現"する許可を得ている。このゲームに限らずVR内の食品は全て、各メーカーからの許可を得ない限りは『不味まずくはないが特別美味(うま)くもない』レベルの、定格化された味しか再現出来ないようになっている。


 本来は"味"に権利は存在しないはずなんだけど、この辺りは大人の事情と言う奴だ。何しろVRは、理論上であれば三つ星レストランの味ですら再現出来てしま

う。一度再現出来てしまえば、最高級の味を誰でも気軽に楽しるようになる。そこまで行かなくても、各メーカーの商品と同じものを再現してVR内で楽しめるようになれば、リアルでお金を出して買い求める必要性も薄くなる。何らかの法整備がなければ、現実の食品関連の商売に差し障りが出てしまうだろう。


 閑話休題――


「唐突結構! 服装は心を映す鏡! 服装の乱れは心の乱れ!」

「知るか。学校か。別に乱れてない」


「そー言う訳で、我がクランの服装についての話しをしましょう」

「ガン無視か」

「……コウの突っ込みが適当だ」


 カノン、君は僕に何を期待しているんだ。


「あのー。このゲーム、服装って自由に決められるんですか?」

 サラが挙手。


「そーよ。服のお店に行ったら、色々と置いてあるから。例えば、あたしのこの

服。初期に選択出来るのにはないでしょ?」


 メイは立ち上がって、着ている服――赤色の、いわゆるナポレオンジャケットを見せ付けるように、くるりとその場で一回転。勢いの良い動きにつられて、スカートの端がふわっと浮いた。


「そう言えばそうですね」


「インナーとかも数種類から選べますし。ほらほら、あたしはこんなの」

「見せるなっ!?」


 躊躇する気配すら覗かせず、スカートを豪快にめくり上げてインナーを晒すメ

イ。黒いスパッツみたいな全く色気のない代物で、見られて困るようなものではないのかも知れないけど、そう言う問題などではない。


「駄目ですよ、メイ。そんなスカートめくり上げては」

 サラが『めっ!』って感じで人差し指を立て、口を出す。そうそう、バシッと言ってやってくれ。


「えー、そう?」

「そうです。例え見られて構わないものであっても、軽々しく見せては殿方もガッカリですから。時々見えるからこそ、希少価値が出て来るのです」


 何言い始めちゃってんですかサラさん!?


「ふーん。コウ、そうなの?」

「…………………………それより、クランの服装がどうしたって?」

「……コウが物凄い逡巡しゅんじゅんの末に話逸らした」


 カノンさんちょっと黙ってて下さいね。


「うん。つまりね、クランの一体感を出すために、みんな一緒の服着たらどうかなって話よ」

「どうでも良い」


「どうでも良くない。実際、服装統一してるクランだってあるんだから」

「知らんがな。大体、MR(ロボット)動かすのに服装なんて関係ないだろ」


 現実的に考えれば、両手足を使って操縦するM R(ムーンラビット)オペレーターは、動きやすい服装が望ましいのだろう。が、そこはゲーム。見た目動きにくそうな服装でも、特に不都合もなく普通に動かせる……らしい。試した事はないけど。


