14 ファーストフード店の誓い
「う〜っす、昂介帰ろうぜ〜」
二日後、学校の教室にて。
模範的帰宅部員らしく、放課後の部活動の準備を万端に済ませた大地が、僕の席にやって来た。僕も本来であれば、部員として帰宅活動に励むところなんだけど、
「あ〜、悪い。今日はこれから駅前に出掛ける予定なんだ」
「……おい、何でお前早く保健室に行かなかったんだ……。そんなに無理してま
で、授業に出る事もなかったろうに……」
「待て大地。僕が重度の体調不良に陥ると、元気にお出掛けするようになるのか」
断言するが、僕が体調不良となった場合、それを口実に一切動かないだろう。
「いや、だってよ、お前……。お前が学校帰りに、自宅と反対方向にある駅前へわざわざ足を向けるなんて……はっきり言って異常事態だろ……」
大地の様子は、まるで『ママ〜、予防接種に連れてってよ〜!』とおねだりするチビッ子を見た時のような反応である。失礼な奴だ。そっちよりは珍しくないはずだ。
「いや、実はちょっと用事があってね……」
「昂ー、ほら行くわよー!」
「痛ぁ!?」
背後からやって来た舞に、背中をパーで思いっきり叩かれた。席は僕より前なのに、何故わざわざ僕の背後に回り込むのか。
「分かってるから! 声掛けるだけに留めてくれないかな!?」
「えー、だって昂、まるで伸び切ったゴム紐みたいだったから。聴覚刺激だけじゃ不十分かと思って、触覚に訴えてみたの」
「訴えるのは僕のパニチ小体までに留めるべきで、自由神経末端にまで仕事をさせる必要はないだろう!?」
「またえらく分かり辛い返しを……」
僕だってこないだ読んだ本の知識を、こんな不本意な形で役立てたくなんかなかったよ。
「……行かないの?」
舞の後ろから、辻さんが控え目に声を掛けて来る。
「うん、行くよ」
「何だ、二階堂と辻も一緒か。クランメンバー同士の、親睦会みたいなもんか」
「むしろ、オフ会が近いかな」
「何だそりゃ」
「昨日ちょっと話しただろ。クランに新メンバーが入ったって話」
「ああ、隣町の先輩だったか」
「そうそう。昨日、『せっかくだからリアルでも一度会っておこう』って話になったんだよ。お互い写真交換し合って」
「マジ? 見せてみ見せてみ」
まあ、大地なら見せても問題なかろう。僕はポケットから携帯端末を取り出し、MROから送っておいた画像データを選択。空中投影させたホログラム画像の中には、皆川女学院の制服に身を包んだ女子生徒が微笑んでいた。その隣に『入学式』と書かれた立て看板が置かれている辺り、去年の写真だろう。ロングの髪を三つ編みのお下げに纏めた、優しそうな雰囲気の人だった。
「おおう、美人じゃん。俺も付いてって良い?」
「良いわよ、『超最強絶対無敵団』のメンバーになるなら」
「昂介、また明日」
「ちったあ迷いなさいよ!?」
大地にとって舞のネーミングセンスは、美人と言う餌で釣れない程度に評価が低いようだ。
「ところで駅前って、向こうさんはどうやって来るんだ? 皆川って、ちょっと離れてるだろ。やっぱ電車か?」
「自分ちの車で来るんだってさ」
「なるほど」
大地は頷く。まあ多分、家族の誰かにお願いして連れて行ってもらうんだろう。
「そー言う訳で、ばばっと行きましょうか。じゃあ後藤、また明日ね」
「……また明日」
「腕引っ張るな舞!?」
「おう。三人共じゃーな」
大地の呑気な挨拶を、僕は舞の拘束からもがきながら聞いた。
サラさんこと吉見咲良さんは、確かに事前通達していた通りに、自宅の車で僕らの前に姿を現した。
黒い車だった。丁寧に丹念に磨き上げられた傷一つないボディが陽光を浴び、まるで夜空に浮かぶ一等星のような光沢を返す、実に見事な黒い車だった。
長い車だった。フロントからテールまでの距離が、一般的な自家用車とは比べ物にならない程に離れた、バスみたいに長い車だった。
リムジンだった。そりゃあもう、マンガとか映画とかでしか見た事のないよう
な、絵に描いたような高級リムジンだった。
「森田、ご苦労様です」
「どうぞごゆっくり、お嬢様」
「「「………………」」」
「皆さん、お待たせしました」
呆然と固まる僕らに、平然と吉見さんは手を振る。
「……ええっと、初めまして、吉見咲良……さん」
「はい、初めまして」
「……あの、そちらのお方は……?」
「我が家の執事の森田です」
…………。
……やばい。裕福なんてレベルじゃなかった。ガチのお嬢様だったよこの人。
「こんなところでお話も何ですし、そこの『マックスバーガー』にでも入りましょうか」
僕らの背後のファーストフード店を指差し、吉見さんはにっこりと笑った。
商品を乗せたトレーを手に、僕らは空いていた窓際の席へと移動する。「あ、あたし窓の隣が良い」と言う舞のリクエストを適当に加味しつつ適当に席に着く。
「改めましてお初目に掛かります。サラこと吉見咲良です」
「ど、どうも初めまして、あたしがメイこと二階堂舞です」
「あー……僕がコウです。成田昂介って言います」
