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春に降る雪  作者: 日和
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4/5

雪について

 


 ベッドの上に座った少女は一人、布団の中にある膝の辺りを見つめ、黙りこんでいた。



 「…大ちゃん、怒ってるかな?」



 そう呟いて、少女はまた黙り込んだ。以前は毎日欠かさず少女の所へ見舞いに来ていた少年は数日前からパッタリと少女の前に姿を現さなくなった。少年が少女の所へ来た最後の日、少女は少年に「雪が見たい」と言った。



 今は五月だ。雪が降るはずがない、ということはいくら6歳の少女でもなんとなくは気づいている。だからといって少年にイジワルをしたわけではない。ただ、間近に迫る手術が恐ろしかった。どうにかその恐れを取り去って欲しかった。それで、大好きな雪が見たいと少年に言ったのだ。雪を見れば手術に対しての恐れがなくなる気がしたが、単なる八つ当たりだったような気もする。






 少女がベッドで一人、黙り込んでいる間、少年も同じように一人で黙りこんでいた。しばらく少女の所に行ってはいなかった。ケンカをしたのではない、ただ、行けないのだ


 「…大樹君、何かあったの?」


 心配した西田先生が声をかけたが、少年は一言「何もないよ」とその場限りの笑顔を作って言うので、西田先生にはどうしようもなかった。




 廊下ですれ違った桜田先生が少年に「大樹君、春日ちゃんの所にしばらく行ってないんですって?」と聞くと少年は黙り込んでしまった。「ケンカでもしたの?」と心配になった先生が聞くと「今はまだ、行けないんだ」と少年は答えるのだ。




 放課後になると少年は足早に図書室に向かった。本を探し、ページをめくってはため息をついた。



 「…雪…ねぇな」



 そうして少年はまた別の本を探し始めた。少年はまだ、春の雪の降らせ方を思いついていなかったのだ。









 「大樹、あんたいつまで寝てるの?もう十時過ぎてるのよ!」



 ある日曜日。少年の部屋に来た母親はそう言うなり未だにベッドで夢の中にいる少年の布団を思いっきりはいでみせた。



 「…うるさいなぁ」



 眠い目を擦りながら少年が講義する。まだ眠っていたいらしく、母親に抱えられている布団を取り替えそうとしている。




「うるさいじゃないよ、こんな天気いいんだからいつまでも寝てるんじゃないの!そういえば大樹あんた、最近春ちゃんのとこ行ってないんだって?」



 ベッドの横でベラベラ話す母親の声が耳障りで仕方が無い少年は窓辺の方に目を向けた。眩しい光が目に入って、少し涙が出た。



 「あんたたちケンカでもしたの?」

 「…別に」



 「あ、そう」と言うと母親は少年の布団を持ったまま窓辺に向かい、ベランダに出ると物干し竿にそれを干した。布団のおかげで光はだいぶ防ぐことが出来たが、少年はもう眠ることは出来ない。



 「春日ちゃん寂しがってんじゃないの?」



 他の洗濯物を干しながら母親が言う。そうしながら洗濯物をハンガーにかけ、バシバシ叩くと小さな水の粒が跳ねる。嫌々ベッドから起き上がったはずの少年はその様子を食い入るように見つめていた。

 「…あった。春に降らせる…雪」

 




 

その日、放課後に教室を見回っていた西田先生は、三年一組の教室の前でふと立ち止まった。



 「大樹君、まだ残ってたの?」



 教室には、机に座りながら何かを手に持った少年がいた。



 「先生こそ、帰んないの?」




 西田先生は、最近とても学校が楽しくて仕方が無いのだ。そう言うとまるで小学生のようだが、本当に楽しい。三十六人の生徒達の個性もだんだん見えてきたし、もうすぐ迫っている運動会のために皆団結している。先生はこの明るくて、笑いの耐えない三年一組が大好きなのだ。



 「先生はね、まだお仕事が残ってるから帰れないのよ。あら、それってティシュペーパー?」



 しかし、西田先生の嬉しい一番の理由はこの頃ずっと暗い顔をしていた少年がやっと笑顔を取り戻したことかもしれない。



 「うん、ってゆーかこれじゃ駄目だった」



 少年の隣の席に座った西田先生が、少年の机にあるティシュペーパーを指して訊ねた。



 「これじゃ駄目って?」



 不思議に思った西田先生が首をかしげてみせると、少年は先生を見て得意そうに笑った。それは先生が大好きなものの一つだった。



 「オレさ、雪を降らせるんだ!」

 「…ゆきぃ?…でも大樹君、今は春よ?」

 「春日が見たいっていうから作るんだ。あの病室の窓から見える、春に降る雪!」



 その春日という少女は、以前桜田先生が言っていた入院中の子だと西田先生はピンときた。その少女の話をしている少年は、いつもより頼もしいお兄ちゃんの顔になる。



 「全く、ワガママで困るよな」とグチを言いながらも少年は楽しそうに真っ白の紙を取り出し、それをキレイに折り曲げはさみを入れていく。



 「…それが、春に降る雪のもと?」

 「そう。水とティッシュでやったら失敗したから」



 少年は白い紙で小さな正方形をいくつか作り、それを握った手を上に上げて、手を離した。白い紙が先生の前でヒラヒラと落ちた。



 「キレー…あ、ねぇ大樹君、その紙先生にも貸して?」



 そう言うと先生は正方形のかみを半分に切って、先程の少年と同じようにして手から紙を落とした。

 「先生も春の雪作り協力させてよ!」



 西田先生がそう言うと、少年は先生にニッコリと微笑んだ。


 最後まで読んで頂いてありがとうございます。

ご指摘など頂ければ幸いです。

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