「精神的に関係大ありよ。ほら、一体感とか出るじゃない」

「服が同じなら一体感、って発想が貧相過ぎ。自由で良いだろ自由で」


「えー、ヤダ! みんな一緒じゃなきゃヤダー!」

「我慢しなさい!」


「だってヨソのクランでもやってるもん! ウチでもやろーよー!」

「ウチはウチ、ヨソはヨソです!」


「お母さんか!」

「子供か!」


 そんな僕らに、サラが「まあまあ」と割って入った。


「メイ、強引に押し付けては駄目ですよ。コウも落ち着いて」

「むう〜……」


 サラに言われて、メイは引っ込む。


「ちゃんとみんなの意見を聞きましょう。カノン、あなたはどう思いますか?」

「……わ、私はみんなが良いって奴で……」


「カノーン、あたしはカノンの本音が聞きたーい」

「……じ、自由が良いです……」

「僕も同じで」

「好きずきで良いんじゃないですか?」


 メンバーからの同意を得られず、さしものメイもそれ以上は何も言わなかった。


「……しょうがない。諦めよう……」

「そもそも、何で服装統一なんて思い付いたんだよ?」


「え? 昨日そう言うクラン見たから」

「……本っ当にそれだけの理由だったんだな……」


『人がやってたから自分もやってみたい!』って、本当に子供並みの情緒だ……。


「でも、着替えには興味あります。メイ、どこに服のお店あるんですか?」

「あーうん、クラウズ区の三番。あそこら辺は、他にもMRの装備売ってるお店とかもあるわよ」

「じゃあ、今から行けますか? 可愛い服があるかもしれませんし」


 サラさんは言った。


「あたしは良いわよー。ついでだから、コウとカノンの服も買っちゃいましょう」

「ちょっと待て。僕は関係ないだろ」

「だって、二人共初期服のまんまだし。変えたって良いんじゃない?」


 僕の服は、最初に選んだグレーのジャケットのままだ。僕的には、別にこのままで良いんだけど。


「カノンはどう? 絶対可愛くなるよ」

「わ、わわわ私なんて別にそんな、その、か、可愛くなんて……っ」


 カノンがわたわたと顔の前で手を振る。


「えー? カノン可愛いよ?」

「ぜ、ぜんじぇん私可愛くないもん……っ」


「やって見ようよ。絶対化けるよ?」

「むむ、みゅ、みゅりだもん……っ」


「服以外にも、アクセとかあるよ? メガネとかも」

「……行こう」


 決まり手:メガネ。


 何の迷いもない即答だった。見事なまでの一本釣りだった。この娘は存外、チョロかった。


「そゆ訳でコウ、三対一って事で。決定ね」

 勝ち誇る風に、メイは言った。実に憎らしいドヤ顔が『さっきの仕返しね』と雄弁に語っていた。


「三人で行けば……はあ。分かったよ、もう……」

 数の暴力に抗する手段はこの場になく、僕は渋々頷く以外には出来なかった。






『クラウズ区』。月面都市セレーネの中心、セントラルタワーが存在する『トランクウィリティー区』の、北東の方角に存在する区画である。セレーネの全七区画

中、最も"公式の"商業施設が多い区画であり、装備を求めるならまずクラウド区

へ……と言うのが、MROを始めたプレイヤーへの定番のアドバイスである。


 僕らが向かったのは、クラウズ区に店を構える服飾店『エクセラン』。店内には衣服を展示しているショーケースが多数並べられ、広々としたフロアがまるで通路のように区切られている。それぞれのショーケース手前には端末が設置され、操作する事で、中の商品を手に取る事が出来る、と言う仕組みになっている。


 で、もって。


「……遅い」


 もうとっくに買い物も着替えも済ませた僕は、店内のベンチに腰掛け三人を待っていた。女の買い物は長い、とは聞くけど、本当に長い。さっきから僕はネットを閲覧して暇を潰している。何でゲーム内で暇を持て余さなきゃならないんだ。


 そんな僕の前に、遠距離通話が入った事を知らせるウィンドウ。メイからだっ

た。「接続」と音声入力をすると、メイの声が聞こえて来る。


もしもし、中央交換局(ハロー・セントラル)

「十九世紀人か。何?」


『どこいるのよ? ちょっとこっち来てー』

「ちょっとどこ行けば良いんですかね?」

『辺り見渡して。こっちこっちー』


 微妙に嫌な予感がしつつも、言われた通り周囲を見渡す。予感的中。視界の奥

に、ショーケースの上でぶんぶか振られる手が見えた。一定間隔で手が上下しつ

つ、同時に通話ウィンドウから床への着地音らしきものが聞こえて来る辺り、何をしているかは推して知るべし、であった。


「分かった。分かったから止めなさい」

 一方的に通信を切って、急いで現場へと向かう。本っ当に、小学生並みである。


 僕がショーケースの角を曲がると、


「お、来た来た。ねえねえ、これどう思う!?」

「〜〜〜〜〜〜っ」


 そこには、ゴスロリ衣装を身に纏ったカノンが、ぷるぷる震えながら立ち尽くしていた。うつむいた顔は隅から隅まで真っ赤に染まり、頭から湯気が出そうな勢いだった。


「…………何してんの?」

「はい、試着させてみました。どうでしょう!?」

「超可愛くない!?」


 犯人と思しき二人が興奮気味に迫って来た。


 ……僕に答えろと。


「ま……まあ、悪くないんじゃない?」

「曖昧なのは駄目です」

「はっきり答えるー」


 カノンの方をチラリと見る。伏した顔からチラチラと目線を覗かせて、僕の様子を窺っていた。


「……えーっと、まあその…………可愛いんじゃない?」


「………………ぷしゅう」

「あらあら、カノンから何か出てますけど?」

「わあっ、警告出てる!? カノン落ち着いて!」


 Cosmosコスモスを始めとしたVRーHMDには、安全装置が取り付けられている。常にプレイヤーの体調をモニタリングしており、もし異変を感知した場合――例えば血圧が異常に上昇した時など――強制的にログアウトさせる。僕の言葉にオーバーヒートを起こしたカノンの頭上には、強制ログアウト水準の手前に表示される警告タグが光っていた。