「……カノンです。辻帆乃香です」
ジャンクフードを前に騒ぎ出す小腹を抑えつつ、まずは改めて自己紹介。
「……にしても驚きましたよ。咲良さんすっごいお金持ちじゃないですか」
「そうかも知れませんね」
確実にそうです、と出掛かったけど、取り敢えず堪えてテリヤキバーガーを一噛り。なるほど、Cosmosを買う位、訳ないはずだ。
「それで咲良さん。MROは楽しめてますか?」
「はい! 鮮やかな爆発。コクピットを揺らす射撃の振動。正面から迫る敵機を火力で強引にねじ伏せる爽快感。とっても素敵です!」
「分かります分かります。ブースト使って真っ正面から敵機へ肉薄し、エーテルの刃を突き立てるあの瞬間。素晴らしいですよ!」
「……狙撃の一発でAPを空にした時、凄く気分が良い」
何故、僕の知り合いの女子高生の口からは、こうも容易く戦闘的な感想が出て来るのだろうか。
「私一人じゃ、多分楽しみ方が分からなかったと思います。皆さんのお陰です」
「こっちこそ、我がクランの新メンバーが増えて、感謝感謝ですよ」
「……わっ、私も……っ」
僕の斜向いに座る辻さんの声が、にわかに大きくなる。
「……私も、い、一緒に遊ぶ…………知り合いが出来て、その……」
恐らくそこまでが、彼女が発揮出来る最大限の勇気だったのだろう。段々尻すぼみになって行く言葉が、最後には途切れる。逡巡の末に出て来た『知り合い』と言う単語が本当は何であったのか、容易に推測出来る。
「うん。あたしも友達出来て嬉しいよ」
だから、僕の隣で舞が代わりに口にした時、辻さんは心底嬉しそうなはにかみ笑顔を見せていた。何というか見ているこちらこそ、こそばゆい思いである。
「で、昂は? あたし達と一緒のクランで良かったって思う?」
「……ここで僕に振るか」
話を逸らそうかと思案したけど、じ〜っと突き刺さる三人分の期待から逃げ切る事は不可能だろう。
「……まあ、悪くないとは思ってるよ」
「もっとはっきり言え〜」
「はっきり言うべきです」
「……私だって言ったんだから」
どうやら、とことんまで逃がすつもりはないらしい。
ああもう仕方ない。
「楽しいよ。良かったって思ってる……これで良いかい?」
「六○点」
「七五点」
「七○点」
そして始まる謎の採点。
「まあ、案外素直じゃない昂にしては、頑張った方なんじゃない?」
「うるさい舞。ほっとけ」
「えぇー、あたしぃ、昂君の事ほっとけなぁーい」
「急に気持ち悪い声を出すな!? ……その理由が分かった! 妙な小細工弄した隙に、僕のナゲットに手を出すんじゃない!」
「あー、うん、分かったー」
「いいや、分かってない! 僕は普通にナゲットに手を出せ、と言ったつもりはない!」
残り二個となったナゲットを隣席から遠ざける僕と、あくまでも魔手を引っ込めない舞との攻防の最中、吉見さんはくすくすと笑い始める。
「どうしました?」
「ごめんなさい。お二人共、仲良いなって思いまして」
「だってさ、昂。あたし色に染まって来たって証拠よ」
「全く持って心外だね」
と言うか何だ、そのあらぬ誤解を与えそうな表現は。一体何を想像したのか、辻さんちょっと顔赤くなってるし。発言者本人は、まるっきり頓着していない――むしろ、気付いていない様子だけど。
「うらやましいです。とっても」
「でしたら、咲良さんにもこんな感じに、友達相手の接し方しても良いですか? 何しろあたし達は、志を共にする仲間同士ですから」
「こら舞。相手は先輩なんだし、調子に乗るもんじゃ……」
「舞さんの言う通りです。遠慮なんて要りません」
「だよねー! ほら咲良もそう言ってるじゃん!」
「早速か!?」
段階ってものを踏んでくれ!
「あたしら『超最強絶対無敵団』に、遠慮は無用! 上下の別は不要! そーゆー訳で昂、あなたも二人を帆乃香や咲良って言う事。当然、二人も同様に名前で呼ぶの」
「何だよそりゃ。本人達の許可なく……」
「……わ、私は別に、その……い、良いけど……」
「私も良いですよ? 昂介君」
「許可出たわよ〜?」
「ぬぐ……」
出会って、あるいはまともに友人付き合いをするようになって数日で、女の子をファーストネームで呼ぶと言うのも、僕的には少々ハードル高いんだけど……仕方ない。
「……わ、分かったよ。……帆乃香、咲良さん。これで良い?」
「オッケイ!」
舞が言ってどうする。まあ、本人達から許可は出てたんだから、良いんだろうけど。
「さあ、ここに我ら『超最強絶対無敵団』の栄光ある船出を祝って! 我らの永劫なる友情を誓って! ……乾杯!」
そう言って舞は、食べ掛けのチーズバーガーを掲げる。杯は何処行った。
それでも舞のノリに堂々乗っかるつもりなのか、「……乾杯」と帆乃香はポテトを数本摘んで掲げ、「かんぱーい」と咲良さんはアップルパイを掲げる。
当然、三人分の視線が僕に行動を促す。
「乾杯」
何と言うのか、これからも振り回されるんだろうなぁ。せめてもの苦笑を返してみせて、僕は摘んだナゲットを掲げた。