「ご、ごめんねー。ほら息吸ってー、吐いてー」

「大丈夫ですか、カノン?」

「………………しゃんぽか」


 何を言いたいのかは分からないけど、取り敢えず警告は引っ込んでくれた。


「二人共、あんまりカノンをいじめちゃ駄目だろ」

「うー……悪かったわよ……。でもでも、可愛いのは本当だもん」

「ですね。カノンは可愛いです」

「〜〜〜〜っ」


 二人の言葉に、再び悶え始めるカノン。褒められる事に耐性がないのだろう。二人に悪気は微塵もないのは分かるけど、この辺で止めておいた方が良い。


「ほら、そこまでにしよう。それよりみんな、服は買ったの?」

「オッケエ。そもそも目的は、三人の服だし」

「私ももう買いました」

「………………わ、私も……」


 二人、プラス蚊の泣くような一人の声。


「僕はこんなだけど」


 僕は初期に選んだものとは違うジャケットを購入した。黒字に白いラインの入ったもので、グレー一色いっしょくだった前の奴よりはデザイン性に優れているんじゃないかと思う。


「うん、中々それっぽいじゃない」

「どれっぽいんだ」


「次は私ですね。確か、メニューから一瞬で着替える事が出来るんですよね」

「そうそう。もちろん、現実と同じように着替える事も出来るわ。インナーだけ

は、どうしたって脱ぐ事は出来ないけどね。ほら、この通り」

「実践してみせるんじゃないっ!?」


 他のプレイヤーもいる店内で、スカートをめくってインナーを下ろそうとするメイ。当人が言った通り、いくら引っ張っても皮膚に張り付いたように動かないんだけれど、決して断じてそう言う問題などではない。幸い、周囲に僕ら以外に人はいなかったけど、本気で情緒が小学生の段階で成長止まってるんじゃないのか。


「では早速……」


 サラがメニュー操作すると、着ていた服が光エフェクトに包まれる。光が収まると、新しい衣装に切り替わっていた。緑の上着に紺のスカート。頭に乗せた緑のベレー帽には、赤い羽飾りがアクセントとなっていて、中々にお洒落だった。


「うん、似合ってると思うよサラ」

「ふふ、ありがとうございます」


「じゃあ最後はカノンね。ほら着替えて着替えて」

「…………は、恥ずかしい……」

「大丈夫、似合ってたから。ほら、ババッと」


 意を決したカノンは、メニュー操作して着替える。ゴスロリが光エフェクトと共に消えて行き、代わりに新しい衣装が現れる。黒のホットパンツにニーハイソックス、上は白いパーカー。新調したメガネと相俟って、結構印象が変わって見える。


「…………ど、どう?」

「うん、似合ってる」

「…………ありがと」


 僕が言うと、カノンはパーカーに付いていたフードを被って、顔を隠す。


「良ーし、じゃあ精算済ませちゃおうか」

 メイが言った。


「僕はもう済ませたから、その辺で待ってるよ」

「私ももう済ませましたよ」

「あたしも済ませたわよ」

「……私も」


 何だ、全員分の買い物は終わったのか。そう思ってると、メイが一言。


「え? カノンまだ終わってないじゃない」

 何の事だろう、と首をひねったのは僕だけだった。


「…………冗談だよね?」

「本気」

「本気です」


 ダラダラと汗を流し、上体をのけ反らせるカノンに、二人は目をギラリと光らせた。


「「買っちゃいましょう、さっきの服」」

「………………(ブンブン)」


 言われた瞬間、カノンは勢い良く首を横に振り、一歩、二歩と後ずさりする。


「えー、絶対似合うって! 買おうよ! 何ならお金あたし出すから!」

「そうですよ! 試着だけじゃもったいないです!」


 もの凄い押して来る二人から逃れるように、カノンが僕の背後に回り込む。様子を見ようと首を後ろに向けると、まるで怯えたチワワのような瞳と目線が合った。


「ほら、コウからも言ってよ!」

「い……いや、本人嫌がってるだろ。強引に押し付けちゃ駄目だってサラも言ってたじゃないか」


「そうだけどー! コウだってさっきのゴスロリカノン凄い可愛いって思うよ

ね!?」

「思うけど! 凄く可愛いかったけど!」


「………………ぷしゅう」


「けしかけておいて何ですけど、誤爆してますよコウ」

「息吸って吐いてカノン!?」


 再びカノンがオーバーヒート。若干耐性が付いたのか、さっきよりは復帰が早かった。


「ま、まあ、本人もこんな調子だし、無理強いは止めとこう……」

「…………わ、分かった」


 僕が言い終わらない内に、カノンがぼそりと言った。


「ん?」

「……み、みんながそう言うなら、買う」


「え、本当に? 嫌だったら別に良いんだよ?」

「……嫌じゃない」


 カノンは言った。


「……で、でも着ないから。見せないから」

 着る気がないけど買うって感覚も良く分からないけど……。ひょっとして、褒められたのが内心嬉しかったのかな?


「やたー! お金は後で送るから、レジへゴー!」

 そうしてメイは、カノンの背中をグイグイと押してレジへと向かって行く。


「直撃判定、ですかね」

「?」


 後を追う僕の耳に、サラからの良く分からない言葉が聞こえた。


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